第41話(中編) 貴族の国、サフクラント(中編)
(※第41話の中盤です)
(回想シーンからスタート)
今から3年前。
ケルビニアン暦2047K年の6月中旬頃。
サフクラント公国のアルハンブラス宮殿(※11)には多くの貴族やこの国の騎士団長であるマデレウスたちが集まっていた。
貴族たちの中には家出したシェルージェの祖父であるオルブラングや母のラプシェイアたちもいる。
どうやら重要な会議のために宮殿へ集まったようだ。
議長ともいえるオルブラングが集まった貴族やマデレウスたちに、
オルブラング(クランペリノ公爵)「話というのは他でもない…我が孫シェルージェについてだ…」
ロベルジーノ(クランペリノ家の分家の出)「シェルージェに何かあったのですか?オルブラングさん、ラプシェイアさん」
ラプシェイア「ええ…皆様にお伝えしなければならない事がありまして…」
マデレウス「騎士団長である私は無論聞いておりますぞ」
サフクランドス公爵「私もですよ」
「公都内であれだけ兵が動いていれば、伝令も早いものでしたので」
バルデンベイル公爵「左様ですか」
「しかし地方から来た我々には何のお話か分かりませぬ」
ピスパルカー侯爵「公爵、お話をお願いいたします」
オルブラング「シェルージェがクランフェルジスの王宮から家出をした…10日ほど前にな…」
アンドロランス公爵「なんですって!?あのシェルージェちゃんが!?」
バルデンベイル公爵「なるほど…そのようなお話でしたら、確かに我々が集まるほどの一大事ですな…」
オルブラング「連日兵士たちに公都やその周辺を探させているが、未だシェルージェを保護できていない…」
「一体今はどこにいるのやら…」
ロベルジーノ「オルブラングさん、状況が状況です」
「これはすぐにでも貴族や市民、サフクラントの全国民に知らせなければならない緊急事態ですぞ」
バルデンベイル公爵「私もそう思いますよ。全国民に事実を伝え、国中でシェルージェを探すべきです」
「兵士たちに探せているだけでは限界があるでしょうから」
アンドロランス公爵「そうですわ!かなりの事態ですよ!」
「もしシェルージェちゃんがならず者たちに連れて行かれたり、魔獣たちに襲われてしまったりしたら、取り返しがつきません!」
ロベルジーノ「すでに10日も経っているのなら…最悪な事態が起きていても…」
ラプシェイア「うっ…」
サフクランドス公爵「…」
アンドロランス公爵「クランペリノ公爵!今すぐ王宮を出て周囲の国民たちに呼びかけを!」
会議の場にいた他の貴族たちも、
公爵(中年男性)①「そうだ!何か起きてからでは遅いぞ!」
侯爵(中年女性)①「シェルージェ様を放ってはおけません!」
ピスパルカー侯爵「落ち着いてくださいよ、皆様」
「私はクランペリノ公爵がそのような判断をするとは思えませんが」
バルデンベイル公爵「ピスパルカー侯爵、何が言いたい?」
ピスパルカー侯爵「クランペリノ公爵が守りたいのは孫娘よりも名誉や誇りということですよ」
「違いますかな、公爵?」
オルブラング「ピスパルカー侯爵の言う通りだ…私はクランペリノ家の名誉や誇りを守るため、今シェルージェの件を公に話すつもりはない…」
ラプシェイア「お父様…そう言うと思っておりましたわ…」
アンドロランス公爵「クランペリノ公爵!?なぜです!?」
ロベルジーノ「オルブラングさん、あなたは我がクランペリノ家本家の血筋だ」
「あなたなら我々分家の人間以上にシェルージェの血の重みを分かっているはずだが…」
オルブラング「重みが分かっているから、私は名誉や誇りを選ぶのだ…」
「今ここで国民たちに家出をしたなどと正直に言えるはずがない…」
「そんな事を言えば、クランペリノ家にとって末代までの恥となるだろう…」
ピスパルカー侯爵「賢明な判断ですな。私も自分の子供が家出をしたのなら、それをすぐ周りに話そうとは思いませんよ」
ピスパルカー侯爵「貴族、特に公爵家や侯爵家の名誉や誇りは何よりも重いはず…」
「たとえ子供に何かあったとしても、それらを守らねばならぬときもあるでしょうから…」
アンドロランス公爵「ピスパルカー侯爵、上級貴族の名誉や誇りの重さは私も認めます」
「ですが、あなたはそれに固執してばかりいるとも思えます」
「名誉や誇りにばかり囚われているから、奥様や娘のイザベリスちゃんが家を出て行ったのではありませんか?」
