第3話 世界に15人
3話目です。今回はクレードの旅立ちと、この先仲間になるクリスタルナンバーズの仲間たちが登場します。どうぞよろしくお願いします。
<主な登場人物の紹介>
◎クレード・ロインスタイト(男・?歳・魔法剣士)
・青色の髪をしている本作の主人公である魔法剣士。持っている剣の名は「魔蒼剣」。
魔法の宝石グラン・サファイアにより、クリスターク・ブルーに変身する。
(クリスターク・ブルーは鳥の翼で空を飛べ、鮫の背びれのような翼により高速で泳げる)
ルスモーン島に流れ着く以前の記憶をほとんどなくしている。
島から旅立つために博士からある品々を渡される。
○ヴェルトン・リオロッグ(男・150歳)
・ルスモーン島に滞在する賢者の博士。アイルクリート第一魔法大学の元名誉教授で、自身も第一魔法大学の博士課程を修了した出身者である(そのため魔法大学はヴェルトン博士にとって元職場でもあり母校でもある)。専攻分野は魔法道具学。
旧友からある特殊な魔法をかけられている。
博士は65歳の時ポルーニャという同い年の女性と結婚するも、彼女は85歳で亡くなってしまう。3月26日に150歳になったばかりの博士ではあるが、最愛の妻ポルーニャとの20年の結婚生活は博士にとって今でもかけがえのない大切な日々である。なお二人の間に子供はいない。
◎オリンス・バルブランタ(男・28歳・騎士)
◎アンシー・ヒズバイドン(女・22歳・音楽家)
◎シェルージェ・クランペリノ(女・18歳・盗賊)
◎サンナ・ベルックリンド(女・22歳・シスター)
◎ティム・ソルンズ(男・31歳・魔法使い)
◎ケンイー・ラトイエル(男・25歳・ガンマン)
◎ロゼル・月帝(男・32歳・侍)
◎エリック・龍煌璃(男・31歳・武闘家)
◎ミレイヤ・ラープフォーク(女・24歳・賢者)
◎ハリウ・L・マクロンハイ(男・30歳・陸軍歩兵)
◎カミッシュ・Y・アルバーグン(男・32歳・戦艦艦長)
◎セフィーニ・A・カトラミノ(女・25歳・動物学者)
◎シバト・J・ワイネルド(男・33歳・戦闘機パイロット)
◎ニトイ・W・クロンティーク(女・18歳・戦車乗り)
この先クレードと出会う者たち。この物語における重要人物たち。
ケルビニアン暦2050K年3月27日。
残り17個のグラン・ジェムストーン(原石)を完成させるため、ロッジの一室に引きこもったヴェルトン博士。
約束の時にクレードが博士の居る部屋を訪れると、そこには疲労困憊し床に倒れている博士の姿があった。
博士は床から起き上がろうとするも、口から銀色の液体を大量に吐き出してしまった。それに驚いたクレードは、
クレード「は、博士…この銀色の液体は何だ?あ、あんたの血なのか?」
ヴェルトン「そうだ…私の血だ…」
疲労困憊し、青ざめた表情の博士が話し始めた。
ヴェルトン「わ、私は今から65年前に旧友に魔法をかけられた…」
「その魔法により私の体内は金属と化し、心臓や肺などの臓器、骨や血管など、体内のあらゆる部分が金属へと変わった…」
「そして体を流れる赤い血も水銀のような液体金属へと変わったのだよ…」
クレード(驚きながら)「な、何だと!?」
ヴェルトン「肌の色など私の姿は普通の人間と変わりない…」
「だが150歳という異様な年齢であること、そして飲まず食わずでも平気で生きていられるのは金属魔法の作用により異様な体質となってしまったからだ…」
クレード「金属魔法…それがあんたにかけられた魔法の正体か…」
ヴェルトン「私にこの金属魔法をかけた男の名は、バーテッツ・アラストロ…かつて私と共に魔法道具の研究を行った旧友だ…」
クレード「バ、バーテッツ・アラストロ!?」
ヴェルトン「だかそんな旧友も今は時鋼の魔獣団メタルクロノスの首領として君臨している…」
クレード「時鋼の魔獣団!?メタルクロノス!?」
ヴェルトン「奴らは魔獣たちを手懐けたり、改造したりして自分たちの戦力としている…そして魔獣たちを使いこの世界に宣戦布告する気でいる…」
クレード「せ、宣戦布告だと!?」
ヴェルトン「私は65年前に魔法をかけられ、すぐに海底にある奴らの基地へと連れて行かれた…そしてそれからずっと魔法や魔獣などに関する研究をさせられたよ…毎日、毎日、暗い海の底でな…」
クレード「あんたにそんな過去があったとは…」
ヴェルトン「だが私もついにこれ以上奴らに協力したいとは思えなくなり、私は奴らの基地から逃げ出し、そしてこのルスモーン島(※1)に流れ着いたのだ…」
クレード「それから島に着いて1年半近く経ったというわけか…」
ヴェルトン「うち1年3ヶ月くらいは体力や魔力の使い過ぎで眠っていたがな……」
クレード「しかし博士、64年くらい奴らの基地に居たという割にはあんたは今のムーンリアスの情勢を知っているじゃないか、それはなぜだ?」
ヴェルトン「確かに海の底に居ることが多かったが、研究用の魔獣を採取するために時折地上にも連れて行ってもらったよ…バーテッツたちの移動魔法を使ってな…」
「地上に出た時だけは各地域の情報を集めることも許された…今にして思えばそれがメタルクロノスにいた時の数少ない楽しみだったな…世間を知れることが…」
クレード「博士、あんた…」
ヴェルトン「クレード、悪いが今の私に長話をする体力はもうない…」
「今から君に必要な物を渡す…それらを持ってもうこの島を出るといい…」
そう言って博士は部屋の机やテーブルを指差した。そこには博士に貸したクレードのグラン・サファイアと17個のグラン・ジェムストーン、紙の束が2冊、方位磁石とリュックサックがあった。そしてクレードはまずジェムストーンを見て、
クレード「17個のグラン・ジェムストーン!?全て完成したのか!?」
ヴェルトン「残念だが完成したのは17個のうち14個だけだ…残り3個は未完成だ…」
クレード「そうなのか!?」
続いてクレードは、
クレード「確かによく見ると14個の完成品は淡い虹色の輝きを放っているが、あとの3個は何の輝きもないただの石ころに見える…俺が見ても違いがはっきり分かる…」
ヴェルトン「すまないな…本当は君に残りの17個のジェムストーンも完成させて持たせたかったが、今の私の魔力ではやはり無理だったよ…」
クレード「ではどう何だ?残りの3個はもう完成することはないのか?」
ヴェルトン「いや、まだ可能性は一応ある…」
ヴェルトン「クレード、そこに紙の束が2冊あるだろう…」
「うち1冊は私の母校であるアイルクリート第一魔法大学に向けて書いた論文だ…」
