ネタ切れか?探偵
「あ、先輩!」
前田が『名探偵御用達カフェ』で佇んでいると、向こうから知った顔がひょっこり現れた。前田の後輩で、明智という男だった。いや、まだ少年と呼んだ方が良いかもしれない。小柄で、10代の、初々しい明智少年は、将来探偵になるために夜間の『探偵学校』に通っている。前田も大学卒業後、その『探偵学校』に通ったことがあり、そこで彼と知り合ったのだった。
「前田先輩、隣、良いですか?」
それほど人気のない店内では、ゆったりとした音楽が流れている。白いブラウスにロングスカートという出立ちで、明智秀がはにかんだ。
トランスジェンダー……彼には女装癖があり、それは、同じく探偵を営んでいる彼の姉・明智光との『ある事件』に起因しているのだが……話すと長くなるのでここでは割愛する(『ぶっ殺す探偵』参照)。とにかく前田にとっては、別に何の癖があろうが、可愛い後輩なのである。
「秀くん。元気にしてたか?」
「はい!」
明智少年が屈託のない笑顔を見せた。
「あ、この間先輩の書いた推理小説・『誰も死なない殺人事件』、読みましたよ。死ぬほどつまらなかったですね! 危うく僕が死ぬところでした」
「おぉいッ! 君の方こそいきなり心臓を突き刺して来るなぁ。コイツめ、ハハハ!」
「まぁ半分冗談として」
「半分本気なのか」
明智少年はストロベリーアイスパフェを注文した。
「とにかく、君が元気そうで何よりだ」
「はい。まだまだ僕は新米なので……こんなところで根を上げてちゃ、先輩や、後輩に顔向けできませんよ。でも……」
前田の隣に座った明智が、カウンターから身を乗り出した。
「先輩は、大丈夫ですか? 難しい顔をして……何か事件ですか?」
「ん……」
前田は少し疲れた顔をして、首を振った。
「いや……すまない。厄介な事件を抱えている訳ではなくてね。ただ……」
「ただ?」
「なに、君に話すようなことでもないんだが……」
「水臭いですよ、僕と前田さんの仲じゃないですか!」
「あんまり大きな声で強調しないでくれ。妙な勘違いされても困る」
「勘違い?」
「いや……」
赤いカチューシャの良く似合う、明智少年が前髪をくるくると指で弄り、つぶらな瞳で前田を見上げた。前田は仕方なく話すことにした。
「何というか……副業探しの方で、最近行き詰まっていてね」
「あぁ……」
明智が頷いた。
探偵一本でやっていくことに限界を感じていた前田は、探偵+αを探して、目下副業を模索中なのであった。だが顔色を窺うに、依然としてこれといったものが見つかった様子はない。『一行目探偵』、『頭ファンタジー探偵』など、同期の探偵たちが華々しくデビューしていくのを祝福しつつ、当の前田は未だに燻っていたのだった。
「だけど、前田さんだってちゃんと事件は解決してるじゃないですか」
明智が肩を落とす前田を慰めた。
「それだけでも全然すごいですよ!」
「けど、それだけじゃなあ……。こんなこと言っちゃいけないんだが、最近現場に行っても、ため息ばかり出ちゃって。『キャラクターが弱い』って、いっつもダメ出しされているんだ」
「キャラクター……ですか」
「探偵として名を馳せるためには、何か特徴がないダメだと思うんだよ」
「特徴……」
明智少年は少し考え込むように口元に手を持ってきた。
「だったら女装してみるとか」
「君と被ってるじゃないか」
「いっそ振り切って、『楽天家』探偵なんてどうでしょう?」
「『楽天家探偵』?」
聞きながら、前田が珈琲を口にした。
「はい。ため息ばかりで暗い顔じゃあ、やっぱりどうかと思いますからね。もっと楽天的に、明るく元気に、満面の笑みを浮かべながら現場入りしてはどうでしょう?」
「明るいのは良いんだが……殺人現場に、満面の笑みを浮かべながら入って来たら、おかしな奴だと思われないか?」
前田は首を捻った。明智が白い歯を見せて笑った。
「そこは持ち前の明るさでカバーです。『皆さん落ち着いてください! 大丈夫、犯人はこの中にいる、殺されたってきっとなんとかなりますから!』」
「それでなんとかなったら探偵はいらないよ。楽天家っていうか、妄想の域だよ、それ。それに私は、元々明るい方でもないし」
