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◯◯◯◯探偵  作者: てこ/ひかり
第一幕
6/28

アニメ化探偵

「皆さんに集まってもらったのは他でもありません」


 そのスタジオに探偵がやってきたのは、約束の時間とは少し遅れた昼過ぎだった。原画や動画、プロデューサーなど、その場にいた誰もが手を止め、彼の話にじっと耳を傾けていた。探偵はスタジオの入り口にもたれかかり、不敵な笑みを浮かべて全員を見渡した。


「犯人が分かったんですよ。このアニメの監督を殺した犯人がね」

 

 悲劇は終局に差しかかろうとしていた。

 探偵が告げると、そのアニメスタジオはちょっとした騒ぎになった。


「犯人が分かった?」

「本当かい? 探偵さん」

「フフ……」


 前田は目を細め、『セル画風ティッシュ』で鼻をかんだ。『セル画風ティッシュ』とは、探偵の必須アイテム(と前田は言い張っている)、『アニメキャラが描かれた透明なティッシュ』である。透明で、向こうを透かして見ることができ、普通のティッシュより硬度な素材で出来ているので、咄嗟に容疑者の似顔絵を描く時など重宝するのだ。


『セル画風ティッシュ』で鼻をかみ、前田の顔に尖った4隅が刺さった。


「痛ぇ!」

「先生、真面目にやってますか?」

 大声を出す前田を、横からセーラー服姿の麗矢レイラが嗜めた。


「もちろん、やっているともレイラ君」

 前田探偵が顔面から血を流しながら笑った。


「何より今回は、アニメスタジオで起きた事件だからね。私も()()で、できるだけ30分以内には解決しようと思っている」

「別に、この事件をアニメ化するわけじゃないんですけどね」

 レイラがため息をついた。


「それにしても、今度は懲りずにアニメーターですか」

「何を言っているんだ。アニメは日本が誇る文化だろう。私はようやく自分の天職を見つけた気分だよ」


 白い目で見つめられ、前田は大袈裟に両手を振った。


「なんせ1秒間に24枚もの絵が頭の中に描けるからね、私は」

「はぁ」

「ここだけの話、芥川賞をアニメ部門で取った事もある」

「はいはい」

「オイ探偵さん。もったいぶらないで教えてくれ」


 アニメーターのひとりが痺れを切らしたように舌打ちした。前田は全員の方に向き直った。麗らかな眠気を誘う昼下がり、アニメーター兼探偵による、約30分間の推理ショーの幕が上がった。


「本当にこの中に、犯人がいるんだろうな?」

「もちろんです」

 前田は頷いた。


「しかし私も驚きましたよ今回の事件。皆さんの髪の色が、全員ほぼ同じだってことに」

「何?」

「髪の色?」

「もっと赤とか青とか、カラフルに、バラエティに富んでいるのかと」

「アニメの見過ぎなんじゃないか、君」

 

 作画のひとりがイライラしたように歯噛みした。


「これは現実の殺人事件なんだぞ!」

「落ち着いてください。必ず事件は解いてみせますよ。でないと、殺された監督と、ご覧のスポンサーに顔向けできない」

「ねえ、ホントにこいつで大丈夫?」

 進行の女性が呆れたように言った。


「スポンサーの顔色を窺いながら推理する探偵なんて初めて見たわ」

「だけどね、ここは慎重にならないと。えぇ、私にも分かってます。昨今のアニメは大変厳しいんですよ。視聴者も、どんどん賢くなっちゃって。整合性の取れない部分とか、粗があったらビシバシ突っ込んできます」

