善の道もカラスから。
カラスは、おおむね害鳥とみなされている節がある。ゴミ箱をあさって生ごみをあたりにぶちまける行動は、人間にとって思わしくないものだ。
そんな黒いやつは、人の持ち物を狙って奪い去っていくことがある。きらびやかなものがそのターゲットになりやすい。
高校から自転車で帰宅途中だった高校一年生の晴喜は、閑散とした住宅街をかっ飛ばしていた。画鋲が地面に落ちていればパンクしてしまうが、そんなことは気にしない。自転車のタイヤは簡単に針が突き刺さるようにはなっていないのだ。
カアカアと、上空から鳴き声がしてきた。真昼間からのんきに空を飛んでいるのは、悪名高いカラスだった。
晴喜は、あまりカラスにいい思い出がない。ブロック塀の上にたたずんでいたカラスにちょっかいをかけて反撃され、しばらく頭を突かれたことがあるのだ。晴喜の方に非がある気がしてならないが、それは棚に上げておく。
……早く、どっかに行ってくれよ……。
早速憂鬱な気持ちになった晴喜。撒いてしまおうと、さらにペダルをこぐスピードを上げた。
カラスは何を思ったか、晴喜へと急降下してきた。盗みやすそうなカモだとでも思われたのだろうか。
「どっかいけ!」
急ブレーキをかけて、上半身を翻した。一直線に飛んできたカラスに対して、平手打ちを試みた。武道の経験はないので、型はめちゃくちゃである。
まさかいつも傍観しているだけの人間が襲い掛かってくるとは思わなかったのだろう。顔面にぶつかる寸前をかすめて退散していった。くちばしで咥えていたキラキラしたものが、上昇しようと旋回したはずみでポトリと地面へ落ちた。
カラスを追いかけるつもりはなかった。どうせ追いかけても、つかまりっこない。あのカラスは積極的に人を襲うのだろうが、いつか返り討ちに遭うことだろう。
晴喜は、砂利に混じれた太陽の光を反射して輝くものを手に取った。
……これ、ブレスレットか……?
首につけるものならば、カラスに取られようがない。きっと、手に持っていたところを取られたのだろう。
「……すみませーん! カラスがこっちの方に飛んでいきませんでしたか?」
高校の知っている声ではない女子が、晴喜の方へ駆けてきた。
「……その、今日買ったばかりのブレスレットをカラスに取られてしまって……」
形見である物品を奪われると心がズキズキと痛むが、新品だからといって踏ん切りがつくわけではない。金銭的な損失は大きいだろうし、物の価値が劣るわけでもない。
「……それって、これですか?」
表面が緑色の光沢で覆われているブレスレットを、彼女がよく見えるように吊るした。
緑色の宝石と言えばエメラルドが有名どころである。換金相場がどのくらいなのかの知識は持ち合わせていないが、コインでは到底届かない金額であることは想像がつく。
バツが悪そうに目がどんよりとしていた彼女が、ぱっと光った。
「……ありがとうございます! ……よかったー……」
ブレスレットを手に取るなり安心感がどっと押し寄せてきたのか、へなへなと女子高生がその場に座り込んでしまった。ぎゅっと、もう盗賊に持っていかれる事のないように、エメラルドを抱きしめていた。
……人助けって、こんなちっぽけなものでもいいんだな……
ほんのり、心の奥が暖かくなった気がした。
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