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人族の村

「そろそろ機嫌を直してくれるとありがたいんだけど」


「まさか城に戻るまで終始監視されるなんてね。あれじゃあ仮出所した囚人のほうがよっぽど自由じゃないの」


 翌日、旅支度をした二人は草原の細道を進んでいた。

 ルパは二人分の荷物を積んで馬に乗り、ティーはその斜め上をフワフワと飛んでいた。ただし、顔はこれでもかというほど仏頂面である。

 仏頂面の理由はティーが先に述べた通りだった。

 村でやり残した仕事があるから一度帰らせてくれと頼んだティーに、ルパが監視を付けたのである。


 ティーはベンに修理を終えた義足を渡し、ガスの家の水車を直し、城の門を再び潜るまで二人の監視役にぴったり張りつかれ、トイレまで出口で待たれる始末だった。

 ちなみに、ギルティから頼まれた揺り籠については、二、三日待ってもらえるよう頼んだ。ルパから次の行き先で物作りに関する刺激を得られ、より質の高い品を作れるようになるだろうと言われたので、その言葉に期待したのである。


「不自由させて悪かったよ。何だが、そのままトンズラされそうな気がしたものだから」


 城に帰って来てから全く直る気配の無いティーの三白眼に堪りかねたルパは、とうとう監視を付けた理由を白状すると共に謝罪した。

 トンズラ、と聞いたティーは、むすっと頬を膨らませてそっぽを向く。


「図星か」


 ルパはまた、詐欺に遭った様な顔をした。


―― この犬の王子、会った時からどんどん雰囲気が変わってきてるわね。


 出会った当初は気品があり知的で落ち着いた印象が強かったが、態度が砕けてゆくにつれ悪賢い性格が表に出てきている気がする。

 多分、こっちが本性なのだろうとティーは思った。

 勘が良く、食えない性格で、押しが強く、口も頭もよく回る。


―― 面倒だな。


 これ以上関わってはややこしい事になりそうだと感じたティーは、「ねえ」と逆さまになりながら馬上の王子に話しかけた。


「もう別の片割れを探した方がいいんじゃないの?」


 助言を与えるつもりで、早めの試験期間終了を勧める。


 冗談言うな。とルパが目を剥いた。


「片割れはそんな風にコロコロ変えるものではないんだ。一度絆を結んだら縁は切れない。こっちはそれなりの覚悟で君を迎えてるんだから」


 ちょっと喧嘩したくらいで次を探すなんて発想は持ち合わせていない。


 心外とばかりに仏頂面になったルパに対し、ティーも更に形相を悪くして黙った。

 

 だから絆を結んでいない今のうちに次を探せと言っているのに。しかもこっちの意志はどこにあるんだ。


 腹に煮えるものを感じながら、ティーは理解できない新人類の習性とルパの強引さに心の内で文句を言う。


 暫く二人は膨れ面のまま黙って道を進んだ。


「本当に馬は要らないのか?飛ぶのは疲れない?」


 自分の顔の高さで馬の歩みに合わせ前に滑り、時にはくるりと身体を回転させたりしながら、水の中を漂うように宙を舞っているティーの姿をちらちら見ていたルパが、話しかけて来た。


 こちらを気遣う様な言葉である事から、仲直りをしようとしているのだろうと察したティーは、険しい表情を少しばかり緩めた。


「これくらいのスピードなら、馬に乗るよりも楽なのよ~」


 しかし、受け答えした口調に嫌味っぽさが出てしまい、口にしてから内心しまった、と後悔する。


 再び険悪な沈黙が訪れるかと思いきや、ルパは特に気に触った様子も見せず、ふうん。と返してきた。


 正直、ギスギスとした雰囲気に疲れてきていたティーは安堵する。

 食えない性格ではあるが、相手の方が自分より幾分大人なのかもしれない。と己の精神的な幼さを反省しながら、ティーはルパから事前に説明されていた“ミノ村”という人族の集落について訊ねる。


「それはそうと、この国に人族の村なんて本当にあるの?そんな村の話は聞いたことがないけど」


「我が国には属していない、完全に独立した地区だ」


 ルパは腕をまっすぐ伸ばし、森の向こうに黒い鉱物の塊のように見える前文明の遺跡と、その更に奥の山並みを超えたあたりを指差した。

 ミノ村の民は、深い谷に守られるようにしてひっそりと暮らしているのだ、と言う。


「あんな場所で人族が暮らしてるの!?」


 遺跡よりも向こうの海域は『死海』と呼ばれるほどに汚染が酷く、その近隣は人が住むには適さない。加えて、山並より奥にはこれまで特に用も無かったので、その上を飛んだ事すら無かったティーは、村の位置を聞かされ驚いた。


「確かに死海で漁業はできないが、森と水には王国の村に負けないくらい恵まれているんだ。だから上流で川魚を捕って食べることもできるし、水を引けば作物も作れる」


「なるほどねえ」


 ティーは素直に感心した。

 海沿いの国で生きて来た為どうしても漁業を生活の基盤として考えがちだが、確かに海に頼らずとも生きてゆく事は可能である。

 新人類との関わりを避けた故か、住む場所を追われたのかは知らないが、隠れるような生き方は実に人族らしい、とティーは思った。


 ルパはそこの長老と昔からの顔馴染みらしく、時々会いに行くのだと言った。そしてルパは、ミノ村の厳しいしきたりについて指を折りながら説明する。


「まず一つ。番兵には話しかけないこと。二つ。村への出入りは、必ず門番の許可を得る事。三つ。部屋に入るときは、必ず扉を叩くか声をかけること。扉を開けてもらえない時は、入ってはいけない。四つ。長老への無礼は許されない。言葉遣いは勿論の事、どんなに勧められても、長老より先に食べない飲まない座らない。話があるときも、許可を得てから喋る事。えっとそれから――」


 ルパは記憶を頼りに次々と注意事項を上げていったが、やがて隣から漂ってくる不穏な空気に気付くと、横で宙に浮かびながら実に面倒くさそうに顔をしかめている片割れ候補に顔を向けた。

 

 頼むから飛んで逃げるなよ。


 嫌な予感を覚えた勘のいい犬属性の王子は、再びトンズラされそうな予感を覚え、釘を差した。


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