小さな助太刀
ルパが村に到着すると、火は殆ど消されていた。
逃げ惑っていた村人達は村の中心に集められ、彼らの周りを狼たちが牙をむき出しにして逃げる者には容赦なく噛みつく準備をしている。
村人達の正面には、ルイーザが立っていた。
「ルパとあの女はどこだ!」
狼を率いる王子は、恐怖ですくんでいる村人達に吠えた。
「存じません。村の外に逃げたとしか・・・」
髭を生やした男が恐る恐る口を開いた。
「あの女は俺の『片割れ』だ。もしお前達がどこかに匿っているとしたら、どうなるか分かっているだろ
うな」
ルイーザは恐怖におののく村人達を見渡し、唸るように恫喝した。実際、彼の喉からはオオカミの唸り声に似た声が出ていた。
「ですがルイーザ様。ミムラは大勢いる『片割れ』の中の一人ではありませんか。本人が嫌がっている限り、縁を結ぶのは困難でございます。他の者をお探しになられたほうが・・・」
「やかましい!」
再び髭の男がやっとこさの思いで切り出した提案を、ルイーザは一喝で遮った。
「あいつが俺と最も縁が深いんだ!何が何でも連れて行く!」
吠え声とともに宣言した後ろから、別の声が彼の主張を否定する。
「無理だ、ルイーザ。もう諦めろ」
ルイーザは振り返った。
自分の『片割れ』を攫った挙句、テーブルの下敷きにした兄弟を見るなり、凶暴な笑みに顔を歪める。ただでさえ鋭い面差しが更に物騒になった。
「よおルパ。さっきはよくもやってくれたなぁ。さあ吐け。あの女をどこに隠した?」
ルパは質問には答えず、ゆっくりとした口調で兄弟を宥める。
「一旦引き上げよう。今のお前は狼の狩猟本能に完全に支配されて、冷静さを欠いてる」
村人の何人かがルパの言葉にこくこくと頷いた。
ルイーザが「うるせえ!」と吠えた。
「犬っころが!ギョロ目とグルになって俺をコケにしやがって!絶対に許さんからな!」
剣の切っ先をルパに向け、怒りに燃えた銀色の瞳をぎらつかせる。
「無理なのかな。やっぱり」
ぽりぽりと頭を掻いたルパは、しぶしぶ剣を抜いた。
『犬っころ』『ギョロ目』。ルイーザが怒った時に口にする、二人に対する中傷である。子供の頃から喧嘩になったら必ず出てくる定番でもあった。ちなみに残りの三人の兄弟も、ルイーザに似たり寄ったりのあだ名をつけられている。
ラースがフォローした通り、普段のルイーザは多少口が悪く喧嘩早いが、兄弟達の間では『根はいい奴』と評される青年である。大臣達の中にも、ルイーザを評価している者は少なくない。
ルイーザがここまで凶暴になる事はめったに無かった。だが、一度こうなると手がつけられないというのも、王宮では衆知の事実であった。
興奮して怒り狂っている彼を鎮められるのは、彼の父親である国王の大地を揺るがすような一喝か、その次の権力の保持者である女王の強烈なビンタしかない。
―― さて。この俺に、どれだけの事ができるのかな。
これ以上村に迷惑はかけられないし、兄弟の不始末は兄弟がつけるべきである。かといって、完全に野生化している狼属性のルイーザと、彼に従っている十数匹の狼を相手に、犬属性の自分一人が闘って勝算あるのかと問われれば疑わしい。
剣を構えながらも、内心、ルパはかなり困っていた。
ルパがルイーザの出方を伺っていると、突如、村人達の中から茶色い物体が飛び出し、狼の包囲網を突破してルパの足元についた。
赤毛の犬だった。尻尾がくるりとまるまった、雌の中型犬である。彼女はルパと並び、ルイーザに対峙した。
「ナナ!戻っておいで!」
村人の中から、少女の呼び声が聞こえる。
ルパは剣を構えたままナナを見下ろし、
「手伝ってくれるのか?」
と訊ねた。
その問い掛けに応えるように、ナナが一声吠える。
新人類は、自分の属性の元になっている生き物に例外なく好かれる。加えて、細かいコミュニケーションまでは難しいものの、ある程度の意思疎通は可能だった。
ルパは凶暴な狼の背中を飛び越え自分に加勢してくれる頼もしい雌犬に笑顔を向けた。
「助太刀感謝する。だが、無理はするなよ」
『分かっている』
ナナは尻尾を一振りして、ルパに応えた。
風を切る音を感じながら、ティーは森の木々の上を村に向かって全速力で飛行していた。
走るよりも飛んだほうが断然速く、山道などは完全ショートカットで一直線に村へ向かうことができる。
森が途切れ、その向こうにコムル村が見えた。
火事は消されたようだが、村人達の姿が見えない。
眉をひそめたティーは、少し高度を落とし、村の中心に向かって宙に身体を滑らせた。
「いた!」
村人達を見つけたティーは、身体を縦にして宙に止まった。
村の広場に村人全員が集められている。その周りを狼達が取り囲み、狼の円の外ではルパとルイーザが剣を交えている最中だった。二人の周りで赤茶色の物体が飛び回り、ルイーザの注意を散らせて、その隙をついてルパが斬りかかっている。
「ナナ!」
ティーは、村に住み着いている雌犬の名を口にした。
彼女が加勢しているお陰で、今はルパが少し優勢といったところか。だが、村人を囲っている狼がルイーザに加勢したら、容易に形勢は逆転する。狼達は、いつでもルパとナナに飛び掛かれるよう、姿勢を低く構えている。
ルイーザが狼達に指示を出せば、狼より二周り以上小さいナナは、ひとたまりもないだろう。狼達がでしゃばってくる前に、決着をつけなければ勝ち目はない。
ティーは身体を立てた姿勢から、ルイーザめがけて一気に急降下した。