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禁断の果実

 神殿の中庭の噴水に腰をかけ、三人は厨房からもらってきた野菜や肉やチーズをパンに挟んで食べた。

 完食すると、レナはデザートを取ってくると言って立ち上がった。一番近くにあった梨の木に歩み寄る。


「母なる大地よ。あなたの一部を頂きます」


 祈るのではなく話しかけるように、レナは感謝の言葉を口にしながら梨を三つもいだ。


「旧人は私達のように太陽や月や大地そのものを崇めるのではなく、そういったとてつもない大きな存在に形や名を与え、神話や宗教というものを作った。そして、人族には未だにその名残がある。興味深いと思いませんか?」


 梨を胸に抱え、笑顔で同意を求めてきた学者の王女様に対し、物作りを生業にしている人族の村娘は返答に困った。

 彼女が指摘する通り、名残はあるのだろう。神や精霊といった単語を、時折だが同族達が口にするのを聞いたことはある。だがそれは、もはや崇める対象としてではなく、懺悔の対象や、ささやかな心の拠り所としてしか機能していなかった。


 かつて旧人の時代には宗教を守るため争いまでしたというが、その子孫である人族は、神や精霊の形を見失い、祈り方すら知らない。二千年の間に、人間は精神的な存在を忘れてしまった代わりに、元々備わっていた即物的な性格をより強めたように思う。


 恥じるべきなのかもしれない、とティーは考える。どんな状況であれ、この地から自分達がまだ恩恵を受けている事に変わりは無いのだから。けれど、先程レナがやったように、大地と対話しながら恩恵を頂くという行為を自分達が真似てすることは、あまりにおこがましいのではないか、とも思えた。


 結局ティーは考えあぐねた結果、


「さあ・・・。よくは分りません」


 と、曖昧な返事をして返す。

 レナはそれ以上話を続けようとはせず、ティーににこりと微笑んで梨を差し出した。


「どうぞ。よく熟れていて美味しいわ」


「ありがとう」


 そのまま口に運ぼうとしたところで、ルパに止められた。

 ルパはティーの手から梨を取ると、それに水差しの水をかけて、洗いだした。

 ティーはその一連の行動を、信じられない思いで見つめる。


 彼の行動の意図するところは、理解できた。間違いなく、この果物に対岸の砂塵は付着しているだろう。しかし、胃に送り込む分であれば、すぐに体調に変調はきたさない。その為、よほど神経質な者で無い限りは、人族も新人類と同じように果物や野菜をもいでそのまま口にする習慣があった。


 そもそも、汚染されているのは水も同じであるし、その水で作物の埃を洗ったところで、汚染されているという状態は何ら変わりない。汚染物質を除去した水もあるのだが、高価すぎて、手に入れたとしても飲用以外に使う気にならない。

 梨についている砂塵を洗い流している水は、その高価な飲用水だ。それが、だばだばと梨の表面を伝って地面に吸われてゆく。

 参道での一件は、ティーが想像していた以上に、彼に罪悪感を抱かせていたらしかった。

 兄の様子をしばらく不思議そうな表情で傍観していたレナも、やがて「あっ」と口を指で塞いでティーに詫びる。


「ごめんなさい。中庭とは言え、海風の影響は受けていますものね」


 これが標準的な反応と言ってよい。否。標準的な反応は、もっと淡泊で冷淡だろう。

 無頓着にもそのまま噛ろうとしていた本人は、謝られたところで、ただ曖昧に笑うしかなかった。


 さっと振って軽く水分を飛ばすと、ルパは限りなく無害になった梨をティーに手渡した。ティーが礼を言って梨を頂くと、彼は「どういたしまして」と言って、傍らに置いてあった自分の分の梨を手に取り、洗わずそのまま噛った。

 レナも同様に、ティーの隣に腰をおろして梨を頬張りだす。


 一方、ティーは手の中の濡れた梨をなかなか口にすることができなかった。十六年生きてきて初めて受けた類の気遣いに、戸惑わずにはいられない。この二人は、貴重な飲用水がもったいない、とは思わなかったのか。


 ―― そうじゃない。惜しくても、こうするべきだと彼は考えたのか。


 感謝の念よりも戸惑いの方が大きいのは、己の心が荒んいるが故だ。


 『人族を片割れに迎えるなど笑止千万』『人族に分け与える糧など、都には無い』。謁見の間で貴族たちが述べた主張を、自分は何の感慨もなくむしろ同意の念すら寄せて聞いていた。だが今、彼らの言葉で知らず知らずのうちに傷つき淀んでいた己の感情に気付かされ、愕然となる。


 これは、禁断の果実だ。

 ティーは、幼いころに父から教わった人族の神話を思い出した。

手にすることができない事、手にすべきではない事、あるいは欲しいと思っても手にすることは禁じられている事を知ることにより、かえって魅力が増し、欲望の対象になってしまう。それを象徴して禁断の果実というらしい。

 神話の中で、禁断の果実を食べた二人の人間は、罰としてこの世に落とされ、寿命という定めを背負った。

 ならば、自分はどこへ落とされ、何を背負うのだろうか。


「どうした?」


 眺めるだけで、いっこうに食べようとしないティーの様子を変に思ったルパが覗き込んできた。犬属性の男の眼は、黒目が大きく、中に闇を孕んでいるかのように色が濃かった。


「いえ」


 目を逸らしたティーは、急いで手の中の果実を噛った。

 瑞々しい梨は、罪とは無縁の、甘く優しい味がした。



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