映画化探偵
「レイラ君。映画を観に行かないか?」
「映画?」
学校帰り、麗矢レイラが探偵事務所に赴くと、前田が、何やら得意げな顔をして右手を掲げた。その手には映画のチケットが2枚、握られていた。
「そうだよ。実はこの前私、アメリカに行ってきてね」
「はぁ」
「現地でたまたま『ハンバーガーショップ引ったくり事件』に遭遇したんだ。もちろん事件は私の手によって秒で解決したが……偶然それを観ていたハリウッドの監督が、私の活躍を是非映画にしたいと、その場で懇願されてね」
「新手の詐欺か何かですか?」
レイラは小首をひねった。話の着地点がイマイチ見えない。
「違うよ。私は映画化を快諾した。つまり、銀幕デビューさ。何を隠そう、今週公開の『エイリアンVS探偵』は、私がモデルになったドキュメンタリー風映画なんだ。ついに私の活躍が、世界中のスクリーンで観られるんだよ!」
「活躍? 醜態ではなくて?」
「観れば分かるさ! とにかく行こう!」
「あっ……ちょっと!? 先生! もう……」
前田が強引にレイラの手を引っ張った。こうして彼女は、前田とともに映画館へと向かった。
平日の昼下がりだと言うのに、映画館は意外にも満員だった。何処の馬の骨ともしれない輩で、100以上ある席がびしりと埋まっている。レイラはますます訝しんだ。
「おかしいですね。皆さん、何が楽しくてこんな映画を……」
「何もおかしくはないだろう。私が映画に出てるんだ、人気にならない訳がないじゃないか。レイラ君、パンフレットはもう買ったかい? 実在のモデルとして、私の写真とインタビューが5ページに渡って載っているよ」
「たとえタダで配られても要りません」
自前で持った10冊以上のパンフレットを抱え込む前田を、レイラが哀れみのこもった目で見つめた。やがて劇場が静まり返り、予告編が10分くらい続いたところで、唐突に映画が始まった。
ゆっくりと空撮された自由の女神像。ロサンゼルスの街並み、ニューヨークの喧騒……唐突に視点は宇宙へと飛び、満天の星空を映し出した。北斗七星をバックに、出演者たちの名前が現れては消えていく。また場面が移った。タイムズスクエアに、グランドキャニオン、ホワイトハウスと切り替わり、なおも演者のクレジットが続いていく。この無駄に壮大な映像で、一体何が伝えたいんだろう。レイラはたちまち不安になった。
突然画面が明るくなり、中央では、主人公と思しき筋骨隆々の男が、人混みを掻き分け猛ダッシュしていた。2メートルはあろうかと言うボディビルダーのような男だ。あれが先生だと言うのなら、私はもう、何も信じない。とんだパッケージ詐欺もいいところである。
『待て! Wait!』
場面は街中だった。銀幕の中で、主演の探偵役が叫んでいる。それに合わせて、背後の摩天楼が突如爆発炎上した。さらに、地面が崩れ行き、探偵役の足元から次々と地盤沈下して行く。
『Shit! このままでは地下に飲み込まれてしまうぞ!』
何故……レイラが展開に置いて行かれているうちに、映像はホワイトハウスに切り替わった。
『大統領』
側近らしきサングラスの黒人が、何やら耳打ちしている。
『ワシントン郊外でひったくり事件が発生。CIAとFBIと米軍が即時出動しました。場合によっては、核攻撃の準備を』
『ならぬ』
大統領が渋い顔を作った。
『核のボタンを押すことだけは……これだけは何としても避けねば』
避けねば、と言いつつ準レギュラーレベルでハリウッド映画に登場する『核ボタン』を、大統領がこれ見よがしに掲げた。
『大統領!』
また別の側近が駆けつけて来た。
『AIが暴走を始めました! 上空に、約3000機ものUFOが!』
やがて何の脈略もなくAIが暴走を始め、エイリアンの大群がアメリカ上空に押し寄せて来た。さらに東海岸を巨大なハリケーンが襲い、ペンシルバニア州はゾンビで溢れかえっている。シアトルでは巨大鮫が暴れ回り、ミシシッピでは、塞ぎ込みがちなにきび面の少年が、突如スーパーパワーに目覚めて空を飛び始めた。レイラは目を見張った。闇鍋でも、もっと整然としていると思う。
『頼むぞ、探偵さん……』
『ジャパニーズ・探偵……君に世界の命運がかかっている』
