第15話(後編) No.3 クリスターク・ホワイト(後編)
(※第15話の後半部分です)
次の日26日、ソコドラ島の魔獣たちを退治し一行は島を出た。
クレード・セーヤ王子・アリムバルダ騎士団長たちを乗せたダールファンの船に、交響楽団のアンシー・マリーチェル・リンカ・ストルラーム楽団長、ウインベルクの兵士たちが来ていた。
マリーチェルとリンカはアンシーの友人ということで同行したようだ。
皆が集まるとクレードは船の大部屋に彼らを呼び、
クレード「昨日は戦いや島内の移動などで余裕がなかった」
「だから今日まとめていろいろ話をさせてくれ」
クレードはまず以前の記憶をなくしてしまったことなどを話した。
そしてウインベルクの兵士が、
ウインベルク兵⑥(隊長格)「なるほど。なくしてしまった以前の記憶を取り戻すためにアイルクリートまで旅をしているのですね」
クレード「ああ」
続いてクレードは、
クレード「それであんたたちに聞きたいんだが、ウインベルクの兵士たちの中に俺という人間はいるのか?」
ウインベルク兵⑦(隊長格)「申し訳ございませんが、私は貴公のような兵士を存じておりませぬ」
クレード「そうか。ルスカンティアの王たちは、北の月(北側の大陸)に俺と同じ「ロインスタイト」の姓を名乗る者たちがいることや、俺がルスカンティアの西側に位置するルスモーン島(※6)に流れ着いたことなどから、俺の故郷が、ラープ・ウインベルク・キンデルダム・セントロンドス辺りだと推測していたのだが」
ウインベルク兵⑥(隊長格)「確かに我々も部隊長を任されることはありますが、約25万人いるウインベルクの兵士たち全員の名前を知っているわけではありません」
ウインベルク兵⑦(隊長格)「クレード殿、とにかく騎士団員全員の名前や所属などをまとめた最新版の兵隊名簿を見てみましょう。この船にも積んでおりますので」
ウインベルク兵⑧(鎧騎士)「それでは持って参ります。少々お待ちを」
そう言って兵士は騎士団員たちの名簿を持ってきた。そして、
ウインベルク兵⑧(鎧騎士)「クレード・ロインスタイト、この名前の兵士が騎士団にいるかどうかを調べてみます」
クレード「頼む」
兵士は名簿を開き、クレードの名を確認した。そして、
ウインベルク兵⑧(鎧騎士)「名簿に書かれていますね。「クレード・ロインスタイト」という名の男性兵士が一人」
クレード「その兵士はこの俺のことなのか?」
ウインベルク兵⑧(鎧騎士)「確かにクレード殿と同姓同名の兵士ではありますが、この兵士が貴殿と同一人物という可能性は極めて低いでしょう」
「この者は北部騎士団の補給部隊食糧班に所属する50代後半の兵士です」
「お姿だけ見ればクレード殿は20、30代の若者といったところです。正直50代後半の中年男性には見えませんが」
クレード「50代後半か…まあさすがにそんな歳ではないだろうな」
ウインベルク兵⑧(鎧騎士)「それに食糧班の仕事は主に、遠征中の食糧や飲み水の確保や補給、野外調理などです。基本的に前線で戦うことなどありません」
「私も昨日ソコドラ島でクレード殿の戦うお姿を拝見いたしましたが、あれだけの強さの兵士であれば補給部隊などの後方支援を任せるとは思えませんよ」
ウインベルク兵⑥(隊長格)「あの時クレード殿は特殊なスーツを纏い戦っておりましたが、剣の腕は確かなものでした」
ウインベルク兵⑦(隊長格)「それだけの実力があれば、優れた剣士として騎士団内でもその名が知れ渡りますよ」
ウインベルク兵⑥(隊長格)「いずれにせよクレード殿と名簿に書かれている兵士が同一人物と思えない以上、貴公は我がウインベルク共和国騎士団の一員ではないでしょう」
クレード「そうか。俺はこの国の騎士団員ではなかったか」
ウインベルク兵⑦(隊長格)「仮に兵士ではない非正規の戦士だとしても実力があれば騎士団内にも伝わることでしょう」
クレード「ならば同時に俺がウインベルクの一般国民だという可能性も低いわけか」
ストルラーム「騎士団の方々と同じウインベルクの民である私からも言わせてもらいますが、やはりクレードさんのような方を私は知りません」
