アニメ化探偵
「皆さんに集まってもらったのは他でもありません」
そのスタジオに探偵がやってきたのは、約束の時間とは少し遅れた昼過ぎだった。原画や動画、プロデューサーなど、その場にいた誰もが手を止め、彼の話にじっと耳を傾けていた。探偵はスタジオの入り口にもたれかかり、不敵な笑みを浮かべて全員を見渡した。
「犯人が分かったんですよ。このアニメの監督を殺した犯人がね」
悲劇は終局に差しかかろうとしていた。
探偵が告げると、そのアニメスタジオはちょっとした騒ぎになった。
「犯人が分かった?」
「本当かい? 探偵さん」
「フフ……」
前田は目を細め、『セル画風ティッシュ』で鼻をかんだ。『セル画風ティッシュ』とは、探偵の必須アイテム(と前田は言い張っている)、『アニメキャラが描かれた透明なティッシュ』である。透明で、向こうを透かして見ることができ、普通のティッシュより硬度な素材で出来ているので、咄嗟に容疑者の似顔絵を描く時など重宝するのだ。
『セル画風ティッシュ』で鼻をかみ、前田の顔に尖った4隅が刺さった。
「痛ぇ!」
「先生、真面目にやってますか?」
大声を出す前田を、横からセーラー服姿の麗矢レイラが嗜めた。
「もちろん、やっているともレイラ君」
前田探偵が顔面から血を流しながら笑った。
「何より今回は、アニメスタジオで起きた事件だからね。私も巻きで、できるだけ30分以内には解決しようと思っている」
「別に、この事件をアニメ化するわけじゃないんですけどね」
レイラがため息をついた。
「それにしても、今度は懲りずにアニメーターですか」
「何を言っているんだ。アニメは日本が誇る文化だろう。私はようやく自分の天職を見つけた気分だよ」
白い目で見つめられ、前田は大袈裟に両手を振った。
「なんせ1秒間に24枚もの絵が頭の中に描けるからね、私は」
「はぁ」
「ここだけの話、芥川賞をアニメ部門で取った事もある」
「はいはい」
「オイ探偵さん。もったいぶらないで教えてくれ」
アニメーターのひとりが痺れを切らしたように舌打ちした。前田は全員の方に向き直った。麗らかな眠気を誘う昼下がり、アニメーター兼探偵による、約30分間の推理ショーの幕が上がった。
「本当にこの中に、犯人がいるんだろうな?」
「もちろんです」
前田は頷いた。
「しかし私も驚きましたよ今回の事件。皆さんの髪の色が、全員ほぼ同じだってことに」
「何?」
「髪の色?」
「もっと赤とか青とか、カラフルに、バラエティに富んでいるのかと」
「アニメの見過ぎなんじゃないか、君」
作画のひとりがイライラしたように歯噛みした。
「これは現実の殺人事件なんだぞ!」
「落ち着いてください。必ず事件は解いてみせますよ。でないと、殺された監督と、ご覧のスポンサーに顔向けできない」
「ねえ、ホントにこいつで大丈夫?」
進行の女性が呆れたように言った。
「スポンサーの顔色を窺いながら推理する探偵なんて初めて見たわ」
「だけどね、ここは慎重にならないと。えぇ、私にも分かってます。昨今のアニメは大変厳しいんですよ。視聴者も、どんどん賢くなっちゃって。整合性の取れない部分とか、粗があったらビシバシ突っ込んできます」
前田が小さくため息をついた。
「たとえば戦車には『戦車警察』。浴衣には『浴衣警察』。他にも『正しい歴史警察』とか『マスクの正しい付け方警察』とか……皆さんも聞いたことあるでしょう?」
「ちゃんと時代考証とかしておかないと、クレームが入るって話?」
「そうです。ですから油断してると、今にミステリーにも『殺人警察』がやって来るに違いありません」
「殺人警察!?」
「ホラーじゃないかそんな警察」
自己矛盾を抱えた警察の存在に、スタジオにどよめきが起こった。『殺人警察』を刺激しないためにも、と前田は声を低くして続けた。
「とにかく肝心なのは、今回犯人は、何故こんなにも作画の大変なトリックを使ったのか、という部分ですよ」
「はぁ?」
「考えてもみてください。あんなにも……」
そう言って前田はスタジオの壁を指差した。
そこには、プレス機でぺしゃんこにされた死体……まるで絵画のように額縁に釘で打ち付けられた、変わり果てた監督の姿があった。
「う……」
「いつ見ても酷いわね」
「まるで人間を、無理やり2次元にしたかのような殺し方だな」
「何故監督は、あんなアニメみたいな殺され方をしたのか?」
前田が全員をぐるっと見回した。
「あれじゃあ、後からアニメ化する時作画が大変だ。つまり、犯人は普段イラストを描かない人物!」
「彼はさっきから何を言っているの?」
皆が顔を見合わせ合った。
「アニメーターが、目に映るもの全てをアニメにしているとでも思っているのか?」
「うーむ……筋は全く通っていないが、でも確かに、頭のおかしい人物の犯行だというのは同意するよ」
「それで結局、犯人は誰なんだ!?」
「つまり犯人はァ……!」
前田は天高く指を掲げ、
「…………」
「…………」
「……どうした!?」
そこでピタリと固まってしまった。
周りが騒然とする中、前田は天井を指差したまま告げた。
「……CM待ちです」
「CM?」
