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どうも。コムル村のクソ女です

 コムル村が属している王国に名は無い。名をつけて互いに区別するべき国が無いからである。旧人の文明が滅びてから二千年、この王国以外に国らしき国があるという話は誰も聞いた事がなかった。

 

 理由はいくつかある。まず、この王国が北に海、東に山脈、西には南北に延びる全長百キロほどの大河に囲まれているという、比較的閉鎖された地形にある事。また、王国の自然は豊かだが、西の大河を越えた更にずっと西側や、南のずっと向こうは砂漠が続いており、ならず者も少なからず居る事。これらの理由から、この国の人の出入りは、極端に少なく、国民は“外”の情報に疎かった。

 

 海・山・川の三つの恩恵を受けられる環境に恵まれたこの国は、コムル村の他にも大河の東側に村が三つ、西側に村が二つあるが、どこも自給自足の生活が十分可能なくらいに作物の実りはいい。


 国政は、新人類の国王が元老院という政治家の集まりと共に代々滞りない治世を行っている。

 国民の義務は、海側に聳え立つ王宮に毎月税を納めることのみ。

 不作の時は役人の監査の元、免税も行われ、穀物庫から配給もされる。

  飢えない量の糧と約束された平和。この土地に住まう者たちは十分に満足しており、わざわざこの安住の地である王国の外に出て、新しい土地に更なる希望を見出そうと考える者はいなかった。


 とはいえ、この国に憂いが無いわけではない。

 対岸の有毒な砂塵が季節の強風に乗って飛んでくるせいで、国民は大抵、七十を待たず、体内に蓄積された対岸の毒を起因とする病で死亡する。

 新人類より一回り小さく毒に弱い人族の平均寿命は更に短く、多くは『敗病』と呼ばれている難病に罹病し、死を迎えていた。

 それでもはやり、人々はこの実り豊かな土地を愛していた。


 現在の国王は象の属性を持ったグウィドー王。賢帝と名高いこの王は、御歳58である。

 王宮の謁見の間。ルイーザは檻に入れられたまま台車に乗せられ、その賢帝と王妃を前に、胡坐をかいてふてくされていた。元々釣り目がちの目元が不機嫌な心境を投影し、三白眼になっている。

 ルイーザの両隣にはルパとラース。そしてティーが並んで立っていた。


 謁見の間は『王国の中でも最も美しいと』称される大広間である。

 左右を色とりどりの装飾で施された大柱に挟まれたその大広間からは、王座に向かって右には広大な街並みを。左側には岸壁にそびえ建つ三つの神殿と、その向こうに広がるエメラルド色の海を望むことができた。そして、エメラルド色の水平線の上には、うっすらと“死の大陸”と呼ばれる対岸が、その暗い存在を主張している。

 玉座の後ろと扉側の壁には、王国の歴史を示す絵が施されており、主に初代から現代に到るまでの王の偉業を絵巻式に鑑賞できた。


 玉座に座る賢帝は、醜態をさらす息子を厳しい眼差しで見下ろしていた。王妃は半眼で、静かにその隣に座っている。

 

 国王と王妃の右斜め下には、何人かの秘書官や元老院の面々が揃っており、檻に囚われた王子の姿に目を丸くするもの。『やってくれたな』と苦虫を噛みつぶした様な顔をする者など、反応は様々である。


 ちなみに、『下手に檻から出して暴れられると厄介だ』というティーの主張が採用された事により、ルイーザは村からずっとこの状態で謁見の間まで輸送される羽目になった。

 道中、農耕馬二頭が引く荷台の上で、出せ出せと騒ぎ立てていたルイーザだったが、流石に都に近づき人通りが多くなるにつれて、大人しくなった。今ではもう、一言も発っしない。

 都の人々の好奇な視線に耐えながら王宮まで運ばれるという辱しめは、少なからず彼の精神を弱らせたようである。

 ルイーザ王子の気性を知っている都人達は、まるで捕らえられた熊か囚人のように運ばれていく王子を見て、笑いをこらえきれず口に手を当てて顔をそむけたり、我慢する間もなく吹き出してしまったり、王子の珍行列を楽しんでいた。