ピスパルカー侯爵「アンドロランス公爵、貴族としての地位はそちらが上でありますが、お言葉には気をつけていただきたい」
「私は侯爵家の人間として、貴族の名誉や誇りが簡単に揺らいでしまうような曖昧なものにはしたくありませんのでね」
アンドロランス公爵「それは時代に合っていない昔ながらの固執した考え方です!」
「今の時代、貴族や王族にも柔軟な考えが必要なのですよ!」
ピスパルカー侯爵「伝統や格式こそ、我ら貴族の誇り」
「これらを捨ててまで新しい考えを持つ気はありませんな。少なくとも今の時点では…」
サフクランドス公爵「アンドロランス公爵、ピスパルカー侯爵」
「今は貴族の在り方についてあれこれ議論しているときではありません。シェルージェについての話をするときです」
「そこを勘違いされないように…」
アンドロランス公爵「サフクランドス公爵、失礼いたしました…」
ピスパルカー侯爵「これは申し訳ありませんでしたな」
「まあ名家と呼ばれても私はあくまで侯爵家の人間」
「公爵の方々の決定には従わざるを得ませんので、私の意見などお気になさらなくても結構でございます」
バルデンベイル公爵(心の中で)「(どうも鼻につくような言い方だ。ピスパルカー侯爵も相変わらずだな)」
「(まあ伝統や格式を重んじるその考え方は、貴族としては今も一般的なのだがな…)」
サフクランドス公爵「クランペリノ公爵、まだお話しすることがあるでしょうから、どうぞお続けください」
アンドロランス公爵「そうですわ。シェルージェちゃんの家出を誤魔化すにしても彼女が今近くにいないのは事実、それを不審に思う国民たちも出てくるはずです」
「シェルージェちゃんが不在であることを国民たちにどう説明するのですか?」
オルブラング(クランペリノ公爵)「それについては私も考えた。シェルージェのことは「異国のことも学ばせるため、ガーランゲルド王国に留学させた」などと国民たちに話すつもりだ…」
バルデンベイル公爵「ガーランゲルドに?それはいろいろと無理があるのでは」
アンドロランス公爵「そうですよ。ガーランゲルドは北の月(北側の大陸)の中でも北部に位置する国です。ここサフクラントからは離れすぎていますよ」
ロベルジーノ(クランペリノ侯爵)「オルブラングさん、もう一人の娘さんであるレプチェールさんが向こうの公爵家、グスタヴィアン家に嫁いだからそのようなお考えに至ったのかもしれませんが、それで何もかも解決というわけには…」
アンドロランス公爵「クランペリノ侯爵のおっしゃる通りですわ」
「ガーランゲルドに留学させたと言っておいて、数日後にシェルージェちゃんが王宮に帰ってきたら、どう説明するつもりですか?」
オルブラング「そうなったら半年くらい王宮の中で身を隠してくれればいい…」
サフクランドス公爵「では逆にこの先何年もシェルージェが見つからなかったら、それはどう説明するつもりですか?」
オルブラング「それなら、「ベルジングラード村(※12)が気に入って、しばらく村で暮らしたくなった」などと言えばいい…」
アンドロランス公爵「確かにグスタヴィアン家が治めるベルジングラード村はムーンリアス中の貴族たちが憧れるほど華やかな村ではありますが…」
ロベルジーノ「実際村に行ったシェルージェ自身も気に入っていましたよ」
「王宮を訪れた私に村の華やかさなどを話していたくらいですからね」
アンドロランス公爵「まあそういう話でしたら国民たちに通用するところもあるとは思いますが…」
バルデンベイル公爵「だがそれで誤魔化せたとしても長くて10年」
「クランペリノ家本家の人間であるシェルージェが20年、30年も村にいてはあまりにも不自然」
「クランペリノ公爵、それくらい先の未来の事も考えたうえで、国民たちに話すおつもりですかな?」
ロベルジーノ「オルブラングさん、現状ではシェルージェが確実に見つかり、そして王宮に帰ってくるという保証は一切ないのですよ」
「先程も少し申しましたが、シェルージェはすでに魔獣に襲われ亡くなっているという可能性だって0ではありません」
ラプシェイア「うっ…あっ…」
ロベルジーノ「長い目で見れば誤魔化しきれないと思うのですがね?」
オルブラング(クランペリノ公爵)「自分でも分かっているさ。この策が完璧でないことくらい…」
「だが今の私ではこの考えが精一杯なのだよ…」
ピスパルカー侯爵「お気持ちは分かりますよ。私も同じ状況に陥ったら、誰もが納得できるような完璧な策を思い浮かばないでしょうからね」