「ええ。私がさっき指を上げたところで、一旦CMです。あまりAパートで謎を解き明かしすぎると、後半Bパートで話すことがなくなる」
「なんてこった! この探偵、本気でこの事件をアニメ化する気なんだ!」
アニメーター達が天を仰いだ。前田の目は本気だった。
「Bパートは全員服がはだけ、液状化し、精神世界の入り口に立ったところからスタートします」
「何でよ!?」
「一体何のための精神世界だ」
「そんな無理やり視聴者に心の闇を見せようとしなくて良いよ」
Bパートが始まった。全員に反対され、仕方なく前田は服を着たまま、固形物の状態で話を続けた。
「犯人はプロデューサー! 貴方ですね!」
「な……!」
全員が探偵の指先に目を向けた。名指しされたプロデューサーは、青ざめた顔をして呆然とそこに突っ立っていた。プロデューサーが大粒の汗をぬぐった。
「な、何で私が……! 私はこれまで何十年も、監督と二人三脚でやって来たんだ。殺す理由がない。何故私が「すいません」
すると、突然前田が割って入った。
「時間がないんで、先に動機から話してもらって良いですか?」
「何だって?」
「30分番組なんで。反論のパートは後から撮り直しますから。先に犯行動機をお願いします」
「私はやってないと言っているだろう!?」
プロデューサーが怒鳴った。
「反論する前に動機を話す奴がどこにいるんだ!?」
「だから、やったていで! 時間がないから先に動機を話してくださいって、こっちはそう言ってるんですよ!!」
前田も負けじと怒鳴った。
「貴方それでもプロデューサーですか!?」
「いや……それとこれとは」
「推理の進行上、反論よりも先に動機なんだ! 全体を俯瞰してスケジュールを管理する、それがアニメのプロデュースってもんでしょう!?」
「何の関係が……大体、やったていって、そんなこと言われても」
「はい! じゃあ、何故貴方は監督を殺したんですか?」
前田が強引に押し切った。プロデューサーはがっくりとうなだれた。
「し、仕方なかったんだ……」
とりあえず、どうしようもないので先に動機を話すことにした。
「監督が……あの人は頑固だから。会社を経営するための資金とか、その辺のことをちっとも鑑みないんだよ」
プロデューサーが肩を落とした。すると、何処からともなく、スタジオにもの悲しげな音楽が流れ始める。
「まるで、それが崇高なことだとでも言うように。だけど、現実はそうじゃない。明日の飯もままならないで、何が夢だよ。だから私は、アニメのコラボカフェか何かで、金をぼったくって回収しようと提案したのに。それなのにあの人は、『そんな邪な理由で私の作品を「すみません」
前田が再び話の腰を折った。
「もうそろそろ時間なんで……」
「はぁ!?」
「今、エンディング・テーマが流れています」
「どこで!?」
「何か良い話っぽいので、すみませんが監督との小話はまた来週、お願いします」
「来週??」
プロデューサーが呆然とする中、前田が頷いた。
「ええ。来週火曜夕方7:45に、またここで」
「何でそんな時間に、またここに集まらなきゃいけないのよ」
「どうするの? この事件」
「解決する前にエンディング行っちゃったぞ」
「そうですね。今後この事件に2期があるかどうかは……」
「殺人事件に2期があっちゃダメだろ」
「あ! プロデューサーが逃げた!」
その時だった。隙をついて、プロデューサーが突然スタジオの外へと走り出した。
「追え! 逃すな!」
前田たちも急いで犯人を追いかけた。プロデューサーは階段を駆け下り、路上に止めてあった原付バイクへと飛び乗った。アニメーター達が悲鳴を上げた。
「やめろ、やめるんだ! ヘルメットを被れ! 道路交通法違反だぞ!」
「そうよ! 『違反警察』がきて、炎上してしまうわ!」
「うるさい! 人、殺しておいて、今更そんなこと気にしてられっかよ!」
「それもそうか」
前田が慌てて原付を追いかけて走り出した。だけど当然、距離は開いて行くばかりだ。それを見て、レイラは落ち着いて110番通報した。
「もしもし、警察ですか?」
やがてけたたましいサイレンが街中から聞こえてきた。本物の警察だった。程なく犯人は御用となり、こうして『アニメ監督プレス機ぺっちゃんこ殺人事件』は、無事解決した。
「せんせーい!」
レイラが前田を探して歩いていると、先の方で、件の探偵が大量の汗を流し地面に突っ伏していた。
「あぁ先生。ここにいたんですか」
「はぁ……はぁ……レイラ君」
前田は今にも死にそうな声を絞り出した。
「後少しで、私がアニメのように原付を走って追い越し、この手で犯人を捕まえたものを……!」
「次は期待しています」
レイラが前田を助け起こした。
「何を隠そう、私は100Mを8秒台で走ったことがあるんだよ」
「そうですか」
「あまりにも凄すぎて、『アニメから飛び出してきた男』と呼ばれたんだ、私は」
「それは何よりですね」
レイラは真面目な顔で頷いた。前田はもうこれ以上、何も思いつかなかったので、早く暗がりにフェードアウトしないかな、と思っていた。だが現実世界は、まだまだ日が高く、辺りはしばらく明るいままであった。
〜Fin〜