マリーチェル「名のある戦士様だったら一般国民たちに知られることもあるしね」
ストルラーム「音楽家としてウインベルクの各地域を回ってきた私でもクレードさんのことを知らないですし、その名も聞いたことがありません」
アンシー「当然私もあなたのことは知らなかったわ」
「あなたと私は昨日初めて会ったんだから」
クレード「あんたたちの情報に感謝するよ。おかげで俺がウインベルクの民であるという可能性はほぼ消えたからな」
続いて、
クレード「そうなると俺の故郷は、ラープ・キンデルダム・セントロンドスの3カ国に絞れるな」
「「ロインスタイト」という俺と同じ姓の人間が確かに北の月(北側の大陸)の国にいたことだし、俺も同じ北の月出身の人間だと考えたい」
ここでダールファン王国のアリムバルダ騎士団長がクレードに、
アリムバルダ「クレード殿、ご自身の故郷と結びつく情報を集めるだけであるのなら、セーヤ王子や我々まで呼ぶ必要はなかったのでは?」
「調べたところクレード殿はダールファンの国民ではないと分かったのですから、我々がこの場にいてもお答えできることはもうありませんよ」
クレード「故郷の件はついでだ。俺があんたたちに言いたかったのは、時鋼の魔獣団メタルクロノスについてのことだ」
セーヤ王子「メ、メタルクロノス!?それは一体?」
アリムバルダ「クレード殿、そのような話は王たちの前でもしていなかったようですが…」
クレード「ああ。おそらくルスカンティアの王も紹介状には書かなかったはずだ」
「だから俺の判断として今言わせてもらう」
「交響楽団のアンシーにも大きく関わる話だしな」
アンシー「あ、あたしに!?」
クレードは魔法武装組織「時鋼の魔獣団メタルクロノス」について皆に話をした。
セーヤ「メタルクロノス…そのような組織が存在するなんて…」
アリムバルダ「魔獣を手懐けたり、改造したりして自分たちの戦力にする…」
「なんとも恐ろしい集団ですな…」
ウインベルク兵⑥(隊長格)「そやつらが公の場に現れて宣戦布告などしたら、世界は更なる混乱に陥りますぞ…」
ストルラーム「不気味に思いますよ…その存在も行動も…」
クレード「ダールファンの民がメタルクロノスについて知らないのは国内を旅して分かったんだがな…」
ウインベルク兵⑦(隊長格)「ダールファンだけではございませぬ、我々ウインベルクの民たちもそのような組織は存じ上げないかと…」
リンカ「ワ、ワトニカ人だって知らないだよ!」
クレード「ワトニカの民たちも知らないのは分かる」
「ワトニカ人であるナハグニやウェンディたちも知らなかったしな」
リンカ「えっ!?」
ここでアンシーの友人であるマリーチェルが、
マリーチェル「ここにいるみんなが知らないってことは、メタルクロノスって組織、まだ表立って活動していないんじゃないの?」
クレード「おそらくはな…」
ここでアンシーが、
アンシー「話は戻るけど、そのメタルクロノスと私にどう関係があるってわけ?」
クレード「俺の恩人であるヴェルトン博士は魔獣どもだけではなく、メタルクロノスとの戦いも考え18個のグラン・ジェムストーンを開発した」
「だが18個のうち、真の完成品となったのは15個」
「すなわち石に選ばれた戦士を15人揃えられるということだ」
アンシー「というと、クリスターク・ホワイトに変身できた私はその15人のうちの1人というわけね」
クレード「ああ。俺とお前、そして今別行動をしているオリンスと合わせ、現時点では3人がクリスタークの戦士となった」
アンシー「だったらあと12人も仲間にできるのね」
クレード「その12人を見つけるためにも旅をするつもりだ」
「15人の戦士を集め、魔獣どもとメタルクロノスを叩き潰す。それがグラン・ジェムストーンを開発したヴェルトン博士の望みでもある」
「まあ未完成品である3個のジェムストーンも完成できれば、15人が18人になるかもしれないがな」
アンシー「とにかく力を合わせたいわけね」
クレード「そういうことだ。だからお前にも聞く」
「アンシー、俺やオリンスたちと行動し共に戦ってくれないか?」
「選ばれし戦士として、共にメタルクロノスと戦うためにも」