「出してやるがよい」


 国王が、たっぷりとした白髭を蓄えた口で厳かに命じた。

 檻の傍に立っていた衛兵が国王に恭しくお辞儀をして、鉄格子の扉を開ける。


「貴様ぁ!俺を檻になんぞ放り込みやがって!」


 ルイーザは獣臭い檻から出るなり、さっそくティーに掴みかかろうとした。


「はい大人しくしましょうね!」

「ぎゃあ!」


 だがラースに尻尾をつかまれ、あっけなく阻止される。


「ギョロメ!何しやがる!」


 今度はラースに牙をむき、唸り声をあげた。


「しーずーまーれー!!」


 謁見の間に、大地を揺るがすような国王の咆哮が響いた。

 左右が完全に吹き抜けになっているはずなのに耳を覆いたくなるほどの大声は、流石に象の属性を持っているだけの事はある。

 叱られたラースやルイーザのみならず、秘書官や衛兵まで、王妃を除いた全員がその場で硬直した。


 グウィドー王は王座から立ち上がり、鋭い目で狼の属性を持つ息子を睨んだ。

 座っていても威厳に満ち溢れているその大きな身体は、立ち上がると更に巨大さを増し、目前に控えているものを思わずひれ伏させるほどの迫力があった。


「この馬鹿息子が!『片割れ探し』で国民に被害を与えるなと言ったワシの言葉を忘れたか!」


 王は立派な衣につつまれた肩を怒らせ、言いつけを守れなかった愚息を叱った。


 最初の一喝ですでに戦意を吹っ飛ばされてしまった王子は、叱られてしゅんとなる。髪と同じグレーと黒の毛に縁取られている先のとがった両耳が、下に垂れ下がった。

 ついている場所や形は殆ど人と変わらないが、新人類の耳は、感情や緊張の変化でこういう動きもする。

 新人類にとって耳は、その属性によってはセンサーとして人族以上に重要な役割を果たし、且つ敏感な器官でもあった。その例として犬の属性を持つルパなどは、耳の傍の邪魔な毛を刈り上げ、他の髪は編みこんで後ろに垂らすことで、聴覚を存分に活用できるように工夫していた。茶色の毛で縁取られた耳を飾る銀のピアスも、耳の機能を妨げないよう軽いものを選んでいる。

 同じく狼属性のルイーザも、耳の周囲の毛を短くし、耳を隠さないよう気を使っていた。


「申し訳ない。親父殿。野性の血がつい出てしまった」


 謝る息子に、グウィドー王は深いため息をつき、再び王座に腰をおろす。


「力だけでは国は治められぬ。野生の血に振り回されるなど、もっての他である」


 よって、お前の王位継承権は剥奪する。


 落ちついた口調で、しかしはっきりと、国王は宣言した。

 臣下達はざわめき、王妃は静かに目を閉じた。


 ルイーザも王妃と同じように一度目を閉じると、片膝を折って深々と頭を下げ、承服の意を示した。


「・・・・はい。仰せの通りに」


「親父殿!それはあんまりです」


「『片割れ探し』は皇太子を決める極めて重要な慣わしである!庇いだてするでない!」


 意義を申し立てようとしたルパを、王が叱責した。そして、続ける。


「ラースもよく聞け。もし今後、私欲のために民を傷つけるような行いがあらば、皇太子の資格は無いとみなす。皇太子に選ばれた後であろうとも、王に相応しからぬ所業を行った際には、ワシは即刻その者に失脚を命ずる!」


 グウィドー王は、常に民と国を思いやった治世を行う。それゆえに彼は、常に己のみならず王族や政治に携わる者全てに対して厳しかった。

 国王は優しく寛大な父親でありながらも、特に息子達には彼らが幼い頃から、王族たる振る舞いや心構えに関してだけは、教育係が閉口するほど厳しく徹底的な教育を行ってきた。


 ルパとルイーザは、相反する性格を持ちながらも仲が良い。家臣達が、二人は『片割れ』なのではないかと噂するほどに、幼い時からお互いに助け合ってきた。

 ルパがコムル村で暴走したルイーザを必死に止めようとしたのも、村を救う以外にルイーザの王位継承権を守る目的があったからである。

 そんなルパの思いを、父である国王が察していないはずはない。だが、皇太子を決める『片割れ探し』は、王子にとって大切な通過儀礼である。馴れ合いは許されなかった。


 ラースが励ましの意味で、ルパの背中をぽんと叩く。

「お前達にとって『片割れ探し』とは、民衆のそれのように、決して華やかで心浮かれるものではない。それは、王族として己の人生を決める岐路であり、同時に自らの器を示す大切な機会である」


 王は目の前に居る三人の息子達に、諭すように言い聞かせた。そして、再び犬の属性を持つ王子の名を呼ぶ。


「この度の一件では、よくルイーザを鎮めてくれた。褒めてつかわす」


 今日初めて目を細めて見せた国王からの褒め言葉に、ルパは(かぶり)を振った。


「いいえ。親父殿。ルイーザを鎮めたのは、私ではありません」


「それでは、ラースが?」


「まさか」


 ラースがケララと笑った。


 ルイーザが不機嫌に、ルパの隣に立っている赤いチュニックに身をつつんだボサボサ髪の少女を親指で示した。


「俺の尻尾を踏んで檻に入れたのは、このクソ女ですよ。親父殿」


「はじめまして。クソ女です」


 ティーはぐいと顎を上げると、仁王立ちで自己紹介した。


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