102、戸惑う冒険者たち
社から、アントさんと一緒に広い道に戻った。僕達が戻ろうと意識すると、来たときとは逆で、身体が下へと降りていった。
雲からゆっくりと地上に降りていくのは、やはり楽しい。観覧車に乗っているような速度だったから、階層全体を見回すことができた。
社の敷地の雲のような綿菓子は、どうやら僕の意思で、浮かんでいる場所を変えられるようだ。6階層のどこからでも、社へ行けるということだ。
「えっ? 五十嵐さん?」
広い道には、僕の迷宮によく来る冒険者達が、集まっていた。雲からゆっくりと降りてくる姿は、下から見えてしまうみたいだな。
彼らは、僕に声をかけてきたが、僕と一緒に降りてきたアントさんをチラチラ見ている。たまに来る、女性ばかりの冒険者パーティもいるようだ。
「皆さん、こんにちは。もう、6階層に来てくださったんですね。階層ボスは、まだできてないんですよ」
「迷宮情報が更新されたから、すぐに来ましたよ。ここからどうしようかと相談していたんです」
「まだ迷宮情報は、正確な情報が開示できていないと思います。今、あちら側の調整をしていたところです」
(あれ? 何か変だな)
雪の迷路を指差したが、皆の反応は薄い。
「五十嵐さん、この階層は、なぜこんなに寒いのですか? 北海道でも、ここまで寒くないですよ」
(寒すぎたのか)
だが寒さに耐性が無さすぎると、この後、厄災が発生したら、簡単な氷魔法だけで人間は壊滅する。高熱化のせいで寒さへの備えを忘れているが、防寒対策も必要だよな。そんなことは、普通の冒険者には言えないが。
「僕の迷宮では、僕がいた時代の日本を部分的に再現しています。この寒さは、迷宮特区のある滋賀県の普通の冬の寒さですよ」
「ええっ! そうなんですか!?」
「はい。僕は自分の記憶から、迷宮を造っていますからね。冬の朝は、空気が澄んでいて気持ちいいでしょう?」
「いや、そんなことを考える余裕はなくて」
(まぁ、夏服だもんね)
「あちらの建物は、ゲームセンターになってます。建物の中は、暖かいですよ。食堂の営業はまだなのですが」
「昔のゲーセンってやつですね! オレ、ゲームってやったことないんすけど」
「店員がたくさんいますから、大丈夫ですよ。見学だけでもどうぞ。あっ、防寒具も景品になってますよ」
僕がそう説明すると、集まっていた冒険者達は、一斉に建物へと向かった。だが橋を渡ったのに、なぜか数人が戻ってきた。
「五十嵐さん、窓から中が見えたんですが、オレ達が入ってもいいのでしょうか」
(あー、蝶が見えたか)
アントさんの眷属の蝶は、皆、女性の姿をしている。異世界人っぽさはないが、個性的でバラバラな髪の色が際立つ。黒いタキシードのようなスーツを着ているから、髪の派手さが目立つのだろう。
「黒いスーツを着ている女性達は、ゲームセンターの店員ですよ。髪色が派手だから驚きましたか」
「いや、超絶すぎる美人ばかりだし、何より、すんごい建物なんだが」
(確かに豪華だよね)
「アンドロイドが、皆さんにゆったりと遊んでもらう空間を意識したみたいです。無料の飲み物コーナーは、既に利用してもらえますよ」
「入場料は……オレ達、そんなに稼ぎはないんだ」
「入場料は不要です。ゲームは、コインしか利用できないので、遊びたいなら入り口近くで、コインを買っていただく必要がありますが、見学だけならお金は不要ですよ」
「そ、そうなのですか……いや……」
すると、黙っていたアントさんが口を開く。
「ケント、俺達も一緒に行けばいいだろう。店員はまだ不慣れだろうからな。ふっ、チビが店長をしているぜ」
「えっ、そうなの? じゃあ、様子を見に行こうか」
僕達も、ゲームセンターへの橋を渡った。
(みんな、いる……)
戻ってこなかった冒険者達も、中に入りにくいのか、入り口で立ち止まっていた。さっきは居なかった別の人も、合流して、中の様子を見ている。
(確かに、入りにくいか)
「あぁ! 五十嵐さん。私達って、こんな小汚い服で入ってもいいのかしら。ここは特別な建物なのよね? 王子様もいるから、王宮なのかな」
(王子様?)
「私達、今まで何も気にしなかったけど、五十嵐さんも服装に気を遣っていてカッコいいし、お友達もすごくカッコいいし、私達が、こんなところにいても良いのかなって思う」
(確かに、カッコいいか)
アントさんは、クールなイケメンだもんな。そして僕は……服はカッコいい、か。
「この店では、スロットでコインを増やせば景品と交換できるらしいぜ。景品は定期的に入れ替えると言っていたから、お嬢さん達が欲しがるような服も、景品にあるんじゃねぇか?」
(防寒具じゃなくて、オシャレな服?)
アントさんがそう話すと、女性達は顔を赤らめている。クールな彼が、こんな説明をしてくれるのも珍しいけど。
「そ、そうなんですね」
「あぁ、だが、そもそも服装なんて気にする必要はない。見た目よりも、ここが大事だろ?」
アントさんが、自分の胸を指差した。彼が言いたいことは、おそらく、強い敵に遭遇しても恐れない心だ。だが彼女達は、心の美しさだと解釈しただろう。
(まぁ、いっか)
彼女達は、ポーッと惚けた顔で、コクコクと頷いている。完全に、蟲の魔王に魅了されてるな。
「ケント、客がいないから入りにくいんだろ。俺達が先導すればいい」
「そうだね。じゃあ、皆さん、見学だけでもどうぞ」
僕は、入り口に立った。店にはよくある自動ドアなのに、冒険者達は驚いているようだ。
「いらっしゃいませ」
入り口には、アントさんの眷属の蝶が、数名並んでいた。アントさんが入ってきたから、彼女達も緊張しているようだ。
「初めての利用だ。説明を頼む」
「かしこまりました」
彼女達は笑顔で、冒険者達に説明を始めた。
入り口では、1枚1000円でコインの購入ができることの説明から始まった。みんな電子マネーを使っているから、身分証のようなものをかざすことで、支払いが完了するらしい。
今の時代の給料や食品以外の値段は、僕の感覚の10倍だから、コイン1枚は100円くらいの感覚だろう。だが、遊びにお金を使う余裕があるのだろうか。
(あっ、そうだ)
「ちょっと待って」
僕は、コインを買おうとした冒険者を止めた。
「五十嵐さん、どうしました? やはり、この服ではゲームは……」
「いや、服は気にしないでください。このゲームセンターを知ってもらうために、オープニングイベントとして、しばらくの間は、初めて来た人には、コインを10枚プレゼントしようと思いついたんですよ」
僕がそう言うと、冒険者達の表情は一気に明るくなった。だよな。やはり、お試しが必要だ。
「じゃあ、店長を呼ぶか」
アントさんは、ニヤッと笑って、パチンと指を弾いた。
(えっ!? これがチビ?)