「主にグラン・ジェムストーンやグラン・サファイアについてまとめてある…」
クレード「博士、こんな物も用意していたのか…」
ヴェルトン「完成しなかったときの事も考えてな…」
そして博士は続けて、
ヴェルトン「クレード、悪いがその論文を私の母校まで持っていてくれ…」
「論文の表紙には魔力を込めた私のサインがある…魔法大学の職員たちならばそのサインの魔力を感じ、この論文が紛い物でないと分かるだろう…」
クレード「つまり残りの3個を完成させるために、あんたの大学の力を借りるというわけか…」
ヴェルトン「そういうことだ…だが論文にも書いたことだが、それで完成する可能性はとても低いだろう…」
ヴェルトン「ジェムストーンは長年私自身の魔力を吸収してきた…完成はしなかったが残りの3個も私の魔力をいくらかは吸収したはずだ…」
「そうなるとその未完成の3個は私自身の魔力でないともう受け付けないかもしれない…いくら高い魔力を持った者がジェムストーンに魔力を与えたとしても、私ではない他人の魔力を石が受け付けるかどうか……」
クレード「それでは確率の低い賭けをするということか?」
ヴェルトン「その3個を未完成のままで終わらせたくないからな…たとえ0に近い可能性だとしても私はそれに賭けたい…少なくとも今はな…」
クレード「分かった…この論文と3個の未完成品をあんたの母校まで持っていく…約束する…」
ヴェルトン「すまないな…君は記憶を取り戻さなければならないというのに寄り道をさせて…」
「だが大学の教授たちもクリスタークの戦士となった君からいろいろと話を聞きたいと思うだろう…」
「だから君自身も大学まで行ってくれ…論文や未完成品を郵便などで届けるだけではダメだ…」
クレード「論文や未完成品の件は分かったよ。だが紙の束はもう1冊あるぞ…」
ヴェルトン「そっちは君宛てに書いたレポートだ。それも一緒に持っていってくれ…」
「主にグラン・ジェムストーンとグラン・サファイアの扱い方や変身する戦士の特徴、そして先程話したメタルクロノスについてまとめてあるよ…」
「空いた時間でいいから、どこかで目を通してくれ…」
「少なくとも石の扱い方や宝石の戦士についての部分は、君にとってマニュアルとなるはずだ…」
クレード「それは助かる。あんたからの情報は何でも大事だからな…」
ヴェルトン「これから大学に渡すのは「論文」、そして君に持っていてほしいのは「レポート」…」
「少々ややこしいがそこを間違いないでくれよ…」
クレード「それくらいのことなんて心配しないでくれ…」
ヴェルトン「まあ大学に行ったときは、論文と一緒に参考資料としてレポートも見せてあげてほしいがな…」
続いてヴェルトン博士は、
ヴェルトン「では、グラン・サファイアと完成品、未完成品を含めた17個のグラン・ジェムストーン、大学への論文に、君宛てに書いたレポート…それらをそこのリュックサックに詰めて持っていくといい…」
クレード「だが机やテーブルにはもう一つ何か置いてあるぞ。これは何だ?」
ヴェルトン「それは方位磁石といって、方角が分かる道具だ…」
「Nが北、Eが東、Sが南、Wが西の方角を表している…」
「ルスカンティア王国があるムーンリアス本土はこの島から見て北東の方向に位置する…」
「北東、つまり方位磁石のNEの方向へ進めば本土へと着けるはずだ…」
クレード「なるほど。それはまた便利な物だな」
「おまけにこの方位磁石にはベルトも付いているじゃないか。腕にはめられて丁度いい」
「だが海水に濡らすとダメになりそうだな…ならば本土へは泳いで行かず、空を飛んで行くしかないか…」
ヴェルトン「心配するな、クレード…」
「その方位磁石も含め、君が持っていく物には全て防水加工の魔法をかけてある…」
「だから方位磁石や紙の論文などが水に浸かっても何の問題もない…」
クレード「あんた、魔法でそんなことまでできるのか?」
ヴェルトン「海の底に居た人間なんだ…防水加工の魔法など、私にとっては朝飯前だ…」
「だがクレードよ、ルスカンティアに着いたら君が身に着けている鎧や兜、そしてその方位磁石もちゃんと返したほうがいいぞ…」
「どれもロッジにあった物だ。君の物でも私の物でも……」
「がっ!!」
話の途中だが博士はまた銀色の液体(博士の血)を口から吐き出してしまった。
ヴェルトン「ぐっ!」
クレード「は、博士!大丈夫か!?」
ヴェルトン「クレード、悪いが私を部屋のベッドまで運んでくれ…」
クレード「分かった!肩を貸すぞ、博士!」
クレードは博士を起こそうとするが、しかし…
クレード「うっ!お、重…」
ヴェルトン「無理するな…力のあるブルーに変身して私を抱えてくれ…」
「私は魔法により金属人間となったのだ…金属化による重みにより今の私の体重は300kg以上はあるだろうな…おそらくは…」
クレード「まったく…あんたには恐れ入るよ…」
ヴェルトン「体内に魔力があるうちは体重も軽くできたんだが、魔力がほとんどなければこんなものさ…」
クリスターク・ブルーに変身したクレードは博士を持ち上げた。そして博士をベッドの上に寝かせ、変身を解き…
クレード「博士、ルスカンティアに着いたら俺は国の人間に事情を話す」
「そしてあんたを保護してくれと頼む」
ヴェルトン「それはありがたい…」
続いてヴェルトン博士は、
ヴェルトン「やはりあと3個のジェムストーン(原石)を完成されるには、私の魔力が必要になるだろう…」
「一気に魔力を放出するような真似をしてしまったが、幸いにも私の体にはまだほんのわずかな魔力が残っている…」
「これから眠りにつき体を休ませれば魔力も回復するかもしれない…」
自身の回復を期待する博士。だが少し間を置いて、
ヴェルトン「いや…もう体を休めても魔力は二度と回復しないかもな…」
「正直休んで魔力が回復するかどうかは私自身にも分からない…」
「だがいずれにせよ生きねばな…そして残りの3個を完成させねば…」
クレード「博士、俺は何も石の件だけであんたに生きてほしいわけじゃない…」
「俺は一人の人間としてあんたに生きてもらいたいんだ…ジェムストーンの完成など、そのついでだよ」
ヴェルトン「そうか…そこまで私のことを想ってくれるか…」
クレード「あんたは俺の大切な恩人だからな…」
続けてクレードは、
クレード「それと博士、言うのが遅くなったが、昨日の26日は150歳の誕生日だったんだろ」
「だからプレゼントを用意した。島の果樹園でとれた果物の盛り合わせだ。食べられるのなら食べてくれ」
ヴェルトン「ありがとう…だが今の私には口に物を入れる体力もない…だからそれは君が全部食べてくれ…」
