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太陽の神殿

「本当に可愛らしいこと。ルパ様もきっとお喜びになりますわ」


 来客用の一室の扉が開いており、女官達の華やかな声が聞こえてきた。


「殿下。いかがです?」


「まるで貴族の姫様でございましょう」


 ルパとルイーザがナフティラに促され部屋に入ると、やり切ったと言わんばかりの満面の笑みで、女官二人が二人の前に一人の少女を押し出した。


長さがまちまちで顔の半分近くを隠していた髪は、一度洗髪され、少し長めに残したフェイスラインをアクセントに、綺麗に切りそろえられていた。そこに緑色の石の飾りがついた額飾りと、首飾り。衣装もズボンの裾や袖の部分に金糸の刺繍が施された薄緑色の爽やかなものに替えられた。元々不潔さは無かったが、風呂にも放り込まれたようで、女官一押しの石鹸で洗った体からは、甘い花の香りが漂ってくる。


「髪を切ると随分と印象が変わるものだな」


 見事変身を遂げたティーの姿は、女官達の辣腕とセンスがあってこそ成し遂げられた大業と評してもよかったのだが、年頃の娘心を思いやったルパは、あえて控えめな賞賛を選んだ。


「本当はそちらのドレスをお勧めしたのですけど。動きにくいからと、こちらを御所望されたもので」


 ナフティラが片頬に手をあてて、残念そうに椅子の上に広げられている藍色のドレスを見遣った。胸元のレース地にビーズが施された、エレガントな一着だった。

はて、見覚えがあるな。と首を傾げたルパだったが、すぐに、妹が昔よく着ていたものだと思い出す。お気に入りの一着だったが、成長に伴い着られなくなってしまったと嘆いていた。


それにしても、とルパは感心した。小柄な人族の娘に見合う衣装を、よく二着も見つけ出してきたものである。女官長として申し分ない仕事を全うしようと努力を惜しまなかったナフティラに、ルパは穏やかに微笑んで労った。


「ありがとう。これで十分だよ」


ティーが選んだ衣装は華やかさよりも機能性が重視されているため、女官や側近に見えなくもないが、一緒に城内を歩き回って不審がられないのであれば、問題ない。


「・・・詐欺だ」


 汚かった小娘から大変貌を遂げたティーの姿を目にした途端、顎を落としたまま固まっていたルイーザが至極正直な感想を漏らす。


「いちいち失礼な奴ね」


 ティーは鼻根に皺を寄せ、細い腰に手をあててルイーザを睨んだ。子犬が威嚇しているような表情と大人びた仕草の不釣り合さが妙に可愛らしく、ルパは思わず頬を緩ませた。――が、本人には嘲りと誤解されそうな気がしたので、見つかる前に片手で口元を覆い隠す。


「あなたも。よくも騙してくれたわね」


 間一髪。ルパが口元を隠した瞬間、ティーがルパへと標的を変えた。


恐らく次に顔を合わせば、言われるであろう恨み事だと予想していたルパは、意識的に表情を掴みどころのない笑顔に変えて、口元を押さえていた手を下ろす。


「騙したというか、黙っていただけというか。私が申し出るまでもなく、好都合にも君の方から王宮への 同行を願い出てくれたのでね」


それに、事前に『片割れ』の事を話したら、君は逃げただろ?と、続けて質問したルパに、図星を突かれたティーは、もごもごと口を動かした。


「結局、私の要求は通ったの?」


 結局、負けを認めたティーは、ふくれっ面でここに来た目的が達成されたかどうかを確認した。

 資材と人材は先ほど手配され、第一陣はすでにコムル村に向けて城を出発している。

 ルパがそう告げると、ティーは素直に「ありがとう」と礼を言った。

 いくらか態度を軟化させたティーの様子に、ルパが好機とばかりに要求する。


「その代わりではないんだが、私に協力してくれないかな」


 『協力』という単語に、穏やかになりかけていたティーの表情が再び険しくなった。


「さっきはあなたの面子を考えて言えなかったけれど、『片割れ』は考えさせて」


 重い口調で言ったティーに対し、ルパは「もちろん」と頷く。


「説得力はないかもしれないが、私も強制するつもりはないんだ。私の言っている“協力”は、それとはまた別のものさ」


 訝しげに首を傾げたティー。ルパは“協力”の詳細を告げず、「まずは、私と一緒に大地の神殿に行こう」と三大神殿の一つに誘った。

 大地の神殿と聞いた途端、説得を諦めたルイーザが、天井を仰いで投げやりに言った。


「あーもう。勝手にしやがれ」



 賑やかな女官達に湯殿に引きずられていったルイーザを残して、ルパとティーは城を出て海岸線へ続く道を歩いた。行き先は、岸壁にそびえ立つ三大神殿のうちの一つである大地の神殿である。


