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◯◯◯◯探偵  作者: てこ/ひかり
第二幕
14/28

情熱家探偵

「探偵に最も必要な能力って何だと思う?」

「…………」

「やっぱり頭脳? それとも行動力? 事件に巻き込まれる”巻力”かな?」

「…………」

「でもね……実はどれも違う。本当は……”情熱”なんだよ」

「…………」

「”やる気”、”根性”……”情熱”。それがなければ……たとえどんな事件を前にしても、無意味だ。だから私たち探偵は、常に”情熱”を持って捜査に当たらなければならないんだよ」

「何の宗教ですか?」


 そこでようやくレイラは読んでいた学術書から顔を上げた。玄関先で、前田が腰に手をあて仁王立ちしていた。昼過ぎ、探偵事務所へと出勤して来た前田は、無駄に笑みを浮かべ、いつになく目を輝かせていた。


「おはよう! レイラ君!」

「おはようございます先生、でも、もう昼過ぎですよ」

 探偵事務所が開くのは朝10時である。

「朝すらまともに起きられない人に、情熱がどうこう言われても」

「とんでもない! 私はね、”目覚めた”んだよ。起床という意味ではなく、私の、内なる衝動、私の魂がッ!」

「うわっ……」

「今『うわっ……』って言ったかい?」

「言いました。急に暑苦しくなったので、ドン引きしているんです」

「ハーッハッハッハァ!」


 前田は高笑いを浮かべ、窓際にある自分用の椅子に飛び乗ろうとして、そのまま壁に激突した。

「フフ、フハーッハッハッハァ!!」

「先生、大丈夫ですか? 酔っ払ってるんですか?」

「違うんだよレイラ君。これは”情熱”の力なんだ」

 前田が鼻血をぬぐい、顔を引きつらせながら、無理やり笑顔を作った。

「何の力ですって?」

「”情熱家”になろうと思ってね」

「はぁ」


 自信満々で語り出す前田に、いよいよレイラは薄ら寒いものを感じた。またそこらへんの自己啓発本か、それとも怪しいオンラインサロンにでも騙されたのだろうか?


「今まで”探偵”といえば……どちらかというと斜に構えて、冷静でいることが”探偵らしさ”だったじゃないか」

「まぁ……頭脳労働的な部分はありますけど」

「でもこれからは違う! それじゃ周りのライバルに埋もれて終わりなんだッ! ”情熱家探偵”! これこそ私が選ぶべき道だッ もっと熱く! 情熱的に事件を解決していかなければッ!!」

 どうやら本気らしい。本気だからこそ、恐怖を感じる。普段の2倍はあろうかと言う声量に、レイラは思わず顔をしかめた。


「情熱的って、どんな風に?」

「フフ……まぁ見ていたまえ」

 前田は胸ポケットから茶封筒を取り出して見せた。

「都合の良いことに、ここに事件の依頼が一通届いている。早速情熱捜査開始だッ!!」


 そう言うと彼は、窓を開け、もう一度同じセリフを通りに向かって叫んだ。

「先生……」

「ん? なんだい?」

「バカにしていいですか?」

「ダメだよ! そんな……面と向かって」

 レイラはため息をつき、諦めてポンコツ探偵と共に現場へと向かった。



 情熱現場には、すでに多くの情熱刑事たちが集まっていた。

「情熱刑事て」

 レイラのつぶやきは無視され、前田は意気揚々とタクシーを飛び降りた。情熱大陸のテーマを口ずさみ、黄色いテープを引きちぎりながら、前田は情熱的に現場入りした。


「みなさん、Buenos días!」

「前田さん!」

「これはこれは前田探偵、Hola!」

「Hola!」


 前田の周りに次々と情熱刑事たちが集まってくる。情熱の国・スペインの言葉で挨拶した彼らは、そのまま熱い抱擁を交わし、白いテープの上でフラメンコを踊り始めた。現場では先ほどから、ラテン系の陽気な音楽が流れている。