アンシー「でもそれって私に「交響楽団を辞めろ」と言っているようなものよね?」
クレード「俺たちと共に行動する以上はな」
ここでリンカが、
リンカ「わんつか(※3)待つだ!強大な力を得たからといって戦いを強制するのは酷い話だ!」
クレード「強制しているわけじゃないさ」
「戦うか戦わないかは本人の意思だと思っている」
「ただ俺は仲間としてついてくるかどうかを彼女に聞いているだけだ」
リンカ「でもな(※3)の仲間になるってことは、結局戦えってことだべ!」
クレード「まあ俺たちとしてもそのほうが助かるがな」
リンカ「クレードさん!な(※3)はアンシーやおらたちのことを何だと思っているだ!」
「おらたちのムーンマーメイド交響楽団は音楽の国ウインベルクの中でも名門といわれるくらい由緒ある楽団だ!」
「遠ぐ離れだワトニカの音楽大学にもその名が知られているくらい有名なんだ!」
「おらもアンシーもそのすごい楽団の一員さ!そった(※3)アンシーに「辞めろ」なんて簡単に言わねぇでよ!」
マリーチェル「落ち着いてよ、リンカ」
「聞かれているのはあなたじゃないのよ」
リンカ「マリーチェル!?でも!」
そしてアンシーが、
アンシー「リンカ、大丈夫だから」
リンカ「アンシー、戦うための旅なんてしねぇでくれ!おねげぇだ!」
アンシー「私を心配してくれて本当にありがとう、リンカ」
「だけど私の心はもう決まっているの」
続いてアンシーはクレードに、
アンシー「クレード、私、あなたたちの仲間になるわ」
「これからよろしくね」
クレード「分かった。3人目の戦士としてお前を歓迎する」
リンカ「ア、アンシー!?」
「な、なすて(※3)!?」
マリーチェル「やっぱりね。アンシーならそう言うと思ったわよ」
リンカ「マ、マリーチェル!?」
そしてアンシーがリンカに話しかけ、
アンシー「ごめんなさい、リンカ」
「でも私決めたの、旅をしようって…」
リンカ「ア、アンシー…」
アンシー「リンカ、この世界にはまだ私の知らない楽器や音がたくさんあるわ…」
「だから私、旅を通じて世界各地の音楽を聴いてみたいの…」
「私だけの音楽を作るためにね…」
リンカ「世界中の音楽?」
アンシー「リンカ、私、あなたを通じて津軽三味線という楽器や音を始めて知ったのよ」
リンカ「えっ?」
アンシー「だから私が他の楽器や音をもっと知っても別にいいでしょ、リンカ?」
リンカ「アンシー…な(※3)にそごまでの気持ぢがあったなんて…」
マリーチェル「リンカ、確かに私たちのムーンマーメイド交響楽団は名門として世に知られているわ」
リンカ「マリーチェル?」
マリーチェル「でもそんな名誉ある交響楽団に入ってもアンシーの夢は続いていくの」
「交響楽団で音楽の腕を上げて、将来的には一人の音楽家として独立する…」
「それがアンシーの夢なのよ、リンカ」
リンカ「アンシーの夢?将来?」
アンシー「マリーチェル、リンカ」
「その夢や将来の姿というのが、新たに大学院に行ってみることなのか、自分で新しい楽団を立ち上げることなのか、一人の音楽家として作詞作曲していくことなのかはまだはっきりしていないけどね…」
リンカ「アンシーにそった(※3)夢があったなんて、おら知らなかっただ…」
アンシー「私もリンカにそこまで話していなかったからね」
マリーチェル「私は学生時代からその夢を聞いていたけど」
ここでストルラーム楽団長も、
ストルラーム「名門ムーンマーメイド交響楽団でさえも、自分にとっては夢の通過点である」
「入団テストの面接であなたは私にそんな話をしていましたよね、アンシーさん」
アンシー「おっしゃる通りです。楽団長」
ストルラーム「更なる夢を追いかけたいというのなら、私はあなたが楽団を辞めることを止めたりはしません」
アンシー「楽団長…申し訳ありません…」
アンシーはストルラーム楽団長に頭を下げた。そして楽団長が、
ストルラーム「だけどあまりにも短かった気がしますよ」
「アンシーさん、あなたはうちに入団してまだ二ヶ月程度ですからね」
アンシー「そうですよね…この短さには痛感いたします…」
「ですがそのわずかな時間や経験でさえも、次に活かせるようにしていきたいと私は思っております」
