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投げつけられた檻

「そのまま伏せ!」


 宙返りをうち両手両足で着地した途端、頭上から聞き覚えのある声に命じられ、先祖が犬のルパは起しかけていた体を無意識にピタリと止めた。

 止めた瞬間、ルパの頭上を赤い物体がものすごいスピードで通り抜けた。ルパがその物体の正体に気付いた時には、ティーの両膝はすでにルイーザの腹部にめり込んでいた。


 防御する間もなくまともに攻撃を受けたルイーザは後ろに吹っ飛び、井戸でしたたかに後頭部を打ちつけた。

 もしルパが指示に従わず体を起していたら、兄弟仲良く膝蹴りの餌食になっていたことだろう。井戸に頭をぶつけたまま目を回している兄弟を見たルパは、背筋を凍らせた。


 ティーは蹴った反動を利用し、一度くるりと空中で回転してから、すとんと地面に降り立った。


「ティー!」

「ティーだ!」


 たった一人の少女の登場に、顔面蒼白だった村人たちの顔が明るくなる。


 村人達を囲んでいた狼達が指導者の窮地を察し、一斉にティーに飛び掛かった。

 ティーは右手を伸ばし狼達に照準を合わせると、ミムラの家の前でやったように、その腕を横に振るった。

 狼達がまるで弾き飛ばされたように、ティーが腕を振るった方向へ飛んでゆき、溜め池に落下する。

 池に落ちた狼達は戦意を喪失。必死でもがいて岸に這い上がると、そのままどこかへ逃げていってしまった。


 何の接触も無く、いとも簡単に大型の狼達が弾き飛ばされたその現象を、ルパは信じられない面持ちで眺めていた。

 だが、村人達は不思議がる様子も無く、ティーの登場に沸き立っている。


「いいぞ、ティー!」


「やっちまえ!遠慮はいらねえ」


「責任は私たちが取ってあげる!」


 まるで、勝利を確信したかのような喜びようである。


 ―― この(むすめ)、普通じゃない。


 ルパは思い出す。 そうだ。そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()


 人が空を飛ぶことは可能だが、それは鳥の属性を持つ者のみが翼を用いてできる技である。だから、この少女が羽も生やさず空を飛んでいた事自体が、すでにおかしかったのだ。しかも、手も触れず狼を飛ばしたこの技は、どの属性を持つ人類にも適合しない異質なものである。


 第一、彼女は属性に関する能力には無縁の、旧人の末裔と言われている人族のはすだ。

 新人類は人族と違い、それぞれが属ずる生物の特徴をその身に持ち合わせている。耳の形や、尻尾や、皮膚や毛の色などだ。それに対し、人族は多少の肌や髪の色の違いはあれども、新人類ほど多種多様な外見は持ち合わせない。ティーの凡庸な姿は、どこからどう見ても人族のそれだった。


 ルイーザは完全に頭に血が上っているため、事の異常さに気付かない。目を覚ました狼属性の王子は、井戸にぶつけた後頭部を押さえながら立ち上がり、すかさず剣を構えた。

 ティーはそんな彼に冷ややかな視線を送った。


「王族だからといって、何でも許されると思ってもらっちゃ困るわね。家に帰って頭を冷やしなさい」


 味方の狼達はもういない。村人達も自由だ。もう、ルイーザに勝ち目は無い。だが、気性の荒い王子はそう簡単に負けを認めようとしなかった。


「人族の女ごときに指図されてたまるかよ」


 悪態をついた王子は、口の中に溜まっていた血をぺっと吐き出した。

 コムル村は人族を歓迎し、共生している事で有名である。人族を軽んじたルイーザの発言に、村人達の中で明らかにムッとした空気が漂った。


「・・・・ルパ殿下」


 ティーがルイーザと対峙したまま、後ろで佇んでいる犬属性の王子に話しかける。


「ご兄弟への無礼を、お許し願います」


 それは、ティーがこれから、その異能を使ってルイーザに何かとんでもない事をする、という予告だった。


 ルパが承諾する前に、すでにティーはルイーザに向けて腕を伸ばしていた。

 ティーがその掌を上に返した瞬間、ルイーザの手から剣が飛びぬける。


「おわっ!?」


 ルイーザが眼を白黒させているところに、ティーは掌をくい、と下に向けた。すると今度はルイーザが、ぐしゃりと地面に崩れ落ちた。


「ぐえっ!」


 腹から地面に激突し、蛙が潰されたような声を上げたルイーザは、上に透明な巨大岩でも乗せられているかのように、這いつくばったまま動けない。

 そして、とうとう彼に鉄槌が下された。


「てめえ、一体何をした!――って尻尾!痛ぇぇぇぇっ!」


 苦しそうな声で怒鳴ろうとしたルイーザの尻尾に、ティーが踵を落としたのである。

 急所である尻尾を踵で踏んづけられ、なけなしの威嚇は悲鳴に変わった。


 犬の弱点は身体の末端にある。鼻をぶたれたり尻尾に物を落とされたりすると、どんなに鍛えた男でも、悲鳴を上げてしまう。ルイーザは狼だがイヌ科である事には違いなく、よって弱点も犬と変わらない。

 ティーもそれを知っていた。『無礼をお許し願います』というのは、この事だったようだ。


「・・・む、むごい!」


 踵を落としたティーに躊躇いはなかった。あれは、尻尾を持たない種族だからこそできる芸当だ。

 尻尾を踏まれた時の例えようのない激痛をよく分かっている犬属性の青年一人と犬一匹は、抱き合って身を震わせた。


 ティーがルイーザの尻尾を踏んづけただまま、また左腕を伸ばした。その左手の先にあるのは、対大型獣捕獲用の、鋼鉄の檻。

 村では普段、男三人がかりで持ち上げている重量級の檻が、ガタガタと震えだす。


「おい、おいちょっと待て・・・」


 尻尾の痛みでほんの少し冷静さを取り戻したルイーザが、これから起るであろう事態を察知し、青ざめた。


 ティーは無言で、左手をゆっくり上に滑らせる。


 檻の底が地面から離れ、宙に浮いた。


 王子二人はその光景に絶句する。


 これはもう、完全に――


「檻に入れる気だ」


 ルパが怯えた声で呟いた。

 しかも、ルイーザは逃げようにも身体が動かない。


 巨大な檻はティーが左腕を大きく手間に振るったと同時に、その口を開け、勢いよくティーとルイーザに迫ってきた。


「おぉぉぉぉぉぉっ!?」


 檻が地面にぶつかり、派手な音をたてる。

 ルイーザは、まるで檻に食われるようにして、あっというまに捕獲されてしまった。


 檻がルイーザにかぶさる直前に空へと飛び上がったティーが、ターゲットを入れて横倒しになった檻の上に、すとんと膝を折って着地する。

 ティーは檻の上でゆっくりと立ち上がり、後方のルパに上体を捻り、そして訊ねた。


「さあ、殿下。こいつを如何なさいますか?」


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