109、『水竜の咆哮』と不思議な金属棒
「冒険者か? 階段を間違えてるぜ。金鉱石は上の19階層だ。この先の22階層は、ただの荒地だ。もう何もないぜ」
(荒れ地?)
集まっていたのは、男性ばかりが9人か。下層への階段近くに、井上さんがいる。他の8人を22階層へ進ませないために、そこに立っているのだと感じた。
(しかし、まるで別人だな)
僕の迷宮に来たときは、明るくて親切な人だった。少し強引なところもあるが、彼の正義感からの行動だと感じた。
だが、今の井上さんは、完全に目から光を失っている。すべてを疑っているかのような、暗くてボーっとした表情をしていた。
「俺達は、『水竜の咆哮』のスカウトマンに会いに来たんや。おまえらは何や? ケンカか」
ユウジさんは、井上さんの状態に気づいただろうか。ヘラっと笑って、なんだか挑発しているようにも見える。
僕は念のために、左手をジャケットのポケットに入れた。そこには、ユキナさんが作ってくれた魔力を帯びた不思議な金属棒がある。
(あれ? 見え方が変わった)
魔力を帯びた金属棒に触れると、僕の目に映る人達全員の前に、透明なフィルムのようなものが現れ、色分けされている。
ユキナさんから渡されたときは、こんな見え方はしなかった。あっ、対になっているのか? 2本とも触れると反応は消える。1本だけに触れると、色分けされるようだ。
ユウジさんは青い。井上さんも青だな。他はほぼ全員が黄色。黄色の点滅をしている人もいる。一人だけが赤だ。まるで信号機だな。
(何の色分けだ? ステイタスか?)
「ふぅん、アンタらは、俺達の冒険者パーティに入りたいのか。だがもう、井上はスカウトの仕事はしない。コイツは引退するからな」
(えっ? 引退?)
すると、ユウジさんの視線が鋭くなった。
「おまえら全員が『水竜の咆哮』のメンバーなんか? スカウトマン井上っていえば、おまえらの代表みたいなもんちゃうんか?」
「アンタは知らないらしいな。井上は、もうダメだ。迷宮もこのままだと崩壊する。だから、すべてから引退してもらうことにした」
(何を言ってるんだ?)
黄色の点滅の人が、井上さんを見捨てるようなことを言った。そうか、井上さんから迷宮を奪うつもりか。
だが井上さんは、あんなにボーっとした状態でも、階段を守ろうとしている。彼は、迷宮を渡す気はないんだ。
「おい、井上! 『水竜の咆哮』のスカウトマンをやめる気なんか?」
ユウジさんがそう尋ねると、井上さんは首を横に振った。
「ちょっとアンタ、井上の意思は関係ないんだよ。これは、俺達の冒険者パーティの問題だ」
「俺らは名刺をもらってるで? どういう問題なんや」
「あぁ、名刺を渡されたということは、一応合格だな。レベルは?」
「は? あぁ、さっきの変な部屋で、俺はギリギリの30って言うとったな。コイツは、21やったかな」
「そうか。その30というのは、迷宮レベルか? それとも冒険者レベルか?」
彼らは、ユウジさんにサーチ魔法を使っているようだ。一緒にいる僕のことは、スルーだな。僕がレベル21とわかり、鼻で笑っていたからか。
「よう知らんわ。同じもんちゃうんか?」
ユウジさんは、わざと相手を苛立たせるようなことを言っている。相手は、僕達が迷宮の主人か否かを知りたいんだ。
(また、挑発してる)
ユウジさんは、チラッと僕の方を見た。なるほど。井上さんを助けるんだな。だが、剣を装備したユウジさんは、おそらく彼らから警戒されている。
僕は、キョロキョロしながら、階段へと近寄っていく。
ユウジさんが、僕のレベルが21だと言ったことで、僕は完全にモブ扱いされたようだ。僕が移動しても、誰も気にしていない。
僕は、彼らから井上さんを守れるギリギリの距離で立ち止まった。近すぎると、彼らは僕を警戒するかもしれない。
下への階段を覗いてみる。別に22階層に行くつもりはないが、僕が移動した理由付けになるだろう。
チラッと、ユウジさんの方を見た。特に何の合図もしない。だが彼は、ちゃんとわかっている。
「おまえらは井上のダンジョンが欲しくて、しょーもないことを企んだんやな? 頭がガキのまま大人になると、こんなアホになるっちゅうわけか」
(あーあ、煽ってる)
「なんだと? レベル30くらいで強いつもりか? 俺達の冒険者パーティは、レベル50からが一人前だ。井上の名刺を見せても、アンタのような失礼な奴は、加入させないぞ」
黄色の点滅の人が、この8人の中ではリーダー格らしい。彼が加入させないと言ったことで、他の数人は剣に手を触れている。
赤く見える人は、剣を装備していない。ここにいる全員が『水竜の咆哮』のメンバーのようだが、彼だけが異質な感じがする。
「なんや? 剣を抜く気か? こんな口喧嘩で、剣を触るんは、弱い証拠やで」
(彼らに抜かせる気だな)
そう思った瞬間、一人が剣を抜いた。すると次々に、その行動が連鎖していく。
「ちょ、なぜ、剣を抜いている? 先に抜くと……」
黄色の点滅の人の色が、青に変わった。変わるということは、ステイタスの色分けではない、ということか。
「切りかかってくる気か? ここにはモンスターは、おらん。人間しか、おらんで?」
ユウジさんがそう言うと、剣を握っていた人達が少し動揺したようだ。何かに操られているのか?
「剣をおさめろ! 話し合いをしているだけだ」
青に変わった人がそう言うと、二人だけが剣を鞘に戻した。黄色から黄色の点滅に変わった。
(あぁ、わかった! 敵意だな)
ユキナさんが作ってくれた金属棒は、僕達へ向ける敵意に反応しているんだ。おそらく、僕のサーチ能力が低いからだろう。
(さすが、ユキナさんだな)
説明を全くしないのも、彼女らしい。
「まだ、剣を持っとる奴は、確定やな。完全にバケモノに操られとる。比叡山迷宮には、しょぼい魔王がおるらしいな」
ユウジさんがそう言った瞬間、赤く見えている人から、強い殺意を感じた。
僕は咄嗟に、井上さんの後ろに、物理防御バリアを張った。
その直後、強い風圧を感じた。
井上さんは、よろめき、背後のバリアに当たった。簡易バリアだが、なんとか耐えてくれたな。
術者は、井上さんを階段の下へ、吹き飛ばそうとしたらしい。僕の立ち位置では、即発動される魔法には、対応できなかった。
(あぶねー)
僕は、スッと、井上さんをかばうように、前に立つ。
すると、赤く見える人が、わずかに目を見開いた。僕を知っているらしい。そして、さらに殺意が強くなった。
「おまえ、何をすんねん! 今、ふらふらな井上を階段から落とそうとしたやろ」
ユウジさんが怒鳴っても、彼は僕のことしか見ていない。強い殺意だ。
(あぁ、そういうことか)
僕は、彼を真っ直ぐに見て、口を開く。
「キミは、僕の迷宮を襲撃したよね? 青虫カリーフを操って苦しめて、爆弾として迷宮に放り込む理由は何? 石塚先生に命じられたの?」