ストルラーム「まあ、あなたは先月の新人演奏会でよくやってくれたと思いますよ」
「演奏の後、何人かの先生方はあなたの音楽を高く評価していましたからね」
アンシー「交響楽団での私の実績はそれだけだったかもしれません。ですがその時いただいた評価はこれからも忘れません」
リンカ(心の中で)「(アンシー…な(※3)っておらが思っている以上に前向きな人だっただ…)」
ストルラーム「まあでもアンシーさん、私からあなたに一つ提案があるんですよ」
アンシー「提案ですか?」
ストルラーム「そうです」
「アンシーさん、交響楽団を辞めるのではなく、「正楽団員から非常勤に変わる」という条件はいかがでしょうか?」
アンシー「そ、それって!?」
ストルラーム「非常勤という形にはなりますが、ムーンマーメイド交響楽団の一員として、これからも籍を置いていいと言っているのです」
アンシー「が、楽団長…」
ストルラーム「自由に旅をしてくれて構いませんよ。ただし旅をしている間は給料や手当などが全く出ませんけどね」
続いて、
ストルラーム「どうです、アンシーさん」
「私の提案を受け入れますか?」
アンシー(少し泣いている)「はい…喜んで…」
リンカ(小声)「(アンシー、涙まで流して…)」
マリーチェル(小声)「(やっぱり嬉しいんじゃないかしら。名門交響楽団に籍を残すことができて…)」
ストルラーム「ただこの後ダールファン本土で行うコンサートには参加してもらいますよ」
「あなたも今回のアンサンブルを構成する一人なのですからね」
アンシー「分かりました。精一杯やらせていただきます」
ストルラーム「コンサートが終わったら、あとは好きにしなさい」
「そのまま旅に出ても構いませんから」
アンシー「楽団長…本当にありがとうございます…」
アンシーは再度楽団長に頭を下げた。
そしてストルラーム楽団長はクレードに、
ストルラーム「どうです、クレードさん」
「辞めるのではなく、非常勤になるということで納得していただけますか?」
クレード「構わないさ」
「個人の夢や立場がなんだろうと、共に行動してくれるのなら俺はそれでいい」
続いてクレードはアンシーに、
クレード「アンシー、俺たちと旅をしながら見つけてみろ」
「お前の求める音楽ってやつをな」
アンシー「ありがとう…クレード…」
クレード「お前が世界中の音楽を聴いてみたいのなら、俺はその手伝いをしてやるさ」
アンシー「期待しているわよ、剣士さん…」
ここでクレードとアンシーを見ていたマリーチェル、リンカ、ストルラーム楽団長は、
リンカ(小声)「(な、なんかあの二人って…)」
マリーチェル(小声)「(まるで彼氏と彼女みたいね。お似合いだわ)」
ストルラーム(小声)「(青い髪のクレードさんと白い髪のアンシーさん…)」
「(色的に青と白の組合せは相性がいいんですよね)」
マリーチェル(小声)「(楽団長もあの二人をカップルとして推しますか?)」
ストルラーム(小声)「(いいんじゃないですか、別に)」
リンカ(小声)「(でもクレードさんって過去の記憶をほとんどなくしているんだべな…)」
マリーチェル(小声)「(そうなるとクレードさんにも実は恋人がいたりしてね)」
ストルラーム(小声)「(だとしたら彼は忘れてしまったのでしょうね。相手の女性のことも)」
マリーチェル(小声)「(もしクレードさんに以前からの恋人がいたとしたらアンシーは諦めるしかないでしょうね)」
ストルラーム(小声)「(それはしょうがないことですよ)」
リンカ(心の中で)「(アンシー、もしクレードさんに恋人がいたとしてもおらはな(※3)の恋を応援するだ…)」
マリーチェル(小声)「(まあとりあえず二人に声をかけます)」
マリーチェルはアンシーに声をかけ、
マリーチェル「旅に出るのね、アンシー」
アンシー「ごめん、マリーチェル…」
マリーチェル「謝らなくてもいいわよ。あなたならそう言うと思っていたから」
アンシー「やっぱりあなたには分かるみたいね、私の考えが…」
マリーチェル「大学時代からの付き合いだからね」
続いて、
アンシー「マリーチェル、私は旅に出るけど、あなたとはまたいつか会いたいと思っているわ」
