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◯◯◯◯探偵  作者: てこ/ひかり
第一幕
2/28

漫画家探偵

「教えてください、K先生」


 静まり返ったパーティ会場に、探偵の声が(こだま)した。会場に集まった面々は、壇上でがっくりとうなだれるひとりの女性に注目していた。女性は漫画家だった。今宵は世界最高峰の漫画賞である『ツェズカ賞』の受賞パーティで、大勢の人気漫画家たちがこの会場に集まっているのだった。今回の悲劇はそこで起こった。


「どうして貴女は愛する編集者を……あんな構図で殺してしまったのですか?」

「あの人が悪いのよ!」


 探偵の……前田”負”家の問いかけに、頭にハイビスカスを付け、真っ赤なドレスで着飾ったその女性が金切り声を上げた。


「あの人が、私の漫画を10週で打ち切りにするって言うから……!」

「それで彼の人生を、打ち切ってしまった訳か」


 前田はそう呟き、惨劇の現場を振り返った。会場の後ろには、クリスマスツリーがあり、今回の『漫画編集者バラバラ殺人事件』の被害者が、細切りになって飾られているのだった。人気漫画家のMが呻いた。


「なんて奇想天外な構図なんだ……!」

「ホントね」


 新人少女漫画家・Sも頷いた。


「全く思いつきもしなかったよ。こんな構図で……人が死んでいるだなんて!」

「見て。まるでコマで割ったみたいに……頭や胴体が、綺麗に飾られているわ!」

「平凡なトリック……しかし素晴らしい構図!」


 包丁で編集者をバラバラにすると言う、トリックとも呼べない犯行だったが、しかし漫画史上類を見ない構図に、歴戦の漫画家たちは震え上がった。前田は、天辺の、星の位置に飾られた生首を眺め、ゆっくりと目を細めた。


「まるで漫画みたいな殺し方ですね」

「そう言われると、あの手首、デッサンにぴったりだな」


 ベテラン漫画家のTが、もみの木の右側に引っかかった手首を見て唸った。やがて集まった漫画家たちはそれぞれ、殺された名物編集者の、お気に入りの部位をデッサンし始めた。


「やれやれ。これで一件落着だな」


 長い夜となったが、ようやく犯人が罪を認めた。無事推理ショーは終わり、会場では今、デッサン大会が始まっている。前田は小さくため息をつき、帽子を深く被りなおした。

 今夜の前田はトレードマーク(と本人は言い張っている)の巨大なバケツサンハットではなく、ベレー帽を被っていた。彼は『容疑者似顔絵用Gペン』でぽりぽりと鼻頭を掻き、鼻筋に赤と黒の線を作った。


