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旅立ち

 バルゴに【北天の星】からの追放を言い渡した【マリオス】は、部屋を出ていくバルゴの背中を黙って見送っていた。


「マリオス、アレで良かったのか?」


 声を掛けたのは【北天の星】副リーダーの【リカルド】。


『冒険者は複数のパーティーに所属できない』という冒険者ギルドの規則がある。

 マリオスがバルゴを追放した理由は、バルゴが他のパーティーへ移籍できるようにするためだった。


「俺達5人で散々話し合っただろ? バルゴには悪かったが、ああでもしなければ、その内俺達の誰かが命を落とすことになっただろう」


「そうだよね…… バルゴが取ってくるのは、いつも高額報酬の依頼だったからね」


 マリオスに同意したのは【ベルモンド】。


【北天の星】には1つのルールがある。

 それは『メンバーが順番で依頼を取ってくる』というものだ。


 バルゴは常に、その時受けられる最高報酬の依頼を取ってきた。そのせいでバルゴの順番の時は、必ず高難度の依頼を受けることになった。


「僕達の実力を高く買ってくれていたのだろうけど、正直キツかったよ」


 ベルモンドは、そう言いながら溜め息を吐いた。


 バルゴは文字が読めないため、『報酬の額』だけを見て依頼を決めていたのだが、他のメンバーはその事を知らない。


「銅級のときは、まだ何とかなったけど、銀級の依頼ときたら、キツすぎよ!」


【カーラ】は語気を荒げて、テーブルを強く叩いた。


「そうね…… 私、何度死ぬかと思ったかしら」


 カーラの横で、【リサ】が小さく頷く。


 銅級の時はまだ耐えられたが、銀級の高難度の依頼は、今生き残っているのが『奇跡』と思えるくらい、厳しいものばかりだった。


「俺達は甘かった。昇格のスピードに、俺達の実力は全く追い付いていなかった……」


 マリオスは悔し気に吐き捨てる。


「ああ…… 銀級に上がってからは、特に痛感させられたな。いつもバルゴ1人で、1番の強敵を片付けていた」


 リカルドも唇を噛む。


「今の俺達に【金級】は荷が重すぎる。俺は昇格を辞退しようと思うが、皆の意見は?」


 金級になると、自分達から依頼を取りに行く必要はなく、毎月高額の給料がギルドから支給されるが、その代わりギルドからの依頼を拒否することはできない。

 そして、その依頼の危険度は、当然銀級よりも遥かに高いものとなる。


 マリオスは、誰からも異論が出ないことを確認すると


「それじゃあ、明日支部長に辞退することを伝えにいくことにする」


 皆の同意を得られたことに安堵するとともに、バルゴに対する疑問が湧いてきた。


「それにしても、バルゴはどうやって『あれ程の強さ』を身に付けたんだ?」


 バルゴは、自分達より遥かに高い実力を持っている―― そのことを【北天の星】の全員が認めていた。


 マリオス達は、オルガ王国内でも屈指の武術や魔法の盛んな【ハーブス】の町の出身で、自分達の実力が同年代の中でもトップクラスにある、と自負していた。

 それなのに、バルゴとの間には絶望的な実力差を感じていたのだ。


「私、バルゴさんの故郷の話を聞いたことがあるわ。15歳まで、山奥でお父さんに鍛えられていた、って言ってたわ」


 リサの言葉に、マリオスは少し考えた後


「バルゴの故郷か…… よし! 俺達は今のままじゃダメだ! バルゴの故郷へ行って、バルゴの親父さんに1から鍛え直してもらおう!」


 皆、無言で頷いていた。


【北天の星】の5人は、バルゴの故郷を目指し、王都を離れる決心をしたのだった。


   ・・・・・・


 翌日の夜、【北天の星】の5人は支部長の屋敷を訪れた。


「済みませんが、俺達は【金級昇格】の話を辞退します。そして、暫く王都を離れ旅に出ます」


 支部長は驚いて、必死に引き留めようとしたが、彼らの決意は固かった。


「そうか…… わかった。残念だが、君達の意志を尊重しよう」


「ありがとうございます。俺達は、必ず【金級】に相応しいパーティーになって、王都へ戻ってきます」


 マリオスの目には、力強い光が宿っていた。それは、他のメンバーも同じだった。


「私は、今でも十分に相応しいと思っているのだがな…… 君達は若い。しっかりと経験を積んで、更に成長して戻ってくればいい。約束だぞ」


【北天の星】の5人は、支部長と握手を交わした後、彼らの常宿に戻っていった。


   ・・・・・・


 そして今日――【北天の星】は大勢の人に見送られながら、王都の南門を後にした。


 彼らの目的地は、オルガ王国南の最果ての地── そこは、秘境とも魔境とも呼ばれる危険地帯だ。


 だが、彼らには躊躇いや後悔はない。その顔は希望に満ち溢れていた。


 絶対に強くなる!


