噂
どうやら俺は、ウルフォンの群れに遠巻きに囲まれたようだ。
パーティーでの行動なら、囲まれないように注意を払うところだが、あいにく今は俺1人―― どのみち、戦闘は1対多数となるから囲まれても同じことだ。
パーティーで戦うのは楽だが、その分気を使う。
仲間の邪魔にならないように、自分の位置と他のメンバーの位置を、常に頭に置きながら動く必要があった。
俺は連携が苦手だったが、1人なら何も気にすることはない!
俺は、腰に挿した【棍】を右手に持った。
この棍は、魔力を流すと伸縮自在に扱える優れものだ。普段は30cmくらいの長さにして腰に挿しているが、最長まで伸ばすと20mくらいにまでなる。
戦闘時は、身長の約1.5倍の260cmくらいに伸ばして戦うことが多い。
俺は伸ばした棍を右手に持ちながら、変わらぬ早さで前進する。
ウルフォンの囲いが大分狭くなった。
もう、はっきりとウルフォンの姿が確認できる距離だ。
ガアアァァ!
俺の四方から、ウルフォンのうなり声が上がった。
!?
だが、俺に飛び掛かった4匹のウルフォンは、悲鳴を上げることもなく、弾かれたように吹っ飛んだ。
俺の振るった棍に弾き飛ばされたのだ!
ウルフォンの目には、俺の棍の動きは映っていなかっただろう。
音速を超える俺の突きは、ウルフォン程度の魔物の目では捉えきれまい。
次々と飛び掛かってくるウルフォンを、ただただ機械的に叩きのめす。
ウオーン!
半分くらい仕留めたとき、遠吠えが聞こえた。おそらく群れのリーダーのものだ。
その声を聞いて、残りのウルフォンが一斉に後ろに下がる。
代わって、俺の正面に姿を現したのは
「グレンウルフ!?」
ウルフォンの上位種で、狼というよりも虎に近い体躯をいている。当然、危険度もウルフォンとは桁違いだ。
遭遇したのが俺でよかった。
ウルフォンだけだと思って、鉄級パーティーが討伐依頼を受けたら、全滅していたかもしれない。
銅級のベテランパーティーでも厳しい相手ではあるが、はっきり言って、俺の敵ではない!
グレンウルフの最大の武器は、その鋭い牙でも爪でもない。
ゴオオォォォ!
この【炎のブレス】だ!
口から吐かれた真っ赤な炎が俺に向かってきたが、俺は慌てず、棍の中央を両手で持ち高速回転させた。
炎をあっさりとかき消されたグレンウルフは、もう1度【炎のブレス】で攻撃してきたが、俺は意に介さず、炎をかき消しながらグレンウルフに近付いていく。
目の前3mまで迫ったところで、グレンウルフはブレスを止めて、俺に飛び掛かってきた。
俺は下から棍を振り上げ、グレンウルフの腹を打って動きを止める。そして!
グレンウルフの眉間に【神速の突き】の一撃を放った!
・・・・・・
俺は『頭のなくなった』グレンウルフの死体を担ぎながら、【ジャロ】の村に到着した。
「冒険者ギルド支部へ行きたいのだが」
村の門番に声を掛けると
「ひえっ!?」
俺を見た門番は驚きの声を上げ、俺の質問に答えるよりも早く、どこかへ走り去ってしまった。
門を放り出して何処かへ行くとは、職務怠慢だな。
仕方なく門の前で座って待っていると、暫くして門番が人を連れて戻ってきた。
「あんた、それはグレンウルフだな!?」
40代くらいのガッチリした体型のスキンヘッドの男が、俺に話し掛けてきた。
彼は冒険者ギルドの職員だ。ギルド職員の証のバッジが胸にある。
ん? バッジの色が銀色?
