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常識は真理ではない

 国王に向かって自分をクソ女と称した少女に、臣下達は総毛だった。

『無礼な』だの『恥知らず』だのと言った囁き声が、ティーの耳にまで届く。


「陛下」


 国王が口を開いて何かを言う前に、ティーは一歩前に進み出た。


「私は、資材と労働力を頂けるよう、お願いしに来ました。彼らの『片割れ探し』で、コムル村は大きな被害を受けました。田畑や家畜小屋や、家屋の修復が必要なんです」


 挨拶も自己紹介もそこそこに要求を押してきた娘に、一同は目を点にして、しばし言葉を失った。

 いち早く正気に戻ったルイーザが、ティーの頭を小突く。


「おい。言い方ってもんがあんだろうが!」


「あんたがクソ女って言ったからクソ女だと認めただけでしょ。私はあんたの言う通りクソ女だから相手が王様だからってやんわり言うつもりはなのよ。それとも、あんたの馬鹿息子はご乱心のようだから田畑や家の修繕をさせて頭を冷やさせろ、とクソ女らしく思ったままを言えばよかったのかしら?」


 ティーはルイーザが自分に向けて言った『クソ女』という謗り(そしり)を何度も使い、実にうまく逆ねじを食わせた。


「だれが“ご乱心”だ!新人類には、人族にゃ分かんねえ苦労があんだよ!」


「苦労したのはあんたじゃなく私達村人でしょうが!」


 王族や貴族を前にして、ティーは王子に負けじと言い返す。


「女にフラれた程度で正気を失うなんて、短気にも程があるのよ。だから物の修理でもして自制心を養えと言ってやったの。――ま、あの惨状じゃ、仲良しの狼達に手伝ってもらってたところで、何年かかるか分かりゃしないけど」


 最後に腕を組み、ははん。と馬鹿にしたように笑う。


「てめえ俺の事完全になめてるだろ」


 軋轢を隠そうとしない二人の会話を聞いたルパとラースは、堪える間もなく噴き出した。村での諍いを知っているだけに、たまらなくおかしかった。


「その娘は何者か?」


 眉をひそめたグウィドー王が、犬属性の息子に訊ねた。ルパは一度咳払いをしてから表情を引き締め、父親に答える。


「彼女は私が選んだ『片割れ』です。親父殿」


「へぇ?」

「あー、成る程そういうことか」

「マジかよっ!?」


 ルパの発言を耳にして、ティーと残り二人の王子がそれぞれに見合った反応を示した。

 家臣達は動揺してざわめき、王の左下に静座して今まで微動だにしなかった王妃までが、目を大きく開いて口元に手を当てた。

 王も驚きにその目を見開き、開口一番、


「人族ではないか」


 と、少女が属する種族名を口にする。その一言は、ここに居る者が驚いている一番の要因だった。

ルパは平然と「いけませんか」と訊ねる。


―― 良い悪いの問題ではないだろう。 


 そこに同席していた全員が奇跡的に同じ呟きを心中でもらした。


「馬鹿を言うでないぞ。『片割れ』が娘ならば、いずれお前の妃となる可能性も大いにある。お前は旧人の末裔を王族に迎える気か」


 父王は当然とばかりに非難した。ルパはひょいと肩をすくめる。


「『片割れ』と伴侶はまた別だと考えておりますが。しかし将来、もし彼女が私の伴侶になるような事になれば、そうなりますね」


「お言葉ですが、ルパ王子」


 元老院の一人。殆どが老齢の集まりである議会の中ではまだ若いカヤク議員が挙手した。


「旧人の末裔である人族は、あるところでは賢者としてあがめられ、またあるところでは破壊者として忌み嫌われております。王族に迎え入れるには、あまりに危うい存在かと」


 続けて、近衛隊長のウセル・ベイ将軍が鼻息を荒くして。


「旧人は太古の昔、大地を穢し、地喰いを作り出しこの世に放った挙句、我々を捨て空へと旅立った。人族は忌むべき存在です。そんな者どもの子孫を片割れとするなど、笑止千万!」


 そして、秘書官のヘテプが遠慮がちに。


「・・・しかも今や、土地の多くは地喰いに占領され、我々が生活できる地は極わずか。人族に分け与えてやる土地も作物も、この国にはございません」


「そして人族は弱い。病にかかりやすく、短命だ・・・」


 最後に、元老院議長であるエリンデルが残念そうに首を横に振った。


 全ての列席者に否定されながら、ルパは強気な姿勢を崩さなかった。広くしなやかなその背中をすっと伸ばし、玉座の父をまっすぐに見上げる。


「誰が何と言おうと、彼女は私にとって、最も縁の深い『片割れ』なのです。親父殿は私どもに、『己と、この国にふさわしい片割れを探して来い』と仰った。彼女は村や友人を守っただけでなく、私の窮地も救ってくれました。そして今も村の復興の為、親父殿に直訴している。これ以上、私や王国に相応しい『片割れ』がいるでしょうか」