サフクランドス公爵「クランペリノ公爵、国民たちへの対応はともかく、今はシェルージェを捜索することに最善を尽くしましょう」
「マデレウス騎士団長もそれでよろしいですね?」
マデレウス「ええ、このマデレウス、シェルージェ様のためならいくらでも兵を動かしてみせますよ」
ラプシェイア「騎士団の皆様、お願いします…」
「どうか、シェルージェのために…」
オルブラング「まあ本音で言えば、今回の家出で私はシェルージェに対して怒っている部分もあるがな…」
ロベルジーノ「しかしシェルージェが家出をした原因は、主にあなたにあるのではありませんかな?」
アンドロランス公爵「そうですよ。貴族として厳しい教育をし過ぎたのではないですか?」
ピスパルカー侯爵「まあ名門公爵家の子供を教育するのであれば、やり過ぎや押し付け過ぎでも良いとは思いますがね」
オルブラング「今回の家出の非がこの私にあったとしも、私自身はシェルージェを怒っている…」
ラプシェイア「お父様!確かにシェルージェの行動にも問題はありましたが、なぜそこまで怒るのですか!」
「今はシェルージェの身を心配してあげなければならないときだというのに!」
オルブラング「ラプシェイア!シェルージェは家出をした次の日には公都内で見つかっているのだぞ!」
「それなのになんだ!連れ戻そうとする兵士たちを拒み、彼らに「当分帰らない」などと言って自分から逃げていったのだ!」
「さすがの私でも今回ばかりは堪忍袋の緒が切れている!」
ラプシェイア「お父様!そこまでシェルージェを悪く言わなくても!」
オルブラング「お前の子供が他にもいれば、私もあのバカ娘のことなど諦めて……」
「うぐっ!ガハッ!」
「ゲ…ゲボ…ううっ…」
オルブラング(クランペリノ公爵)は急に激しく咳き込んだ。
ロベルジーノ「オルブラングさん!?」
アンドロランス公爵「ク、クランペリノ公爵!?どうしたのですか!?」
オルブラング「どうにも体調が悪いのだ…」
「シェルージェが家出をした頃から体の様子がおかしくてな…」
「うがっ!ぐっ!」
ピスパルカー侯爵「公爵、おきついのでしたら、会議はまた明日以降にでも…」
オルブラング「だ、大丈夫だ…」
「シェルージェの件以外にも皆に伝えることはまだある…」
「そ、それだけ話をさせてくれ…」
ラプシェイア「お父様…」
オルブラング(クランペリノ公爵)は改めて皆の前で、
オルブラング「誇り高きサフクラントの貴族たちよ…」
「話した通り、私の体はかなり弱っている…」
「治療や薬、回復魔法などでは、もう完治できないかもしれない…」
「体が弱ってしまったこと、そしてシェルージェの件に責任を取りたいことから私は考えた…」
「私は大公を辞職する…」
「次の大公は私に構わず皆で決めてくれ…」
一同「!!」
オルブラング「大公だけではない、クランペリノ家の当主としても身を引く…」
「ラプシェイア、我が娘であるそなたに当主の座を譲ろう…」
ラプシェイア「お父様…私、その話までは聞いては…」
サフクランドス公爵「大公でもなければ、当主でもなくなる…つまりオルブラングさんは今後サフクラントの政治とは関わらないということですか?」
オルブラング「それが私なりのけじめだ…」
「もう大人しく身を引くよ…」
オルブラング「だが、この頼みだけはどうしても聞いてほしい…」
アンドロランス公爵「それは何でしょうか?」
オルブラング「シェルージェの件は大ごとにはしたくないし、あの娘のことで他国に迷惑はかけたくない…」
「シェルージェの家出の件は国外、異国の王族や政治家、騎士団員たちにはどうか伝えないでほしい…」
ロベルジーノ(クランペリノ侯爵)「オルブラングさん、それではシェルージェが異国に行ってしまった場合、探しようがないではありませんか?」
アンドロランス公爵「そうですよ!異国の方々でしたら、クランペリノ家の名を知っていても、あなたの孫娘であるシェルージェちゃんの顔まではまず分からないですよ!」
バルデンベイル公爵「無論このサフクラントの人間全てがシェルージェの顔を知っているわけではない」
「公都から離れた地方の者たちであれば、顔も見たことはないだろう」
オルブラング「知られていないからこそいいんだ…」
「シェルージェの家出の件はサフクラント国内だけで解決したい…」
