旧人学者レナ
石造りの神殿内は、ひんやりとしていた。王宮の様な華やかさは無いが、荘厳な空気が漂っている。
入ってすぐに、祈りの言葉の一つである大地を崇め奉る讃歌が、レリーフとして壁に掘られていた。
レリーフを辿ると、それは奥に広がる礼拝堂へと続いている。
反対側の壁には、礼拝堂から出口に向かって別の文句が刻まれていた。お祈りをうろ覚えの子供などは、これを読みながら参拝し、また帰りも同じように壁に刻まれた感謝の言葉を辿り読みながら帰ってゆくのだ。
つまりこのレリーフは、全ての参拝者達が祈りをささげながら礼拝堂へ進み、帰りは再びこの神殿に足を運ぶ許しを請いながら出ていけるようにとの心配りだった。
「寄っていくかい?」
ルパが礼拝堂を指差す。
大地の神殿の礼拝堂は、御神木として中央に一本の大木があり、それは天井を突き破って立派な枝を四方へ広げている。
参拝者達はその木の周りに供物を置き、祈りを捧げるのが慣わしである。
春になると、この御神木は薄桃色の花を枝一面に咲かせるらしい。その花びらが降る光景は御神木が雪を降らせているようだと、コムル村でもよく話題にされていた。
今、遠目から見える御神木は、枝の隙間から差し込む太陽の光と一緒に、紅い枯葉を供物の上に落としている。真下に行けば、立派な枝ぶりを仰ぎ見ることができるだろう。だが、ティーは頭を振った。
人族の自分は、この礼拝堂にはふさわしくない。
ルパは「分った」と頷くと、礼拝堂に続く大廊ではなく、左へ折れる細い道を進んだ。
そこから先は、学者たちの為に設けられた区画らしかった。廊下ですれ違う人たちは皆一様に、考えにふけったり、資料を手にぶつぶつ呟きながら、各部屋を往来している。二人は学者たちにぶつからないよう気をつけながら廊下を進んだ。
ルパが足を止めたのは、臙脂色に塗られた木製の扉の前だった。
ノブを回して扉を押すと軽く軋んだ音がして、続いて土と埃と古い紙の匂いが二人を迎えた。
室内は、本の山だった。書庫、とでも言えばいいのだろうか。室内は梯子付きの本棚が並び、その中には書物がぎっしりと詰まっている。本棚に入らないものは、麻布を敷いた床の上に積み上げられていた。
「凄い量・・・」
とてつもない蔵書数に圧倒されながら、床に積み上げられた山の一番上にあった一冊にふと目をとめたティーは、目を見張った。
「ルパ。これは――」
「ここにある資料は、全て前の文明について書かれたものだ。レナは前文明の言語の研究をしているんだよ」
自分を呼んだティーの意図を察したルパは、先んじて説明した。
旧人学、という学問がある。その名の通り、旧人が営んできた生活や文化について学び研究する学問で、考古学の様なものである。この分野は古くから存在していたものの、学問の一つとして世間で認知されてからはまだ歴史が浅く、従事する学者の数も少なかった。そんな状況で、何千冊という膨大な前文明の資料が集まっているであろうこの書庫は、旧人学の宝庫と言えるだろう。
書庫のある一角にさしかかったティーは、表情を凍りつかせた。
ただでさえ信じがたい光景から、更に驚きの事実が判明する。
そこの一角には、自分よりも頭一つ分低い棚が並んでいた。
「・・・そんな・・・まさか」
ティーは自分の声が震えるのを感じながら、その中の一つに歩み寄った。
ガラスケースの中にあるものは同じく書物。しかしこれは、二千年以上前のもの。つまり、旧人の時代のものだった。
種類は本や雑誌など様々。当然、保存状態が良いものなど無く、殆どが汚れたり擦り切れたり破れたりしており、文字の一部しか読み取れないものもある。とはいえ、現存していた事からして奇跡的なのだ。冊数は、ゆうに百は超えていそうだった。
だが、ティーが最も驚いたのは、二千年前の書物が残っていたという事実よりも、並んでいるそれらの書物の全てが、文字の種類ではなく、ほぼ間違いなく分野別に分けられている事だった。
ケースには、それぞれ該当する分野を記した布プレートが貼られている。
神話。歴史。自然。医療。学問。文庫。料理。国(旅)。乗り物。軍事。その他
なんなのだ、これは。 どういうことだ。 だれがやった。
多くの疑問が渦巻く中、奥から聞こえてきた「お兄様!」という明るい声で、ティーは我に返った。
ルパはすでに、ティーの傍から姿を消していた。ティーは声の主を探すが、本棚の陰に隠れて見えない。
「蔵書室にお越しになるなんて、珍しいではありませんか。今は『片割れ探し』の真っ最中じゃありませんの?」
「見つかったので、紹介しようと思って連れてきた」
「あら、もう?」
しばし会話が途切れ、「ティー。こっちだ」と、自分を呼ぶルパの声が聞こえた。
声を頼りに本棚の間を縫って進むと、桃色のドレスを着た女性と話すルパの後ろ姿が見えた。
ティーの気配に気づいた女性が、ルパの背中の向こうからひょいと顔を出す。やはり彼女もティーに比べ身体は大きめだが、まだどことなく幼さが残る雰囲気で、年の頃はティーとさほど変わらないように思えた。
「まあ、人族・・・」
彼女はティーを見ると、柔らかそうな眉を上げた。
「ティーだよ。コムル村で物作りをしていたんだ。ティー。これが、妹のレナ」
ルパがティーを手招きし、学者の妹を紹介する。
「はじめまして。お会いできて光栄ですわ」
人懐こい微笑みで兄の『片割れ』候補に握手を求めてきた王女様に、ティーは「こちらこそ」と愛想よく応じ、自分よりも少し大きめの手を握った。
兄のルパよりもワントーン明るい毛色の犬属性のお姫様は、首周りにゴージャスな首飾りのような飾り毛をたくわえた、とても愛らしい女の子だった。
「ところで、昼食はもうお済みになりまして?」
レナに訊かれて、ティーは人参ケーキとスープを食べ損ねた事を思い出した。ゴタゴタのせいでどこかにいってしまっていた空腹感が、再び蘇ってくる。ルパも今朝から何も食べていなかった。
まだだと答えた二人を、レナは少し遅い昼食に誘った。