大統領が核のボタンを握りしめながら、必死の形相でモニターを見守っていた。どちらかと言うと、命運を握っているのは大統領の方である。場面は次々と、アジア、オセアニア、ヨーロッパ、アフリカ……などなど、各国の中継に切り替わっていく。
『探偵さん……』
『探偵……』
『犯人を捕まえてくれ! 探偵!』
映画では、エイリアンはさておいて、探偵が引ったくり犯を捕まえるかどうかにフォーカスが当てられた。今や世界中の人々が、祈りを捧げ、ハンバーガーの引ったくりの行方を、緊迫した表情で見つめていた。G7は緊急記者会見し、『探偵』を全面的に支持することを表明した。国際宇宙ステーションでは、万国旗とともに、『探偵さん、ありがとう』の横断幕が掲げられている。そう言った賛美映像が、120分中100分くらい続いた。レイラはもう少しで吐くところであった。
『うおおおおおお!!』
ようやく場面が最初に戻った。主役の叫びとともに、もう一度、確認するように摩天楼が爆発した。もう少し。あとちょっとで、犯人に追いつく。あと20メートル、10メートル……5メートル。探偵の指先が、引ったくり犯に触れようとしたまさにその時、画面が暗転し、『To Be Continued.』の文字がデカデカと映し出された。
「え……えっ?」
レイラは戸惑った。
「これで終わりですか?」
「『Part1』は、ね。今回は言わば、ミステリーでいう『問題編』だよ。『Part2』の『解決編』が来春、全世界同時公開される予定だ」
レイラの隣で、前田が得意げに鼻をこすった。
「『3』が『動乱編』。4『太陽編』5『未来編』6『宇宙・開拓編』と続き、すでにシリーズは9まで構想がある」
「解決してからがやたらと長いですね」
「見てごらん」
前田は、エンドロールが続く銀幕を指差した。
「あの流れてくる人々の名前は、実は暗号文になっていてね。頭文字を並べ替えると、続編の犯人の、ヒントになっているんだ」
「そんな熱心にエンドクレジットを観ている人、世界中にひとりもいないと思います」
「それにしても、撮影は実に大変だったよ。今回のトリックには、再現に約2億ドルもの予算がつぎ込まれていてね」
「今の映像のどこにそんなトリックが……大体先生は、モデルであって撮影はしてないじゃないですか」
レイラが呆れて席を立とうとすると、前田が慌てて彼女の袖を引っ張った。
「まだだ! まだ席を立つんじゃない。エンディング後に、ちょっとだけ映像が続くんだ。そこでチラッと、犯人が逮捕されるから」
「そんな、一番大事なところをオマケ扱い……」
前田が言うなり、映像が明転し、確かに犯人がパトカーで連行されていく映像が、30秒くらい映った。前田が満足そうに顎を撫でた。
「ディスク版の特典映像では、犯行動機も収録される予定だ」
「肝心の本編で何一つ明らかになってないじゃないですか!」
映画が終わった。全員が立ち上がり、拍手喝采であった。
「素晴らしい!」
観客のひとりが涙を流しながら叫んだ。それを皮切りに、人々が次々と口を開く。
「なんて素晴らしい、『エイリアン』への造詣の深さ!」
「それにしても主演のあの男! さすがの演技だ、彼は!」
「あれほど大きなサメ見たことないよ! シアトルより大きいじゃないか!」
「誰も探偵のことは褒めていませんね」
レイラが周りを見渡し、冷ややかに言った。
「みんな演者とか演出とか、そっちの方ばっかりです」
「むぅ……おかしいな。あれほど評論家に鼻薬を嗅がせたのに……」
「えっ?」
「とにかく、これは大ヒット間違いなしだよ。探偵の魅力全てがつまった映画だ。私がアカデミー賞受賞者兼探偵として全世界に名を轟かせるのも、そう遠い日ではないな」
前田が自信満々の笑みを浮かべた。
そして公開された『エイリアンVS探偵』は、約300億の赤字を叩き出し、確かに映画の歴史に残ることになった。賄賂を受け取った一部の評論家たちが、誰が見ても「それは無理があるだろう」と言うアクロバティックな絶賛をしたので、それも映画ファンたちの不評を買った。それからしばらく、田舎の田んぼ道に行くと、よくカラスよけに『エイリアンVS探偵』のディスクがぶら下がっているのが見受けられた。前田が、『エイリアンVS探偵』のことを話題にするのは、それから一度もなかった。
〜Fin〜