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◯◯◯◯探偵  作者: てこ/ひかり
幕間
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幕間

 この世にゃ神も仏も無い。


 彼女が死んだ時、男はそう思った。死んだ……いや、殺されたのだ。些か物騒だが、男はそう信じていた。警察も、加害者も、裁判所も……もしかしたら本人でさえ……「あれは事故だった」と口を揃えて言うかもしれない。だとすればそう言う不慮の事故を生む制度に、社会の仕組みに、人々の心の油断に、彼女は殺されたに違いない。とにかく男は手当たり次第、目の前のものを憎んだ。


 あのまま幸せな日々が続いていくのだと信じていた。しかしそうはならなかった。彼女が一体何の罪を犯したと言うのか? 他に……他に死ぬべき人間など、大勢いるのではないだろうか。裁かれるべき悪人がのうのうとのさばり、何の罪もない人々の命が奪われるなど、神などいない、いたとしても神が盲目である何よりの証拠ではないか!


 だが男がどれほど何かを憎んだところで、世界は何一つ変わりはしなかった。嘆いたところで、彼女が生き返る道理もなかった。


 驚くべきことに、非常に驚くべきことに、たとえ誰かが亡くなったところで、この世界は少しも速度を変えず回り続けるのだった。彼女が死んだと言うこと以外、この世界は至って平穏そのものだった。朝の通学路には気怠そうな学生がたむろし、眠たそうなサラリーマンの群れが電車の中に吸い込まれて行き、昨日と変わらない街並みが、何事もなかったかのようにゆっくりと動き出して行く。


 誰も彼女が死んだことさえ知らないのだった。その様子を、何とも不思議な気分で男は眺めていた。


 どれくらい歩いただろうか。そもそも自分がいつ家を出たのか、一体今何時なのかさえ分からない。ふと気がつくと、男は駅前の大画面広告の下にいた。辺りは薄暗く、人は見当たらない。


 大音量に驚いて顔を上げると、華やかな化粧品や車の宣伝が目に痛いほどの光を放っていた。男は目を細めた。

何故彼らは笑っているのだろう? 

分からなかった。たとえ世界中の誰が亡くなったって、いや人類が滅亡しようが、あの広告の中の男女は明日も変わらず笑っているのだろう。まるで異国の出来事のようだった。ふと画面が切り替わり、映像は定時ニュースへと移った。


『……難事件を見事解決したのは、ご存知名探偵の……』


 ……探偵?


 どうやら何処かで起きた殺人事件のニュースらしい。無事解決したようで、画面の向こうでは、探偵と思しき若い男が報道陣からフラッシュを炊かれしきりに顔を綻ばせていた。


 探偵。


『……行く先々で事件に遭遇する彼は、巷では”死神”とも呼ばれ……』

『ちょっと勘弁してくださいよぉ。変なあだ名で呼ばないでください!』


 スタジオからどっと笑い声が溢れて来た。相変わらず何故笑っているのか分からない。男の目は次第にその探偵へと吸い込まれていった。


『でもきちんと解決するんですから凄いですよね?』

『それはもちろん、宿命だと思っていますから。これからもどんな難事件だって、きっと解決してみせますよ』


 カメラ目線の探偵と目が合った。男は目を逸らした。思わず嗚咽を漏らす。


 ……何が探偵だ。


 事件を解決?

 

 気がつくと男は拳を握りしめていた。膝から崩れ落ちながら、ブルブル震える手を、彼はコンクリートの地面に叩きつけた。


 ……ふざけるな!


 ……彼女は助けてくれなかったくせに!

 

 あんまりじゃないか。こんなの、あまりに不公平すぎる。探偵だかなんだか知らないが、そんなに頭が良いんだったら、何故彼女を救ってくれなかった? 人がひとり殺されてるってのに、何故彼らは笑っていられるんだ? だったら彼らは本物の死神だ。死体に群がり、それを喰い物にする……。


 手の甲にはじんわりと血が滲んでいた。だが不思議と、痛みは感じない。もう哀しみも過ぎ去っていた。代わりにフツフツと湧いて来た怒りが、殺意の門を開くまで、それほど時間はかからなかった。


「探偵……」


 画面が次のニュースに切り替わるまで、男は食い入るようにその顔を見つめ、記憶に刻みつけた。

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