114、アンドロイドの個性いろいろ
「迷宮特区の外に出掛けるなら、その前に回復しなさいよ。キミも魔力はほとんど残ってないでしょ」
そう言うとカナさんは、僕と井上さんに、瓦せんべいを渡した。僕の迷宮の2階層のボスのドロップ品だ。しかも、ちゃんと分割された、ひとカケラだ。
「カナちゃん、これって……」
「キミの迷宮の回復薬よ。井上 夏生の迷宮サポート中は、ずっとこれを食べていたわ。口の中の水分が奪われるのよね」
そうか。井上さんの迷宮のダンジョンコアを守っていた間、カナさんは、僕の迷宮のドロップ品を食べていたのか。瓦せんべいの優しい甘さが、彼女を少しでも癒せていたらいいな。
(あっ、そうだ)
僕は、受け取った瓦せんべいのカケラを口に放り込み、簡易魔法袋を開けた。1階層の交換所で子供達が渡してくれたものだ。
(結構、たくさん入ってる)
「カナちゃん、これ、どうぞ。さっき話していた水……あっ、こっちはフルーツジュースの方か」
よく見てみると、フルーツ氷だけでなく、フルーツジュースのボトルも入っている。
(素早いな)
カナさんは、僕が持っていたボトルを奪うようにして、受け取った。だが、その冷たさに驚いたのか、ギョッとした顔で僕の方を見ている。
「シャカシャカ振ってから飲んでください。僕の迷宮で採れた果物のスムージーと、クラッシュ氷が入っています。そのまま飲むとドロドロなので、振って混ぜてください」
「どうやって?」
僕の説明が下手なのか、カナさんはキョトンとしている。しかも奪ったボトルは、しっかりと抱えてしまった。
(仕方ないな)
魔法袋から別のボトルを取り出し、シャカシャカと振ってみせた。すると、カナさんも真似をして振っている。
「宣伝用に、少し多めに持ってきたので、よかったら、皆さんもどうぞ」
僕は、フルーツジュースとフルーツ氷をセットにして、皆に1つずつ渡した。それでもまだ20本以上残っている。残りは、そのままアイテムボックスに放り込んだ。
ユウジさんはすぐに、シャカシャカしてジュースを飲んだ。1リットルボトルなのに、ほぼ一気飲みだ。
僕も、さっきシャカシャカしたスムージーを飲む。
(ふー、生き返る〜)
一方で、ユキナさんは、そのまま自分の魔法袋に入れたようだ。性格が出るよね。
「ケント、このスムージー、めちゃくちゃ美味いやんけ。4階層の果物やな?」
「はい、そうですよ。迷宮から出るときに、小川で、お腹がいっぱいになるまで水を飲む人が多いので、1階層に交換所を作ったんですよ」
「こっちは、小川の水を氷にしたんやな。加工品は持ち出せるからか。天才ちゃうか」
「ふふっ、念のため、フルーツ氷にしました。微かに香る程度ですから、あまり気にならないと思います」
そう説明すると、ユウジさんはクラッシュ氷をパリパリ食べ始めた。そして、首を傾げている。
「全然、果物の匂いはせーへんで」
「あぁ、先にスムージーを飲んだからじゃないかな」
「ふぅん。せやけど、これはすごい発明ちゃうか。俺の迷宮の果物もジュースやスムージーにすれば、持ち出せるってことやんな」
僕達が話している横で、井上さんと副団長の小川さんも、スムージーを飲んでいる。田崎と呼ばれた人は、クラッシュ氷をバリバリと食べて目を輝かせていた。
そしてカナさんは、うまくシャカシャカできないのか、複雑な顔をしている。いや、違うか。蓋が開けられないのか。開け口を探しているようだ。キョロキョロと他の人の様子を見ている。
「カナちゃん、蓋が開けにくいですか? たまに固く閉まってしまうのがあるんですよ。開けましょうか」
「ええ、お願いするわ」
僕はボトルを受け取り、数回シャカシャカしてから、蓋を回し開けた。別に固くはない。カナさんは、アッと小さな声をあげた。回すという発想がなかったのか?
「冷たいうちにどうぞ。こちらはフルーツ氷より、溶けやすいので」
「ありがとう」
カナさんにボトルを渡すと、一口だけ飲んで蓋を閉めた。そして再び開けて、また飲んでいる。
(謎行動だな)
まさかとは思うが、蓋の開け閉めの練習をしているのだろうか。子供の姿に変わった彼女は、まだ見慣れない。あっ、そうか。少し体型が変わったから、感覚が掴めないのかな。
「あっ、もう11時になりますよ」
井上さんがそう指摘すると、副団長の小川さんは慌てて、飲んでいたボトルを収納した。これから『水竜の咆哮』の集会が、どこかの階層であるみたいだ。
「井上、いろいろ悪かったな。それに五十嵐さん、こんな貴重な物をありがとうございます。また、迷宮に寄らせてもらいますよ」
そして、僕達に軽く会釈をして、上り階段の方へと歩いていく。
田崎と呼ばれた人は、少し迷っていたようだが、井上さんに促されて、副団長さんを追いかけて行った。
◇◇◇
「さて、準備なしで行くのは危険なので、情報共有をしましょうか」
井上さんがそう言うと、何もなかった空間に映像が映し出された。比叡山迷宮の地図のようだ。西側には、立ち入り厳禁と、大きな赤文字で書いてある。
地面には、いつの間にか花壇が点在して出来ていた。10階層にあった花壇と同じものか。
(えっ!? 植木鉢が動いている?)
「なんや? 花が歩いとるで」
ユウジさんも、驚いた顔をしている。
「これは、井上 夏生のダンジョンコアを守るアンドロイドよ。映像を映すために出てきたのね。銀色の球体もあるけど、ほとんどが植木鉢よ」
カナさんは、なぜかドヤ顔だ。そんな彼女の横で、井上さんが口を開く。
「皆さんのアンドロイドも、そのうち姿が変わりますよ。俺の迷宮のアンドロイドは植物が好きみたいで、こうやって頭に乗せてるんですよ」
「植木鉢部分が、アンドロイドなの? 金属ではなく陶器に見えるわ!」
ユキナさんが驚きの声をあげた。
「ええ、土と花は創造物ですよ。花を頭に乗せるには、植木鉢が都合がいいみたいですね」
「すごいわね! 私のアンドロイドは、小型化して、たくさんの分身を作っているけど、正方形の金属よ」
ユキナさんはそう言うと、僕とユウジさんの顔を交互に見ている。
(猫耳の赤ん坊になったとは言えないな)
「は? アンドロイド? 俺んとこは、動くようになっとるけどな。階層を増やすとき以外は、どこにおるか知らんで」
「変形してないの?」
「ん〜? そんなマジマジと観察したことないから、よーわからんわ」
「じゃあ、ケントさんのアンドロイドは?」
(えーっと……)
「僕のところは、猫みたいな形をしています」
「へぇ! 素敵じゃない。分身を作らせると、形に面白味がなくなるのよね。まぁ、良いんだけど。あっ、ごめんなさい。話が逸れたわね。打ち合わせを始めましょう」