104、今夜の約束、第6階層のボス部屋
『ユキナさん、お待たせしました』
僕はダンジョンコアに触れ、彼女からの呼びかけに応答した。予想した通り、ユウジさんとも繋がっているようだ。
『ケントさん、忙しいときに悪いわね。今夜遅くから半日ほど、時間を取れないかしら?』
(今夜から半日?)
『おい、ユキナ。おまえがそんなことを言うたら、なんかエロい誘いに聞こえるで』
『は? どこがエロいのよ! 今夜……あっ、ケントさん、違うの。変な意味ではないわ。出掛けないかという……』
『ユキナ、どこに出掛けるんや? ケントのような青少年には、デートのお誘いにしか聞こえへんで?』
(相変わらず、仲良しだな)
ユウジさんがユキナさんをからかって遊んでいる。ということは、彼らの用件は深刻なことか。すぐに思い詰めるタイプのユキナさんの緊張感を、ユウジさんがほぐしているんだよな。
『もしかして、行き先は比叡山迷宮ですか』
『いや、そこは、まだや。『水竜の咆哮』のスカウトマンのダンジョンで、今夜その冒険者パーティの集会があるんや。ユキナが一応、招待を受けとる』
『僕は、水竜の咆哮には加入してないですが』
『俺もユキナも入ってへん。いろんな奴がおるとこに入るより、冒険者パーティは作る方がええと思ったからな。今回は視察という形や』
(作る気なのか……)
いや、それはおそらく、表向きの理由だ。集会に参加するだけなら、半日もかかるわけがない。状況に応じて、どこかへ行く可能性があるということか。
『わかりました。今、6階層の階層ボスを創っているので、それが完成すれば、この階層も安定します』
『集会は、夜11時からやて。迷宮特区内やけど、歩いていくと1時間はかかるで。テントに着いてからダンジョンに潜ると、さらに1時間や』
『勇者ユウジ! ケントさんの迷宮の転移魔法陣を使わせて欲しいって、素直に言いなさいよ』
『ケントは優しいから、自分から言うてくれるで』
(逆に言いにくい……)
『あっ、チビが無事に成虫になったんですよ。移動のついでに、見てやってください』
『よかったわね。迷宮ガーディアンの登録を見たわ。そうじゃないかと思っていたの。種族は不明のようだけど?』
『はい、青い蝶みたいな感じです。人の姿だと、20歳前後の大人になりました。僕のリクエストで、基本的には今までのチビの姿でいてもらってます』
『へぇ、青い蝶になったのね。ガーディアンというから、ゴツゴツした感じに変わったのかと思ったわ』
『とても綺麗な蝶ですよ。魔導系のようです。色が薄いから、飛んでいると空の色に溶け込んでしまうのですが』
『青い蝶なら、幸運のなんちゃらやな。いい兆しやんけ。ケント、念のために食料も持っていく方がええで。持ち出せる物は集めといてや。俺も時間までに、迷宮特区内の店を覗いてくるからな』
『わかりました。自分の迷宮を出るとお腹が減りますもんね。どれくらい必要ですか?』
『せやな、コホン、まぁ、50人分の夜食は欲しいな。差し入れしたると喜ぶやろ』
(ん? 50人分?)
ユウジさんが妙な咳払いを入れた。何かの傍受を感知したのか。迷宮開放は終わったのにな。
『わかりました。居住区の企業さんに相談してみますね』
『無理はせんでええからな。ほな、そういうことで』
ユウジさんは、念話を切ったようだ。
『ケントさん、彼には監視がついているのよ。夜中の11時過ぎに行くわ』
『なるほど。ん? 集会に遅刻しませんか?』
『始まりの時間に行く必要はないの。彼らも、パーティ内部の報告があるでしょうから、少し遅れて行く方がいいわ』
『わかりました。さっきの50人分というのは、50食という意味ですよね?』
『ええ、そうね。自分の迷宮を出ると、食料の調達が困難になるわ。最低でも2週間分の非常食を持ち歩くのが、常識らしいわよ』
『なるほど。だから、皆はリュックを背負ってるんですね。用意しますね。また、今夜』
『よろしくね。あ、もちろん、交戦の備えもね』
ユキナさんはそう言うと、念話は終了した。
(交戦か……)
『マスター、6階層のボスが完成しました』
雲のような綿菓子の上にポツンと立つダンジョンコアの台座に、白い猫が姿を現した。
「わかった。この社をボス部屋近くに移動してくれる?」
『かしこまりました。マスターが外出されるときは、この台座は、迷宮ガーディアンの術によって隠すことになりましたので、ご安心ください』
「ん? チビの術? あぁ、そうか、蝶は幻術が得意だからな。でも、ダンジョンコアを守る能力が高いのは、キミだからね。頼りにしてるよ」
『は、はい! お任せください!』
(あっ、機嫌がなおった)
◇◇◇
ボス部屋の前に降り、扉を開く。
(あれ? 豪華な木箱?)
僕は一瞬、ボスが居ないのかと錯覚した。うっすらと漂う霧のせいか。
木箱に近寄っていくと、こちらからはまだ何も仕掛けてないのに、突然ギィイッと開いた。
『よく来たな、人間!』
(また同じセリフだ)
アンドロイドが巨大なミミックにすると言っていたが、名前もそのままだな。だが、雪の迷路にいたミミックとは違って、ゲームで見るような典型的な姿をしている。
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名前:ビッグミミック
[HP:体力] 10,500/10,500
[MP:魔力] 1,500/1,500
[物理攻撃力]2,900
[物理防御力]9,800
[魔法攻撃力]9,500
[魔法防御力]3,500
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体力が1万を超えてきたか。魔法攻撃を使うのに、魔法防御力に比べて物理防御力が高い。これは、冒険者が混乱しそうだ。
僕は、装備していた剣を構えた。
(はい?)
僕が近くにいるからか、ビッグミミックは、長い舌で僕を叩こうとしたらしい。
ザンッ!
予期せぬ攻撃のせいで、僕は反射的に剣を振ってしまった。手加減ができなかったその一撃で、ビッグミミックは、パッと消えた。
(オーバーキルしたか……)
ドロップ品は、無い。
(はぁ、失敗した)
オーバーキルしてしまうと、階層ボスは、討伐ドロップ品を落とさないんだよな。
回復薬なら、他の階層ボスで得たものが、アイテムボックスに数十本は入っている。まぁ、いっか。
宝箱の中身は、想像した通り、カップ麺の詰め合わせだった。雪の迷路で食べたのは、しょうゆ味だったよな。他には、しお味、みそ味、カレー味、そしてパスタっぽい物もあった。5種類が3つずつ入っている。
(持ち出せる水も欲しいな)
ボス部屋に現れた転移魔法陣を使って、僕は、1階層の住居へと移動した。