106、電子マネーを使いこなしていたララン
ラランと一緒に5階層へ移動すると、アントさんが待ち構えていた。
(互いに連絡していたのか)
さっき1階層に行ったとき、ラランは既に僕の外出予定を知っているようだった。アントさんが知らせていたのだろう。
「ケント、コインはすぐに無くなったぜ。次に来るときは、換金できそうな物を持ってくるか」
「まぁ、ほんの10枚でしたからね」
「そうだ、カジノに買取所を作ってくれよ。電子マネーというものは、俺達は持てないだろ」
(あっ、確かに)
「僕も電子マネーは、よくわからないんですよ。冒険者と一般人では、使う物が異なるようですが」
するとラランが、キラリと光る何かを見せた。
(スマホ?)
「あたい、持ってるよっ! お漏らしアントは持ってないのねっ。ケントは、ダンジョンマスターだから、魔力紋みたいなのを使うから、機械は要らないんだよっ」
まさか、ラランの方が、僕より詳しいなんて! あぁ、そうか。ラランは大勢の人間と関わってきた。それに、来てすぐのときに、僕の足の上で寝て、情報収集をしていたもんな。
「ララン、それは、どこで手に入れたの?」
「2階層の居住区だよっ。ちゃんと、あたいの名前で登録されてるよっ。もし失くしちゃっても、お金が少し減るけど、また作れるよっ」
「ちょっと見せて」
「うん、いいよー」
ラランから受け取ったのは、スマホのような機械だった。画面はラランが開いていたから履歴を見てみると、2日前に入手したようだった。
大きな金額が動いているが、食べ物ばかりを買っているためだろう。2階層の企業さんから入金がある。ラランは、果物やドロップ品を売っているようだ。まさかのラランが、完璧に使いこなしている!
だが、10より大きな数を数えられない今のラランは、残高は全くわかってないだろうな。10万円ちょっと入っているが。
「ありがとう。ラランは、完璧に使いこなしてるんだね」
「うんっ! とても便利だよっ。お店の人も、お釣りの計算をしなくていいから楽だと言ってたよ。ピッてすると、買い物ができるの。でも、たまに音がしないよ」
「残高不足か。ドロップ品を買い取ってもらうんだね」
「そうだよっ。あっ! あたいも何か持って来ようかなっ。子供達が、みんな痩せているよっ」
(やはり、ラランだな)
彼女はいつも種族に関係なく、子供達には特別な配慮をしている。だからこそ、ラランの国には、優秀な人材がどんどん集まるんだ。
アントさんは、眷属達に何か指示を始めた。6階層の蝶も数人、見送りに来ている。チビが連れてきたのかな。チビは、いつもの少年姿に変わっている。大人の姿は、どうやら、店の中だけにするらしい。
一方でラランは、また、ちっちゃなラランを作っている。だが、今までにはなかった赤い分身だ。しかも、天井にふわふわと浮かんでいくが、5階層にいる人達は気づかない。普通の人間には見えないのか。
(あー、連絡用だな)
僕には、見た目の区別はできないが、おそらく、1階層にいる分身との念話を繋ぐ役割があるのだろう。この赤い分身達は、1階層にいる分身へのマナ供給もするのかな。
子供達に渡していた餌だけで、分身を維持するとは思えない。ラランは、いろいろなことが雑だけど、用心深い面もある。
『マスター、お二人がそろそろ到着されます』
(えっ? 今、何時?)
『夜8時10分です』
(夜11時過ぎに来るって言ってたよね?)
事情が変わったのか。ユウジさんには監視がいると言っていた。僕が撮影した写真を、ユウジさんが迷宮特区事務局へ送ってくれたことが原因だと思う。
『今、4階層のボス部屋に入りました』
(そっか、わかったよ)
「ユキナとユウジが来るのっ?」
「予定より早いんだけどね。もう到着するから、会っていく?」
「あたい達は帰るよっ。転移魔法陣をすぐに使いたいかもしれないよ。ケント、チビ、またねっ」
そう言うと、ラランが先に消えていった。
(意外だな)
転移魔法陣の光は、まだ強く輝いている。そうか、長距離転移をすると、すぐには光は消えないのか。
しかし、なぜ一緒に転移しなかったんだ? アントさんも帰る準備はできているはずだが。
「今、黒の魔王が出掛けているからな。アイツが到着して導いてくれないと、俺は真っ直ぐに帰れる気がしない。自力で帰ると、いくつかの星を経由することになる」
僕の頭の中を覗いたアントさんは、バツの悪そうな顔をしている。転移を補助するのは、白の魔王フロウじゃないのかな。
「長距離ですからね。黒の魔王が出掛けているって……特殊な世界ですか」
「あぁ、冥界だろうな。白の魔王か黒の魔王のどちらかがいれば、二人一緒の転移でも問題ないが……」
「えっ? 白の魔王に何かあったんですか」
「寝てる」
「へ? あー、夜なんですね」
「いや、チカラの維持のために、長期睡眠に入った。たぶん、半年は起きないぜ。あぁ、この世界の半年よりは短いだろうけどな」
(冬眠みたいなものか)
「じゃあ、ラランも、本当はここに来ている場合じゃないですよね」
「さぁな。五大魔王のことは、よくわからないが……おっ、準備ができたみたいだから、俺も帰るぜ。ケント、俺はすぐにでも来られる。遠慮するなよ?」
「はい! アントさん、ありがとうございます!」
アントさんも、転移魔法陣を使って帰っていった。
◇◇◇
「ケント、4階層のボス部屋の罠は、わざとハズレを引くようになってへんか?」
(炎をくらったのか)
転移魔法陣の強い光がまだ残っているとき、ユウジさんとユキナさんが、5階層にやってきた。
「あら? かわいい声の子は?」
「ラランなら、さっき帰りましたよ」
「残念ね。会いたかったんだけど」
「また、すぐに遊びに来ると思いますよ。もう行くのですか? 時間が早いと思いますが」
ユウジさんの姿が消えたと思ったら、チビの近くにいた。いや、アントさんの眷属の蝶達の色香に、引き寄せられたのかもしれない。ユキナさんは、そんな彼に、鋭い視線を向けている。
(嫉妬かな……こわっ)
「あぁ、時間ね。ユウジさんの迷宮が傍受されている可能性があったから、遅めの時間を流したのよ。彼が念話を切っても違和感が残っていたから、訂正できなかったわ。ケントさん、出掛ける準備をしてくれる?」
「僕は、いつでも大丈夫ですよ。チビが守ってくれるので」
「見た目は、少年のままね。能力を隠しているようだけど、かなり魔力が高いわね」
「そんなことがわかるんですか」
「ええ、あの子の髪は、高い魔力を持つ者に特有の輝きを蓄えているわ。だから、白く見えるのよ。でも成虫になれて、本当によかったわ」
「はい本当に。お二人にもお世話になりました」
「ふっ、私は、たいしたことはしてないわよ。勇者ユウジは、少しだけ頑張ってたわね」