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◯◯◯◯探偵  作者: てこ/ひかり
第二幕
15/28

細分化探偵

「本日はお忙しい中集まっていただき、申し訳ございません」

「全くよ」


 真っ赤なスーツに身を包んだ女が、イライラとハイヒールで踵を鳴らした。


「コッチは仕事詰まってんだから……早くしてよね」

「わざわざ我々全員を現場に集めたのには、ちゃんと意味があるんだよな?」


 その隣にいた人物が、皆に声をかけた男を、訝しげな目で睨んだ。


 集まった数十名の関係者に囲まれたその男…前田”負”家……は、バケツサンハットを深く被りなおし、静かに笑みを浮かべ、ゆっくりと彼らに告げた。


「ええ、もちろんです。分かったんですよ、この事件の犯人がね……」



 真っ赤なランプがそこら中でぐるぐると回転している。

閑静な住宅街は、今や人でごった返していた。集まったパトカーが、けたたましくサイレンの音を唸らせていた。

と、一軒の住宅から、大勢の警察官に連れられ、ひとりの男が現れた。がっくりと項垂れ、顔は見えない。両腕には銀色の手錠が付けられている。道端で関係者全員が見守る中、先ほど見事探偵にトリックを暴かれた犯人が、しおらしく警察に連行されて行った。住民を悩ませていた殺人事件も、これにてようやく一件落着。事件を解いた探偵・前田はひとり満足げに頷いた。


「先生、お疲れ様です」

 一仕事終えた前田のそばに、成り行きで助手をやっている、麗矢レイラが寄ってきた。

「嗚呼、ありがとう」

 前田は白い歯を見せた。

「しかし厄介な事件だったな。厄介過ぎて、内容が全く思い出せず、あっという間に犯人逮捕だ。まるで自分が推理小説の、解決編だけを演じているような気分だよ」

「考えすぎですよ、先生。まさかそんな……」

 レイラも思わずほほ笑んだ。問題編がなく、解決編だけでミステリーを作ろうなど、どれだけ怠惰な小説家であろうか。


「ちょっと待ってくれ」

 前田が一息ついて帰り支度を整えていたところ、先ほどの関係者の一人が近づいて来て、不思議そうに探偵に尋ねた。


「今の事件……人間ドラマはどこにあったんだ?」

「はい?」

 前田が、男の言葉の意味を図りかねて首をひねった。


「ドラマ?」

 男が頷いた。

「嗚呼。だってそうだろう? 殺人事件と言えば人と人とが織りなす人間ドラマじゃないか」

「はぁ」

「なのに逮捕された男が語った動機と言えば、『金持ちを狙った』……これじゃ、何の面白みもないよ」

「そう言われても……」


 大半の動機は金銭トラブルか人間関係ではないだろうか。前田が返答に困り果てていると、さらに横からもう一人、別の男が顔を突っ込んできた。


「俺だって、今日は奇想天外なトリックが見られると思って、わざわざ商談を抜け出してきたんだけどな」

「奇想天外、ですか」

「正直言って拍子抜けだね。蓋を開けてみれば、使い古された密室トリックを現代風にアレンジしただけ……」

「まぁ、そんなものなんじゃないでしょうか? 実際の殺人事件なんて……」

「ちょっと待ってよ。私なんて、事件にまつわる男女の愛憎劇が見たくて、出張先から飛ばして来たのよ!?」


 するとその脇で、今度は赤いスーツの女性が、悔しそうにハンカチを噛んだ。


「なのに何で関係者全員、誰も恋愛関係に発展してないのよ! バカじゃないの!?」

「ですが、今回のは衝動的な犯行でしたので……」

「”殺そうとしたら好きになった”くらいのミラクルを見せなさいよ! 根性なし!」

「それが出来たら、そもそも殺人事件は起きてない……」

「バカ女め。安っぽい恋愛ドラマが見たけりゃ、それ専用のチャンネルがあるじゃろうが」

 気難しそうな白髪のお爺さんが、ヒステリックに喚く女性を横目にフンと鼻を鳴らした。


「それよりも、ワシは時代劇ばりのお裁きが見たかったんじゃがね」

 お爺さんは探偵を期待の眼差しで見つめた。

「お裁き……ですか」

「そう、そうじゃよ。悪人が正しく裁かれるのを見て、スカッとしたいんじゃよ、スカッと!」

「だって、正しく裁かれたじゃないですか。警察に捕まって」

「だがのぅ、今のままじゃ、何とも歯切れが悪い。そこでだ。ここは一つ、今からでもワシを唸らせるような”探偵が事件の最後によく言う名言っぽい一言”を言ってくれんか?」

