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途中入学初日からサボりとはいい度胸ですね


「途中入学初日からサボりとはいい度胸ですね」


「いろいろあったんだよ」


「事情は知っています。面倒な生徒に絡まれたんですってね。生徒も教員も皆さん心配してましたよ」


「ちなみになんだが、どっちを心配してたんだ?」


「実技の授業が始まった時、あなたのクラスの生徒が実技担当教師に途中入学生がススムに呼び出しを喰らいましたって話しました。それを聞いた生徒たちはみなさんあなたの心配を始めましたが、教師の『ススム、大丈夫か? 相手は壁を超えた生徒だぞ?』の一言で全員がススムのご冥福をお祈りしていました。まあ、まさかその生徒だけでなく、上級生までボコボコにしてるとは思いませんでしたが」


「それは心配されてるのか?」


 ご冥福をお祈りって、なんだよ。


「まあ、そんなことはいいんだ。そっちのクラスはどうだ?」


 フワフワした言葉だが、オニユリにならこれで伝わるだろう。


「お通夜モード生徒が多いですね。エンマ様の方はどうです?」


「こっちも同じような感じだ」


 ほら、生徒のことだと伝わった。

 にしても、オニユリのクラスも同じような状態か。

 午後は学年内戦のトーナメントの続きだ。

 第三実習室という入学実技試験のためにツカサ先生と戦った会場とよく似た場所に集まり、試合が行われている。

 負けた選手もここにいるのは勝ち残った選手の応援しつつ、その剣術を見て学ぶためらしい。

 今も一階のコートでは何組もの試合が同時進行でおこなわれている。

 エンマとオニユリは他の選手を応援する立場なのだが、会場にいることをいいことにお互いのクラスの情報交換をおこなうことにした。


「どうするんですか?」


 名前も知らない誰かの試合の様子を他所に、オニユリは疲れたようにため息をついた。

 これからの仕事量を思い浮かべながら、もうすでに疲れ始めているのだろう。

 俺もため息をつきたいよ…。

 できないとお通夜モードの人間をできるかもと思わせるのはとても骨のいる作業だから。

 諦めると何が困るって、次の一手を探そうとしなくなるのだ。

 別にエンマはできると思えばできるよなんて言うつもりはさらさらない。

 そんな奴がいたら、現実見ろよと笑ってしまうかもしれない。

 だって、そうだろ。

 そんなんでできたら誰も苦労しないじゃないか。

 人はどんなに頑張っても翼は生えないのだ。

 でも、その上でできると考える人間が飛行機を作り出すことができる。

 できないと思っている人間は手がかりすら探さずにその場に立ち止まってしまうが、できると思っている人は手がかりを求めて頭を回しながら行動するため、結果としてできないと思っている人よりも良い結果を出すのだ。

 なので、そうなるようにエンマは周りの人間をなんとか勝てると思わせて、次の一手を自分で考え、行動できるような状態に持って行かなければならない。

 この子たちが勝てると信じて今よりも三十パーセントでも多く力を出してくれれば、人間側の戦力がその分上がるのだから。

 それはつまり残りの人の負担が減るということに他ならない。

 だから力を貸してほしい。

 彼らが力を多く出したところで人類が勝てるようになるのかと言われれば、それだけでは足らないけれども、残りの分は今から仲間になってもらう予定の勇者たちに頑張ってもらうつもりだし、仲間にならなかったときは周りにバレないという制約を守りつつ俺が残りを補うつもりだ。

 それだけは絶対にごめん被りたいので、そうならないよう戦争が始まる前に準備をするが、いざとなったら背に腹はかえられないため、頑張るからさ。

 ちなみにそれでもダメそうだと思った時はもう何人か転生者を連れてくる覚悟もできている。

 地獄の支配者にして、転生案内人なめんなよ。

 でも、最後の手段はあんまり取りたくないんだよな。

 『まだ転生者を送っていないが、送らないと後々大変になる世界リスト』の方に送る人数が減るから。

 転生させても良いかなって思うやつは実はそれなりに希少なのだ。

 それに、どうやら今の学校には優秀な子が多いらしいからな。

 俺もその実力をあてに…、いや、信じてみるとしよう。

 しかし、帝国騎士団もこんな状態なんじゃないだろうな。

 最初にこの学校の話を聞いた時にあった人たちはそんなでもなかったし、クレトもあんな感じだから大丈夫だと思うが、今のこの学校を見ていると不安になってくる。

 そうだったら、かなり致命的だぞ。

 だが、いったん帝国騎士団についての懸念は隅においておくことにしよう。

 なぜなら解決できない問題だから。

 重要ではあるけれど。

 業績不振な親会社の売り上げを伸ばすために、子会社にいる人間がどうすればいいか考えているようなものだ。

 ちょっと無理がすぎないだろうか。

 できるとしたら、せいぜい出向いて発破をかけることぐらいだが、子会社に勤めている人間がいきなり親会社に出向き、もっとあなた方、売り上げ伸ばしてくださいよと言ったところで怪しまれるだけだ。

 できないことはないが、絶対に得策ではないし、なんなら夜道で刺殺されそうな気さえする。

 だから、やるとしてもそれは親会社に逆出向してから、つまり、戦いが始まって騎士団に受け入れてもらった後の仕事になるだろう。

 うわ、スケジュールきっついなぁ。

 もしかしたら戦いながら発破かけることになるかもしれないのか?