「これから島を出るのだろ…だから少しでも食べて体力をつけてくれ…」
クレード「そうか…ならば出発前に食べておくか…」
そしてクレードは博士に別れの挨拶として、
クレード「ひとまずさらばだ、博士。お互い生きて必ずまた会おう…」
ヴェルトン「そうだな…君も十分気をつけてくれよ…」
クレード「世話になったな」
そう言ってクレードは博士の居る部屋を出た。
そしてヴェルトン博士はベッドの上で一人、
ヴェルトン(心の中で)「(ふっふっ…正直疲れたよ…疲労感は島に流れ着いたあの時以上だ…)」
「(あの時は1年3ヶ月くらい眠ってしまったが…今度はそれ以上になるかもしれないな…)」
「(1年半後、2年後…次目を覚ますのはいつになるのだろうか…)」
「(だが、なんとしても生きねばな…)」
「(父さん…母さん…そして我が最愛の妻ポルーニャよ…)」
「(すまないがそっちへ行くのはもう少し後になるかもしれない…)」
「(私はまだこちらで必要とされている人間みたいだからな……)」
心の中でそう言って、ヴェルトン博士は深い深い眠りについた。
一方クレードはロッジ内で昼食(焼いた魔獣の肉とヴェルトン博士へのプレゼントだった果物の盛り合わせ)を食べ、博士が書いたレポートに目を通していた。そして、
クレード(心の中で)「(いいだろうメタルクロノス、相手になってやる…戦争を仕掛けようとする貴様らの愚かな野望など、俺が、クリスターク・ブルーが打ち砕いてやる!!)」
決意を胸にクレードはロッジを出た。
しかし外には大量の魔獣たちが待ち構えていた。
魔獣たち「ウガー!!」
魔獣たちが吠えている。しかしクレードは臆することもなく、
クレード「どけ、もうお前らに構っているヒマはない…」
「カラーチェンジ&クリスタルオン…」
変身するための掛け声を上げるクレード、そして、
ブルー(クレード)「栄光のサファイア…クリスターク・ブルー…」
魔獣たち「グガー!!グゴー!!」
ブルー「ゴミどもが…この魔蒼剣ですぐ始末してやる…」
そう言ってブルー(クレード)は剣を振り、50匹くらいの魔獣たちをあっという間に始末した。そして魔獣たちの死骸の前で、
ブルー「まあお前らにも感謝する部分はあるよ…博士の居るロッジにまで入ってこないだけな…」
そしてブルー(クレード)は博士が眠るロッジを見つめ、
ブルー「それじゃあ博士、俺は島を出るぞ」
「サファイア・アビリティ!ジェイブルーウイング!」
掛け声とともにブルーの背中から青い鳥の翼が生え、ブルーはそのまま空を飛んだ。
そしてブルーは飛行中に、
ブルー(心の中で)「(博士からのレポートによると、クリスタークの戦士に変身中は、腹も減らず、眠くもならず、そして便意も感じなくなる…)」
「(ならば途中で小島などを見つけても休まずに一気に進んだほうがいいな…)」
鳥の翼で空を飛び続けるブルー。だが時には鮫の背びれのような翼に変えて海を泳ぎ、
ブルー(泳ぎながら心の中で)「(方位磁石の針はNE(北東)を差している…ならばこのまま進むか…)」
方位磁石を見て方位を確認しながらブルーはひたすら飛び、そして泳ぐを繰り返していた。朝も昼も晩も休むことなく、何日も。
ムーンリアス本土のルスカンティア王国を目指し進むブルー(クレード)。ちょうどその間各地域では…
ここは魔法大陸ムーンリアスのルスカンティア王国。
兵士たちの訓練場でオリンスという騎士とナハグニという侍が稽古をしていた。
しかしオリンスよりもナハグニのほうが実力は上で、オリンスは押されていた。
オリンス「ハァ…ハァ…」
オリンス(心の中で)「(やっぱりナハグニは強い…今の俺では彼には届かない…)」
息が上がったオリンスを見て、ナハグニは、
ナハグニ「どうしたでござるか、オリンス殿!」
「誇り高き騎士の実力とはその程度でござるか?」
オリンス「だ、大丈夫だよ、ナハグニ。俺はまだやれる…」
ナハグニ「その気迫は見事でござるぞ!」
「よろしい。このうちなー侍、ナハグニ・按司里、どこまでもお付き合いするでござる!」
「オリンス殿、ちばりよー!」
(※「ちばりよー」は沖縄の方言で、「頑張れ」、「頑張って」といった意味)
オリンス(心の中で)「(ナハグニは侍としての、鵺洸丸には忍びとしての誇りや意地とかがあるんだ…だから騎士である俺だって…)」
王国騎士団員のオリンスは引き続き稽古に励んだ。己の騎士道を信じて。
ここは魔法大陸ムーンリアスのウインベルク共和国(※2)。
ムーンマーメイド交響楽団という楽団の女子寮で、アンシー・マリーチェル・リンカという三人の女性たちが話していた。
三人は今年の4月に楽団に入団したばかりの新人音楽家である。そのうちのリンカというワトニカ出身の女性は楽団の先輩や同期たちへの自己紹介で津軽三味線を披露した。だがリンカとしては自身の演奏に自信がなかったようで、
リンカ「津軽三味線の音色が遠い異国の地であんなにうけるなんて思ってもいなかっただ…」
アンシー「何言ってるのよ、リンカ」
「私たちウインベルクの民はジャンルを問わずあらゆる音楽を愛するのがモットーよ」
マリーチェル「音楽に上手い下手は確かにあるし、曲の好みも人それぞれだわ。でも一生懸命音楽に取り組んでいる人を私たちは決して蔑んだりはしないわ」
アンシー「それだけ三味線を弾くリンカの姿が一生懸命だったってことよ。先輩たちでもはっきり分かるくらいに」
マリーチェル「そしてリンカの想いは音色としてちゃんと表れていたわよ」
リンカ「ありがとう、アンシー、マリーチェル。二人の言葉たんげ(※3)嬉しいよ…」
アンシー「リンカもワトニカから遠い異国の地に来ていろいろ大変だと思うけど、私やマリーチェル、楽団のみんなでしっかり支えていくから安心してよ」
マリーチェル「ちゃんと私たちを頼ってよね、リンカ」
リンカ「二人とも、本当にありがとごす(※3)!」
アンシー「お礼が言いたいのは私も同じよ」
「私、リンカと出会うまで津軽三味線の音色なんて知らなかった…」
「だから世界には津軽三味線のようなまだ聞いたことのない音がいろいろあるんだって思えたの…」
「今の私は世界にある未知の音や曲をもっと知りたいという気持ちでいっぱいだわ…」
「世界中のいろいろな音や曲をたくさん聞いて、そこから自分だけの音楽を作り上げたい…それが今の私の目標なの」
新人音楽家アンシーは力強く話していた。無限に広がる音楽の可能性を信じて。
アンシーの髪は白く美しい。色的に白と青の組み合わせはいいらしい。
ここは魔法大陸ムーンリアスのナプトレーマ王国(※4)。砂漠の国である。