からん、と前田のグラスの中の氷が鳴った。
「じゃ、『毒舌家探偵』っていうのは?」
「『毒舌家』……」
「『許さんぞ犯人! 絶対ぶっ殺してやる!』」
「それじゃ本末転倒じゃないか! こっちが殺してどうする!?」
それって毒舌なのか? と前田はさらに首を捻った。
「『無許可探偵』」
「キャラ付けの方向性が、何処か犯罪的なんだよな……」
「『マトリョーシカ探偵』」
「私は人形か?」
「『ヒト科探偵』」
「確かにその通りだけれども! もっと他に、特筆すべきことあっただろう」
「『マンネリか? 探偵?』」
「ん……!」
「『ネタ切れか? 探偵?』」
「んあ……あぁ……!」
「『もう終わりか? 探偵?』」
「あぁ……あぁ……!!」
「『スランプか? 探偵?』。『もうギブアップか? 探偵?』。『またそのパターンか? 探偵?』。『もう潮時じゃないか? 探偵?』……」
「最後に『か』を付けてるだけ!!」
気がつくと、前田は泣いていた。
「……頼む、売れない作家志望の心臓を握り潰すようなことを言うのはやめてくれ」
「あ……す、すいません!」
明智少年がハッと我に返り、申し訳なさそうに俯いた。
「色々アイディア出ししてたら、つい……」
「やれやれ。君の方がよっぽど毒舌家だよ、コイツめ、ハハハ!」
トランス状態から復帰した明智少年と別れ、前田はノロノロと自分の探偵事務所に戻った。一日中カフェで頭を捻っていたが、結局、名案は思いつかなかった。現状、このままだ。軋む音を立てて事務所の扉を開くと、レイラがソファに腰掛けて前田の帰りを待っていた。
「お帰りなさい、先生」
「あぁ……ただいま」
「事件の依頼が届いてますよ」
「本当かい?」
見ると、机の上に茶封筒が置かれている。前田は椅子に腰掛けながらそれを開いた。
「全く、ありがたいことだ。私は一向に売れる気配もないが、こうして依頼だけは途切れずにいるんだから……」
「それ、明智くんからですよ」
「え?」
前田が驚いて顔を上げた。一瞬、事務所の中が静まり返る。レイラは表情を変えず、小さく頷いた。
「先生の後輩の、明智秀くん。この頃いつも事件を回してくれてるんですよ。先生が仕事に困ってるから、って」
「なんだって……そんな。そんなの受け取れないよ」
前田は天を仰いだ。
「秀くんだってまだ駆け出しだろう。早く言ってくれ。そんな、こっちに気を使う必要ないのに。困ってない、私は全然困ってない……ただ借金が、ちょっと億単位であるだけだ。困りものなのは、むしろ私のおつむの方だよ」
「そうですね」
「そこは否定してくれないのか」
前田は少し哀しそうな顔をした。
「どうしますか?」
「とにかく……」
明智少年が気遣ってくれているのが伝わって、前田はちょっと申し訳なく、そして胸の奥が沁みる思いだった。
「それは丁重にお返ししといてくれ。いや……彼と一緒に、この事件を解くのも良いかもしれない。やれやれ。そんな風に元気付けられちゃ……私もこんなところで、根を上げてる訳にはいかないな。レイラ君、帰った早々悪いが、準備を頼む。急いで出かけよう」
金髪の助手はすでに、トランクに必要十分な荷物を詰めて待機していた。レイラが静かにほほ笑んだ。
「先生、久しぶりにやる気ですね」
「なんだって? 何を言う、私はいつもやる気じゃないか」
夜になり、ぽつ、ぽつと橙色の街灯が路地に灯り始めていた。外はもう肌寒い。前田は颯爽と『探偵用コート』を羽織ると、再び扉を開き、レイラと共に外へと飛び出して行くのだった。
〜Fin〜
ぶっ殺す探偵
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一行目探偵
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頭ファンタジー探偵
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リンク貼れなかった……。他作品ですが、もし気になった方がいたら、読んでいただければ幸いです。