「痛ぇ!」

「先生、真面目にやってますか?」


 その様子を見て、隣にいた麗矢レイラが、ジロリと前田を睨んだ。


「やっているとも、レイラ君。現に事件はつい先ほど解決したじゃないか」

「しかし……何故そんな格好を?」

「見て分からないかい? これはね、漫画家のユニフォームだよ」

「はぁ……」


 ボロボロのベレー帽。牛乳瓶の底みたいな分厚いメガネ。そして、何故か吸えもしないパイプを咥えている前田を、彼の助手・レイラが白い目で見つめた。


「小説家の次は、漫画家ですか」

「だってレイラ君。小説家兼探偵は世の中に数多く存在すれど、漫画家兼探偵はなかなか珍しいと思わないか?」

 前田は目を輝かせた。『探偵一本』で勝負することに限界を感じていた彼は、何か探偵に付加価値をつけようと、目下副業を模索中だったのである。


「そりゃあ……」

 レイラは少し考え込むように目を伏せた。


「目の前で殺人事件が起きてるのに、それを嬉々として漫画にしてたら、正直引きます」

「確かに……ある意味犯人より最低かもしれないな。しかし……」

 前田は少し顔をしかめた。

「おかげでこんな事件に巡り会えたんだ。今回の事件を是非連載にして、私の名声を世の中に広めてもらおう!」

 印税もガッポガッポだ! と前田は顔を綻ばせた。欲望を包み隠そうともしない前田を、レイラは半ば呆れたように諭した。

「でも、解決したって言うより、完全に巻き込まれたって感じですけど」


 死体発見時、漫画家たちが狼狽え、デッサンを始める中、たまたま取材で来ていた前田にお鉢が回って来たのだった。


「教えて……探偵さん」

 中堅漫画家の犯人が、ゆっくりと顔を上げた。


「どうして私が犯人だって分かったの? 司法解剖から、編集が殺されたのは5日前。5日前の私のアリバイは完璧だったはず。それなのに……」

「巻末コメントですよ」

「巻末コメント?」


 犯人が意外そうに目を丸くした。


「ええ。雑誌の後ろの方に、よく『※作者取材のため休載します』と告知されているでしょう?」

「別に休載を告知するためのページじゃないんですけどね」

 レイラが口を挟んだ。

「先週、あそこにK先生の作品は『※取材』となって、載っていなかった」

「それは……」

「しかし先生。殺された編集者のひとりが、ちょうど5日前、貴女とバカンスに行っている写真をSNSにアップしているんですよ!」

「! そ、そんな……!」


 前田がスマホを取り出し、再生ボタンを押した。するとそこには、陽気な音楽とともに、犯人が情熱的なダンスを踊る姿が、克明に写っていた。前田が犯人に詰め寄った。


「どうしてですか? 先生ともあろうお方が、『※取材』と称して、本当はワイハーのビーチでアロハダンスを踊っていたなんて……」

「そこじゃないでしょう。もっと殺人を犯したことを重点的に責めてください」

 レイラが口を挟んだ。

「先生ともあろうお方が、殺人を犯すだなんて……」

「うぅ……ごめんなさい……」


 犯人は観念して、泣きながら、音楽に合わせ、ゆっくりとアロハダンスを踊り始めた。


「仕方なかったの……あの作品……『一分間彼女』は、私が命をかけて来た作品なの。だけど、私は筆が遅いから、いつも締め切りギリギリで、毎回毎回原稿を落としそうになって」

 ハイビスカスを靡かせ、犯人が悔しそうな顔をした。

「そうしたら彼が……ビーチで『あと10週』とか言い出したの。きっと、私が筆が遅いから! 会議で決まったんだわ。でもそんなの、読んでるファンにも、作品の中で生きているあの子達にも申し訳ないじゃない! まだ打ち切られる訳には行かない。そう考えたら、もう、彼を殺すしか……」

「K先生」


 前田が少し寂しそうな顔をした。何を隠そう、彼は犯人の漫画の、大ファンだったのである。


「いくら打ち切られそうだからって……編集者殺しと、原稿落としだけは、漫画家のご法度ですよ」

「……編集者を殺すか、原稿を落とすか、2択なんですか?」

 レイラが口を挟んだ。前田が続けた。


「K先生。心の中にまでスクリーントーンを貼って、自分で自分を曇らせないように……」

「心に……トーンを?」

 犯人が首をひねった。

「先生。無理やり専門用語で上手いことを言おうとして、逆に良く分からなくなってます」

 レイラが口を挟んだ。

「失礼。心の中にまでベタを塗って……」

「先生!」


 やがてアロハダンスが終わった。警察が到着し、犯人は潮の香りを残して、パトカーで連行されて行った。夜空には満天の星が輝いていた。その様子を眺めながら、前田はぽつりと呟いた。


「しかし恐ろしい業界だな。原稿が完成しなければ、編集者を殺すしかないだなんて……」

「そうですね」

 レイラはもう、余計な口を挟まなかった。流すことにした。

「あれほどの激務の中、探偵もやろうって言うのは、ちょっと難しいかもしれない」

「そうですね」

「たとえ締め切りを過ぎたって……心の中の締め切りは、自分だけのものなのにな」

「そうですね」


 星が綺麗だった。それから前田はまだしばらく何かごにょごにょ言っていたが、一夜明けたら、レイラは全く覚えていなかった。


〜Fin〜

 

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