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待て!の呪縛

 その日の夕刻。ルパとティーはミノ村に到着した。

 

 ミノ村を挟む岸壁の谷の奥から、海に向かって風が吹いている。

 この風のお陰で死海からの毒の飛来を防ぎ、ミノ村の人々の生活は整っているのだとルパは説明した。


 大河の跡のような谷間の中で、守られるようにひっそりと存在しているミノ村の門は、簡素な木製だった。村の名を示す看板さえ無く、幾何学模様に似た彫刻を施した二本の木の間に、物干し竿のようにもう一本木を通しただけである。


 だがルパはその門の柱に掌を添えると、まるで崇めるように撫でた。


「この門。私が子供の頃からずっとここに建ってるんだ」


 もはや彫刻の一部となっている古傷に触れ、自分の倍ほどある高さの簡素な門を見上げる。


「100年間、一度も倒れた事がないんだそうだ。どんな強風にも耐えてきたし、鉄砲水にもびくともしなかった。私達にはとても真似できない職人技だよ。本当に素晴らしい」


 柱の古傷はこの門が暴風や洪水に耐えて来た証だった。


「物作りは人族の特技だからね。私は家財道具くらいだけど」


 受け答えながら、ティーは三桁の年齢を迎えた外門を観察した。表面にはきちんと防腐処理がなされており、釘を一本も使わない木組みの技術が使われている。まるで大木が根を張っているかのようにびくともしないその柱の地中部分には、しっかり石が組まれているのだろうと想像できた。

 見た目は質素極まりないが、確かに見事な大工仕事である。しかも、建てっぱなしと言う訳ではなく、細やかな修理の跡もみてとれた。


 予想していた通り、早速物作りの刺激を受けているティーにルパは微笑むと、この村にはこういった職人技が光る物が沢山あるのだと言った。


「ここは竹細工の技術も一級だよ。工房があるんだ」


 ギルティからの依頼である竹細工の揺り籠の納入日を遅らせた理由がこれである。

 ルパは、工房の親方は比較的話しやすい男だから、きっと仕事場を見せてくれるだろう、とティーを工房見学に誘う。


「竹は経年変化と共に風合いを増すから私も好きなんだ。丈夫で長持ちするし」


 実に楽しそうに、ルパは話す。


「ふうあい・・・」


 ティーは意外な面持ちでルパの口から出された単語を復唱した。


 物持ちの良さに重きを置く人族とは異なり、新人類はどちらかといえば循環を重視する性格的特徴がある。

 そこにあるものや与えられた物をその時々に応じて上手く使い、不要となれば別の用途に使うか必要としている他の者に譲る。誰も必要としていないのなら焼いたり土に埋めたりして無に戻す。新人類はむしろ、己の痕跡を残す事を嫌い、自分の臭いの付いた物がいつまでも朽ちずそこに存在する事を良しとしないのが普通だった。

 勿論、便利で面白い物は好きであるし、美的感覚も持ち合わせているので、より美しい物や立派な物を好むが、それを代々に渡って長く使おう、という発想は滅多に出さない。

 まして、どのようにそれを作るのかといった技術面への興味や、より使いやすくより長持ちするように、といった探究心は皆無と言ってよかった。

 故に新人類は物作りの歴史において人族ほど急速な発展を遂げていない。今も数百年前と変わらない技法で土を捏ねてレンガを作り、石を切り、木を削る。

 旧人のように新たな物質を作り出し、その遺物を何千年も形に残すという未来は、新人類には来ないだろう。


 そんな新人類の彼が、経年変化の美を語るとは。


 そういった点でも、ルパは変わっているとティーは思った。

 新人類特有の諸行無常を根底にした潔さを感じさせながらも、人族の価値観も持ち合わせた、まるで人族とのハイブリッドである。


「あなた言うことが時々人族っぽいわね」


 ぽかんとした顔で言って来たティーに、ルパは「よく言われるよ」と可笑しそうに笑った。


 門を潜ってすぐに小屋があり、ルパはそこのガラス窓を叩いた。

 皮の帽子を被った中年の男が顔をのぞかせ、「おお、ルパか」と歯の少ない口を笑顔の形に開けて歓迎する。


 ルパは「今日は連れがいるんです」とティーを指し示した。


「ほお」と、男は窓から身を乗り出しティーを確認する。軽く頭を下げたティーを見たその男は、大笑いした。


「人族びいきの男が、とうとう人族の恋人を連れて来たか!」


「違います!」


 ティーは大声で否定した。ルパも「違います」と同じタイミングで否定する。しかし、訂正したい点は二人異なっていた。


「恋人じゃなくて片割れ候補ですよ」


 大真面目な顔で余計に誤解を生む発言をした犬属性の男に、ティーは頭を抱えた。

 ルパは、嘘は言っていない。しかし片割れを持たない人族にとって、その知識は乏しく、誤った認識を持っている者も多いのが現実である。

 その男も、誤った認識で盛大に誤解をしたようだった。


「お前、人族を嫁にする気かよ?」


 異性の片割れ=伴侶、というのは、人族においては最もありがちな誤認である。

 門番の男は、これでもかというほど目を見開き、口を開け、驚きを顔面全体で表現した。


「さあ?先のことはまだ分りませんよ」

「はあ?」


 ルパの返答が、更に男を困惑させる。


 見かねたティーは門番の男とルパの間に割って入り、異性の片割れだからといって必ずしも連れ合いにはなるわけではないことと、自分がルパの片割れ候補になったのはただの間違いだからすぐに縁は切れるはずだと説明した。


 後の説明を聞いた瞬間、ルパが「あっ!」と慌てて抗議しかけたが、ティーに「待て!」と制されてしまう。

 悲しきかな、犬属性の人間の中に流れる古代の犬の血は、人族の口から発せられた幾つかの単語に対し強烈に反応してしまうのである。


「だから勘違いじゃないと言ってるのに・・・分らず屋!」


 ルパも過分に漏れず、拳を握りしめ、小声でしかも控え目に罵るのが精一杯だった。


 ルパはどうにもならない己の習性を呪いながら、あくまでただ一時の相棒として門番の男に自己紹介をし、握手を交わすティーの背中を歯痒い思いで見つめた。


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