「ちょ……ダメでしょう!? 現場がフラメンコで滅茶苦茶になっちゃいますよ!」

 足元に散らばった遺留品などが蹴飛ばされ、そこら中に散乱する。困惑するレイラに、刑事からタコスが手渡される。


「どうやらここは、タコスを食べながら、情熱的に捜査しようと言う現場のようだね」

「そんな現場聞いたことないです」

 タコスはメキシコ料理だったが、情熱の前には、そんな些細な違いは気にならないようであった。


「それで事件は……情熱事件の方はどうなってる?」

「普通に事件でいいでしょ」

 前田が刑事たちに尋ねた。

「はい。殺されたのはこのアパートに住む女子大学生。部屋で争った後はないので、犯人は顔見知りかもしれません。盗品もなし。犯人は殺害後、”気合”と”根性”でこの部屋を密室にした後……」

「”気合”と”根性”で?」

「その後、湾岸方面へ”努力”で逃走した模様です」

「”努力”で逃走」

「被害者の”絆”は目下調査中ですが……」

「……”交友関係”ってことですか?」

「彼女の在籍した大学は、”男気”や”信念”を理由に、現在協力を渋っています」

「”個人情報の保護”ですね?」

「うーむ。逃げた犯人の”努力”とやらを、急いで”無駄な努力”にしてやらねば」

 前田がタコスに齧り付きながら唸った。


「待って……待ってください」

 レイラがようやく平静さを取り戻した。危うく情熱に流されて、不可解な会話を受け入れるところだった。


「そもそも”気合”と根性”で密室にするって何なんですか? 具体性が全くないじゃないですか!」

「それはだって……”やる気”があれば、密室だってできるさ。人間”できる”と思えば、何だって”できる”んだ」

「全然説明になってません。さっきから”情熱”だとか”絆”だとか、フワッフワし過ぎてて……きちんと事件を解明するのが探偵の仕事でしょ?」

「そうカリカリするなよレイラ君。君は真夏の太陽か。もう一個タコス食べるかい?」

「食べません!!」


 レイラは前田の手を払いのけた。とうとう本気で怒らせてしまったようだ。現場を離れ、一人タクシーで帰宅しようとする彼女を、前田は慌てて追いかけた。


「落ち着くんだレイラ君、大丈夫、具体的なトリックは後で理系の人が考えてくれるから……」

「ダメでしょそれじゃ。じゃあ先生は一体何をやるんですか?」

「タコスを……」

 前田はいつのまにかメキシコの伝統的な帽子・ソンブレロを被っていた。両手には大量のタコスが握られている。

「今日中に”情熱タコス”を後30人に配らなきゃ……。大丈夫、初期投資はかさむが、情熱的会員を増えせば増やすほど、私たちにもちゃんと儲けが回ってくるんだよ」

「先生……」


 レイラはいよいよ哀れんだ目で前田を見つめた。


「先生、見てください」

「ん?」

 レイラが指差した先では、子供たちが数名屯ろしていて、公園でサッカーに興じていた。


「あの子たち、楽しそうじゃないですか? 別にお金がもらえるわけでもないのに……」

「…………」

「すみません。だけど……だけどあれこそ、真の”情熱”と言えるんじゃないでしょうか。今の先生は、金儲けに囚われ、犯人を捕まえると言う探偵としての”情熱”を忘れているんじゃないですか?」

「レイラ君……」


 レイラの顔には明らかに失望の色が浮かんでいる。前田は少し罰が悪そうに項垂れた。


「そうだな……私の方こそ悪かった。ネットで”簡単にお金が稼げる”と言われ、少し浮かれすぎたよ」

「先生……」

「私もちょっと、タコスに囚われ過ぎていたかもしれない。何より”情熱家”である前に、まず”探偵”でいなくてはならないのに……」

「先生……!」


 レイラは顔を上げた。前田はタコスを一口齧り、力強く頷いた。


「レイラ君、犯人を見つけよう!」

「はい!」

「それこそが”探偵”としての”情熱”……在庫で抱えた108ダースのタコスについて考えるのは、その後だ!」

「はい……はい!?」


 呆然とするレイラを残して、前田は駆け出した。程なく事件は解決し、犯人は努力も虚しく逮捕された。報酬こそ少なかったが、前田はひとり満足げに頷き、大量のタコスと共に事務所へと戻って行った。レイラは友達を呼び、しばらくみんなで”タコパ”をして過ごしたが、それでも在庫は一向に減る気配がなかった。


〜Fin〜

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