110、三人は有名人らしい
「おまえ……」
僕は、ユキナさんの不思議な金属棒を掴んだまま、ポケットから手を出した。魔力を帯びているが、ペンよりも少し短いためか、誰も気づかない。
金属棒のチカラで赤く見える人の強い殺意が、少し揺らいでいるように見える。僕に正体を言い当てられて、動揺したのか。
黄色の点滅から青に変わったリーダー格の人が、僕の視線の先にいる彼の方へ、ゆっくりと振り向いた。
「どういうことだ? 田崎! 井上がスカウトした彼の迷宮を襲ったのか? まさか、井上が壊れたのは……」
(壊れた?)
あぁ、精神面でのダメージのことか。嫌な言い方をする。だがリーダー格の彼は、妙な術には惑わされてない。多少の影響は受けているようだが。
「何のことですか。私は、迷宮を持ちたいとは思ってませんよ」
そう反論したものの、赤く見える彼は、やはり動揺しているようだ。『水竜の咆哮』のメンバーや僕達を恐れているわけではない。おそらく、自分の味方が減っていくことに気づいたのだろう。黄色に見えていた人達の何人かは、黄色の点滅に変わっている。
点滅の意味はわからないが、感情が変化しようとしているのかな。
(あとで、ユキナさんに確認しよう)
「あぁ、そっちの魔導士は、ケントの迷宮を襲撃してきよった10人位のうちの一人やな? 俺の顔をやけに見てくるキショい兄ちゃんやと思ったけど、睨んどったんかいな」
(また、挑発してる……)
そうだ。あのとき、ユウジさんも居てくれたもんな。
リーダー格の彼は、バッと僕の方を見た。目を見開いていて、なんだか余裕のない顔だな。
「ケント? キミは、小川のある迷宮の主人の五十嵐さんなのか? あぁ、俺は、『水竜の咆哮』の副団長をしている、小川 勇気だ」
(副団長!?)
冒険者パーティって、リーダーとかサブリーダーと呼ぶのかと思ってた。
「はい、五十嵐 健斗です。僕の迷宮で、井上さんは殺されたと聞きました。説明会が終わったらスカウトの返事をと言われていたので、僕の迷宮の護衛を兼ねて、待ってくれてたんだと思います」
僕が話していると、周りの人達が驚きの表情に変わっていく。まぁ、そうだよな。僕が井上さんを殺したと、冒険者の間では噂されているからな。
「ということは、やはりアンタは山田さんだな? 途中から、もしやとは思っていた。先日の台風の情報を流していたようだが、金の雨も、アンタの術なのか?」
「は? なんで俺の名前まで知ってるんや」
「勇者だろう? 他にも異世界で勇者をしていた人は、何十人もいるが、正直言ってロクな奴はいない。強い異世界人は、時空の歪みで遠い過去か未来に飛ばされるからな。だが、2月の初めに、時空の歪みに逆らって、3人が帰還したことは有名だ。川上さん、山田さん、五十嵐さんだな」
(僕達の名前が知られている……)
時空の歪みのせいで、僕は、未来に帰還してしまったのにな。ラランが、もう手遅れだと言うほどの未来に。
「ユキナは知らんけど、俺とケントは、かなり歪められたで」
「だが、まだ日本は存在する。俺が異世界で会った最も強い人は、遠い過去に飛ばされたらしい。タイムカプセルが残されていた。地球自体が消え去った遠い未来の宇宙空間に飛ばされた人もいると聞く。だが、アンタ達は、帰還した」
副団長の小川さんが話していると、黄色に見えていた人達が、どんどん青に変わっていく。
(影響されやすいんだな)
あぁ、そうか。影響されやすいから操りやすいのか。田崎と呼ばれた赤く見える人は、『水竜の咆哮』に潜入しているのだろう。
僕と同じ異世界にいた石塚先生は、今は比叡山迷宮の西側にいるようだ。そんな彼に従っているわけだから、田崎と呼ばれた人は、比叡山迷宮から送り込まれている密偵のような存在か。
「ふぅん、よーわからんけど、俺らは有名人なんやな?」
「井上が接触したことは報告を受けていた。アンタ達なら、加入を歓迎するよ」
「は? さっきは、俺みたいな口の悪い者は断るって言うとったやないけ。なんや? その態度」
「失礼しました。俺達も、今、内部体制も混乱していて」
副団長さんは、ユウジさんに必死に謝っている。だが、田崎と呼ばれた人が僕の迷宮を襲撃したことは、まるでもう忘れているかのようだ。
(なるほどね)
忘却系の術だろう。今、青く見える人が大半だが、赤く見える彼なら、またすぐに彼らを黄色に変えることができるんだ。つまり、また剣を抜かせることができる。
一方で、井上さんは、ずっと青だ。田崎と呼ばれた人の術が効かないのかもしれない。だから、井上さんを潰すことにしたのか。
「ふぅん、混乱してるからって、このダンジョンを奪う理由には、ならへんで。バレてへんと思ってんのか」
ユウジさんの目付きは鋭い。
「だが、井上がもうダメなのは事実だ。迷宮の主人がメンタルを壊すと、迷宮は魔物化する。迷宮特区で、そんな事態は絶対に避けなければならないんだ」
「なんで、そうなるんや? 井上は別に壊れてへん。ただ、疑心暗鬼になっとるだけや。こんな風に、おまえらが追い詰めとるからやろ。そもそも井上を殺したメンバーは、きっちり処分したんか?」
「えっ、いや、井上を殺した者が誰なのかは、結局はわからないんだ。井上が、殺されたショックで幻覚をみたかもしれない」
(なるほどねー)
ユウジさんは反論しないな。幻術を操る帰還者もいるだろう。だから、誰かをおとしめるために、親しい人に斬られたように見せることも可能か。
しかし井上さんには、幻術は効かない気がする。今、こんな状態でも、彼は、あの田崎と呼ばれた人の術にはかからないみたいだからな。
ユウジさんが、僕に目配せをしてきた。
(ギブアップか)
僕達の声は、ユキナさんが階段で聞いているだろう。おそらく、カナさんにも聞かせているだろうから、変なことは言えない。
(ん? もしかして)
ユキナさんが僕にこれを渡してくれたのは、このためか? 彼女から渡すよりも、僕からの方が効果的だ。
「井上さん、これをどうぞ」
そう言って彼の手に、不思議な金属棒を握らせた。
「えっ? これは……」
死んだような目をしていた彼は、キョロキョロと知り合いの顔を見比べている。
「今日、ユキナさんからもらったんです。説明を受けてないから、色の意味はわからないんですが、みんな、色分けされますよね?」
「あぁ、何かの膜のようなものが見える」
「僕は、サーチが得意ではないので、ユキナさんが作ってくれたんですよ。たぶん、相手の感情に反応するんだと思います。井上さんとユウジさんは、最初からずっと青く見えていました」
「田崎だけが赤い。田崎にはどんなサーチも効かないのに……」
「それは、井上さんに差し上げます。2つもらったので。たぶん赤は、敵意だと思います」
すると、井上さんはフッと笑った。
「勇者まで暴けるとは凄いね。山田さんも五十嵐さんも青く見える。これは敵意というより、警戒度を伝える道具だろうな」