 全く退く様子の無い息子に、国王は困り果てた様子で唸る。

 自分が王子の『片割れ』だと宣言されてから、勝手に飛び交う発言にあたふたしていたティーが、「ちょっと待ってください!」とルパと国王の間に割って入った。


「君も何か意見が?」


 ルパがティーをゆっくりと見下ろす。その姿は、自信に溢れながらも決して威圧的ではなかった。しかも、王の前でのルパの所作は、コムル村のそれと違い、一挙一動が実に優雅で気品高い。恐らく、子供の頃から厳しく躾けられてきたのだろう。ティーは、気後れして思わず一歩後ずさった。


「馬鹿なこと言わないで。私が『片割れ』なわけないでしょう」


 自分が決めた『片割れ』にまで否定され、あろうことか馬鹿呼ばわりされたルパだが、超然とした態度を崩さぬまま「何故?」とティーに聞き返した。


 何故って・・・。


 ティーは言い淀む。


「人族はあなたたち新人類と違って、『片割れ』を持たない生き物だからよ。誰でも知ってる常識でしょうが」


「言葉を返すようで悪いが。常識とは我々が勝手に作り出したものであって、真理ではない」


 世の中の通例を盾にしたティーに、ルパは柔らかく微笑んで異を唱えた。そして、続けざまに言う。


「それから、わざと無礼を装って自分への評価を落とそうとしたところで、君には何の得にもならない。違うかな?」


 ルイーザを捕獲する直前に発したティーの台詞から、ルパはティーが少なくとも皇族に対して適切な言葉を選べるくらいの教養を受けた人物だという事に気付いていた。


 見透かされていると知り、ティーは口をつぐんだ。同時に、内心で舌打ちした。あの力を使う時は、どうしても昔の癖が出やすくなって困る。


「ですが、ルパ王子。今まで人族が王族に加わったという記録はございません。それは、やはり人族が『片割れ』とは無縁の種族だからであり――」

「前例が無いというのは、拒む理由にはなりませんよ、議長殿。前もって言っておきますが、勘違いでもありません」


 エリンデルが再びティーを拒否する理由を述べようとしたが、ルパは柔らかな口調でそれを遮り、機先を制して次に挙げられるであろう疑念を打ち消した。そして一呼吸置いてから、はっきりとした声でその場に居る全員に宣言する。


「賭けてもいい。私が『片割れ』を間違えるほどの出来損ないならば、この国を治めるのも不可能でしょう。その時は潔く、皇太子争いから身を引きます」


 予期せぬ王子の言葉に、部屋中が再び大きくざわめいた。

 ルイーザは目をむく。


「ちょっと待てルパ!」


 撤回させようとしたところで、王妃が薄い唇を開いた。


「少し、発言させて頂いてよろしいでしょうか。陛下」


 ずっと王の左隣で黙っていた鯨属性の王妃が、ゆっくりとした語調で発言の許しを請う。


「よい。マリオン。話せ」


 王の許可が下りると、マリオン王妃はグウィドー王に軽く一礼してから、鯨の歌声を思わせる、優しく神々しい声でゆったりと話した。


「ルパ殿下は聡明なお方。この大切な時期に、誤断なさるとは思えません。王子が仰られる事も一理あると、私は思いました。何より、殿下のお心はもうお決まりのご様子。皇太子云々はさて置き、ここは一度、その人族の娘をしばらく殿下の傍に置いて、適性を判断されるのがよろしいのではないでしょうか」


「ありがとうございます。皇后陛下」


 助け舟を出した王妃に、ルパは頭を下げた。


「ルパ王子は、フレイア様に似て頑固ですからね」


 マリオン王妃はルパの母親ある犬属性の側室の名を口にして微笑んだ。

 グウィドー王は眉根を寄せながら目頭をひと揉みし、諦めたように長いため息をついた。


「そこまで言うのならば試してみるがよい。その娘が、縁を結ぶに値する人物かどうか」


「感謝します。親父殿」


 ルパが満足げな笑顔で右掌を胸に当て、礼をする。


「この二人に猶予を与える。皆の者、異論無いな」


 国王の下した決断に、重臣達は仕方ない、といった表情で各々頷いたり礼をしたりと、承諾の意を示した。

 

 ティーはというと、自分の意志など関係無しに、とんとん拍子に進んでいくこの片割れ話に、呆然とするしかなかった。


「人族の娘」


 厳粛な口調で国王に呼ばれ、ティーは「はっ?」と間の抜けた返事をする。


「この度の一件では、そなたには礼を言わねばならぬ。息子をよくぞ静めてくれた。しばらくこの王宮でゆるりと過ごすがよかろう」


「いえ、私は・・・その・・・ええと・・・」


 ティーは何とかして断ろうと口を動かしたが、その口から出る言葉は意味を成さないものばかりだった。

 そうこうしている間に、王が女官長を呼び寄せ、短い指示を下す。


「ナフティラ女官長。この娘に失礼がないように」


 ナフティラは国王に膝を折ってお辞儀をすると、しずしずとティーに歩み寄り、その手をとった。そして、「さ、参りましょう」と半ば強引に手を引いて促す。

 思いのほか力の強い蟻属性のナフティラに引っ張られながら、ティーはまだ自分の要求に対し返事を貰ってない事に気付き慌てた。


「資材と人材は!?ちゃんと責任とってくれるんでしょうね!?」


 叫びながら謁見の間を連行されるようにして出て行ったティーを見送るラースが楽しそうに「肝っ玉の太い娘だな」と笑った。


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