ある月夜、砂漠でシェルージェという女性の盗賊が岩に座り月を見ていた。
そこにロイズデンという盗賊団の頭がやって来た。
ロイズデン「おい、シェルージェ。分かっていると思うが砂漠の夜は冷えるぞ。もうアジトの中に入れ」
シェルージェ「だってきれいなお月様なんだもん。もうちょっと見ていたいよー」
「広い砂漠で見るお月様は格別なんだもん!」
ロイズデン「まったく…ちゃんと戻ってこいよな…」
そう言って頭のロイズデンはその場を去った。
そしてシェルージェは引き続き月を見ながら、
シェルージェ(心の中で)「(でも何だろうこの気持ち…)」
「(お月様を見ていると、時々寂しい気持ちになるんだよね…)」
「(シェルージェ、本当はお母さんやお祖母ちゃんたちのとこにもう帰りたいのかな…)」
「(お頭たちとの盗賊生活楽しいんだけどな…)」
盗賊シェルージェはいろいろ思っていた。自分がこの先どうしていくかを。
そんな悩めるシェルージェではあるが、どこかの国の騎士が彼女を優しくエスコートしてくれる……のかも?
ここは魔法大陸ムーンリアスのベレスピアーヌ共和国。
国の中心街の小さな教会で神父の父とシスターの娘が話していた。
ロメンド(神父の父)「サンナさん。朝の教会巡りは終わりましたか?」
サンナ(シスターの娘)「はい、お父様。教会の皆さまにご挨拶をし、祭壇に手を合わせ神様にお祈りいたしました」
「世界の平和のため、人々のためにお祈りし、そして私自身がシスターとして成長していくことを神様にお誓いしました」
ロメンド「そうでしたか。いつもながら良い心がけですね」
「それで今日はこの後どうなされますか?」
サンナ「はい、子供たちやお腹を空かせた人たちのためにパンを焼いて配ろうと思っています」
「もちろんお金はいただきません。他のシスターの皆さまと共に、ボランティアとして活動して参ります」
「ここは栄えている中心街ですが、その中でもお金や仕事に困っている人々は多くいますから…」
ロメンド「お祈りをしたうえで行動もするのですね」
「それは聖職者として必要な心構えです。その調子でこれからもお願いいたしますよ」
サンナ「ありがとうございます。私はシスターとして、そして一人の人間としても自分のできることを増やしていきたいんです」
「人々の幸せを想って」
人々のために尽くすシスターのサンナ。他人を思いやる彼女の優しさは今の世界に必要なのかもしれない。
ここは魔法大陸ムーンリアスのアイルクリート共和国。
ヴェルトン博士の母校であるアイルクリート第一魔法大学の研究室でティムという一人の助手が魔法の実験を行っている。
ティムは移動魔法の実験のため、ハツカネズミの尻尾や鶏の足などを混ぜたどろどろの液体をリンゴに塗り、そのリンゴを魔法で移動させようとする。しかしリンゴは3cmだけ左横に移動するも移動後すぐに破裂してしまったため、実験は失敗してしまう。
ティム(心の中で)「(やれやれ、上手くいきませんね…)」
「(次は液体に魚の骨でも混ぜてみましょうかね…)」
そんな事を考えているティムのところにウォルクという一人の教授がやって来た。
ウォルク「ティム君、実験は順調かね?」
ティム「いえいえ、全然ダメですよ」
「今日も朝からリンゴやオレンジなどを破裂され、何個目もダメにしましたので…」
ウォルク「移動魔法は極めて高度な魔法だよ。記憶魔法とか以上にね」
「魔法教育が盛んな我が国でさえ、現在移動魔法を扱える者は誰一人いないといわれているくらいだからね」
ティム「高度なのはよく分かりますよ。ここまで実験が成功しない魔法は僕にとっても初めてですからね」
ウォルク「それで君はまだこの研究を続けるのかね?」
ティム「もちろんですよ、ウォルク先生」
「たとえこの大学で移動魔法の研究者が僕一人だけになったとしてもやり続けますよ」
ウォルク「うちの大学に限らず移動魔法の研究者は年々減っているよ。でも君にとっては魅力があるからこそ研究を続けていくわけだろ?」
ティム「別に特別魅力なんて感じませんよ。今の時点ではとてもこの魔法を実用化できるとも思えませんしね」
「ただこんな魔法があって、そしてその研究者がいるということを周りが分かってくれればそれでいいと思っています」
「とても難しい魔法だからと誰も相手にしなければ、この魔法は歴史から消えてしまうだけですから…」
「だから僕が移動魔法の研究をしていることは、今度の新入生へのオリエンテーションでもちゃんと話しますので」
魔法の研究に打ち込む助手のティム。他人任せにしないところが彼の強みなのかもしれない。
ここは魔法大陸ムーンリアスのルナウエスタン共和国。
とある牧場の訓練場でケンイーというガンマンがリボルバー拳銃の射撃訓練を行っていた。
ケンイーは訓練用の的に向けて銃を撃ち、5発中4発が命中するが、この場で彼を指導しているビルバー・キッドという先輩ガンマンの評価は厳しかった。
ビルバー・キッド「5発中4発が命中…すまないがこれではまだ評価できないな」
ケンイー「そうですか、僕の中では上手く当てたと思っていたのですが…」
ビルバー・キッド「我々が標的とする魔獣たちは生きていれば動き回る。そのため実際は止まった相手ではなく、動く相手を目掛けて撃つことがほとんどだ」
「つまり実戦では動く的に当てるようなもの。そのため相応の技量も必要になる」
「だから動ない射撃の的相手に思うように当てられないようではガンマンとしてはまだまだ未熟」
「それに君が当てた4発のうち2発は的の中心から大きくずれている。それは君の撃ち方や狙い方が甘いということだ」
ケンイー「すいません、まるっきりダメみたいで…」
ビルバー・キッド「だがケンイー君。君はそれでも銃の腕を上げたいのだろ?」
ケンイー「はい。その気持ちは確かなんです」
ビルバー・キッド「君はケントフォルドさんの息子で、このトラモント牧場(※5)の大事な跡継ぎだ」
「本来なら戦いや牧場の警備は腕のある者に任せ、君は牧場を継ぐことだけを考えていればよい立場なのだぞ」
ケンイー「そうですね。本来なら僕みたいな立場の人間は戦いの場にいないほうがいいのかもしれません…」
「でもビルバーさん、それでも僕は銃の腕を上げていきたいんです」
「いざという時は自分自身の手で守りたいんです。牧場の愛する動物たちを…」
ケンイーは大牧場の御曹司であるが、ガンマンとしてはまだまだ未熟。
そんな彼ではあるが、動物を愛する気持ちは誰よりも強い。その動物への愛を糧にケンイーはこの先成長できるだろうか?
