音楽家探偵
「犯人は……貴方がたですね! 会場にお集まりの皆さん!」
探偵の言葉に、スタジアムに集まった犯人たちの雄叫びが地面を揺らした。
目に涙を浮かべる者、怒りの表情に顔を歪ませる者、何を言うかとせせら笑う者……さらにその咆哮は、会場に収まりきらず外で待機している犯人達にも、波紋のように広がっていく。彼らの怒号や歓声に押され、前田探偵は思わずよろめいた。すごい迫力だった。目の前に広がる人、人、人……今宵の現場は、未だかつてない熱気に包まれていた。
……最高の、推理になりそうだぜ。
スポットライトは燦々と輝き、中央にいる探偵を全面から照らし出している。真っ白な光の中心にいた前田は、滴る汗を拭い、黙って唇の端を釣り上げた。曲調が変わった。彼ら5万の犯人たちの気迫に負けないように、前田は下腹部に力を込めると、もう一度力強くマイクを握りしめた。
「2階席! どうなんですか!?」
「うおおおおおおおおおおお!!」
大爆発が起こったかのような歓声が響き渡る。探偵のさらなる真実の追求に、会場のヴォルテージは最高潮に達した。ステージの端で警備していた警察たちが、その様子を見て唸った。
「まさか……ここにいる全員が犯人だったなんて……!」
「殺人事件イン武道館……!」
ステージ裏の動きが慌ただしくなって行く中、全て出し切った前田は、満足そうにステージ中央の床に『犯人追跡用マイク』を置いた。『犯人追跡用マイク』とは、探偵の必須アイテム(と前田は言い張っている)、『犯人を追跡するためのマイク』である。何故マイクなのか、またどうやってマイクで犯人を追跡するのかは、一切謎に包まれている。
ライブ中に歌いながら事件を解決すると言う、前代未聞の推理ショー。
約3時間ぶっ通しで推理し続け、ボロボロになった前田の姿に、会場はさらに力強い熱気で応えた。前田は疲れ切っていた。汗にまみれ、声はガラガラだった。ギターの弦を押さえ過ぎて、指が痛かった。正直楽譜すら読めなかったので、後半はほぼ即興だった。それでも彼の顔には、時折満足気な笑みすら浮かんでいた。会場が声にならない歓声で包まれる中、彼はゆっくりと、カーテンの後ろへと姿を消していった。
「先生!」
ステージ裏で待っていたのは、セーラー服姿の少女だった。前田が息を切らし汗を拭っていると、入り組んで置かれた機材の向こうから、レイラが彼の元へと駆け寄ってきた。
「お疲れ様です、すごいですね。まさか本当にライブ中に推理してしまうなんて……」
「ありがとう。音楽家兼探偵、ギターを振り回しながら事件を解決する。なかなか様になってたと思わないか?」
前田は白い歯を見せた。『探偵一本』で勝負することに限界を感じていた彼は、何か探偵に付加価値をつけようと、目下副業を模索中だったのである。
それで今回は、武道館でライブをしながら推理することになった。
レイラも珍しく笑った。
「見直しました。まさか先生に音楽的才能があったなんて……」
「なぁに、あれくらい大したことはないよ」
「すごかったですよ。まるでプロの演奏を聴いているみたいな」
「褒めすぎだよ。照れるじゃないか。CD音源だったからね。私は口パクで歌っていただけさ」
「えっ?」
前田探偵はレイラに近づくと、差し出されたタオルとペットボトルを受け取った。
「エアギターと、エアトリックでね。しかしこれほどの反響なら、今度全国ツアーもやってみようか」
「え……えっ?」
「今日此処に来てくれている5万人の犯人たちは……もしかしたらもう二度と、私の『推理ショー』に立ち会うことはないのかもしれない。そう考えるとね……自然と前に出る勇気が湧いてくるんですよ」
レイラが呆然としていると、前田が、頼みもしてないのに雑誌のインタビューみたいなことを言い始めた。すると、カーテンの裏から再び地響きのような歓声が聞こえてきた。
「……聞こえているかい? 『追加推理』さ。きっと説明不足だったんだ。犯人の皆が、私の推理をもう一度聞きたがってくれてるのさ!」
「えっ??」
そういうと前田はシャツを脱ぎ捨て、はにかんだように笑いながら、もう一度光の射す方へと歩いて行った。レイラは何だか釈然としないまま、『追加推理』に向かう探偵の背中を見送った。今宵も長い夜になりそうだった。
「……整理券を配布しますので、押さないで一列に並んでください」