 その信念を旨に、彼らは黙々と進んで行くのだった。



 その同時刻―― もう1人の旅立つ姿があった。



   ◇◇◇◇◇



 俺は、昼過ぎに王都の東門にいた。


 予想通り、誰も見送りはいなかった。メイヤが見送りに来てくれることを、ほんの少し期待していたが甘くなかった。


「バルゴ、達者でな!」


 門番だけに見送られ、俺は王都を出発した。


 俺の荷物は、小さ目のリュック1つ。

 リュックの中身は、装備品と王都の冒険者ギルド登録証と少々のお金。


 俺は夢を叶えるために、散財せず、稼ぎはギルドに預けてあったのだが、少し前に『投資したらお金を増やせる』という話を聞き、貯金の大半を商人に預けた。

 今日、旅の資金を下ろすために商人の店に行ったら、店が閉まっていた。定休日だったようだ。


 そういう理由で、今の手持ちは銀貨1枚と銅貨が少々あるだけだ。


 それから、メイヤから【書簡】を預かった。

 この書簡を、王都の東にある【ジャロ】の村の冒険者ギルド支部まで届けてほしい、と頼まれたのだ。


 俺の旅は目的地があるわけでもなく、この書簡を届けたら、一泊の宿代くらいの報酬が貰えるようだから、とりあえず引き受けることにした。


 ジャロの村までは、王都から約40kmといったところ―― 俺の足で普通に歩けば、4時間掛からずに着く距離だ。


 1人旅は久しぶりだな。

 1人で歩いていると、故郷を旅立った日のことを思い出す。



 俺が故郷を出たのは15歳の時。

 親父に突然家を追い出された…… よくよく考えると、追放を食らうのは2度目だったな。


 俺の故郷はオルガ王国の最南の地で、王都では『秘境』扱いされている場所だ。

 そのため、俺は一部の冒険者から【ヒキョウ者】と呼ばれて、からかわれることがあった。まあ『田舎者』みたいなもので、俺は特に気にしていなかったが。


 俺の住んでいた山は、魔物がよく出る場所で、人里から遠く離れていた。


 だが、命の危険を感じたことは殆どない。


 大抵の魔物は、親父が退治したから。

 親父が退治できなかったのは、【魔竜デビルドラゴン】と呼ばれる全長30m以上のドラゴンくらいだが、それでも山から追い払うことには成功した。


 今思うと親父の強さは『異常』だが、ずっと2人暮らしだったから、当時の俺はそれを『普通』だと認識していた。


 そんな親父に、俺は物心つく前から毎日武術と魔法を教わってきた。



 そんな日常が終った日のことは、忘れもしない──


「バルゴ。お前は今日から旅に出て、世界を見てこい!」


 俺が15歳の誕生日を迎えた日に、親父に突然言われた。


 俺は全く意味がわからなく、暫くポカンと呆けていた。


「旅── って、何処へ行けばいいんだ?」


 世界に興味もなく、旅がどういうものかもよく知らなかった俺は、親父に尋ねた。


「北だ! とにかく北へ進んで王都へ行け! そして、冒険者になるのだ!」


 親父はそれだけ言うと、武術の修行で使っていた金属製の棍1本だけを俺に持たせて、無一文で家から追い出したのだった。


 王都の場所もわからず、読み書きどころか一般常識も備わっていなかった俺が、無一文で旅に出る── 俺が王都に辿り着くまでにどれ程苦労したか、筆舌に尽くし難い。


 山奥で暮らすのに教養は必要なかったが、家を追い出す気だったのなら、読み書きくらいは教えておいてほしかった…… 尤も、親父に読み書きができたかどうかは不明だが。


 空を見上げると、太陽が眩しく輝いている。

 あの日の太陽も、今日のように眩しかったなぁ……


   ・・・・・・


 暫く歩いていると、遠くに森が見えてきた。


「森の側は通らないように」とメイヤから忠告されていたのだが、あの森を抜けるのが【ジャロ】の村への最短ルートだ。


 俺は躊躇うことなく、森の方へ向かって真っ直ぐ歩を進めた。



 そういうわけか……


 今、森の方から何かが動く気配を感じた。

 その数―― およそ20。


 それは【ウルフォン】の群れだ。

 ウルフォンは狼の魔物で、単体では大したことはないが、たいてい10匹以上の群れで行動している。


 王都のギルドでは、ウルフォンの討伐依頼は鉄級パーティーから受けることができるが、群れの規模によっては、銅級以上でないと危険なこともある。



 ウルフォンか……

 マリオス達と出会ったときのことを思い出すなぁ。

 