ここは魔法大陸ムーンリアスのワトニカ将国(※6)。
将軍家の城下町ヤマトエドのとある大屋敷で、母と息子が話をしている。
ラジニナ(母)「ウェンディちゃんも今頃船の上かなあ?」
「レベジーニ(ラジニナの妹・ウェンディの母)もキヨタダさん(ウェンディの父)も気が気じゃないだろうね」
「短大を卒業したばかりの愛娘が異国に修行へ行くっていうんだから」
ロゼル(息子)「あいつのことだ。どうせ異国でも押忍押忍って言ってるだろ」
ラジニナ「まああの熱血娘が簡単にへこたれたりはしないか…」
ロゼル「そういうことだ。異国に行こうがあの暑苦しさは全く変らねぇよ」
ロゼルとラジニナは親戚の娘のことを話していたが、話題を変え、
ラジニナ「ところでロゼル、あんたはこれからどうするんだい?」
ロゼル「何だよ急に?」
ラジニナ「4月になってウェンディちゃんも新しい事を始めたんだ」
「あんたも何か新しい事に挑戦してみたらどうだい?」
ロゼル「俺にウェンディのように異国へ行って修行しろとでも言いたいのかよ?」
ラジニナ「それでもいいさ。とにかく新しい事だよ」
ロゼル「言っとくが見合いの話とかならお断りだぜ」
「分かってるだろ。今の俺にその気がないことくらい…」
ラジニナ「確かにお見合いしてくれるんならそれが一番なんだけど、やっぱり無理そうだね…」
「でも早く孫の顔を見たいんだけどなあー」
「ミツエさん(ロゼルの父方の祖母)だってひ孫の顔を見れば喜ぶと思うけどねぇ」
ロゼル「…」
ロゼル(心の中で)「(お袋、婆さん、分かってるよ、今のままじゃダメなことくらい…)」
「(でもよう、俺には踏み出せねぇんだよ、その一歩がどうしても…)」
500年以上続く武家の名家に生まれたロゼル。
そんな彼ではあるが、結婚に対して非情に消極的で、何件もお見合いを断っている。
果たして彼はこの先良き相手と巡り会えるのだろうか?
ここは魔法大陸ムーンリアスのバンリ帝国(※7)。
山奥の村でとある二人の武闘家が拳法を交え修行している。
エリック「紅王流・華楠の拳!」
タオツェイ「紅王蘭流・黄竹の拳!」
エリック「ハアアー!」
タオツェイ(怪鳥音)「フォアチャー!」
その修行の様子を一人の老人と一人の若い女性が見ていた。
シャウリン(女性)「拳と拳のすごいぶつかり合いアル。見ていて恐ろしいくらいアル…」
麒麟老師(老人)「一見すると互角に見えるかもしれないが、やはりこの一戦を制するのはエリックだろう」
シャウリン「老師様、タオツェイだって十分すぎるくらい強いアルヨ」
麒麟老師「だがエリックはいつだってタオツェイの上を行く。あいつはそういう男だ」
シャウリン「エリックも女の体を触ることばかり考えている変態のくせして、拳の腕だけは立派なんでアルよな」
麒麟老師(心の中で)「(エリック、お前がまだこの老いぼれを師と仰ぐのはやはり…)
一方タオツェイは連続でエリックに拳を打ち込んでいく。
タオツェイ(怪鳥音)「アチョ!アチュワー!」
しかしエリックは一歩も引かない。
エリック(心の中で)「(そうだタオツェイ!もっと俺に向かってきてくれ!俺はもっと強くならねばならんのだ!)」
「(紅王流のその先、紅王覇天流を習得するために!)」
修行に励む武闘家エリック、さらなる高みを目指し彼は進み続ける。
ここは魔法大陸ムーンリアスのラープ帝国。
広大な領土と約5億5千万人の人口を抱えるムーンリアス最大の国家である。
国の首都である帝都のラープルボルク城(※8)では、現皇帝の息子であるブロイス皇子(長男)が一人嘆いていた。
ブロイス(心の中で)「(なぜだ…なぜ私の元を去ったエミリーンよ…)」
「(私よりもブルスベイズの王子を選ぶというのか…)」
先月ブロイスの妹であるエミリーン第2皇女(次女)はブルスベイズ王国のアルスラウド王子と結婚し、王子の家系であるブルスダニオス家へと嫁いだため、今は祖国のラープ帝国にはいないのであった。
最愛の妹が別の国へと行ってしまった。ブロイス皇子はその事に深く嘆いていた。
そんなブロイス皇子を心配し、彼の一番下の妹であるミレイヤ第3皇女(三女)と彼女の世話役であるメイドのルベリアーネがやって来て、
ミレイヤ「お兄様、そんなに悲しまないでください」
「お兄様にはこのミレイヤがいるではありませんか」
「私はいつだってお兄様のおそばにおります。どうかそれをお忘れにならないでください」
ブロイス「ミ、ミレイヤ…」
ミレイヤ「私はいつだってお兄様の味方です。お兄様を困らせるような真似は決していたしません」
ブロイス「すまないミレイヤ、私だって分かっていたさ。エミリーンだっていずれは誰かと結婚することを…」
「だがすまない、まだエミリーンが結婚した現実を受け止めきれなくて…」
ミレイヤ「お兄様、今日はもうお休みください」
「そしてまた明日から私に元気なお顔を見せてください」
ブロイス「ミレイヤ…」
ミレイヤ「ルベリアーネ、お兄様をお部屋までお連れしてください」
「そして美味しいお茶とお菓子も用意してください」
ルベリアーネ「はい!ミレイヤ様、只今!」
そう言ってルベリアーネはブロイスに近寄り、
ルベリアーネ「ブロイス様、こちらでございます」
ルベリアーネはブロイスを自室に連れて行こうとするが、その前にブロイスがミレイヤに一言、
ブロイス「ミレイヤよ…私をいつまでも愛してくれるか?」
ミレイヤ「もちろんでございますわ。このミレイヤ・ラープフォーク、ブロイスお兄様に永遠の愛をお誓いいたしますわ」
兄のブロイスを愛すると誓う妹のミレイヤ。そんな二人の兄妹を母と一番上の妹が離れた所から見ていた。