「いや言いにくいですよ! そんな風に言われちゃ!」


 お爺さんの雑なお願いに、前田が困惑した。

「神よ……」

 すると突然、怪しげな壺を抱えた関係者の一人が、道端で膝をつき神に祈りを捧げ始めた。


「ちょ……貴方は貴方で、いきなりどうしたんですか?」

 前田はぎょっとした。

「今度は何なんですか!?」

「神よ。その御心によって、我々に平和をもたらしてくれて感謝いたします。今回の事件解決で、またひとつ世界が平和に近づきましたね」

「何が世界平和だよ」

 信心深い男に、関係者の一人が突っかかって、たちまち辺りは騒然となった。


「平和がどうとか、ミステリーにそんな大げさなもん求めてねえよ。それより人情ドラマを見せろよ、ドラマをよ」

「いやいや。ドラマよりも、誰も見たことないような度肝を抜くトリックを……」

「だって男と女がいるんだから、恋愛関係があってしかるべきでしょ!? この際男と男でも良いわよ!」

「誰が何と言おうと社会派じゃ、社会派!」

「何を言うんですか。世界平和こそ、我々人類の、壺神様の願い……」

「ちょ……ちょっと待ってください皆さん!」

 ストップをかけたのは、少女だった。関係者に囲まれていた前田を見かねて、横にいたレイラが、とうとう大声を上げた。


「皆さん……殺人事件に対する要求が多すぎます!!」

 レイラの剣幕に、取っ組み合っていた関係者たちが静まり返った。


「細か過ぎます! いいですか皆さん、人が、死んでるんですよ!? なのにトリックがどうだとか、動機が安っぽいとか……そんなこと、気にしてる場合じゃ無いでしょう!?」

「レイラ君……」

「先生は事件を解決するだけで手一杯なんです。先生は、誰かをスカッとさせようとか……世界を平和にしようだなんて大それたこと、考えてません。先生は普段から何にも考えてません」

「レイラ君……!」


 気がつくと、レイラの瞳にキラリと光るものが浮かんでいた。どうやら前田が追い詰められているのを見て、感情が爆発してしまったようだ。その姿に、関係者たちは皆バツが悪そうに俯き加減で押し黙った。


「先生は探偵ですけど、”名言”なんて言ったことありません……それどころか、実のある発言は今まで一度も……」

「レイラ君……」

 それは少し言い過ぎじゃないか、と前田は思ったが、言い出せなかった。

「先生は……先生は……」

 レイラは泣いていたのだ。ポロポロと涙を零す少女に、誰もがかける言葉を失った。その姿を見て、白髪のお爺さんの頬を、つう、と一筋の涙が伝った。


「名言じゃ……」

「……は!?」

「探偵なのに最後に名言をあえて言わないという……逆説的名言……!」

「何ですか、それ?」

「俺、何だか感動しちゃったな」

 ポカンと口を開ける前田の横で、関係者の一人が目頭を抑えて天を仰いだ。


「何だかよく分からないけど、胸がジーンと来ちゃったよ。人が人に感動するって、こう言うことなんだろうな」

「はぁ……?」

「私、何だか貴女のこと、好きになっちゃったかも」

 すると赤いスーツの女性が、何故か顔を赤らめてレイラの手を取った。

「この際、女と女でも良いわよね……?」

「え? ちょ……」

「凍っていた人の心を溶かす、熱の込もった一言。これこそ、誰も予測し得ない、奇想天外な愛のトリック……」

 気がつくと、自然と拍手が沸き起こっていた。怪しげな壺を抱えた男が、嬉しそうに声を張り上げた。


「さぁ! 皆さんで壺神様に祈りを捧げましょう!」


 それから関係者たちはレイラを胴上げした後、全員で道端に膝をつき、それぞれの神に祈りを捧げた。一時だが、世界は平和に包まれた。空からは暖かな光が降り注ぎ、野鳥の囀りや、川のせせらぎが心地よい音楽となって耳を撫で、人々は胸から湧き上がる多幸感とともに……

「ちょっと待ってください」


 大団円を迎えようとする集団に、前田が声を張り上げた。


「私はどうなるんですか?」

「誰だ君は」

 白髪の老人がジロリと前田を睨んだ。

「誰って……事件を解決した探偵ですよ。今回の主役じゃないですか」

「オイオイ。ニューヒーローの……ニューヒロインの誕生だぞ。君なんかお呼びでないよ」

「そんな……犯人を捕まえたのは私なのに……」

「先生、私たち今から事件の打ち上げに行くので……」

「レイラ君」

 レイラが前田のそばに駆け寄ってきて、ほほ笑んだ。

「……先生は事情聴取、しっかりお願いします」

「レイラ君!」

 

 呆然とする前田を置いて、集団はレイラを連れて、事件解決のお祝いへと向かった。それから後日、前田の探偵事務所に、打ち上げの請求書が大量に送られてきた。


〜Fin〜

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