マリーチェル「きっと会えるわよ。非常勤になったとしても、あなたはこれからもこのムーンマーメイド交響楽団の一員なんだから」
アンシー「マリーチェル…」
マリーチェル「私はまだまだムーンマーメイド交響楽団で頑張っていくつもりよ」
「アンシーの居場所を守っていくためにもね…」
アンシー(少し涙を流して)「マリーチェル…本当にありがとう…」
続いてマリーチェルはクレードに、
マリーチェル「クレードさん、アンシーのことをよろしく頼むわよ」
クレード「任せろ。仲間の一人としてアンシーを守ってやるさ」
マリーチェル「あら、別にいいのよ」
「仲間ではなくて異性としてアンシーのことを守ってくれても」
アンシー(慌てて)「ちょ、マリーチェル!」
マリーチェル「顔が赤くなっているわよ、アンシー」
アンシー「なっ!?」
そしてクレードも、
クレード「まあ俺に恋人とかがいなかったとしたら、お前を俺の女にしてやってもいいけどな」
アンシー(慌てて)「バ、バカにしないでよ!」
「私はそんな軽い女じゃないんだからね!」
マリーチェル(微笑んで)「フフ…」
クレードとアンシーを見て微笑んで笑うマリーチェルだが、そんな彼女を見ていたセーヤ王子が、
セーヤ「マ、マリーチェルさん、少しよろしいでしょうか…」
マリーチェル「あなたはダールファンのセーヤ王子様…」
セーヤ「先程からあなたを見ていました」
「そしてマリーチェルさんってとても友達思いで明るいお方なんだなって、僕思ったんです…」
マリーチェル「王子様、私なんて大して人間では…」
セーヤ「そんなことはございませんよ。マリーチェルさんは人として素晴らしいお方だと思いますよ…」
マリーチェル「素晴らしいだなんて、そんな…」
セーヤ「少し前に最愛の母上が亡くなりました…それから僕は前を向けず落ち込んでばかりいました…」
マリーチェル「王子様…お辛かったのですね…」
セーヤ「はい…」
「ですがこのようなときだからこそ、僕はマリーチェルさんのようになりたいとも思ったんです…」
「前向きで明るくて、そして友達思い…」
「マリーチェルさんは今の僕にはないお心やお気持ちを持っていらっしゃる」
マリーチェル「お、王子様…」
セーヤ「マリーチェルさん、この後僕と二人だけでお話をしませんか?」
「僕、前向きで明るいあなたのことをもっと知りたくなりました」
「マリーチェルさんのお話を聞けば、僕もきっと前向きになれると思うんですよ」
マリーチェル(驚いて)「お、王子様!?」
「…!!」
マリーチェルはこんなに自分を想ってくれるセーヤ王子の言葉や態度に思わず驚いてしまったが、口を開き、
マリーチェル「ありがとうございます…セーヤ王子…」
「私でよろしければ、ぜひ…」
セーヤ「こちらこそありがとうございます」
「今の僕にとってマリーチェルさんは必要なお方なのです」
マリーチェルとセーヤ王子を見ていたリンカとストルラーム楽団長がここで、
リンカ(小声)「(これってアンシーだけじゃなくて、マリーチェルまでゴールインってことだべか!?)」
ストルラーム(小声)「(あらあら、若いっていいですねぇ)」
そして三日後の29日の昼。
クレードやアンシー、セーヤ王子やマリーチェル、リンカ、騎士団や交響楽団員たちはソコドラ島からダールファン本国本土までやって来て、王都のダールバビロン地区(※7)にいた。
アンシー「ここダールバビロン地区には青くてきれいな門があるわね」
クレード「立札によるとイシュダールの門(※7)というらしいな」
アンシー「門には青い釉薬の瓦を使っているらしいわね。きれいに出来ているじゃない」
クレード「まあ厳密に言えば、今の門は昔のやつを再現したレプリカらしいがな」
アンシー「レプリカでもこれはこれで素敵よ」
そして、
ストルラーム「それでは楽団員の皆さん」
「明日の本番に備え、これからリハーサルといきましょう」
女性楽団員①「コンサート会場はアバサダールのオアシス(※8)前でしたよね?」
ストルラーム「そうです。本番と同じ会場で直接リハーサルを行います」
女性楽団員③「オアシスの前でコンサートをするなんて素敵だわ!」
