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◯◯◯◯探偵  作者: てこ/ひかり
第一幕
9/28

ドラマ化探偵

 茹だるような暑さだった。

 風は凪ぎ、開け放たれた窓からは草いきれがわっと部屋に押し寄せて来ていた。冷房はない。先週の台風で、あいにく山荘の電気系統は壊れたままだった。集まった数十名の男女が、しきりに汗を拭う。しかし、彼らが汗を掻いているのは、決して暑いからだけではなかった。


 人が、殺されたのだ。


どこで?   ……この避暑地にある山荘で。

誰が?    ……撮影のために訪れたドラマ班が、次々と。

どうやって? ……残虐極まりない方法で。それも、まるで来春放送予定のドラマの内容に沿ったような形で。


 では一体……。


犯人は?


「犯人は貴方ですね、俳優の川岸さん!」


 前田探偵の声が、一階の大広間に響き渡った。前田に指名された男優は、ハッとしたように顔を硬直させ、やがて引きつったような笑みを浮かべた。


「な……何言ってんスか探偵さん。僕がみんなを殺した? 冗談よしてくださいよ……」

「惚けないでください。もう証拠は上がってるんだ。何なら今から、ここで貴方の悪事を全部洗いざらいしゃべってもいいんですよ!」


 前田はいつになく強い口調で犯人に宣戦布告した。

彼にとって、今回の推理は会心の出来だった。不可解な密室殺人、呪いの藁人形、そして血塗られたドラマ脚本……複雑怪奇に絡まった事件を、彼は根気よく捜査し続け、ようやく真実にたどり着いた。


 さらに普段とは違い、周りの関係者たちはTVドラマの撮影班である。部屋中に設置されたカメラが、今や中心にいる前田に向けられていた。ここで今回の事件を華麗に解決すれば、ニュースなどでしきりに映像が使われ、前田は一躍有名人になるだろう。探偵として名を上げるためにも、千載一遇のチャンスだった。そして周りにいる容疑者は、いつも画面の向こうにいる容姿端麗な俳優ばかり。そんな彼らを差し置いて、自分が耳目を集めている……チヤホヤされるのが嫌いな人がいるだろうか? 当然、前田は気合が入っていた。


「川岸さん! 貴方は最初、脚本家の伊志嶺さんの首を絞め、そして台所にあった包丁で解体し……」

「前田先生、ちょっと良いですか?」


 前田が本格的に推理を始めようとしたその時、ドラマ監督の北里が彼を脇に引っ張った。何やら困ったような顔をしている。前田は眉をひそめた。


「何ですか?」

 これから『探偵エンジン』がかかろうって時に。一体何の要件だろうか?

「実は、前田先生。包丁で人を解体っていうのは、ちょっと……」

 北里監督が申し訳なさそうに、メガホンで自分の頭をコツンと叩いた。


「ちょっと?」

「それってコンプライアンス的に、どうなのかなって。ええ」

「コンプライアンス?」

 前田には意味が分からなかった。監督が頷いた。


「ええ。だから、こんな時代でしょ? 確かにカメラは回ってますよ。ええ。ニュースでも取り上げられるでしょう。ただ、その表現って不味いんじゃないかなって」

「そんなこと言ったって……」

 次に困った顔をしたのは、前田の方だった。法令遵守した殺人事件なんて、この世にあるのだろうか?

「伊志嶺さんはもう、バラッバラの67パーツになっちまったんだ。しょうがないでしょう」

「あぁ! ダメですよバラッバラなんて言っちゃ!」

 監督が慌てて前田の口を塞いだ。


「今、生放送もやってますから!」

「何だって?」

「だから、放送されているんです。夕飯時の今まさに、お茶の間に先生の推理が。家族が食事している時に、バラッバラの人肉解体ショーなんて言っちゃあ。クレームが殺到しますよ!」

 前田は目を丸くした。

「何で勝手に放送なんて……それじゃあ、第二の殺人なんてどう説明すれば良いんだ。照明の宮西さんは頭をショットガンで吹き飛ばされ、脳髄が……」

「だめ! ダメ!! 先生、コンプライアンスに配慮してください」


 監督が必死に前田に縋り、懇願した。前田は半ば呆れたように肩をすくめた。


「だって、犯罪者が、コンプライアンスに配慮なんてする訳ないだろう!」

「そこを何とか! 先生のトーク力で、マイルドな感じで説明できませんか?」


 監督が泣きそうになりながら言った。前田はなおも納得いかないと言った顔をした。

この事件、そもそもドラマの脚本に沿って起きているのである。いわゆる”見立て殺人”だった。67パーツだって脳髄だって、元々しっかり脚本に書いてあったのだ。


「大体、アンタだってこれを放送しようとしてたんだろう?」

「それはフィクションですから……ドラマで過激な演出をするのと、現実にマジでやっちゃうのじゃ、大違いでしょ。本番ではちゃんとコンプライアンスに十分配慮した演出で……数学の公式なんかも背景に交えて、教育番組的に魅せようと思っていましたから」

