人族の村の長老
村の中は人族だらけだった。というよりも、人族しかそこにはいなかった。人族を除けば、残るは家畜である。
ブタを追って柵に入れようとしている少年も、炭を焼いている老人も、籠いっぱいのパンを運んでいる女も、皆同じような手足をしており、尻尾も無ければ飾り毛も無い。新人類に比べ平均して一回り小さい彼らの中に入ると、普段はチビ呼ばわりされているティーもここでは普通のサイズだった。
「こんなに人族を見るのは初めてだわ」
村の入り口に立ったティーは、呆けたように村の様子を眺めた。
「それはよかったな」
斜め後ろから不穏な空気と共に棘を含んだ返答が聞こえる。
ティーはルパを振り返ると、ヘソを曲げている理由を訊ねた。
ルパは仏頂面のままティーの真横まで進み出ると、先程の門番とのやりとりについて抗議する。
「『待て』と『お座り』には弱いんだ。知ってて使うなんて」
「『伏せ』と『お手』と『取ってこーい』は平気なの?」
からかうように返してきたティーの言葉に、ルパは『信じられない』といった風に目を丸くすると、鼻をフンと鳴らした。
「次使ったら絶好だ、と言えば君の望む所になるから言わないでおく」
そう言うと、一人さっさと村の奥へと進んでいった。
ご自由に。
ティーは込み上げてくる笑いを堪えながら答えると、ルパの後ろを追った。
「ルパだ!」
「ルパ!久しぶり」
「しっぽー。尻尾なでさせてー」
広場の様な所に出ると、そこで遊んでいた子供達がルパに気付き、走り寄って来た。慣れた調子でルパに飛びつき、ふさふさとボリュームのある尻尾を触る。
尻尾は多くの神経が走っており、かなり敏感な部位である。ルパは「ちょっとちょっと!」と身体を反らせて尻尾を撫でる少女の手から逃げた。
少女は掌からするりと抜けた触り心地の良い玩具を残念そうに目で追っていたが、ティーの姿を見つけると「人族の女の人だ!」と指を差し、見慣れない同族の出現に目を輝かせる。
「ホントだ。初めて見る人だね」
ルパの背中に飛びついていた少年が、広場に建てられている遊具を珍しそうに観察している少女を眺めて言った。
身なりよさから、子供達はすぐにルパの連れだと理解する。
「あの人、ルパ王子の友達?」
手を繋いでいた少年からの質問に、ルパは曖昧に笑うと「そうなれたらいい人、かな」と答えた。
元来人当たりが良く、排他的だと言われている人族からも受け入れられ、これまで対人関係ではあまり悩んで来なかったルパだったが、ティーの気難しさと心の壁の厚さには少々手こずっていた。
友達とすら呼べないこの状況で、現在片割れを探しに出ている王子達が揃えば行われるであろう、王族が片割れ候補と絆を結ぶ『片割れの儀式』を無事に終えられるのだろうかと不安になる。
珍しく弱気な発言をしたルパに、その少年は「ふうん」と返して犬属性の視線の先にいる少女を眺める。
ブランコに興味を持ったらしい自分より幾つか年上のその少女は、座面をひっくり返して、持ち手の縄を通した結び目をまじまじと見ていた。
ロープの結び目の何がそんなに面白いのだろうと思った少年は、素直に「変な人」という感想を口にする。
「もしかしてブランコ見た事無いんじゃねえの?」
「遊びかた教えてあげる?」
遊具を作るのは人族だけである。新人類と暮らしていたのなら、ブランコを知らなくても不思議はない。
ルパの背中にひっついていた少年がずるずると地面に下りながら、尻尾を触ろうとしていた少女と顔を見合わせた。
二人は頷くと、新顔のティーにおそるおそる近づいてゆく。
「そうだ、クシュ。また頼みたいんだけど、いいかい?」
ルパは自分の隣に残った少年を見下ろすと、「大体いつもと同じ値段を目安に」と注文をした。
クシュと呼ばれた少年は「まいどどうも」と歯を見せてルパに笑顔を返す。
「綺麗なの、みつくろっとくよ」
明日の朝一番で納品と支払いをする約束を交わしルパとクシュ人は、子供二人からブランコの漕ぎ方を教わっているティーの元へ向かった。
夜になる前に長老への挨拶を終えたいからと、ルパは遊具の説明を全部聞いて回りたいとごねるティーの手を引っ張って村の最深部にある長老の家へと急いだ。
ミノ村の住居は多くが木で建てられていたが、長老の家は石組だった。建物自体は小さく年季が入っているが、村の門同様細やかな修復の跡が見られ、定期的なメンテナンスがきちんとされている事が伺える。
扉を叩くと、小太りの老女が出迎えた。ルパの顔を見た途端、孫に会ったように顔を綻ばせる。
「いらっしゃい。今日はご気分がいいようだから、丁度よかったわ」
皺が刻まれた手でルパの頬を撫でた老女は、ルパに入るよう促した。
ルパは老女にティーを連れとして紹介し「一緒にいいですか?」と許可を取る。老女は「勿論よ」と頷くと、ティーの背中に手を添えた。「ようこそ。お嬢さん」とコムル村のギルティに似た明るい笑顔でティーをもてなす。
部屋の中は温かかった。暖炉に火がくべられ、橙色の柔らかな光が部屋を照らしている。
「私はお夕食の準備をしてまいります」
老女は窓のある部屋の隅に向かってひと声かけると、足早に奥の部屋に消えた。
ああ。
としわがれた返事が、部屋の隅から聞こえた。
外は陽が落ち暗くなり始め、暖炉の明かりも届かないその場所は薄ぼんやりとしていた。シュッという音の後に火薬の臭いが鼻をかすめ、ぼんやりとしていた部屋の隅にふと灯りが燈る。
返事をした人物がランプに火を付けたのである。
白い髭を蓄えた痩せた老人の顔が、ランプの炎に照らされ浮かび上がった。肌の結局が悪く明らかに何かの病を患っている老人は、その瞳だけが彼の本来の強さを表しているかのように輝いていた。
ルパが片手を胸に当て、恭しくお辞儀をした。
「ルパか。少しの間に、また逞しくなったな」
大きな枕に背中を預けて床の中に居る彼は、ランプをベッド横の小さな机に置くと、犬属性の王子に向かって目を細めた。
「ありがとうございます。ラオシー」
彼の枕元に飾られた大きな深紅のタペストリーには、村の長の印である剣と盾の紋章が金と銀と青の絹糸で織り込まれていた。




