101、蟲の魔王アントの挑戦券
「へ? 抱っこのおねだりですか? アントさん、それはないですよ。白い猫が獣人の赤ん坊に進化したようですが、そもそもアンドロイドですよ?」
「ラランがケントにへばりつくから、羨ましくなったんじゃないか? 俺の眷属達が、言ってたぜ。ラランを肩車していたときにはいつも、白い猫がジトーっと見ていたらしい」
(まさか、嫉妬した?)
こんな話をしていても、猫耳の赤ん坊は、僕に手を伸ばしたままだ。本当に抱き上げてほしいのだろうか。
僕は、赤ん坊の両脇に手を入れ、持ち上げてみた。アンドロイドらしさは全くない。白い猫も、本物の動物っぽい感じだったからな。
抱っこと言われても、ここからどうすればわからず、僕はそのまま、雲のような綿菓子の上に下ろした。
「ふっ、ケントはそういう所は不器用だな」
「うーん、こんな赤ん坊の姿だと、どう扱えばいいかわからなくて。ラランは勝手によじ登ってくるから」
「確かにな。アイツは距離感が極端におかしいからな」
僕達がそんな話をしていると、猫耳の赤ん坊は、白い猫に姿を変え、ツーンと澄ましている。よくわからない行動だ。
そもそもアンドロイドには、嫉妬のような複雑な感情はないはずだ。危機感や警戒感は、迷宮の安全のために必要だが、抱っこしてほしいという欲求もないよな。
「あーあ、拗ねたんじゃないか?」
「いや、それは無いですよ。えーっと、雪の迷路の給湯スポットの設置をしてしまいますね」
アントさんは、白い猫の様子を興味深そうに眺めている。多くの眷属を生み出す彼は、アンドロイドの進化にも興味があるようだ。
僕は、ダンジョンコアの台座に触れ、雪の迷路を上からの視点で見ていく。一ヶ所だけ、派手なガゼボのような給湯スポットを作ったが、あれと同じ物をコピーするような形で、一定間隔に設置した。
寒い雪の迷路では、給湯スポットは、冒険者達の命綱になるかもしれない。僕は、迷路の迷い込むと抜け出しにくい部分などにも設置していった。
雪の迷路の出口は、ボス部屋の近くの広い道にあるだけだ。迷路を通らなくてもボス部屋に行ける。これには、不満が出るだろうか。説明者をおくべきかな。
「ケント、迷路の出口には、宝箱を置けばいいんじゃないか?」
(また、僕の考えを覗いたな)
「そうすると、出口の方から入ってくる冒険者もいると思うのですが」
「いいじゃねぇか」
(あれ? なんかニヤニヤしてる?)
「アントさん、何を思いついたんですか? その宝箱に入れるものですよね?」
「あぁ、ふふっ、これでどうだ?」
アントさんは、カードのようなものを作ったようだ。異世界の文字が書かれていた。
【挑戦券・銅】
彼は澄ましているが、口角はヒクついてる。
彼の国では、厄災の期間以外は、毎年、闘技大会を開催していると聞いたことがある。種族に関係なく、いろいろな国から参加者が集まるらしい。
最後まで勝ち進んだ参加者には、蟲の魔王や歴代の覇者へ挑戦する権利が与えられるらしい。
「アントさん、もしかして闘技大会の参加券ですか? いや、挑戦券ってことは、歴代覇者への……」
「俺は暇だからな。まぁ、もっと深い階層になってからの話だ。銅なら、相手は俺の眷属だな。銀は、俺の配下で暇な奴を連れてくる。金なら、俺が相手だ。挑戦者が勝てば、俺の国の武器や防具をやる」
「そんなの、金は意味ないじゃないですか。誰もアントさんには勝てないですよ」
「そうか? ケントより強い帰還者もいるのだろう? 眷属の調整にもなるから、俺としても利がある。あぁ、階層ボスに使ってくれてもいいぜ? 次の厄災までに試したいと思っているのが、たくさんあるからな」
「蟲の魔王の眷属が、階層ボス!?」
「あぁ、それもやろうぜ。こないだの厄災のときは、ザコを一掃するはずの岩虫が、逆に一掃されちまったし、火のビィは役に立たなかった。改良したいから実戦データが欲しい」
アントさんは、そういえばカルマ洞窟では、どうしようかと困ったときには、大量すぎる眷属を使って、進路を切り開いてくれたっけ。
岩虫は、瘴気を減らすために使ったのだと思っていた。様々な毒を吸収して、空気が浄化されたから、効果はあったと思う。
火のビィは、凍てつく氷の岩盤を溶かすために使ったと思っていた。足を踏み入れると凍りつく岩盤の氷が溶けたから、僕達は普通に進むことができた。
(まさか、失敗だったなんてな)
そういえば、近くにいた魔王の一人が、アントさんに、何か嫌なことを言っていたっけ。
五大魔王以外の魔王達は、常に勢力争いをしているらしい。厄災のときには協力しているようだが、やはり、わだかまりは残るのだろう。
「アントさん、岩虫や火のビィは、僕の迷宮では、まだまだ強すぎます。でも、階層ボスを提供してもらえるなら、それは面白そうですね」
「おっ? そうか? じゃあ、試したい眷属の実験に使ってくれ。楽しくなってきたな。チビの実戦練習にも使っていいぜ」
「僕に倒せない階層ボスは、困りますからね」
「あぁ、わかってるって。何も気にしなくていいってことだろ?」
(はい?)
僕は、反論しようと思ったけど、やめた。からかわれているだけだ。
「ククッ、また、そんな顔しやがって。大人ぶってんじゃねぇよ」
アントさんは、僕の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。
(ふっ、あたたかい)
「大人ぶってるんじゃなくて、僕は大人ですから! 見た目は、17歳のままだけど、中身は20代ですからね」
「俺達の感覚だと、ケントはまだまだ子供だぜ。ふっ、大人は子供を守ってやるもんだ。仕方ないな。これ以上しつこくすると、ケントは拗ねるからな。この世界では、ケントは、一応大人だってことにしておくか」
そう言って、やわらかな笑みを見せたアントさんは、やはり僕の師匠だよな。僕を子供扱いすることで、困ったときや失敗したときには助けてやる、と言っているんだ。
『そのカードの裏に、日本語で説明を入れても構いませんか』
白い猫は、僕をスルーして、アントさんに直接尋ねた。
(あれ? まだ怒ってる?)
「あぁ、いいぜ。銀と金の見本も渡しておく」
アントさんは、3枚のカードを白い猫に渡した。
カードはスッと消え、雪の迷路の出口には、新たな宝箱が現れたようだ。
白い猫は仕事が終わると、僕には何も言わずに、スッと姿を消した。
(本当に、拗ねているらしい)
アンドロイドに人のような複雑な感情が備わっていることに、僕は驚いた。これまでも、たまに不機嫌になることはあったが、こんな人間っぽさは感じなかった。
本人が自慢していたが、迷宮特区内で最も優秀、いや、最も特異な進化をした個体かもしれない。
僕達は、社から、広い道へと戻った。