エミロン(母)(心の中で)「(ブロイス…ミレイヤもいずれは誰かと結婚することになるのよ…)」
エスローラ(長女・ブロイスの一番上の妹)(心の中で)「(私たちには私たちの生き方がある…ブロイスお兄様とミレイヤにもそれを分かってほしいわ…)」
その後ミレイヤも自分の部屋に戻り、兄や自分のことを考えていた。
ミレイヤ(心の中で)「(そうですわ。私たちは変わることなどありません)」
「(私とお兄様、ともに永遠の愛を誓いながらこれからも生きてゆくのです…)」
ラープ帝国第3皇女ミレイヤは兄を深く愛し、兄に何もかもを依存している。そんな彼女がこの先兄ブロイス以外の男性を愛することができるのであろうか?
ここは科学大陸にあるサンクレッセル連邦国のトライクルズ州。
魔獣(※サンクレッセルでは「特定危険生物」という)たちの住処の近くで待機している陸軍のとある部隊。その中でハリウという軍人が新人の兵士たちに指導をしていた。
ハリウ(陸軍・中尉)「戦場で味方の銃に当たってしまうのはとてもまずいことなんだ。防弾チョッキを身に着けていたとしても、それで命を…」 くどくど…
いろいろと事細かに話す軍人のハリウ。そんな彼を少し離れた所からある二人の軍人が見ていた。
メリジーナ(陸軍・上等兵)「ハリウ中尉も真面目な性格で、後輩たちへの指導も熱心なんですけど、いまいち注目されないんですよね」
スランド(陸軍・大尉)「そうだな。基地の司令や上層部もあいつのことなんて頭にねぇだろうな」
メリジーナ「もったいないですよね。まあくどくどといろいろ話しすぎるのが欠点かもしれませんが、ちゃんと努力もする人なのに」
スランド「あいつと行動してまだ一年くらいのメリちゃんでもそう言えるか?」
メリジーナ「ええ、新人の衛生兵である私のことも気にかけてくれますからね。今も」
スランド「だったらこれからもあいつのことを見てやってくれよ」
「あいつはダイヤの原石だ。磨けば誰よりも光り輝くはずさ」
スランドとメリジーナはハリウを見ながら横で話している。そしてハリウも新人たちに話を続け、
ハリウ「だから戦場では自分だけではなく仲間の位置や行動なども常に把握したうえで…」 くどくど…
真面目な性格で職務に熱心なハリウ中尉。そんな彼であれば強いリーダーシップを発揮してくれるかもしない。
リーダーならば仲間のことをよく気にかけてくれるだろう。相手が癖のあるお姫様だとしても。
ここは科学大陸にあるサンクレッセル連邦国のカリオルカ州(※9)。
州にある海軍本部の基地で、二人の軍人たちが話をしていた。
カミッシュ(海軍・大尉)「お、俺が異動ですか!?」
ミューキィ(大将・海軍のトップ)「そうだよ。まあまだ一年くらい先の話だけどね」
カミッシュ「ですが嬉しいです…他の基地での職務は初めてですから…」
ミューキィ「私としてはカミ坊のことをいつまでも見てやりたいとこだけど、それだと大きく成長できないかもしれないからね」
「カミ坊には私の跡を継いで、ゆくゆくは海軍の大将になってほしいのさ」
「だからそのためにはもっといろいろ経験してもらわないと」
カミッシュ「ま、任せてください!俺は艦の操縦くらいしか取り柄のない不器用な男ですが、おばさんの期待にはしっかりと応えたいです!」
ミューキィ「その意気だよ。カミ坊」
「まあまだ異動まで一年くらい時間はあるんだ。その間は私がたっぷり指導してやるよ」
カミッシュ「は、はい!よろしくお願いします!」
カミッシュ大尉に期待するミューキィ大将。そしてカミッシュ大尉もミューキィ大将のためにと意気込んでいる。しかしそんな二人の様子を見ていた軍人たちは不安に思っていた。
リッドノス(海軍・中将)(小声で)「(いつものことだが、どうもミューキィ大将はカミッシュ大尉を贔屓しがちだ…何から何まで)」
ゴルバータ(海軍・中将)(小声で)「(大将にとっては親友の息子だからな。つい気にかけてしまうのだろう)」
リッドノス(小声で)「(だが軍のトップである一人がそれでは困る)」
「(私情を優先して一人だけを依怙贔屓しているようでは…)」
ゴルバータ(小声で)「(その通りだ。ミューキィ大将にはカミッシュ大尉だけの母ではなく海軍約30万人の母になってもらわなければなるまい…)」
話が終わりカミッシュ大尉は指令室を出た。そして、
カミッシュ(心の中で)「(そうだ…ミューキィおばさんは俺にとってはもう一人の母親とも呼べる人なんだ…だからなんとしても期待に応えなければ…)」
向上心が高く、大切なミューキィ大将のために成長しようと誓うカミッシュ大尉。
しかし周りからは一人だけ依怙贔屓されているように見えることから、カミッシュ大尉は避けられ、彼には友と呼べる人間が一人もいない。
「トップからは好かれている。しかし彼には友がいなく、性格もマザコンっぽい」。そんなカミッシュ大尉の人柄や人間関係は変わっていくのだろうか?太陽のような名前を持つ女性が彼を変えてくれるかもしれない。
ここは科学大陸にあるサンクレッセル連邦国のメリンカイル州。
とある自然史博物館で二人の女性の学芸員が企画展の準備をしていた。特定危険生物(魔獣)展に関する企画展で、二人の学芸員は企画展で展示する牙犬型の特定危険生物(魔獣)の骨格標本を見て、
キャリープ(女性学芸員)「LFDC-01、Land Fierce Dog Creatureの第1種…」
「陸地に現れるドックタイプで、最もよく見かける特定危険生物だけど、骨格までじっくり見ている人はあまり多くないわ…」