 前田が小さくため息をついた。


「たとえば戦車には『戦車警察』。浴衣には『浴衣警察』。他にも『正しい歴史警察』とか『マスクの正しい付け方警察』とか……皆さんも聞いたことあるでしょう?」

「ちゃんと時代考証とかしておかないと、クレームが入るって話?」

「そうです。ですから油断してると、今にミステリーにも『殺人警察』がやって来るに違いありません」

「殺人警察!?」

「ホラーじゃないかそんな警察」


 自己矛盾を抱えた警察の存在に、スタジオにどよめきが起こった。『殺人警察』を刺激しないためにも、と前田は声を低くして続けた。


「とにかく肝心なのは、今回犯人は、何故こんなにも作画の大変なトリックを使ったのか、という部分ですよ」

「はぁ?」

「考えてもみてください。あんなにも……」


 そう言って前田はスタジオの壁を指差した。

そこには、プレス機でぺしゃんこにされた死体……まるで絵画のように額縁に釘で打ち付けられた、変わり果てた監督の姿があった。


「う……」

「いつ見ても酷いわね」

「まるで人間を、無理やり2次元にしたかのような殺し方だな」

「何故監督は、あんなアニメみたいな殺され方をしたのか?」

 前田が全員をぐるっと見回した。


「あれじゃあ、後からアニメ化する時作画が大変だ。つまり、犯人は普段イラストを描かない人物!」

「彼はさっきから何を言っているの?」

 皆が顔を見合わせ合った。

「アニメーターが、目に映るもの全てをアニメにしているとでも思っているのか?」

「うーむ……筋は全く通っていないが、でも確かに、頭のおかしい人物の犯行だというのは同意するよ」

「それで結局、犯人は誰なんだ!?」

「つまり犯人はァ……!」


 前田は天高く指を掲げ、

「…………」

「…………」

「……どうした!?」

 そこでピタリと固まってしまった。

周りが騒然とする中、前田は天井を指差したまま告げた。


「……CM待ちです」

「CM?」

「ええ。私がさっき指を上げたところで、一旦CMです。あまりAパートで謎を解き明かしすぎると、後半Bパートで話すことがなくなる」

「なんてこった! この探偵、本気でこの事件をアニメ化する気なんだ!」

 アニメーター達が天を仰いだ。前田の目は本気だった。


「Bパートは全員服がはだけ、液状化し、精神世界(スピリチュアル)の入り口に立ったところからスタートします」

「何でよ!?」

「一体何のための精神世界(スピリチュアル)だ」

「そんな無理やり視聴者に心の闇を見せようとしなくて良いよ」


 Bパートが始まった。全員に反対され、仕方なく前田は服を着たまま、固形物の状態で話を続けた。


「犯人はプロデューサー! 貴方ですね!」

「な……!」


 全員が探偵の指先に目を向けた。名指しされたプロデューサーは、青ざめた顔をして呆然とそこに突っ立っていた。プロデューサーが大粒の汗をぬぐった。


「な、何で私が……! 私はこれまで何十年も、監督と二人三脚でやって来たんだ。殺す理由がない。何故私が「すいません」

 すると、突然前田が割って入った。


「時間がないんで、先に動機から話してもらって良いですか?」

「何だって?」

「30分番組なんで。反論のパートは後から撮り直しますから。先に犯行動機をお願いします」

「私はやってないと言っているだろう!?」

 プロデューサーが怒鳴った。


「反論する前に動機を話す奴がどこにいるんだ!?」

「だから、やった()()で! 時間がないから先に動機を話してくださいって、こっちはそう言ってるんですよ!!」

 前田も負けじと怒鳴った。


「貴方それでもプロデューサーですか!?」

「いや……それとこれとは」

「推理の進行上、反論よりも先に動機なんだ! 全体を俯瞰してスケジュールを管理する、それがアニメのプロデュースってもんでしょう!?」

「何の関係が……大体、やった()()って、そんなこと言われても」

「はい! じゃあ、何故貴方は監督を殺したんですか?」

 前田が強引に押し切った。プロデューサーはがっくりとうなだれた。


「し、仕方なかったんだ……」

 とりあえず、どうしようもないので先に動機を話すことにした。

「監督が……あの人は頑固だから。会社を経営するための資金とか、その辺のことをちっとも鑑みないんだよ」


 プロデューサーが肩を落とした。すると、何処からともなく、スタジオにもの悲しげな音楽が流れ始める。


「まるで、それが崇高なことだとでも言うように。だけど、現実はそうじゃない。明日の飯もままならないで、何が夢だよ。だから私は、アニメのコラボカフェか何かで、金をぼったくって回収しようと提案したのに。それなのにあの人は、『そんな邪な理由で私の作品を「すみません」

 前田が再び話の腰を折った。


「もうそろそろ時間なんで……」

「はぁ!?」

「今、エンディング・テーマが流れています」

「どこで!?」

「何か良い話っぽいので、すみませんが監督との小話はまた来週、お願いします」

「来週??」


 プロデューサーが呆然とする中、前田が頷いた。


「ええ。来週火曜夕方7:45に、またここで」

「何でそんな時間に、またここに集まらなきゃいけないのよ」

「どうするの? この事件」

「解決する前にエンディング行っちゃったぞ」

「そうですね。今後この事件に2期があるかどうかは……」

「殺人事件に2期があっちゃダメだろ」

「あ! プロデューサーが逃げた!」


 その時だった。隙をついて、プロデューサーが突然スタジオの外へと走り出した。


「追え! 逃すな!」


 前田たちも急いで犯人を追いかけた。プロデューサーは階段を駆け下り、路上に止めてあった原付バイクへと飛び乗った。アニメーター達が悲鳴を上げた。


「やめろ、やめるんだ! ヘルメットを被れ! 道路交通法違反だぞ!」

「そうよ! 『違反警察』がきて、炎上してしまうわ!」

「うるさい! 人、殺しておいて、今更そんなこと気にしてられっかよ!」

「それもそうか」


 前田が慌てて原付を追いかけて走り出した。だけど当然、距離は開いて行くばかりだ。それを見て、レイラは落ち着いて110番通報した。


「もしもし、警察ですか?」


 やがてけたたましいサイレンが街中から聞こえてきた。本物の警察だった。程なく犯人は御用となり、こうして『アニメ監督プレス機ぺっちゃんこ殺人事件』は、無事解決した。


「せんせーい!」

 レイラが前田を探して歩いていると、先の方で、件の探偵が大量の汗を流し地面に突っ伏していた。


「あぁ先生。ここにいたんですか」

「はぁ……はぁ……レイラ君」 

 前田は今にも死にそうな声を絞り出した。

「後少しで、私がアニメのように原付を走って追い越し、この手で犯人を捕まえたものを……!」

「次は期待しています」

 レイラが前田を助け起こした。

「何を隠そう、私は100Mを8秒台で走ったことがあるんだよ」

「そうですか」

「あまりにも凄すぎて、『アニメから飛び出してきた男』と呼ばれたんだ、私は」

「それは何よりですね」


 レイラは真面目な顔で頷いた。前田はもうこれ以上、何も思いつかなかったので、早く暗がりにフェードアウトしないかな、と思っていた。だが現実世界は、まだまだ日が高く、辺りはしばらく明るいままであった。


〜Fin〜

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