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112、ホルルタシスの欲と偶然

 冥界の白い何かが去った空間には、通常のマナが戻っていた。そして地面には、6人の死体が転がっている。


(よし、戻ってるな)


 まさかの召喚に驚いたが、結果は同じだ。光が空間を浄化するだけだと思っていたから、一瞬、焦ったが。



「ケント、今のは何や? 結局どうなったんや?」


 ユウジさんは、まだ目を輝かせている。知らないことには、興味津々なんだな。


「今、現れたのは、異世界ではホルルタシスと呼ばれる存在です。魂に施された術のエネルギーを抜き取っただけですよ」


「さっきの奴が、ゾンビを殺したんか?」


「まぁ、そうとも言えますね。魂に施された術のエネルギーが抜き取られたことで、術は効果を失いました。だから彼らはゾンビではなく、人間に戻った状態で息絶えました。井上さんの迷宮の負担になりますが、迷宮は不死を約束しているから、そのうち復活するはずですよ」


 井上さんの方に視線を移すと、彼は力強く頷いてくれた。迷宮エネルギーは問題ないようだ。


 彼の近くにいた副団長の小川さんも、何度も頷いてくれた。なんだか、テンパっているみたいだな。彼も少し術の影響を受けていたから、身体から何かが引き剥がされるような感覚があったのだろう。



「そのホルルなんちゃらは、異世界の巫女なんか?」


「ホルルタシスは、日本語に直訳すると、白い何か、です。冥界の神が住まう付近をウロついているそうですよ。死者の魂に付着する汚れを喰らう霊体らしいです。かなりの数がいるけど、皆、思念共有しているから、元々は一つの存在だったのかもしれません」


「なんか横取りしとるんか?」


「さぁ? ただ、プライドが高いので、扱いは難しいようです。怒らせると、簡単に国が滅びます。何百万という魂を、一瞬で抜き取る力があるらしいです」


「はぁ? そんな物騒なもんを召喚したんかいな」


「なぜか、来ちゃったんですよね。僕の魔力も、ガツンと持っていかれましたが」


「そら、当たり前やろ。異世界におるもんを召喚したんやからな。せやけど、珍しいもんを見せてもろたな。めっちゃ得した気分や」


「ふふっ、よかったです」


 ユウジさんは、見た目は大学生だけど、少年の心を忘れていない。ある意味、これが勇者の資質なのか。




「あ、あの……」


 地面にペタンと座り込んでいる田崎と呼ばれた人が、口を開いた。呪術名はベニだったんだな。


 ホルルタシスは、僕のことをケントと呼んだが、異世界で呼ばれていた発音だった。それが、僕の魂に刻まれている名前らしい。


 だが一方で、ホルルタシスは、彼のことを呪術名ベニと呼んだ。わざわざ呪術名と付けたのは、呪術士ではなく呪術名を持つ、ただの人間という認識か。


(じゃあ、僕でも大丈夫だな)



「あ、あの……」


 僕が応えなかったためか、田崎と呼ばれた人は、さっきとは別人のように怯えている。



「ケント、返事したれや。呪術に使う名前を知られたから、ストレスで死ぬんちゃうか?」


 ユウジさんは、優しいんだよな。僕は、この人がストレスで死んでも、それは自業自得だと思う。人間をゾンビに変える術を使ったんだから、許されるべきではない。


「ユウジさん、僕は、この人を許しませんよ。魔物に使うことさえ躊躇ためらう術です。それを人間に、しかもよく知る人間に使うなんて、ありえない」


「よーわからん術やったけどな。コイツ自身も操られとったんやろ。まるで別人やで」


(えっ? あー、確かに)



 井上さんが、口を開く。


「五十嵐さん、田崎は比叡山迷宮に行った後から、雰囲気が変わったんですよ。それに彼は、呪術なんて使えなかったはずだ」


(この人も、お人好しなのか)


「彼は、密偵ですよ。さっき自分で、潜入していたことを暴露したじゃないですか。彼は、帰還者を殺して迷宮を奪うことを救済だと言う人に従っています」


 僕の怒りを察したのか、井上さんは何も反論しない。


(はぁ、嫌だな)


 僕が言っていることは、ある意味、八つ当たりだ。




「ケントさん、少し落ち着きなさい。妙なオーラが溢れているわよ?」


 ユキナさん達が、近くまで来た。


(ん? カナさん?)


 気分が悪いのか、カナさんは頭にタオルのようなものを被っている。あぁ、かなり砂が舞っているからか?



「ユキナさん、僕はこれでも抑えているつもりです。僕は、人間を道具として扱うような術を、こんな何でもない場所で使う神経が理解できない。こういうタイプの人は、大嫌いなんですよ!」


「まぁ、私も同感だわ。いくつもの術を禁術として定められているのは、そうしないと秩序が崩壊するからよ。しかも、呪術名を用いて発動する術には、特に厳しい制限や規律があるはず。私は、ルールを無視する人間が一番嫌いだわ」


 ユキナさんは、だんだん口調が強くなってきた。逆に僕の頭は、少し冷えてきた。これは、彼女の話術だろうか。


 僕は、身体から漏れ出ていたオーラを隠す。




「キミは、やはり魔王だね。こんなことができる帰還者なんて、他に聞いたことがないわ」


(あれ? 声が……)


「カナちゃん、なんだか声が変ですよ? 疲れた顔をしていたし、大丈夫ですか?」


 すると、カナさんは、頭のタオルをバッと外した。


(えっ……)


 目の前にいるカナさんは、落武者の術を受けて、ドヤ顔をしていたときと同じ顔をしている。


 だが、服装に変化はない。2階層のボス部屋では、聖職者のような神々しい雰囲気の白いローブに身を包んでいたが、今は、さっきと同じ軽装だ。


 見た目年齢は、15歳より少し若く見える。くりっとした大きな目が特徴的な、アイドルっぽい可愛い女の子だ。


(呪いが解けたのか?)



「あれ? なぜキミが驚いているの? 私が可愛すぎて、フリーズしちゃったの?」


(あぁ、いつものカナさんだ)


「カナちゃんが、あまりにも子供になっていたからですよ。落武者の術のときは、白いローブのおかげか、もう少しお姉さんに見えましたが」


「えーっ? 何それ、ひど〜いっ!」



 僕は、適当にごまかした。なぜ、彼女の呪いが消えたんだ? 比叡山迷宮で、階層ボスから受けた呪いなら、その術者を倒さない限り……。


(あっ、名前か)


 僕は、田崎と呼ばれた人の名前がわからなかったから、シロ、クロ、アカ、ベニと、4つの名をあげた。カナさんの呪いの術者の名前が、含まれていたんだ!


 ホルルタシスは、ベニではなく、先程の名のものかと確認した。カナさんの魂に刻まれた呪いのエネルギーも喰いたかったということだ。


(何という偶然!)




「あ、あの……」


 田崎と呼ばれた人は、消え入りそうな声で、僕にまた話しかけてきた。


「何ですか? シロ、クロ、アカについて、情報があるというなら話は聞きますが」


 僕が冷たく言い放つと、彼は、生き返ったように目を輝かせた。


「あります! その3つはすべて、魔物化した迷宮の……比叡山迷宮の主人しゅじんの名前です!」



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