数時間後。
会場の出入り口には、犯人たちによる長蛇の列が出来上がっていた。
圧巻の推理ショーに感極まっている者、納得の行かない表情を浮かべている者や、諦めてむしろ清々しい顔をしている者。出入り口で待ち受ける警察官から、番号の書かれた札を受け取り、彼らは順番に外で待つ送迎バスへと乗り込んで行った。34765番を受け取った柄の悪そうな男のひとりが、そばにいた警部に言い寄った。
「納得いかねえよ警部さん。俺ぁただ頼まれて、缶コーヒーを買って19番出口付近で飲んでただけだぜ。それで犯人だなんて言われても……」
「だが、指示されてやったことなんだろう? お前が缶コーヒーを飲んでいなければ、被害者はコーラを買わずに済んだ。全ては巡り巡って起こった、れっきとした犯罪なんだ」
「だけど……」
「僕は? 僕はどうなんですか?」
眉をしかめる男に割って入って、今度は神経質そうなメガネの男が警部の前に詰め寄って来た。
「21937番。君が27日のチケットをオークションで競り落とさなければ、3875番が会場入りすることはなかったんだ」
「嗚呼ぁー! そうだったのかぁー!」
21937番が悔しそうに崩れ落ちた。
犯人の行列でごった返す出入り口を傍目で眺めながら、レイラが、上半身裸の探偵にそっと話しかけた。
「……なんだか大変そうですね。そんなに大掛かりな事件だったんですか?」
「ああ」
前田が頷いた。
「今回の殺人事件の被害者は、明日此処でコンサートをやる予定だった、とあるバンドのヴォーカルなんだが……彼ひとりを殺すために、全国から厳選された5万人もの犯人たちが、一堂に集結したんだ」
「それにしても、集まりすぎでしょ。会場に入りきれてないじゃないですか」
「だが、その5万の小さな歯車ひとつ欠けても、今回の事件は成り立たなかった」
ずらりと並ぶ大行列を眺めながら、前田は小さく呟いた。
「誰かが窓を閉め切る。すると部屋が暑くなったので、別の誰かが冷房を入れる。そのせいで、また別の誰かがくしゃみをする。連鎖反応さ。彼らひとりひとりには罪の意識は少ないかもしれないが……彼らの行いが、巡り巡ってひとりの男の命を奪ったのは確かなんだ」
「なんだか途方もない話ですね……」
満足気に汗を拭う真田の隣で、助手のレイラが小さくため息を漏らした。彼は出入り口で検問を続けている知り合いの警部に近づいていった。
「猪本警部、それでは私は、この辺で失礼します」
「何言ってるんだ前田」
「え?」
やりきった表情で帰ろうとする探偵を、猪本と呼ばれたマフィア顔の警部がジロリと睨んだ。
「お前も重要参考人だぞ。お前がライブ会場を訪れなかったら、134番は動揺することもなく、犯行に及んでなかったかもしれないじゃないか。君の行いが巡り巡って、今回の事件を招いたんだろう」
「そんなこと言われても……」
困惑する前田に、警部は整理券を差し出した。
「ほら、35621番だ。今取調室は、24日と37時間待ちだ。言っとくが、これでもまだ早い方なんだぞ。5万人近くいるんだからな」
「え!? 私も並ぶんですか!?」
「当然だ」
驚く前田に、横からやってきた刑事達が素早く手錠をかけ、バスへと促した。
「ちょ、ちょっと待って……私は本当に、ただライブをしにきただけで……」
「分かってるよ。大体犯人は最初『私はただ……』なんて言い逃れようとするんだ」
「違いますよ!」
連行されていく前田を、マフィア顔の警部が怖い顔で睨んだ。
「観念しろ! 毎回毎回行く先々で事件に巻き込まれやがって。探偵が現場に赴かなければ、殺人は起きなかったかもしれないんだ!」
「そんな無茶な……レイラ君!」
前田はひとり帰ろうとするレイラに助け舟を求めた。
「君からも何か言ってくれよ。私が犯人なはずないじゃないか!」
「……確かに先生は、人が死ぬと目を輝かせて元気になりますね」
「人聞きの悪いことを言うなッ! 『事件が起きると』、だ。探偵だからな。人が死んだから元気になってる訳じゃ断じてないッ!」
「じゃあ先生、私、明日部活早いんで……」
「待ってくれ! レイラ君、そんな……ぎゃああッ!?」
こうして約5万人の犯人が逮捕され、事件は終わった。屈強な男たちに揉みくちゃにされる前田を見送って、レイラは欠伸をしながら家路に着いた。
〜Fin〜