サフクランドス公爵「オルブラングさん、クランペリノ侯爵たちもおっしゃっておりましたが、本来シェルージェはムーンリアス全ての人間で探さなければならないほど重い血筋なのですよ」
オルブラング「血が重いからこそ恥をかきたくないのだ…」
「誇り高きクランペリノ家の人間が家出をしたことなど、ムーンリアス全土に伝えたくもない…」
ピスパルカー侯爵「あくまでも孫娘の安全よりも名誉や誇りを選ぶのですか」
「さすがは公爵家の重みというわけですかな」
オルブラング「そうだ…今の私はシェルージェよりもそちらを取りたい…」
ラプシェイア「お父様!あなたはシェルージェがかわいくないのですか!祖父として愛していないのですか!」
「目に見える孫よりも目に見えない誇りや名誉を選ぶなんて!」
オルブラング「ラプシェイア、先程ピスパルカー侯爵が言った通りだ…」
「それが公爵家という地位の重みなのだよ…」
「私が何も背負っていない一人の祖父としてシェルージェと接すれば、それはクランペリノ家の未来にまで響くはずだ…」
ラプシェイア「そんな…そんなにまで、誇りや名誉を…」
サフクランドス公爵「ラプシェイアさん、落ち着いてください」
「まずは私にオルブラングさんと話をさせてください」
ラプシェイア「サフクランドス公爵…?」
サフクランドス公爵「オルブラングさん、あなたが体調やシェルージェの家出の件で大公を辞職したいというのなら、その意思を尊重いたしましょう」
オルブラング「サフクランドス公爵、恩に着る…」
サフクランドス公爵「あなたの言う通り、シェルージェの家出の件は他国には公表しません」
「シェルージェはサフクラント国内でのみ捜索いたします」
オルブラング「助かるよ…」
「公爵家から男爵家まで、サフクラントの全ての貴族に家出の件は伝えても良いが、どうか一般国民にだけは内密にしてほしい…」
「そして国民たちにシェルージェがいない理由を尋ねられたら、先程私の言った通り、「ガーランゲルドに留学させた」などと言ってくれ…頼む…」
サフクランドス公爵「分かりました。23代大公の最後のご要望ということで聞き入れましょう」
ラプシェイア「サフクランドス公爵…」
サフクランドス公爵「ですが、私からもあなたに一つ要求させていただきます」
オルブラング「何?」
サフクランドス公爵「あなたの案に対して3年の期限を設けます」
「3年後の2050K年6月末までにシェルージェが見つからない、もしくは生死が判明していなければ、次の7月に全てを話させてもらいます」
「ムーンリアス全ての国々とサフクラントの一般国民たちに対して」
オルブラング「3年経ったら、私が隠しておきたい事を全て話すというのかね?」
サフクランドス公爵「シェルージェの血の重さ、そして貴族の名誉や誇りなどを考えて判断したことです」
「私は大公を辞職するというあなたの意思などを受け入れるつもりなのですから、あなたのほうも私の意見を聞いてほしいのです」
オルブラング「あくまで公爵家の人間同士対等にいきたいというわけか…」
「いいだろう…3年経ってもシェルージェのことがはっきりしなければ、家出をしたなどと堂々と世界に言ってくれ…」
「そのときは恥をかこうではないか…ムーンリアス中の人間たちの前でな…」
ラプシェイア「お、お父様…」
サフクランドス公爵「無論3年以内に解決すれば、何も公表しませんよ」
「オルブラングさん、あなたがいかに体調を崩そうが、この3年の間にシェルージェやクランペリノ家の命運がかかっていると思ってください」
オルブラング「分かった…」
サフクランドス公爵「ラプシェイアさんも3年間はシェルージェの件を他国に公表しないということで納得していただけますか?」
ラプシェイア「一人の母の気持ちとしては、今すぐにでもシェルージェの件を公表し、世界中の方々にあの娘を探していただきたいと思っています…」
サフクランドス公爵「お気持ちはよく分かります」
「しかしオルブラングさんたちのおっしゃる通り、他国にまで話をすれば、間違いなく名誉や誇りに傷がつきます」
「クランペリノ家だけではなく、サフクラントの貴族全員にまで傷が及ぶことでしょう」
ラプシェイア「そ、それはあり得ますが…」
サフクランドス公爵「まあ少なくとも名誉や誇りを3年間保証できるのでしたら、今はぜひそうしてほしいものですな」
サフクランドス公爵「貴族とはいえ、名誉や誇りにばかり固執することは、常に正解ではないと私は思っております」
