ルパとルイーザ
ミムラの家の近くまで飛来したティーは、着陸するために地面に向かって体を垂直に立て直した。だが、足が地面につく前に横から何者かにタックルされて、その者ともども派手に転がる。
ティーを地面に押さえつけるように向き合ったその人物は、激しく咳き込みながらも何かを伝えようとした。
「やっと、つかま、え――」
「どいて!」
だが、言い終わる前に、ティーがその人物を押しのけて横に転がった。
先程まで二人が転がっていた場所に、矢が刺さる。それは二人を狙ったものではなく、流れ矢だった。
村人の誰かが狼を牽制するために放っているらしい。
ティーが押し退けなければ流れ矢の餌食になっていた王子は、自分を助けたティーを見て口元に笑みを浮かべた。だが、ティーは微笑み返すどころか王子を睨んで詰問する。
「あなた、村を襲うなんて、どういうつもりなの!」
「危ない!」
焼けた屋根がティーの頭上に落ちてくる事に気付いた王子が、ティーの腕を引っぱった。
別の家の壁にぶつかるようにして焼け落ちた屋根から逃れた二人は、しばし呆然と地面の上で燃え盛っている屋根の残骸を眺める。
「怪我はないか?」
浅黒い肌の王子は、落ちてからもなお激しく燃え続けている屋根に背中を向けて、ティーを炎から守りながら訊ねた。しかし、答えを聞く前に女の悲鳴が聞こえ、ティーがそちらに顔を向ける。
「ミムラ!」
ティーは王子を残して、再び地面を蹴って悲鳴がした方へ飛翔した。
残された王子は片手に顔を埋め、忌々しげに放火犯である兄弟の名を口にした。
「・・・・ルイーザ!」
ミムラの家の前に降り立ったティーは、家のドアが開いており、ドアの前に二匹の狼が身を低く構えているのを見た。
ティーは二匹の狼の前に踊り出ると、右腕を伸ばし、掌を向けて腕を外側に振るった。その手の動きに合わせるように、二匹の狼がドアの前から横に飛んで転げていった。
狼がいなくなった隙に、すかさずティーが家の中に入る。
家の中は家財道具が倒れ、割れた食器類が散乱していた。目の大きな少女が、それらの奥で腰を抜かしている。
「ミムラ!無事でよかった」
駆け寄ると、白目の少ないガラス玉の様な黒い瞳がティーを迎えた。細いがしっかりと骨が触れる鹿属性の強い四肢は、ガタガタと震えている。
ミムラは座り込んだまま必死に首を振って、親友に逃げろと伝えた。
「ティー!ここに居ちゃ駄目よ!村の外に出なきゃ!」
「大丈夫。ミムラなら私でも担げるわ。一緒に行きましょ」
「勝手に逃がすんじゃねえよ。それは俺様の『片割れ』だ」
ミムラを立たせようと腕を掴んだところで、男の声が後ろからティーを咎めた。
振り向くと、ドアの脇に細身の剣を持った見知らぬ青年が立っていた。灰色と黒のメッシュの髪に、銀色の鋭い眼を持っている。
雰囲気は違うが、先程出合った王子らしき青年と同じ年恰好に見える。とすると、この男も王子だということか。
一体何人の王子がこの村に来ているのか。ティーは疑問を抱きながら、ミムラを後ろに守るように立ち上がり、まだ立ち上がれない親友を庇った。
「俺様の気配に気付かんとは、随分と鈍感な奴だな」
その王子はティーに剣先を向け、片頬を吊り上げて嘲った。めくれた唇の奥から、鋭い犬歯がのぞく。
ティーはその王子を睨みつけた。
「礼儀知らずめ。この家に用があるなら、まず剣をひきなさい!」
無礼を指摘しても、王子は傲慢な姿勢を崩さなかった。尖った顎を上げ、睥睨するように二人の少女を見る。
「こんなあばら屋になんぞ用は無い。俺様はその女を迎えに来ただけだ。――後ろの。ついて来い」
ミムラがティーのチュニックの裾をぎゅっと握り締め、大きく首を振って拒絶の意志を示した。
「ミムラは嫌だと言ってるわ。他の『片割れ』を探して頂戴」
ティーがミムラに代わって王子に伝えると、王子は「ほう」と銀色の眼を不愉快そうにすっと細めた。
その表情を獰猛な笑みに変えると、彼は剣を振り上げ二人に襲い掛かる。
「ならば、力ずくで連れて行く!」
ティーが王子の攻撃に備えて身構えた瞬間、窓が大きな音を立てて割れ、そこから誰かが飛び込んできた。
窓から家に乱入したその人物は、三人が呆気にとられている隙に、テーブルを王子めがけてひっくり返す。
「ぐえっ!」
ティーを襲う寸前だった王子は不意打ちを喰らい、あっけなく食卓テーブルに押しつぶされた。
「こっちだ!」
乱入してきたのは、先ほどティーと出くわした三つ編み込みの王子だった。
彼はミムラをさっと抱き上げると、テーブルの下でもがいている王子の脇を駆け抜け、屋外に出た。二人を追うようにティーも外に脱出する。
「ルパぁぁっ!邪魔をするなぁぁ!」
後ろから、テーブルの下からまだ抜け出せないでいる王子の怒号が聞こえてきた。
ミムラを抱えた三つ編の王子とティーは村を出て、里山の傍を流れる小川まで一心不乱に逃げた。