「あなたは、この村の冒険者ギルドの支部長ですか?」
「そうだが…… それよりも、そのグレンウルフはどうしたんだ?」
「コイツは、王都からの途中の森の側で見つけたから、退治しておきました」
「退治しておいた、って…… だ、大丈夫だったのか?」
心配そうな目で俺を見つめる支部長。
「心配いりません。他のウルフォンも全部片付けておいたから、後で確認に行くといいですよ」
ウルフォンの群れのリーダーを倒しても、群れ自体が残っていると心配だろう。
俺は抜かりなく、群れごと退治しておいたのだ。
「否、グレンウルフと遭遇してよく無事だったな、と……」
支部長はブツブツ何かを呟いている。
「あっ!? あなたは【北天の星】の!」
支部長の後ろから出てきた小太りの男── 見覚えがある。
「私ですよ! ほら、1年程前に商隊の護衛をしていただいたときの!」
ああ、そうだ! まだ【北天の星】が銅級だった頃に、商隊の道中を護衛する依頼を受けたことがあった。
「商隊の馬車で一緒だった人だな!」
「そうです。旅の間、【北天の星】の皆さんと第2馬車でご一緒させてもらいました【ムート】です!」
あの時は1ヶ月に及ぶ長旅で、途中の山脈で【飛竜】の群れに遭遇したり、山賊団に襲われたりしたのを、俺達が退治したのだった。
その時の功績が認められ、【北天の星】は銀級昇格の推薦を受けることになったのだ。
「ムートさんは、どうしてここに?」
「ええ。私はジャロの村の特産品の仕入れで、時々ここまで来ています。ところで、他の皆さんはどうされたのですか? マリオスさんはどちらに?」
どうやら彼は、俺が【北天の星】を追放されたことを知らないようだ。
「そうか! あんたがあの有名な【北天の星】のベルモンドだったのか! 2mある大男だと聞いていたが、案外小さいな!」
支部長、俺はベルモンドじゃないぞ……
「違うのか? じゃあリカルド…… は、スゲェ男前だと聞いてるから違うな。まさか、カーラが男だったとは!?」
「失礼ですよ、【ボーズ】さん!」
ムートさんが支部長を止めてくれた。支部長の名前はボーズというようだ。
「この人は【バルス】さん! 長い棒をブンブン振り回して、ビシバシと魔物を叩いて倒すんですよ!」
名前、間違ってますよ…… それに今の説明じゃ、俺の戦い方は全然格好良くない。寧ろ、格好悪い気がする……
「バルゴです。訳あって、今は俺1人で行動しています」
名前は訂正しておいたが、【北天の星】を追放されたことは黙っておく。
「王都のギルドから、これを届けるように頼まれています」
俺は預かっていた書簡をボーズさんに渡した。
「おお、ありがとう! じゃあ、支部に戻って一杯やるか!」
俺達はギルド支部へ移動した。
・・・・・・
ジャロの村のギルド支部は、こじんまりとした室内にテーブルが1つ置いてあるだけだ。
俺とボーズさんとムートさんの3人は、テーブルを囲って座った。
「困ったぞ……」
書簡に目を通したボーズさんの表情が曇っている。
「それに、何が書いてあったんですか?」
「ああ…… 森の近くでウルフォンの目撃情報があったから、安全が確認されるまで王都方向への通行を止めるように、という指示書だった」
なるほど、王都では近々ウルフォンの群れの調査をする予定があるようだ。
だが、既に俺が退治したから、その指示は不要になった。それなのに、他にも心配事があるのだろうか?
「もう俺が退治した後だから、止めなくても問題ないと思いますが?」
「安全だと分かっていても、王都のギルドの指示を無視することもできない。指示通り通行を止めるべきか……」
「それなら、王都のギルドに、安全になったことを知らせればいいんじゃないですか?」
「そうしたいのはヤマヤマだが、今のうちの支部には冒険者が1人もいないんだ。王都のギルドからの定期視察は5日後だから、連絡手段がない」
田舎の支部では珍しくないことだ。滅多に依頼がないから、冒険者が居着くことがないため、事件が起きたときは、王都のギルドから冒険者を派遣してもらうことになる。
「まあ、ここには冒険者どころか職員も俺1人しかいないから、俺がここを離れるわけにもいかんし……」
そう言いながら俺を見るその目は── 絶対に期待している……
「俺は行きませんよ!」
折角旅に出たのに、また王都に逆戻りは絶対に御免だ。ここは強く拒否する。
「まだ何も言ってないだろ! でも、本当は王都まで行く気になってるんじゃ?」
「なってない!」
ボーズさんの視線を真っ向から受け止め、バチバチと火花が飛ぶ。
「そういえば、王都のことで噂を聞きましたよ」
火花を散らす俺達の間に、ムートさんが割り込んできた。
王都の噂!? もしや、俺が【北天の星】を追放されたことか!?
「バルゴさんは聞いたことありませんか? 最近王都で『投資』の話を」
俺のことじゃなかった! ホッとして胸を撫で下ろす。
「ええ、勿論知ってますよ。俺もその話を聞いて【ギサ商会】にお金を預けていますから」
俺が答えると、ムートさんは大きく目を開いて驚いている。
「預けたんですか!? 可哀想に……」
可哀想? 俺が?
「預けたら、1年で預けたお金が倍に増えるんですよ? 凄く得じゃないですか!」
「それ、きっと詐欺ですよ……」
ムートさんは、俺に説明してくれた。
「最近、いろんな町で『投資で儲けよう』と宣伝している商会があるみたいなんです。その商会は、2ヶ月前に【ピアノン】の町にも現れたんです。1週間ほど店を開いてお金を集めた後、すぐに店を閉めて町から消えた、という話を聞きました」
「その話は本当ですか!?」
俺は椅子を倒す勢いで立ち上がり、ムートさんに詰めよった。
「ええ、間違いないです。最近王都でも『投資を勧める商会が現れた』って噂を聞いたんです」
「王都に戻ります……」
俺は、血の気が引くのを感じながら静かに告げた。
「バルゴ! それじゃあ『ウルフォンの群れが退治されたこと』を、王都のギルドに伝えにいってくれるんだな!」
ボーズさん…… 俺とムートさんの会話、聞いてたよね?
今の俺は、それどころじゃないんだよ!