セフィーニ(女性学芸員)「そうよね。だからこそ今回の企画展に意味があると思っているわ」
「身近な危険生物を知ってもらう意味でも…」
キャリープ「そんなドックタイプも含め、特定危険生物には私たちの知らない未知の動物の遺伝子が交じっているのよ」
「これらの未知の遺伝子は、ゾウ・キリン・サイ・トラ・ゴリラ・ツチブタなど、魔法大陸ムーンリアスにしか生息していない動物たちのものだとされているわ」
セフィーニ「ファングドックタイプにも鼻や首の長い個体がいるのはそれらの動物の遺伝子の表れかもね…」
キャリープ「鼻の長いゾウに、首の長いキリン…願わくば実物の個体をいつか見てみたいものね…」
セフィーニ「そうね。本当に…」
キャリープ「ゾウやキリンだけじゃないわ。モンスターフィッシュタイプの中には太古の魚シーラカンスに似た個体が現れたこともあるのよ」
セフィーニ「そういう個体が現れたということは魚型の特定危険生物がシーラカンスを捕食し、体が変化したからだともいわれているわよね」
キャリープ「サンクレッセルの川や周辺の海にシーラカンスは生き残っていない。だけどムーンリアスではシーラカンスが今も生き残っているんじゃないかって話よ」
セフィーニ「もしその通りなら本当に夢のある話だと思うわ。6550万年前頃に絶滅したとされるシーラカンスが今も生き残っているのなら…」
キャリープ「未知の動物たちを見たいと思うと本当に実現してほしいわよね、魔法大陸ムーンリアスに住む人々との接触や交渉が」
セフィーニ「あの大陸にはレアアースや石油、天然ガスなどの貴重な資源が多く眠っていると推測されているわ。それで近年では大手企業を中心にムーンリアスとの接触や交渉を求める声が多く上がっているのよね」
キャリープ「だったら私たち学芸員や動物学者たちも同じように声を上げていきたいものだわ」
セフィーニ「ええ」
「動物を想う気持ちに国境はないはず。私たちでそれを証明したいわ」
キャリープ「そのためにはあなたのお父さんである空軍のゼファン中将のお力も借りるわけ?」
セフィーニ「お父さんは関係ないわ。私は自分の足で夢に向かって進んでいくつもりよ」
未知の動物たちをこの目で確かめたいセフィーニ。自然史博物館の学芸員であり、動物学者でもある彼女の熱き想いが世界を一つに繋げるのかもしれない。魔法や科学も越えて…
それにしても動物を愛する人物はもう一人いたような?
ここは科学大陸にあるサンクレッセル連邦国のトンガリーロ州(※10)。
あるアパートの一室で男女の双子が電話をしている。
双子の弟の名はシバトという空軍所属の軍人で、彼の双子の姉であるレミントと電話で話しているのであった。
シバト(空軍・曹長)「何だよ、軍曹から曹長への昇任を祝ってくれるのかと思ったら、よりによって軍を辞めろってか?」
シバト(心の中で)「(ったく、AVがいいとこなんだから、こんな時に電話してくんなよ…)」
レミント「昇任したことは確かに立派だと思うわ。でも逆にそれが心配なのよ…」
「あなたがどんどん戦いの世界にのめり込んでしまうようで…」
シバト「まあ曹長だからまだ戦いの現場にはいるだろうな。事務仕事とかが中心になるのはもっと上の地位になってからだ」
レミント「私本当に心配なのよ。あなたが戦いで命を落とすんじゃないかって…」
「3年前に母さんが病気で亡くなったばかりなのよ。だからこんなときにあなたまで命を落としたら、私は……」
「私だけじゃないわ。お父さんに、ジェリオン(レミントの息子)、ラミニーダ(レミントの娘)、ルドリーガ(レミントの夫)、もしあなたが戦死したらみんな悲しむわ…」
シバト「悪りぃな。いつも心配してくれて」
「でも俺は今軍を辞めるつもりはねぇよ」
「レミント、前にも言ったことだが、空軍にいるからって誰もが戦闘機のパイロットになれるわけじゃねぇんだ。約20万人空軍の軍人がいても戦闘機に乗れる奴はその中のほんの一握りなんだよ」
「だから俺は責任を取らなきゃならねぇ。その一握りに選ばれた人間としてな」
貴重な戦闘機を扱うパイロットのシバト。スケベでノリの軽い男ではあるが、なんだかんだ軍人としての立場を自覚している。大切な姉や父たちの暮らしを守るためシバトは戦場へと赴く。
ここは科学大陸にあるサンクレッセル連邦国のレマルアリゾン州。
州にある陸軍の本部基地にニトイという一人の女性がこの4月に入隊し、彼女は新人研修を受けていた。
陸軍教官「我々軍人は非戦闘員である市民を護るため危険生物(魔獣)たちと日夜戦わねばならない」
「新兵である君たちにはこれからそのための訓練を十分に受けてもらうわけだが……」
ニトイ(陸軍・新兵)「…」
毎年2万人程度が入隊する陸軍の中でニトイは一介の新兵にすぎないが、彼女はとある理由により陸軍上層部から気にかけられており、上層部は彼女のことを話していた。
エイジ(陸軍・中将)「ニトイ・W・クロンティーク…まさかあの大事件と関わった彼女が我が陸軍に入隊するとはな…」
ガドリオ(陸軍・中将・オネエキャラ)「そうね。私たち軍としてはニトイちゃんには戦いとは無縁の道を進んでほしかったわ…」
ストロック(大将・陸軍のトップ)「だが軍人として生きる道を選んだのは他ならぬ彼女自身だ…」
「お前たちだって彼女の意志を聞いたはずだが…」
ガドリオ「確かに小さな声で返事はしていたけど…」
ストロック「いずれにせよ我々陸軍上層部は彼女のことを必要以上に気にかけてやらねばならんだろうな…」
エイジ「そのために我々がいる本部基地の新兵として入隊させたわけですね?」
ストロック「そういうことだ…」