女性楽団員④「そうね。いかにも砂漠の国って感じよね」
ウインベルク兵③(護衛役の鎧騎士)「皆さんの音楽は本当に素晴らしいですからね」
「リハーサル中であっても演奏が聞こえればたくさんの人が集まると思いますよ」
ここで一人の兵士が、
ダールファン兵⑯(サンドナイト)「今はダールファン縦貫鉄道(※9)も開通していますからね」
「明日のコンサートには北のルナウエスタンからもお客様が来ることでしょう」
女性楽団員②「へー、この国にも鉄道が通っているのね」
女性楽団員⑥「鉄道って私たちの国ウインベルクやボルムネジアの山岳地帯とか、限られた地域でしか通ってないからね」
女性楽団員⑦「ムーンリアスの技術力じゃ、汽車や線路を作りたくても簡単に増やせないもんね…」
そしてクレードとアンシーも、
アンシー「それじゃあクレード、私もリハーサルがあるから一旦失礼するわよ」
クレード「オリンスたちもコンサートには来るだろう」
「お前のことはそこでみんなに紹介する」
そしてセーヤ王子やマリーチェルたちも、
セーヤ「マリーチェルさん、楽団員の皆様によるオーケストラも楽しみですが、僕はマリーチェルさんのソロ演奏を一番楽しみにしております」
マリーチェル「王子様、ご期待に添えられるよう精一杯演奏いたします」
セーヤ「お願いいたします」
「僕は誰よりもあなたの演奏を見ていますから」
マリーチェル「王子様…私、嬉しいです」
ここでアリムバルダ騎士団長が、
アリムバルダ「王子、我々はそろそろ砦へ向かいましょう…」
セーヤ「そうですね。砦の者たちも待っていることですし」
マリーチェル「王子様、また明日お会いしましょう」
セーヤ(嬉しそうに)「はい…」
一方リンカは一人考え、
リンカ(心の中で、寂しそうに)「(マリーチェルは王子様とうまくいっているし、アンシーも明日には旅立つんだべな…)」
「(大きく変わっていく二人だばって(※3)、おらだけはこのままでいいんだべか?交響楽団さ居続ければ、それで…)」
ダールバビロン地区の砦へと来たクレードやセーヤ王子たち。
砦で、ナハグニ・ウェンディ・ホヅミ・千巌坊たち仲間4人と合流したが、王国の東部地方に出向いた、オリンス・鵺洸丸・ススキたち、そして副騎士団長の一人であるイルビーツの姿はそこになかった。
砦にいなかったオリンスたち。彼らはどうしたのだろうか?そしてアンシーやマリーチェルたちのコンサートはうまくいくのだろうか?
次回へ続く。
※1…国の名前の由来は、オーストリアの世界遺産「ウィーン歴史地区」(文化遺産 2001年登録)とドイツの世界遺産「バンベルク市街」(文化遺産 1993年登録)より
※2…島の名前の由来は、イエメンの世界遺産「ソコトラ諸島(or ソコトラ群島)」(自然遺産 2008年登録)より
※3…元ネタは津軽弁など。『いぱだだ』は「奇妙な」、『おっかねえ』は「怖い」、『そったらに』は「そんなに」、『かに』は「ごめんなさい」、『そった』は「そんな」、『な』は「あなた」、『まんず』は「本当に」、『わんつか』は「ちょっと、少し」、『なすて』は「どうして?」、『~だばって』は「~だけど」の意味。
※4…砂漠の名前の由来は、ナミビアの世界遺産「ナミブ砂海(or ナミブ砂漠)」(自然遺産 2013年登録)より
☆※5…ワルツの名前の由来は、オーストリアの世界遺産「グラーツの市街-歴史地区とエッゲンベルク城」(文化遺産 1999年登録 2010年拡張)と、「季節」などを意味するドイツ語の「Jahreszeit」より
※6…島の名前の由来は、モーリシャスの世界遺産「ル・モーンの文化的景観」(文化遺産 2008年登録)より
☆※7…地区の名前の由来は、イラクの世界遺産「バビロン」(文化遺産 2019年登録)、門の名前の由来は「バビロン」にある「イシュタル門」より
☆※8…オアシスの名前の由来は、サウジアラビアの世界遺産「アハサー・オアシス、進化する文化的景観」(文化遺産 2018年登録)より
☆※9…鉄道の名前の由来は、イランの世界遺産「イラン縦貫鉄道」(文化遺産 2021年登録)より
(☆:物語初登場の世界遺産)




