桃太郎「あれ一人多くね?」 犬猿雉鬼「え?」
桃太郎は激戦の末、鬼退治に成功しました。お供たちとともに『えいえいおうおう!』との勝鬨をあげます。
都に凱旋とばかり、お供に命じて奪われた金銀財宝を船へと運びました。
そこまでは良かったのですが、桃太郎の頭の中に疑問が生じております。
桃太郎は雉を呼びました。
「おいおい雉よ。お供が一人多くないか?」
「え? そうですかあ? うーん。きっと疲れているんですよ。昔から落人は芒の穂にも怖ずといいます。なにもないところに敵兵が見えるもので、先ほどの戦の興奮が冷めやらぬのでしょう」
「そうかなあ……」
疲れているといえば疲れてはいる。しかし何やらチョロチョロと見覚えのないお供の姿が見えるような気がする。
桃太郎は猿を呼びました。
「おいおい猿よ。なんか私には一人多く見えるんだけど?」
「え? そうですか? きっと気のせいですよ。疑心暗鬼。疑う心は暗闇に鬼を見るというヤツで、もっと心を大きく持ちなさいな。今は鬼退治をしたばかりで気が高ぶっているのでしょう」
「うーん、そうなのかなぁ」
猿が荷物運搬に戻っていって、しばらくすると四人がかりで大きな荷物を持ってきたので、こりゃ決まったとばかり犬を呼びました。
「おいおい、犬。私たちは四人だよな?」
「左様にございます。我々は四人、共に鬼退治の志のもと、少数精鋭にて役目を果たしたのであります! 寡兵よく大軍を破るとはまさにこのこと!」
「いや一人多いんだけど、どういうこと?」
「え? そうなんですか? いやあ、お恥ずかしい話、我々犬族は鼻や耳は良くとも目はからきしでして。気になるならみんなを呼んでみては?」
「そうだな。全員集合!」
すると仕事をしていたものも砂浜に荷物をうっちゃって桃太郎の前に整列しました。
桃太郎は声高らかに号令します。
「番号!」
「イチ!」
「ニイ!」
「サン!」
「シ!」
となったところで、犬が進み出ます。
「そらご覧なさい。四人に間違いない」
「いやいやおかしいだろ」
「昔から幽霊の正体見たり枯れ尾花と申すます通り、分かればどうってことなかったでしょ?」
「なんだよ。なに話進めてんの? そんで君らそれぞれ難しい諺みたいなの言わなくていいから。別にそういう教養の時間じゃないから」
「いや我々は四人で……」
「違うだろ。この私が号令をかけてるんだからサンで終わらなくちゃならん。……なんだその言われてみればみたいな顔。そんで、そこにいる犬でも猿でも雉でもないキミ。なんで一緒になってみんなを見渡してんの? どう見てもキミでしょ?」
そう。そこには虎柄のパンツとブラをした娘がいたのでした。
「キミ」
しかし彼女はうつむいたままです。
「足元を見てるキミ」
と言ったところでようやく鬼娘は顔を上げましたが雉は口に羽を当ててプーっと吹き出しました。
「桃太郎さん。足元を見るは相手の弱みにつけこむことです」
「いやそういうこと言ってるわけじゃない。なんなの? この諺言おう大会」
桃太郎はみんなの顔を見渡しますが、みんな不思議そうな顔をしておりました。
「えっ? なに、私がおかしいの? どうなってるんだよ。艱難辛苦を乗り越えて、ようやく鬼退治を終えたというのに、鬼の生き残りがいるじゃないか!」
みんな一斉に辺りをキョロキョロしますが、誰も鬼娘には言及しません。桃太郎は進み出て鬼娘の腕を掴みました。
「いやどう見てもこいつでしょ」
「あ、桃太郎さん、いやらしい」
「本当だ。見せつけてくれるねぇ」
「ヒューヒュー! 熱いよ! オフタリサン!」
「違ーう!!」
鬼娘の腕を持ったとたん、お供三匹からの煽りにさすがの桃太郎も声を荒げました。鬼娘はポッと微笑んで頬を押さえます。
「いやいや、ナニコレ。いつの間にか仲間でヒロインみたいな立ち位置。いつからうちのチームにいたっけ? いないよね? 私の記憶違い?」
そこで犬と猿と雉は鬼娘の背中を押しました。
「さ、早く」
「う、うん」
鬼娘は桃太郎の前に進み出て言いました。
「桃太郎くん」
「な、なんだよ」
「これ、読んで──」
そう言って、手紙を手渡すと岩影に走り去ってしまいます。それを猿が追いかけていきました。
桃太郎はわけも分からず封筒を裏返したり表を見たり。仕方がないので開けて読んでみることにしました。
『恋しい、恋しい桃太郎さん江。闘いの最中ずっとあなたを見てました。一生懸命な姿に心奪われたのです。鬼と言われた私ですが、犬ちゃんや猿ちゃんや雉ちゃんに言われて、あなたへの本当の気持ちを知ったのです。都を荒らし回った私のことは許せないとは思いますが、もしよかったら付き合ってください。鬼熊鬼子より』
桃太郎はしばらくあんぐりと口を開けていましたが、ようやく口を閉じました。そして回りにいる犬と雉を睨んだのです。
「どーゆーこと?」
桃太郎の問いに雉が答えます。
「桃太郎さん、鬼ちゃんの気持ち、分かって上げてください」
「いやそれより、なんで君たちが分かって上げちゃってンの? どう考えてもおかしいでしょ? 鬼は敵なんだよ? 分かる?」
「バッキャローー!!」
突然、桃太郎の頬に激痛が走り、衝撃に砂浜に倒れ込みました。見上げると拳を握った犬が桃太郎を見下ろしております。
「殴ったりして悪かった。だけどよ、あんな可愛らしい子を敵だと? 鬼だと? てめぇのほうがよっぽど鬼だよ、コンチクショー!」
「なんでだよ。なんで私が怒られてんの?」
そこに猿も躍り出てきて、桃太郎をさらに殴り付けたのです。
「ウゥッキィーー!!」
「いってえ! なんなんだよ!」
「自分の胸に聞いてみろ!」
「いや、わかんねーよ! なんで私のせいみたいになってんの?」
そんな分からず屋な桃太郎を雉が優しく諭しました。
「桃太郎さん。鬼子はあなたが好きなんです。闘いが終わった今、障害はどこにもありません。今までは敵同士でしたが、互いに手を取って仲良くしなくてはなりません。あとは桃太郎さん。あなたの気持ちだけなのです」
桃太郎は、岩影から小さくなびく黒髪を見つめました。
「お、鬼子──」
すると岩影からそっと鬼子は顔を出します。桃太郎が近付くと、彼女も一歩足を進め、やがて二人は走り出して砂浜の上で抱き合いました。
「桃太郎さん、ごめんなさい、ごめんなさい。都をあんなに荒らしちゃって……」
「……いいんだ。もう──」
そんな二人をお供の三匹は見ていましたが、犬はそっと猿の肩に手を添えます。
「鬼子が、好きだったんだろ?」
「へっ。バカ言うなよな。あんなじゃじゃ馬……」
雉は羽ばたきながら言いました。
「あんたたち、ついてきな。今日は雉姐さんが奢っちゃうよ!」
「うへぇ! 姐さんには敵わねぇや!」
「ゴチになります!」
こうして三匹は去っていきました。まさに犬がいぬ、猿が去る、雉が……えーとね、雉がぁ~。まあそんなこんなで、桃太郎と鬼子は鬼ヶ島で幸せに暮らしたそうな。
めでたし、めでたし。
なにこれ?