 この国には、太陽の神殿、大地の神殿、月と星の神殿と呼ばれる三つ子の神殿があり、その名前の由来となっているそれぞれの自然を崇め、観察し、学ぶために建てられていた。

 参道は太い一本の道から途中で三本に分かれ、それぞれの神殿へと続いている。

 参道といっても、だだっ広い草原を掘り起こして土をならし、道を作っただけの簡素なもので、そこには土の道と、それぞれの神殿を示す石の立て板くらいしかなく、眺めは都に比べれば寂しいものだった。

 時折、参拝者や学者や神官とすれ違い、その度に二人は彼らとお辞儀しあい、また道を進む。

 すれ違う者の中には、『人族が神殿に何の用だ』といった具合に、ティーに一瞥をくれる者もいたが、コムル村を出れば大概の新人類がこういった態度で接してくるので、ティーとしては今更何の感慨も湧かなかった。

 それよりもティーは、海風の方が気になった。強い海風で運ばれてくる対岸の砂塵は、目に入ると結膜炎を起し、吸い込むと肺や気管支が炎症を起こす。

 平均して人族よりも一回り以上大きな体を持ち、対岸の毒にも比較的強い新人類は、海風に乗ってやってくる砂塵程度では体調を崩す心配はなく、対岸の影響をあまり気にせず暮らしてゆける。

 一方、人族は海風が届かない場所を選んで生活しなければ、確実に成人になる前に呼吸器疾患を患い、早世する。それだけでなく、対岸からやってくる汚染物質は、作物や水に溶け込み、やはり人族の平均寿命を縮め、個体数を徐々に減少させる要因になっていた。

 人族にとって厳しいのは、新人類からの冷遇よりも、自然に溶け込んだ毒の方である。


「すまない。マスクかベールを持ってくるべきだった。私を風よけに使ってくれ」


 砂が入らないように目を細め、前腕で鼻と口を守りながら後ろをついてくる人族の少女を顧みたルパは、己の浅薄さを詫びた。そして、風に当たらないようなるべく自分のすぐ後ろを歩くように指示する。

 ティーは有り難く、ルパの広い背中を防壁代わりに利用させてもらうことにした。


「神殿に一体何の用が?」


 また一人、琥珀色の瞳で自分に冷たい一瞥を残して去って行った蛇の属性らしき参拝者の男とすれ違ってから、ティーは前を歩くルパに訊ねた。


「妹がいる。会ってほしい」


「神官の王女様なの?」


「神官ではなく学者だよ。一応ね」


 神殿は、自然を崇め奉る場所だけでなく、学者たちの研究所でもある。

 太陽の神殿では、主に太陽の運行と気象の研究。大地の神殿では主に地質学や化学。月と星の神殿では、天文学と暦の作成。といった具合に、それぞれ分野別に大別されていた。


 ルパの妹レナは、幼いころから各神殿に出入りし、現在では一学者として大地の神殿の一角を借りて研究に勤しんでいるとのことだった。


―― 学者の王女様・・・。


 ルパの妹ならば、人当たりの良さはまず期待して間違いなさそうだとティーは考えた。加えて、学者という理知的な職業に就いているのならば、人族だというだけで、むやみに嫌悪したりはしないだろう。その証拠に、ルパはまっさきに自分を妹に会わせようとしているし、斜め下から窺える今の表情も、とても落ち着いている。   


 だが、しかし。

 ティーは唸った。


―― 変わり者というところまで共通していそうだわ。なんだか、振り回されそうな気がしてすごく嫌。


 神殿は目前にある。一抹の不安を拭いきれないティーは、どうぞこの胸騒ぎがただの杞憂で終わりますように。と密かに祈った。


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