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◯◯◯◯探偵  作者: てこ/ひかり
第一幕
4/28

落語家探偵

「先生! 大変です、先生……あれ?」


 レイラが部屋に駆け込むと、何の変哲もないただの探偵・前田”負”家は、何故か和服を着流していた。和室には前田ひとりだった。紺色の、ゆったりとした着物に身を包んだ前田が、座布団の上に胡座をかいていた。レイラは少し目を丸くした。


「何ですかその格好?」

「見ての通りさ。この旅館にぴったりだろう? 実はねレイラ君。私、今夜ひとつ、落語を演ろうと思っているんだ」


 窓から差し込む夕陽に目を細め、前田がのんびりと云った。ふたりは今、仕事の依頼で、とある山奥の旅館に来ているのだった。


「落語?」

 レイラが制服のまま尋ねた。

「嗚呼。落語家兼探偵なんてどうだい? 風情があるだろう?」


 ただの探偵・前田は現在、『探偵一本』で勝負することに限界を感じ、探偵プラスアルファとして何か兼業を探しているのだった。レイラが少し案ずるように小首をかしげた。


「Grim Reaper……『死神』ですか?」

「違うよ。探偵だからって『死神』を演ると決めつけるのは止めてくれ。『粗忽長屋』だよ」

 そう云って前田は持っていた淡青(たんせい)の扇子をばっと開いた。扇子の中央には、筆で大きく『粗忽』と文字が書かれている。


「どうだい? 格好良いだろう。意味はよく分からないが、画数が気に入ったから、お店の人に書いてもらったんだ」

「先生って、本当に愉快な人ですね」

 レイラはほほ笑んだ。


「先生にぴったりな文字だと思います」

「だろう? ハーッハッハッハ!」


 前田は『硝煙反応拡散用扇子』をパチリと膝で叩き、高笑いした。

『硝煙反応拡散用扇子』とは、探偵の必須アイテム(と前田は云い張っている)、『殺害現場に硝煙反応が残っていた時に、拡散する用の扇子』である。この扇子で扇ぐことで、現場が煙たくなくなるのである。


「それで、大変なことって?」

「あ。そうだ」

 レイラがハッとしたように顔を上げた。

「そう、大変なんです前田先生。向こうの部屋で、前田先生が、死んでるんです!」

「何だって!? 私が死んでる!?」


 思いがけない報告に、前田は死ぬほど吃驚した。



 現場は血の海だった。前田が借りている部屋と、同じような作りの和室で、ひとりの男が事切れていた。部屋の中で激しく争った痕があり、畳の上に投げ出された身体は奇妙にねじ曲がり、その顔は傷だらけになっている。カッと見開かれた両目には、生気がなく、じっと天井付近を睨みつけていた。


 部屋の入り口には、すでに野次馬たちが大勢集まっていた。人混みを掻き分け、前田は部屋の中へと急いだ。


「通してくれ、ちょっと空けて……」

「アンタ何です?」

「私は探偵だよ。私が死んでいると聞いて、飛んで来たんだ」

「先生! 嗚呼……そんな!」


 レイラが死体に縋り付き、その肩を激しく揺さぶった。


「どうして……」

 レイラが目に涙を浮かべた。

「先生と私は、生まれた時別々だったから、死ぬ時も別々だって誓い合ったのに!」

「落ち着け、レイラ君。生まれた時別々で、死ぬ時も別々って……普通のことじゃないか! そんなの誓った覚えはないよ」


 前田はまだ、半信半疑だった。自分が死んだと云うことが、理解できなかった。すると野次馬たちが、早速やって来たふたりを取り囲んだ。


「何でえお嬢さん、この死体、アンタの知り合いかえ?」

「ええ。この人は前田先生、探偵なんです」

「ひぇ〜!」

「探偵だってよ」

「オイ、本当にその死体、探偵さん本人なのかい?」

 たちまち野次馬たちが騒ぎ出した。レイラは頷いた。


「間違いありません。この間抜けな顔、死んだ魚のような目、アホみたいな髪型……こんな人、先生以外いません」

「そこまで云わなくても……」


 レイラが断言し、前田は少ししょんぼりした。客のひとりが死体に手を合わせた。


「そいつぁ災難だったな。お嬢さん、その先生とやらに、身寄りはいたのかい? 亡くなっちまったこと知らせねえと……」

「いえ、先生に家族はいません。それどころか、人間の知り合いも……先生はお父さんが競走馬で、お母さんはヘラジカなんです」

「それじゃバケモノじゃないか!」

 前田が叫んだ。

「私にだって人間の親くらいいるよ! おい、人が死んだからって、勝手なこと云わないでくれ」

「バケモノっていうか、馬鹿者(バカモノ)でしたね」

「はっきり云うな! 私は人間だよ」

「まぁまぁ。それより先生、早く自分の死体の確認を……」

「むぅ……」


 レイラに先を促され、前田はかがんで死体を覗き込んだ。


「……うーむ」

「どうですか?」

「……似てると云われれば、確かに似ているが」

 前田は首をひねった。

「これ、本当に私かなぁ?」

「案外、自分のことは、自分ではよく分からないものですよ」

 レイラが死体の顔を覗き込んだ。


「ええ。やっぱり、この『死神』に取り憑かれてそうな顔……先生に違いありません」

「そう? そんなに?」

「先生のことは、助手である私が良ぉく知っています。先生の顔の形、誕生日、ホクロの位置、それに、エッチな画像の隠し場所(フォルダ)まで」

「ちょっ……な、何でそんなこと知っているんだい!?」


 前田は思わず吹き出した。レイラが真顔で答えた。


「だって、Wikipediaに全部載ってますよ」

「誰が載せたんだそんなの!」

「別に良いじゃないですか」

「良くないよ! 気分が良くない。そんな個人情報……いくら私が有名で、有能な探偵だからと云って……」

「え?」

「えっ?」


 ふたりは顔を見合わせた。


「だって、恥ずかしいじゃないか! Wikipediaって、そんなものネット上で全世界に公開されていたら、こっちは生きた心地がしないよ」

「そりゃあ、先生はもう死んだんですから。生きた心地がしなくて当然ですよ」

「そ、そうか……それもそうかな?」

 

