決心
【オルガ王国】の都【オルゴン】――
王都にある冒険者ギルド【オルゴン支部】の中は、今朝も大勢の冒険者でごった返し、活気に満ちている。
そんな中、俺だけが室内の端っこのテーブルで、一人寂しく安酒をチビチビ飲みながら、その様子を黙って眺めていた。
「へへへ、あんな所にいやがるぜ」
そんな俺のテーブルに、3人の目付きの悪い男達が近付いてくるのが見える。
またか…… 俺は嫌な予感を抱きながら、目を合わさないように空になったコップに酒を注いだ。
「そこにいるのは【ヒキョウ者】の【バルゴ】じゃねえか。朝っぱらから、そんなとこで酒を飲んでるところを見ると、どうやらあの噂は本当のようだな」
「バルゴ。お前、【北天の星】をクビになったんだってな」
「お前のようなヒキョウ者の無能が、銀級パーティー【北天の星】にいたことが不思議だったが、とうとう見放されたわけか」
3人は、俺を苛つかせる言葉を投げ付けた後、「ガハハハ!」と大声で笑った。
見覚えはあるが、名前も知らない連中── 胸元には銅級の金属板が見える。
銀級パーティーの一員だった俺が、今は下位ランクパーティーの連中にバカにされるとは…… 俺の沈んだ心が更に落ち込む。
「うるさい…… 今の俺は機嫌が悪いんだ。これ以上くだらない話をするなら、その舌── 引っこ抜くぞ」
俺はそう言って、右手でシッシと追い払う仕草を取った。
「オイオイ、俺達にケンカ売ってんのか? パーティーを追放された無能の癖に!」
「俺らは、前々からお前のことが気に食わなかったんだよ!」
「表へ出やがれ! テメェは【北天の星】の後ろ楯がなきゃ、何もできないってことを思い知りな!」
くそっ…… 一昨日までなら、こんな奴ら、俺が一睨みするだけで退散させられたのに……
俺が王都に来て2年。
王都で冒険者登録したばかりの頃は、こういった連中に絡まれることも珍しくなかったが、【マリオス】達とパーティーを組むようになってからは、1度もこんなことはなかった。
俺は酒を飲む手を止め、このクソ野郎共をぶちのめすために、席を立とうとした。
「バルゴさん。お願いですから、建物を壊さないでくださいよ」
俺の横から声を掛けてきたのは、こんな厳つい野郎共が集まる場所よりも、華やかで洒落た場所が似合う金髪の可憐な少女。
彼女は、冒険者ギルドの受付嬢の【メイヤ】。
まだ17歳になったばかりで、冒険者ギルドに就職して半年程の彼女だが、その容姿とは裏腹に、荒くれ者連中にも臆することなく、毅然とした態度で接する姿に、彼女のファンは多い。勿論、俺もその1人だ。
オルゴン支部の受付窓口は8つあるが、彼女の担当窓口だけいつも長蛇の列ができるため、見かねた支部長が、彼女の受付勤務時間を昼前からの2時間に限定したほどだ。他の時間は、支部内の見回りや書類の整理なんかをしているようだ。
「メイヤ。コイツらが俺に絡んできたんだが、何とかしてくれないか?」
「バルゴさん。昨日みたいに入り口を壊されると迷惑なので、ケンカするなら支部から離れた場所でお願いしますね」
俺の言葉と噛み合わない返事が返ってきた。彼女に止める気はないようだ。
冒険者同士の揉め事など日常茶飯事。
冒険者ギルドの登録者は、ギルドの建物内での暴力行為の禁止、町中での武器や魔法の使用禁止さえ守れば、多少のケンカは見過ごされるのが暗黙の了解となっている。
よほどひどいケンカの場合は、衛兵に連行されることもあるが、そんなことは滅多に起きない。
とはいえ、こういったことで遺恨が生まれ、依頼の最中に冒険者同士の『殺し合い』に発展することも少なからずあるので、俺としては無闇に他の冒険者とトラブルを起こしたくはない。
それなのに、トラブルが向こうからやってくる……
今までは、俺が【北天の星】のメンバーであったことが、トラブル避けになっていたことを痛感する。
俺が『パーティー追放』を言い渡されたのは、一昨日の夜。
驚いたことに、昨日の朝には『そのこと』が他の冒険者にまで知れ渡っていた。
情報が伝わるのが早すぎることにも驚かされたが、それ以上に『俺がいつの間にか他の冒険者から怨みを買っていた』ことに愕然とした。
昨日だけで、3組のパーティーの連中にケンカを吹っ掛けられて、今日もいきなりコレだ。
俺って『嫌われ者』だったんだな……
あいつらが、俺をパーティーから追い出す気になった理由が少しわかったようで、悲しくなってきた。
俺は3人のクソ野郎共と一緒に支部から出ていき── 5分後には、何事もなかったかのように1人で戻ってきた。
「早かったですね、バルゴさん」
メイヤが俺を見て微笑んでくれた。
あの程度の連中を叩きのめすのは訳ない。
メイヤに言われた通り、ここから少し離れた路地裏で、3人を片付けてきた。
「それだけ強いのに、どうして【北天の星】を追い出されたんです?」
嫌なことを平気で聞いてくるメイヤ。
正直俺は、戦闘では役に立っていた、という自負がある。
魔物討伐のときは、俺が常に先陣を切って魔物の群れに突っ込み、突破口を開いてきた。
【北天の星】のリーダーのマリオスからは、「連携が崩れる」と注意されることが多かったが、依頼に失敗したことは1度もない。
どんな困難な依頼も成功させてきた【北天の星】は、いつしか王都でも5本の指に数えられる【実力派パーティー】と言われるまでになっていて、近々【金級昇格】の噂まであった。