エイジ「ですが大将、彼女がどのような立場の人間であろうと軍においては一介の新兵にすぎません。あくまで」
「我々大将や中将が一介の新兵である彼女にそこまで手を回して良いものでしょうか?」
ガドリオ「そうよストロックちゃん。何でもやりすぎは良くないわよ」
「海軍のリッドちゃんやゴルバーちゃんたちだって、お友達の息子さんのことばかり贔屓するミューちゃんの行動や考えに日々悩まされているんだから」
エイジ「彼女だけを特別扱いしたら周りはどう思うでしょうか?」
ガドリオ「その通りよ。ニトイちゃん、他の新兵ちゃんたちに妬まれちゃうわよ」
ストロック大将の考えに対し意見するエイジ中将とガドリオ中将の二人だが、ストロックは、
ストロック「いや、むしろそれでいいんだ…彼女がそういう立場の人間だということは新兵たちもしっかりと理解してもらわなければ困る…」
ガドリオ「ちょっと、ストロックちゃん」
ストロック「エイジ!ガドリオ!お前たちとてあの大事件の事をきれいさっぱり忘れたわけではあるまい!」
「14年前のあの忌まわしき大事件…我々サンクレッセル軍はあの娘に償っても償いきれないほどの過失を犯してしまったのだ…」
エイジ(心の中で)「(あの大事件からもう14年か…まったく月日が経つのは本当に早いものだな…)」
「(クラスト…私があの大事件を思い出すときはいつも君のことも考えてしまうよ…)」
「(もし君があの大事件を知ったら、どう思ったのかとな…)」
陸軍上層部はその後も新兵のニトイについて話を続けていた。
一方のニトイは教官の話を聞き、
陸軍教官「我々軍人にとって大切なのは自分自身の体だ。十分に動いていくためにもまずは基礎体力を上げていかなければ……」
ニトイ「…」
その後もニトイは何か意見を言うわけでもなく、ただ黙って話を聞いていた。
幼い頃とある大事件に巻き込まれた陸軍の新兵ニトイ。
その事件の影響なのか彼女の人柄はまるで魂が抜けたかのように暗い雰囲気で、ほとんど何も喋らない。
そして目の病気というわけではないのだが、その瞳には光がなく暗い。
そんなニトイの瞳に光が戻る日は果たしてくるのであろうか…
ひたすら高みを目指す熱い男が彼女に光を届けてくれるかもしれない。
場面は再びクリスターク・ブルー(クレード)に戻る。
空を飛び、海を泳ぎ、魔法大陸ムーンリアスの本土を目指すブルーであったが、ようやく大きな陸地が見えてきた。
ブルー(空を飛びながら心の中で)「(向こうに大きな陸地が見える…あれがムーンリアスの本土か?)」
「(ひとまずあそこで降りてみるか…)」
砂浜に降り立つブルー。しかし一週間にわたる移動の連続でかなり疲労したのか、変身が解けそのまま倒れてしまった。
クレード(変身前のブルー)(心の中で)「(ハッ…さすがに無理をしたかもな…)」
そして倒れたクレードは気を失ってしまった。
しかし時間が昼間ということもあり、砂浜近くに住む村人たちにすぐ発見されクレードは助けられた。
ここは魔法大陸ムーンリアスのルスカンティア王国、ロベルス村(※11)。
ケルビニアン暦2050K年4月3日、遠く離れたルスモーン島から旅立ったクレードは魔法大陸ムーンリアス本土の土を踏んだ。
クレード・オリンス・アンシー・シェルージェ・サンナ・ティム・ケンイー・ロゼル・エリック・ミレイヤ・ハリウ・カミッシュ・セフィーニ・シバト・ニトイ…
互いの名前も顔も知らないこの15人は、この先出会い一つのチームとなって惑星ガイノアースの歴史に残る偉業を成し遂げるのだが、彼らはまだその運命に気づいていない…
この物語は9人の男と6人の女、そして彼らを取り巻く人々の愛と勇気と涙の物語である。
この度は僕の作品に目を通していただき本当にありがとうございます。
1話・2話・3話は物語の序章ということで書きました。次回の4話以降から物語が本格的に始まっていきます。
不愛想な奴でもありますが主人公のクレードや、他のキャラたちのことを少しでも覚えてくれたら嬉しいです。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
※1…島の由来は、モーリシャスの世界遺産「ル・モーンの文化的景観」(文化遺産 2008年登録)より
※2…国の名前の由来は、オーストリアの世界遺産「ウィーン歴史地区」(文化遺産 2001年登録)とドイツの世界遺産「バンベルク市街」(文化遺産 1993年登録)より
※3…元ネタは青森の方言、津軽弁。『たんげ』は「とても」、「すごく」など、『ありがとごす』は「ありがとう」の意味。
※4…王国の名前の由来は、「ナイル川」と古代エジプトの王朝「プトレマイオス朝」より
※5…牧場の名前の由来は、イタリア語で「夕焼け」・「夕暮れ」・「夕日」などを意味するtramontoより。
※6…将国の名前の由来は、和風の「和」と源氏物語の「いづれの御時にか」より
※7…帝国の名前の由来は、中国の世界遺産「万里の長城」(文化遺産 1987年登録)より
☆※8…城の名前の由来は、ポーランドの世界遺産「マルボルクのドイツ騎士団の城」(文化遺産 1997年登録)より
※9…州の名前の由来は、ブラジルの世界遺産「リオデジャネイロ:山と海との間のカリオカの景観群」(文化遺産 2012年登録)より
☆※10…州の名前の由来は、ニュージーランドの世界遺産「トンガリロ国立公園」(複合遺産 1990年登録 1993年拡張)より
☆※11…村の名前の由来は、南アフリカの世界遺産「ロベン島」(文化遺産 1999年登録)より
(☆:物語初登場の世界遺産)