 俺がマリオス達と出会ったのは、俺が王都の冒険者ギルドに登録してから3ヶ月程経った頃だった。


 当時の俺はソロで活動しており、その日は王都から少し離れた田舎町の害獣駆除の依頼を、ギルドから斡旋されていた。


 依頼を滞りなく終らせた俺が、王都への帰路についていた時に、ギルドからウルフォン討伐の依頼を受けていたマリオス達のパーティーと遭遇したのだ。


 マリオス達のパーティーは5人。

 前衛に3人、後衛に2人という陣形を取っていた。


 前衛は、攻撃役の長剣使いのマリオスと槍使いのリカルド、防御役の大盾を持ったベルモンド。

 後衛には、攻撃魔法の使い手のカーラと、弓と支援魔法の使い手のリサ。


 バランスの取れたパーティーだったが、まだ冒険者に成り立てだった彼らは、経験不足からか、ウルフォンの群れに苦戦していた。


 ウルフォンの群れは約20匹―― 平原で戦うには厳しい数だ。


 周りを囲まれないような地形で戦うのが鉄則だが、すでにマリオス達は周りを囲まれ、かなり追い詰められていた。


 すぐさま、俺は彼らの援護に駆けつけた!


 俺が群れのリーダーと思しきウルフォンに突っ込んでいくと、一瞬ウルフォンの陣形が崩れた。

 その隙を逃さず、マリオス達は囲いを破り、俺と共にウルフォンの群れの討伐を成功させたのだった。


 マリオス達5人は、オルガ王国最北にある【ハーブル】の町の出身で、全員が幼馴染みだ。

 ハーブルの町は、他国との国境近くという軍事的に重要な位置にあるため、昔から武術や魔法が盛んで、多くの名の知れた冒険者パーティーを輩出しているらしい。


 彼らは冒険者に憧れ、小さい頃から武術や魔法を学んでいて、17歳になる年に、冒険者になるために王都に出てきたそうだ。


 実際彼らの実力は高く、冒険者登録をして3ヶ月しか経っていないというのに、初心者パーティー扱いの【錫級】から、一人前のパーティーと言える【鉄級】への昇格を果たしていた。

 鉄級への昇格には、通常なら1年、早くても8ヶ月は掛かるということからも、彼らの実力の程が伺えた。


 奇しくも、彼らは俺と同時期に王都で冒険者登録をしていたようだ。


 そういう縁もあって、俺はマリオス達のパーティー【北天の星】に加えて貰うこととなった。


 その後の【北天の星】の活躍は、目覚ましいものだった。


 依頼を受けるペースが上がり、俺の加入から僅か4ヶ月で、鉄級から銅級への昇格を果たしたのだ。

 これは異例の昇格ペースで、この頃から【北天の星】は世間の注目を集めることになる。


 銅級に上がると、それまでよりも遥かに難易度の高い依頼が増えるため、成功率50%を維持できるパーティーはかなり限られる。そのため、ほとんどのパーティーが、銅級から昇格できずに終わるのだ。


 銅級から銀級に昇格するには、『魔物討伐依頼を10回連続で達成する』のが最低条件―― 更に所属支部の支部長の推薦をもらって、漸く冒険者ギルド協会のお偉いさん達の審査に掛かる。


 それ程厳しい条件でありながら、【北天の星】は、結成1年4ヶ月にして銀級昇格を果たした。


 その後も【北天の星】の活躍は続いた。


 魔物の中でも凶暴すぎて【魔獣】と呼ばれる魔物の討伐や、新たに発見された未調査迷宮の探索など、命懸けの高難度の依頼を次々とこなしてきた。


 そして、最近王都では『【北天の星】が金級に昇格する』という噂が流れていた。


 金級パーティーは、現在オルガ王国内に10組しか存在しない。


 金級の上の最高ランク【ミスリル級】に至ったパーティーは、王国の歴史上1組だけで現在は存在しないが、【北天の星】ならいつか【ミスリル級】に昇格するのではないか? とまで囁かれていた。



 最近の俺は、有頂天になっていたのかもしれないな……


 俺は世間の評判に気分が良かったが、他のメンバーは、少し暗い表情を見せることが多くなっていた気がする。


 もしかすると、俺が知らない所で何か懸念することがあったのだろうか?


 俺を追放した理由も、その懸念の原因が俺にあったからかもしれない……

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