「ですが名誉や誇りに対して自覚がないのも、それはそれで良くないことなのです」
ラプシェイア「そ、そうですね…」
「公爵家の人間としての自覚が生まれるからこそ、責任ある政治をしようと思えるのですから…」
サフクランドス公爵「ラプシェイアさん、ここは私やお父様たちに免じて国民や他国に公表しない案をお認めください」
ラプシェイア「わ、分かりました…」
(心の中で)「(私は失格だ…母親として失格だ…)」
サフクランドス公爵「とにかく今は国内の捜索に全力を尽くしましょう」
ピスパルカー侯爵「やれやれ、こうなれば一刻も早くシェルージェ様が見つかってほしいものですな」
「我ら貴族の名誉や誇りを保つためにも」
バルデンベイル公爵「マデレウス騎士団長、我々貴族もできる限り協力するが、捜索の要はあくまで騎士団だ」
「シェルージェのことをよろしく頼むぞ」
マデレウス「ハッ!このマデレウス、シェルージェのお命と貴族の名誉や誇りを必ずや守ってみせましょう!」
ラプシェイア「マデレウス騎士団長、お願いいたします…」
サフクランドス公爵「騎士団長、早速捜索部隊を編制し事に当たってください」
「我々はまだ話があるでしょうから、騎士団員たちへの説明などはあなたにお任せしますので」
マデレウス「ハッ!」
ロベルジーノ(小声)「(サフクランドス公爵、見事な対応だ…)」
アンドロランス公爵(小声)「(次の大公様は決まったようなものですね)」
1か月半後(8月)、オルブラングは大公を正式に辞職し、公爵家の当主からも身を引いた。
そしてサフクランドス公爵が次の24代大公となり、オルブラングの娘ラプシェイアがクランペリノ家の新たな当主となり、公爵の称号も与えられた。
それから2か月後(10月)、公爵家の当主となったラプシェイアは、公都のセルゴビーア地区の美しいアルカサル(城)で、新大公のベルンディーネ(サフクランドス大公)とその娘エルンビーナたちと話をしていた。
公爵改め、サフクランドス大公「司祭様たちに聞きましたよ、ここ最近サブラダ・ファミリアの教会(※13)に訪れ、毎日のようにお祈りをなさっていると」
エルンビーナ「お母様としてシェルージェ様のご無事を祈っているのですね」
ラプシェイア「祈ってはいても、母親として私は失格ですよ…」
「シェルージェのことを本当に想うのなら、公爵の地位を捨ててでも、私自らあの娘を探しに行くべきなのに…他国に言えないこの状況ならもっと動くべきなのに…」
サフクランドス大公「私はあなたの行動が間違っているとは思いませんよ」
エルンビーナ「母の言う通りでございます」
「シェルージェ様が王宮にいない今、ラプシェイア様まで探しに出かけていなくなってしまったら、どうなるのですか?」
サフクランドス大公「シェルージェの留学に対しては、疑問に思う国民も多いでしょう」
「そのような状況の中であなたまでいなくなってしまったら、国民たちは尚更心配になりますよ」
エルンビーナ「ラプシェイア様、お気持ちは分かりますが、野外活動などを得意とする騎士団員たちが連日国内を探し回ってもシェルージェ様を見つけられないのです」
「今ラプシェイア様一人が動いてもどうにかなる状況ではないと思うのです」
ラプシェイア(クランペリノ公爵)「冷静に考えればその通りですよね…」
「ですがただ祈ることしかできないのが、母としてあまりにも悔しくて…」
エルンビーナ「ラプシェイア様、あまりご自分を責めないでくださいませ…」
サフクランドス大公「クランペリノ公爵、あなたが無事を祈っている場所はあのサブラダ・ファミリアではないですか」
「ワトニカの方にも協力していただき、完成までに150年以上の月日を経た」
エルンビーナ「そうですわね、お母様」
「地下聖堂に天使たちのファサード(正門)。ムーンリアス全土で見ても由緒ある立派な教会、サブラダ・ファミリアでのお祈りですよね」
サフクランドス大公「それならば信じましょう、シェルージェにサブラダ・ファミリアのご加護があらんことを…」
ラプシェイア「大公様…エルンビーナさん…」
サフクランドス大公たちの言葉などを聞き、ラプシェイアは少しずつ元気を取り戻していった。
しかしラプシェイアの祈りも虚しく、シェルージェは一向に見つからず、オルブラングもやつれていく一方であった。
それから2年半ほど月日が流れ…
(※後編へ続きます)