それなのに…… 俺は一昨日の晩餐の席で、突然『パーティー追放』を言い渡された。
マリオスからは、時々俺の行動を咎められることもあったが、良好な関係だと思っていた他のメンバーも、誰一人として俺の追放に反対しなかったことがショックだった。
ショックで反論することもできないまま、俺は【北天の星】メンバーの証の銀級金属板をマリオスに渡して、その場を去った。
「俺って、嫌われ者だったのかな?」
俺は半分泣きそうな顔で、メイヤに尋ねた。
「うーん…… そんなことはないと思いますよ。嫌な連中に絡まれてる所を、バルゴさんに助けられたという人は結構いますし、私もいろいろ助けてもらって感謝してますよ」
「でも、俺は昨日からずっと変な奴らに絡まれ続けてるし、他の冒険者からは嫌われていたみたいだ……」
「あの人達は、以前にバルゴさんに注意されたことを、根に持っていたからですよ」
そうだったのか? そういえば、以前さっきの3人が、酒場で女の子にちょっかい掛けてるところを止めたことがあった気がする。
「でもな…… 他のパーティーからの誘いは全くなくて、俺に声を掛けてくるのは、あんな奴らしかいないんだぜ?」
俺は【北天の星】を追放されたため、別のパーティーに誘って貰うために、オルゴン支部に来ていた。
パーティーを結成するとなると、冒険者4人以上での登録が必要で、俺には到底3人を集めることはできないから、昨日からずっと【メンバー募集コーナー】のテーブルに座って、声を掛けられるのを待っているのだ。
王都の冒険者ギルドが、独り者の冒険者に斡旋するのは、近場での薬草採集や、王都近隣の村での害獣駆除などの、安全だが報酬の少ない依頼ばかりで、魔物討伐のような危険度の高い高額報酬の依頼は、パーティーにしか斡旋されない。
人手の足りない地方のギルドなら、ソロの冒険者でも魔物討伐の依頼を受けることも可能だが、王都のギルドの管轄内では、冒険者に無茶をさせない取り決めになっている。
そのため、ソロの冒険者は稼げないし、パーティーを組んでいる冒険者からは見下されるのが現実だ。
「バルゴさん。言い辛いですが、バルゴさんを誘ってくれるパーティーは、王都にはいないと思いますよ」
「ど、どうして!?」
「あの【北天の星】をクビになるということは、何か問題がある人に違いない、というのが今のバルゴさんの周囲の評価みたいですね」
確かに…… もし俺が【北天の星】をクビになった奴を見れば、同じ様に思うだろう。
【北天の星】は、リーダーのマリオスは言うまでもなく、他のメンバーも他のパーティーから一目置かれている連中ばかりで、よくよく考えると、俺以外は人気者が揃っていた。
俺だけが浮いていたんだなぁ……
メイヤの言葉で、決心が付いた。
俺には、『王都に家を買って、老後を悠々自適に過ごす』という夢がある。
そのためには、若い内にできるだけお金を稼ぐ必要があるが、このまま王都にいては、誰ともパーティーを組めず、さっきのような連中に難癖を付けられる毎日を過ごすだけだ。
それなら一層のこと、王都を離れ、別の場所に行ってソロで活動しよう!
「よし、決めた! 俺は旅に出る!」
俺は清々しい気分になって、旅に出ることをメイヤに告げた。
「そうですか。バルゴさんも王都を離れるんですね…… ちょっと寂しくなりますが、それが良いと思いますよ」
ん? バルゴさん『も』?
「俺以外にも、誰か旅に出るのか?」
「知りませんでしたか?【北天の星】の皆さんが、昨日の晩、支部長の屋敷にお別れの挨拶に来られたそうですよ」
「何だって!?」
そんな話、俺は全く聞いていなかった。
否、当然か…… パーティーを追放された俺に、そんな話をする必要もないか……
「どうして【北天の星】が王都を離れるんだ? 金級昇格の話まであったんだろ?」
「うーん…… これはここだけの秘密ですけど、どうも、その昇格の話を断ってきたそうなんです」
昇格を断った!?
俺には信じられない話だった。
マリオス達が王都に出てきた理由は、王都で一花咲かせて、故郷に錦を飾ることだった筈だ。
金級昇格は、冒険者にとっての憧れであり、正に『一花咲かせた』と言える大出世だ。それなのに金級昇格の話を断り、しかも王都を離れるなんて……
「支部長は必死に説得したそうですが、皆さんの意志が固くて、結局旅に出るのを認めたそうです」
何か事情があるのかもしれないが、今の俺には関係ないか……
「それじゃあ、俺も支部長に挨拶してから旅に出るとするか」
席を立った俺を、メイヤが止めた。
「バルゴさんは挨拶の必要はないですよ。王都を離れるなら、受付で書類をもらってください。必要事項の記入が済めば、いつでも王都を離れてもらって大丈夫です」
それだけ? ずいぶん事務的な対応なんだな。
「バルゴさんは読み書きできませんよね? 私が代筆しましょうか?」
俺は今年で21歳で、冒険者を始めてから5年になる。
「読み書きくらいできるぞ!」と反論したいところだが、俺が読めるのは数字くらいで、他は全くと言っていいほど読めない。当然書く方においては、何とか自分の名前が書けるくらいだ。
依頼書にはサインするだけだし、お金の計算だけは身に付けていたから、他の冒険者から俺が読み書きできないと思われることはなかったのだが、メイヤにはバレていたようだ。
「じゃあ、代筆を頼む」
俺はメイヤに代筆を頼み、最後にサインだけ自分で書いたのだった。