 前田はそれもそうかと思い直し、『粗忽』の扇子を扇いだ。


「先生……」

「ん?」

「あ、間違えた。故・先生」

「まだ『故』は付けなくて良い! まだこの死体、私と確定した訳じゃないんだから!」

「どうですか? 自分で確認してみて、やっぱり自分の死体ですか?」

「うーむ。毎日鏡で自分の顔は見ているつもりだが……でもなぁ。私の顔、こんなに長かったか?」

「死んでから伸びたんじゃないですか?」

「そうかな……私も妙なところに伸び代があったもんだ」

「死んでみるもんですね」

「嗚呼……死ぬのも悪くないのかもしれない。しかし、似てる、かなぁ? どうも一寸(ちょっと)違うような……」


 前田にはまだ確信が持てなかった。長らく探偵を営んでいるが、自分の死体を発見したのは、これが初めてだったのだ。顔を険しくして死体を覗き込んだ。


「私って、鼻の穴、3つあった?」

「ありました」

「あったのか。全然気づかなかった……。死体は、口元が耳の辺りまで裂けてるが……」

「元々そんな感じでしたよ」

「やっぱりバケモノじゃないか!」

 前田が嘆いた。レイラが死体の顔を鷲掴みにして前田の目と鼻の先に突きつけた。

「ほら、よく見てください! この間抜け面!」

「うむ……」

「それにこのだらしなさ! なんて格好で死んでるんですか。死んでから余計に締まりがない。まさに普段の先生そのもの!」

「そんなにかい?」


 懇意にしている助手にそう云われ、流石に前田も自信がなくなってきた。


「……私、かもしれないなぁ」

「でしょう? しっかり抱きかかえて上げてください。他ならぬ自分の死体なんですよ?」

「うーむ。だが……」

 前田は(しか)と死体を抱きしめ、しかしふと首をひねった。


「抱かれているのは確かに私だが、そうすると、抱いている私は一体誰なんだ?」


 レイラも首をひねった。

「そうですね。それが問題です。仮に死んでいる方の先生をA、そして生きている方をA’としましょう」

「死んでる方がAなんだ……」

「おいおいおふたりさん。本当にその死体、探偵さんなのかよ?」

 一向に進展しない推理に、野次馬が痺れを切らして声を荒げた。


「もしかしたらそっくりさんなんじゃねーの?」

「そんなはずはない。この顔を見てくれ。この顔は確かに私だ」

「ほら。本人もそう云ってるんですから」

「どれどれ……うおぉ。本当に間抜けだぁ!」

「ひっでぇツラしてんなぁ。死んでるから、余計に間抜けだよ」

「見せろ! 間抜け面見せろ!」

「……そんなに間抜け間抜け連呼しないでもらえますか?」


 部屋が間抜けで包まれた時、突如襖が開けられた。


「てぇへんだ!」

「なんだ」

「どうした?」

「今しがた警察が飛んで来たんさ。それで、その死体は、国際テロ対策組織の、幹部のものらしいぞ!」

「なんだって?」


 飛び込んで来た客のひとりが、手に持っていた新聞を掲げて見せた。その新聞には、確かに死んだ男の顔が写っている。

「もんげえ有名人らしいぞ! 今に大勢、取り巻きが迎えに来るらしいぞ!」

「ひぇ〜」


 新たな事実に、部屋は騒然となった。

「新聞に載るような有名人だったのかぁ」

「こんなところで、大方お忍び中に、おっ死んじまったんかね?」

「可哀想に……南無阿弥陀ァ」

「そう云われると、高尚な顔つきをしておられる」

「ほんに立派な顔だぁ」

「立派、立派」

「……なんか、皆さん急に手のひら返してませんか?」


 前田が釈然としない顔で呻いた。


「良かったですね、先生!」

 その隣でレイラが白い歯を見せた。

 犯人探しはまだこれからだが、とりあえず死体は、前田のものではなかったのだった。

「自分の死体じゃなくて」

「良かった、のかな? 何だかすごく……心にトゲトゲしたものが突き刺さったんだが……」

「生きてこそ、ですよ!」

「そうか……そうかな?」


 前田はそれもそうかと思い直し、とりあえず死体が自分ではなかったこと、そして生きていることを喜んだ。


「私は信じていました」

「本当かい? やりとりを振り返ってみて、本当にそんな言動だったかい?」

「だって、最近の先生は『死神』じゃないですもんね。どっちかって云うと、『貧乏(God of)神』(Poverty)の方ですもんね」

「God……そうだろう、そうだろう。私が死んでるはずないじゃないか! ハーッハッハッハ!」


 Godの発音に反応した前田は、気を良くしてニンマリと顔を綻ばせた。そして『粗忽』と書かれた扇子を広げると、星空を見上げ、大いに高笑いを決め込むのだった。


〜Fin〜

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