「教育番組的って……人が殺された様子を学習教材にされてもな」

「先生。今回視聴率が良かったら、これくらい出します」


 監督が画面の外でそっと何本か指を立てた。前田は目を丸くした。


「何? そんなにか……」

「ええ。だからどうか先生のお力で! コンプライアンスに配慮した推理を!」

「わ、分かったよ……仕方ないな。できるだけやってみよう」


 それから前田は咳払いして、改めて集まった人々に向き直った。


「何なんだよ、一体どうしたんだ?」

 俳優の川岸が訝しんだ。

「失礼。川岸さん。貴方は最初脚本家の伊志嶺さんを殺した」

「だからやってないって……」

「伊志嶺さんはその……ゲフン! まるで光の粒で出来た花火のように弾け飛び、そして肉体から解放され、この世を旅立ったのです」

「ん?」

「そして貴方は次に照明の宮西さんを、ショットガンで不安や苦悩から救済した。ゴホン! 宮西さんは天使に見守られる中……」

「ちょっと待ってよ。さっきから何か、犯人がさも良いことをした風に聞こえるけど……」

 探偵の言葉に、周りがざわつき出した。


「まさか探偵さん、君、犯人の肩を持っている訳じゃないだろうね?」

「いやこれは何というかですね……関係各所と相談した結果、色々と配慮した表現でして……」

「そんな歯切れの悪い言い方するなよ。そんなの被害者に逆に失礼だ、実際に人が殺されてるんだぞ!」

「いやぁ……そのぉ……」

「待ってください、皆さん」


 前田がしどろもどろしていると、川岸の隣から若い女性が割り込んできた。


「ウチの川岸は、やってません」

「貴女は?」

「私は川岸のマネージャーの、綿井です」

 綿井と名乗った女性が名刺を取り出す。そこには彼女の名前と、大手プロダクションの名前が書き連ねられていた。綿井が熱弁した。


「だって川岸は、今『ティーンのなりたい顔ベスト3』に入ってる、超売れっ子なんですよ?」

「はぁ」

「このドラマだって、川岸は本来探偵役をやるはずだったのに。大人気俳優が殺人事件の犯人なんて、そりゃマズイでしょう?」

「えぇ……まぁ」

「仮にやっていたとしても、川岸が犯人は事務所NGです」

「事務所NG?」

「前田先生」


 前田が当惑していると、北里監督が再び彼を脇に引っ張った。


「マズイですよ。川岸さんは今や飛ぶ鳥を落とす勢いの大人気俳優で……彼が犯人だなんて、ファンは大きなショックを受けてしまいます」

「だから?」

「ですから、このままでは視聴率も、ですね。川岸さんは大手プロダクション所属でもありますから……彼が犯人というのは、事務所からNGが出ているんです」

「だから??」

「その、何とか先生のお力で……犯人は別の人だった、ということにできないでしょうか?」

「できる訳ないだろう!」

 前田は驚いた。

「そこを何とか……先生、川岸が犯人じゃなかったら、さらにこれくらい勉強させていただきます」

「あのねえ……いくら何でも」

「お願いします! 代わりの犯人なら、いくらでも用意しますので! 若手俳優から選びたい放題です!」

「代わりの犯人なんていてたまるか。そんなビュッフェ方式で犯人を選んでる訳じゃないんだよ、こっちは」

「だとしても、どうにか、どうにかファンと川岸が傷つかない方法で推理を……先生……」

「困ったな……」


 監督とマネージャーに泣きつかれ、前田は頭を掻いた。


 全く気乗りしなかったが、やがて前田はのろのろと皆に向かい合った。


「さっきからコソコソ何を話し合ってるんだ?」

「失礼。えー……川岸さん」

「何だよ。まさかまだ、僕が犯人だっていうつもりじゃないだろうな?」

 川岸が意味ありげな笑みを浮かべた。それからニヤニヤと監督やマネージャーの方を見やる。どうやら彼は、先ほどのやり取りを聞いていたらしかった。前田は毅然とした態度で川岸を指差した。


「ええ、貴方はれっきとした大悪人だ! 犯人は貴方です!」

「な……!」

「あぁ先生、そんな!」


 川岸が目を見開き、監督が頭を抱えた。前田は彼らを尻目に、訥々と推理を語り始めた……。



「あぁ……こんなことになるなんて。もう俺のドラマは終わりだ」

 やがて全てが白日の元に晒され、犯人が連行されて行った後、北里監督がその場に崩れ落ちた。


「これじゃコンプライアンスが……視聴率が……」

「監督、被害者は人生を断たれているんですよ」


 前田はいつになく真剣な表情で呟いた。

「コンプライアンスって、そんな綺麗な部分だけ見せようと思っても。これはれっきとした、殺人事件なんですから」

「でも……」

「それに、意外な犯人の方が、視聴率は取れるかもしれない」

 前田とて、まだ諦めてはいなかった。


「明らかに怪しい奴より、ああ言う優男が犯人の方が、見ている方はあっと驚くでしょうよ。もしかしたら、視聴率は80%は固いかもしれないな」

「そう……そうか! そうかもしれない……」

 監督の目にも、ようやく光が戻ってきた。

「それじゃ、約束の報酬の件、よろしくお願いしますよ!」


 いい仕事をした。前田は満足げに頷き、颯爽と現場を去って行った。こうして、人気俳優が殺人犯だったと言う事件はセンセーショナルな話題を呼び、連日ワイドショーで報道された。だが肝心の生放送は、台風でTV局が停電していたため、視聴率は0%だった。


〜Fin〜

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