105、お留守番ララン
1階層の僕の住居の前には、居住区の企業さんが量産している魚の缶詰を保管するための簡易倉庫がある。
こないだの台風のときに、いつの間にか、僕の住居の結界内に準備されていたものだ。この簡易倉庫は、アントさんの眷属が作ってくれたのだと思う。1階層は、アントさんの国をイメージしたからな。
僕は、簡易倉庫に入って、魚の缶詰を少しもらうことにした。適当にアイテムボックスに放り込む。
住居の中に戻ると、テーブルの上には、記憶にない大量の果物が山積みになっていた。テーブルには、何かをこぼしたような跡もある。
(ラランだな)
1階の住居は簡易結界だが、強い冒険者でも、家の中にまでは、簡単には入れないはずだ。だから、アントさんの眷属は、住居の前に簡易倉庫を作ってくれたのだろう。
そういえば、この住居に入ったのは久しぶりだ。ラランが、どこで寝ているのか不思議だったけど、僕の住居を占拠していたらしい。
だが、僕のベッドが使われた形跡はない。あっ、床の一部が焦げている。狼の姿で眠りたいときに、ここを使っていたのかな。
この大量の果物は、たぶん僕への贈り物だろう。ラランが好きな赤い実は無い。僕が異世界でよく食べていた梨のような果物がたくさんある。
(あっ、ちょうどいいか)
僕は、テーブルの上にあったレモンを手に取り、外へ出た。
◇◇◇
「くださいなっ」
階段近くの交換所は、人が少なかった。まだ、あまり知られていないのだろう。ラランがジュースというかスムージーを飲むと、いつも一気に人が並ぶ。
「ありがとうございましたー。あっ!」
交換所の子供達は、僕の姿を見つけて、ペコリと頭を下げた。もうだいぶ慣れたようだな。
「ケントも遊びに来たのっ?」
「ララン、口の周りがジュースでベタベタだよ?」
そう指摘すると、ラランは、すぐにタオルで口を拭いた。あまりにも用意がいいな。子供達からのツッコミ待ちだったのかもしれない。
「僕は、ボトルの補充と、フルーツ氷をもらいに来たんだよ。今夜、ちょっと出掛ける用事ができたんだ」
「え〜っ、ケントがお出掛けするなら、あたいは帰らなきゃいけないの?」
(なぜ、疑問形なんだ?)
あぁ、子供達への説明が必要か。ラランは、自分が魔王だということは完全に隠している。異世界から来た僕の友達というスタンスだからな。
「そうだね。ラランは、僕がこの迷宮を離れる前に、一旦帰らないとね」
「ケントがいないときは、あたいのお家に帰れなくなるから? ケントが帰ってくるまで、あたいがお留守番してもいいよ?」
(やはり、説明だな)
ラランの言葉の勢いが、いつもとは違う。
「僕が何かの事情で数日戻れなくなったら、ラランは困るでしょ? 僕がいない間に、帰らなきゃいけない用事ができたら」
「うん、でも……」
ラランは、チラチラと子供達に視線を移し、帰りたくないアピールをしている。これも、ララン流の教育だよな。
「ラランちゃん、迷宮マスターさんの命令は、迷宮内では絶対に守らなきゃいけないんだよ」
「そうだよ。ラランちゃんは遠くから来てるんでしょ? ケントさんがいない時に、遠くまで帰るのは難しいよ? 転移事故が起こると、どこかに飛ばされちゃうよ? もう会えなくなっちゃうよ?」
子供達の一部は、ラランを帰らせようと必死だ。
「でも……」
ラランは、子供達から引き出したい言葉があるらしい。チラチラとあちこちに視線を移している。
「ケントさんが戻ってきたら、またすぐに来ればいいよ」
「迷宮マスターさんには、外の仕事もあるからね。帰って来たら、ちっちゃなラランに、もういいよって言うよ? あっ、聞こえないか」
するとラランは、パァッと明るい笑顔を見せた。
「じゃあ、あたい、遠くでも聞こえる子をつくるよっ。恥ずかしいから、あっちでつくってくるっ」
ラランは、僕の住居へと走っていった。身体に纏う炎から分身をつくる気だな。いや、体毛からだったか。
僕は、交換所の中へ入り、持っていたレモンを果物かごへ放り込む。
「ボトルの補充をしておくね」
「はい! あっ、フルーツ氷は、何本必要ですか」
「そうだな。知り合いにも宣伝で渡したいから……」
「じゃあ、たくさん詰めます!」
子供達は、ボトルにフルーツ氷を詰め始めた。数は、任せておこう。
僕は、横の倉庫へと移動した。
(わりと減ってるな)
棚が作られて整理されているからかもしれないが、スッキリとした印象だ。この棚も、アントさんの眷属が作ってくれたのだろう。それほど、暇なのかもしれない。
僕は、棚と棚の間の通路に魔力を放った。すると通路を塞ぐように、プラスチックボトルがドンと積み上げられた形で現れた。これをすべての通路で繰り返す。
もちろん、これは、わざとだ。暇すぎると疲れる。仕事がある方がいいからな。
「倉庫の通路が……」
(もう、見つかったか)
工場で働いていたと言っていた子が、倉庫の天井まで積み上がったプラスチックボトルを見て、固まっている。
「空いているスペースに出そうとしたら、通路を塞いでしまったよ。せっかく綺麗に整頓されていたのに、ごめんね」
「いえ、大丈夫です! 以前も積み上がっていたから、魔法で出すとこうなるのはわかっています。また整理整頓します」
(あぁ、確かに)
倉庫を覗いた他の子供達も、うんうんと何度も頷いてくれる。僕の失敗を気にしなくていいと励ましてくれているのかな。
ラランが、この子達をしっかりと教育しているのがわかる。皆の表情も明るくなった。
「ケントさん、簡易魔法袋に入れておきました。外出時には何が起こるかわからないので、フルーツ氷が無くならないように気をつけてください」
(ふふっ、しっかりしてるな)
僕は、簡易魔法袋を受け取った。キチンと閉じられているから中身の本数はわからない。これは一度開封すると、閉じられなくなるタイプだ。
「わかった。気をつけるね。ありがとう。僕が留守の間も、よろしくね。困ったことがあれば、彼に言ってください」
店の前に立つアントさんの眷属を指差すと、子供達は力強く頷いた。
「お留守番ラランに言ってもいいよっ」
(見たことのない分身だな)
僕の住居内で狼の姿に変わったことは、窓から見えていたが、異世界で見た分身とは違う。体毛からも、いろいろな分身がつくれるんだな。
「わぁっ! かわいい!」
「赤いワンコだぁ〜」
「ちっちゃなラランよりも大きいね」
ラランの横には、子供の赤い狼がいた。小型犬に見えるが、犬とは明らかに違う。
「お留守番ラランだよっ。お話も少しできるよっ。この子がお腹が減ったら、これをあげてねっ」
ラランは子供達に、ワンコがくわえて遊びそうな骨の形の何かを、どちゃっと渡した。
(マナの塊だな)
「うん! ちゃんとお世話するね」
子供達に頭を撫でられて、赤い子狼は、嬉しそうに尻尾を振っている。
「じゃあ、あたいは、5階層から帰るねっ。みんなっ、ケントが戻ってきたら、お留守番ラランに、もういいよって教えてねっ」