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狸の様な男

「えっと、何だったっけ?」


 訊ねたティーに、ルパは対岸だよ、と答えた。


「ティーならマスクとゴーグルをすれば行けないこともないんじゃないか?って訊いたんだけど」


 ルパの言葉に、レナは「あら、何故ですか?」と不思議そうに小首を傾げた。


「飛べるんだ。触れずに物を動かせるし」


 『一人っ子なんだ。いとこもいないし』くらいの極軽い口調から始めたルパは、ティーの異能について話して聞かせた。

 当然、レナは驚き戸惑った。

 ティーは隣で嘆息した。この男は、自分の味方を増やす為に、妹に会いに来たのではないのか。人族というだけでも猛反対されている状況下である。例え人族に寛容な妹相手であろうと、不用意に異質さをアピールするのは、彼にとって得策とは言えないはずだとティーは思った。


 ティーは空を飛ぶのが好きである。人がいようがいまいが、いつでも自由に空を飛びたい。だから、ティー自身としては、この異能を隠すつもりは無かった。しかし、自分の能力を目の当たりにした者の中には、気味悪く思う者も少なからず居る。だからもし、謁見の間でルパやルイーザやラースが、今の調子でティーの異能を公表していれば・・・。


――そうか。その手があったんだったわ。


 ティーは今になってようやく気付いた。

 あの時、これ見よがしに飛んでやればよかったのだ。自分の異能を見せつければ、いくらルパがごねようが屁理屈を並べようが、国王は首を縦には振らなかったはずだ。

 支援物資だけ獲得して、自分も村にすんなり帰れたかもしれないのに。

 後悔した所で、試験期間を設けられてしまった今となっては後の祭りでしかないのだが。


「もしかして・・・テレキネシス、ですの?」


 あさっての方向を見ながらため息をつくティーに、レナが注意深く訊ねた。

 レナの口から出された単語に驚いたティーは、はじかれたようにレナを顧みる。

 一方、ルパは首を傾げていた。聞きなれない単語を復唱しようとするが、「テレ・・・?」と途中で詰まってしまう。

 そんな兄に対し、レナは一文字一文字はっきりと発音しながら再度「テ・レ・キ・ネ・シ・スです」と言った。


「念動力の事ですわ。前文明の文書にありました。カストリ誌のような書物だったので真偽のほどは怪しかったのですが、確か、そういった人智を超えた能力の持ち主を『超能力者』や『サイオニクス』と呼ぶとか」


「よくご存知で」


 レナの博識ぶりに、ティーは恐れ入る。


「では、やはりそうなのですね?」


 レナは持ち前の知識欲と研究心を前面に押し出しながら、ぐい、と身を乗り出してきた。気圧されたティーは、少し身を引き気味にして答える。


「私の家系では、昔からそういう人間が多いらしいのよ。家族は全て亡くしたけれど、父も同じような事が出来たわ」


 今更まじまじと観察したところで大して発見は無いはずだが、レナは穴があくほどティーを見つめた。

――が、やがて気が済んだのか、ふう、とため息をつくと乗り出していた身体を戻す。


「超能力者の『片割れ』を連れてくるなんて、お兄様らしいですわ」


 レナは愛らしく兄に微笑んだ。


 ―― え、それだけ?


 ティーは拍子抜けした。

 もっとこう・・・。そんな変人やめておけ!だの、研究材料になれ!だのといった忠告や要求は無いのか。

 兄の『片割れ』となれば、妹も無関係ではいられない。カストリ誌のネタになっているような怪しい人種が、兄の相棒になって本当にいいと思っているのだろうか。


―― いいと思っているから受け入れたんだろうな、やっぱり。


 珍しい生き物に出会った、という驚きだけで、後は『兄らしい』と笑って済ませられるレナの鷹揚さは出会った時から、ティーが一般常識から予測する反応の常に斜め上をいっている。

 兄も兄なら妹も妹という事なのだろう、とティーは血の繋がりによる性格の類似を感じた。


「そうだ。ティーをここに連れてきたのは、他にも目的があったんだ」


 ルパが切りだした。目の輝きが変わっている。

 これは明らかに何かを企んでいる、とティーは嫌な予感を覚えた。

 予感通り、ここから事の流れは更にティーの望まぬ方向へと進んでゆく事になる。


「新しい文字を発見したと言ってただろ?ティーなら読めるかもしれないと思って」


「あの本ですか?」


「見てくれるよな、ティー」


 有無を言わさぬ語調から、ティーはこれがルパの最大の目的だったのだと気付いた。


 そしてもう一つ、気付いた事がある。


―― こいつ、実はかなりのワガママ者だな。


 ティーはルパの性格に一つの欠点と言えるべきものを見つけた。

 謁見の間で屁理屈を並べ立て人族を異例の『片割れ』候補として認めさせたやり口といい、ティーを着替えさせ大地の神殿まで連れて来た強引さと言い、今こうして旧人学の協力者としてティーを引きこもうとしている事もそうである。一見、物腰が柔らかく口調も優しいのでそうとは分りづらいが、ルパの押しの強さには自分の意を通したいという強い思いが伝わってきていた。芯が強いと言えば聞こえはいいが、根本的には嫌いな食べ物をあれやこれや理由を付けて口にしない子供と大差ないとティーは思った。


「あなた、好き嫌い多いでしょ」


 突然脈絡のない事を言って来たティーに、ルパは「え?」と眉を寄せた。一方、レナは手品を見た子供の様な顔で兄を押しのけ、身を乗り出して来た。


「よく分りましたね!お兄様は子供の頃はお肉しか食べなかったんですのよ!」


 これも超能力?と聞いてきたレナに、ティーは「見てたら普通に分ります」と答える。


 ルパが咳ばらいをした。


「レナ。本を」


 バツが悪そうな顔で、新しい文字が記されているという本を早く持ってくるよう催促する。

 レナは可笑しそうに笑いながら「はい今すぐ」と席を立って建物に入って行った。


「どうして私に古代文字が読めると思うの?」


 レナの背中を見送りながら、ティーはルパに訊ねた。


「さて、どうしてだろう」


 とぼけた返事が帰って来た。


――しらばっくれたな。


 と、ティーは目玉を動かしてじろりとルパを見た。ルパはティーに一瞥をくれると、鼻歌でも歌うように言った。


「まあ、読めないというなら、それはそれでいいけどね」


 ティーは露骨に嫌な顔をした。

 鼻が利くというか勘がいいと言うか。流石は犬属性、と称えるべきか。しかし、こういう他人を試すようなやり口はどうかと思う。


 前の文明では、食えない性格の人間を『狸』と呼ぶ悪口があったらしい。


 新人類の属性がどういうメカニズムで現れるのかはまだ解明されていない。しかし、属性の異なる者同士から生まれる子供の多くは母方の属性を継ぐ割合が多いという事は知られており、時に両親とも全く違う属性の子供が生まれるという例もある。もしかすると、属性としては表に出ていないだけで、その性格や生体に先祖の属性の影響が現れている可能性もないわけではなかった。


 犬属性の人間は大抵、素直であけっぴろげだと聞くが、ルパは若干毛色が違う気がする。


――そういえば狸もイヌ科だったな・・・。


 ルパの遺伝子の中に、狸属性の先祖の存在を感じずにはいられないティーだった。


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