芸術家探偵
「一体どうして、私が犯人だと……?
教えてくれ探偵さん。何故分かったんだ? 私の計画は完璧だったはずだ。完全犯罪……奇抜なトリック、揺るぎないアリバイ、動機、凶器、人間関係……どれを取っても抜かりはなかったはずなのに! どうして分かったんだ!?
私が彼女を殺すまでに、何年計画を練ったと思う?
3年だよ。
何年も何年も、刑事ドラマやミステリー小説を何冊も読んで研究に研究を重ね、内容をアップデートして行った。練りに練ったトリックは、もはや芸術と呼べる代物だった。優れた殺人は人を惹きつけてやまないのさ。人間の、生と死がほんの一瞬混じり合う、刹那を切り取った絵画のような……。それを君のような若造が……探偵だか何だか知らないが、批評家ごときが、私の作品を土足で荒らすんじゃあないッ!
あれほど魅せ方にもこだわったのに……彼女の死体を見た時、君は息を飲んだだろう?
最期まで計算され尽くした美。
死ぬことが、生きることを超えた瞬間。あれこそ芸術さ。
フフ……なにも自己満足や自己陶酔に浸っていた訳ではないぞ。こちとら何年もかけてデータを分析したからな。スポットライトの当て方、滴る血の量、リズム、スピード、視聴率、再生回数、性別・年代別の分析、時間帯の分析、リピーター率……。
最も効果的に人の目に止まるよう、わざと過激な見出しをタイトルに掲げたり……何度も何度も実験した。凶器も厳選しこだわった。効果がないと分かった部分を削り、何が最も警察関係者を怒らせ、容疑者たちを震え上がらせるか、死の演出をブラッシュアップしていった。何? 既存の価値基準を意識しすぎて、独創性がなくなっているだって? ……フン。君に芸術の何が分かる。
昔の方が荒削りだけど個性があった? 下手な知識を持った分、既存の作品と似たり寄ったり?
な、何を馬鹿な……知ったような口を! いいかい? ミステリーというのは日々進化しているんだ。予算にしてもそうさ。
ん? 嗚呼、予算だよ。芸術と予算は切っても切れない関係なのさ。大体、私がミステリーを読んでいて一番謎だったのは、『こいつらどこからその予算が出ているんだ?』ってことだ。
あまりにも浮世離れした豪奢な建物!
規模が大きすぎて、明らかに制作費がかかり過ぎるトリック!
豪華客船だの特殊な毒薬だの、それを用意するのに、一体いくらかかるんだ!?
私に言わせれば、あれは芸術でもなんでもない。お金をかければ大きなものができるなんて、そんなのは分かり切ってるし、何より下品だよ。庶民的じゃない。あんなものは、所詮成金のお遊戯会さ。それじゃあ何の参考にもならない……その点私のトリックは、誰にでも再現可能なよう、コストパフォーマンスを最小限に抑えてある。材料も、ご家庭で用意できるものがほとんどであり、決して手の届かない代物はない。何? そうやって予算をケチったからトリックを見破られた? ……フン。君に資金繰りの難しさが分かるものか。
本当にトリックが再現できたら困る? 浮世離れの虚構を楽しんでいるって?
な、何を馬鹿な……知ったような口を! これ以上私の作品を侮辱するんじゃあないッ!
まぁ良いか……凡庸な者には芸術の価値など分かるまい。
そもそもミステリーというのは、決して主流にはなり得ない分類なんだ。例えば君は、小説と言われて何を思い浮かべる? 普通の人は、教科書に載っているような純文学、あるいは幻想文学恋愛小説……。ミステリーやSFと言った娯楽性の高いジャンルは『こんなものは文学じゃない』と不当に扱われてきた歴史があるのだよ。
な、何を馬鹿な……知ったような口を! え? まだ何も言ってない? そうか……。
つまり、だ。
私が言いたいのは、学問の方が娯楽より価値が高いと決めつけるのはあまりにも極論であり……勉強が好きで研究に没頭しているような輩は、本人は楽しんでやってるんだから、あれはあれで遊んでいるようなものだ。逆に楽器の弾き方だったり、絵の描き方、演技の稽古……娯楽にはいくらでも研究する要素学ぶ要素がある。正当には評価されにくいミステリーだが、だからこそ我々は業界の開拓者として……」
「先生……」
「……真の芸術家として、これからも日々新たに……」
「先生、そろそろ終わりそうです。起きてください」
「ん? あぁ……」
「もうすぐ犯人の語りが終わります」
「あぁ……長かったな」
前田が欠伸を繰り返した。犯人が動機を語り始めて、途中眠くなり、安楽椅子で仮眠を取ることにしたのだ。そこまでは覚えている。
「『教えてくれ探偵さん』までは聞いていたんだが。おかげでよく眠れた」
「そんな……もうちょっと動機も真面目に聞いてあげてくださいよ」
「語ったところで、殺された人が生き返る訳でもないしなぁ」
レイラが隣で、不真面目な探偵をジロリと睨む。前田は肩をすくめた。
「大体、理解できる動機の方が少ないだろう」
「芸術がどうとか言ってましたよ」
「そうか……芸術を突き詰めた結果が、人の命を奪う行為だなんて、哀しい結論だな」
今回の事件……犯人が大いに語ってくれたので、今更補足することもないだろうが、とにかく解決できて何よりだった。
「しかし良く分かりましたね? 本当に複雑なトリックで……この事件は流石に先生にも解けないんじゃないかと心配していましたが」
「あぁ……正直に言うと、実は私も良く分かっていなかった」
「え?」
レイラが前田を見つめ返した。前田はまだ眠そうに首をさすった。
「当てずっぽうのカマかけだったのさ。だって、芸術とか良く分かんねぇし……なんとなく犯人っぽい人を指差してみたら、向こうがベラベラ喋ってくれたんだ」
「当てずっぽうって……それで良いんですか」
「解決したんだからそれで良いじゃないか」
前田は、まだ語り足りないとばかりに大声を張り上げている犯人を見遣った。
「きっと犯人も、ゲージュツ的な犯罪とやらをやってのけて、早く他人に見せたくて、動機を語りたくて仕方なかったんだろう。おかげでこっちは省エネできた。めでたしめでたし、じゃないか」
「うーん……なんだか納得できませんが……」
レイラは首をひねった。前田は安楽椅子に身を預けたまま、芸術的なショーを眺めていた観客のように、中央にいた犯人にひとり拍手を送るのだった。
〜Fin〜