 ちょっと今は考えたくはないので、騎士学校の問題に専念しよう。


「とりあえず、重要人物から順に元気付けていこう。この学年には壁を超えた生徒が二人いると言っていただろ。まずは二人にあって仲良くなるところから始めよう」


 二人はどうか元気がある方の人間であってくれるといいんだが。


「スズカ・ウィンターの方はだいぶん元気がありませんでした。ユズルの方はそっちのクラスらしいので知りません」


「もう調べたのか。早いな。俺はまだだ」


 ユズルってやつがうちのクラスなのも初めて知った。


「クラスの人たちと話していたら、そんな話題になりましたけど、エンマ様は何をしていたのですか? ああ、体育館裏でイチャコラしてたんでしたね」


「間違ってはないけど、言い方に気をつけろ?」


 これぐらいの情報収集は基本でしょとでも言いたそうな顔でエンマを見るオニユリにむかって精一杯の抵抗を試みる。


「ちなみにあの子がスズカ・ウィンターです」


 そんなエンマをあしらう様に、情報収集の成果を叩きつけるオニユリ。

 今から一階の人スペースでおこなわれる試合に出てきた女の子を指差した。

 こいつを連れてきてよかった。

 本当、助かります。

 そう思いながらエンマは視線を向けると周りと比べて少し身長の低い女の子が歩いているのが見えた。

 試合が始まる前に相手へ向かってお辞儀をする。

 そういえば、クレトが貴族の子だって言っていたっけか。

 この子はしっかり教育を受けたんだろうなぁとわかるぐらいにきれいなお辞儀をする女の子だとエンマは思った。


「確かに、あの先生よりは強そうですね」


 戦っているスズカの姿を見て、オニユリが感心するように言った。

 同じ学年の相手をものの三十秒ほどで倒し、再びお辞儀をする。

 その時、スズカは随分と悲しい顔をした。

 おいおい、相手に勝っておいてそれは少しかわいそうなのではないだろうかなんてエンマは思ってしまう。


「とりあえず、話してみようか」


 エンマはそう言って歩き出した。


「あなたがスズカ・ウィンターさんで間違い無いですか?」


 試合会場から真っ直ぐ観客席に戻り、席に座っているスズカにエンマは声を掛ける。


「誰ですか?」


 どこからか取り出したパンを頬張りながら、スズカは顔を上げた。

 口が小さいせいなのだろう。

 スズカの持っているパンのかじられた部分を見るとあまり大きくないはずなのに、食べたパンで頬が大きく膨らんでいる。

 なんかリスみたいで可愛いな。


「初めまして。エンマって言います」


「私はオニユリ。あなたと同じクラスに今日途中入学してきました」


「スズカ・ウィンターです。よろしくお願いします」


 そう言って礼儀正しそうに頭を下げるスズカ。


「ウィンターさんは強いですね。さっきの試合すごかったです」


「ごめんなさい。次の試合があるので」


 エンマが話し始めたところで急にそう言ってパンを袋に戻しながら何処かへ立ち去るスズカ。


「なぁ。俺なんか間違えたか?」


「さあ。彼女を見る目がいやらしかったんじゃないですか?」


「ちょっとかわいいって思っただけだろ。でもまぁ、お年頃だもんなぁ。そういう視線には敏感でもおかしくないか」


 初めの一歩で盛大に失敗した感じのエンマ。

 うん?

 待てよ?

 これは、冷静に考えると大変まずいのではないだろうか。

 だって、今の対応で生理的に受け付けない人とかいう地獄のレッテルを貼られたら、どんなに頑張っても協力してくれるようにならないでしょ。

 あの年頃の女の子ってほんと厳しいから。

 仮に、エンマの視線が原因でないとしたら、他に相手に逃げられるような理由はあっただろうか。

 午前の実技授業をサボって一人で大人数を病院送りにしたことか?

 言い訳になるかもしれないが、別にあれはエンマがしたんじゃなくて勝手に仲間内で傷つけあっただけだから。

 まあ、そうなるように仕向けたけれども。

 …あれ、言い訳できてなくね?

 とにかく、それなら名前を名乗った段階で逃げているはずなんだよなぁ。


「分からん」


「どうここから立て直すんですか?」


 逃げられた理由は一旦置いておいて、ここからが大事ではないですか、とオニユリが言った。


「…とりあえず、ユズルの方へいこう」


 魔王軍と戦うことに関しては随分と簡単に見通しが立ったけれど、人材の方は結構難航しそうだなぁ。

 そんなふうに思いながら、エンマは歩き出した。




「君が、ユズルくんで間違いないか?」


 気持ちを切り替えて周りの人に聞き込みをしたところ、その人を発見した。


「そうだけど?」


 そう言ってこちらを向く男の子。

 よかった。

 この子からは暗い雰囲気を感じない。


「入学試験で先生に勝ったんだって?」


「ああ、勝ったね。君も勝ったんだってね。転入生さん」


「まあ、一応な。ところで、雰囲気の暗い子が目立つんだが、どう思う?」


「魔王軍と戦いが始まったら俺たちは前線に出ないといけないけど勝てる見込みがないからってみんな塞ぎ込んでるんだろ? 勝てる、勝てないとか大した問題じゃないだろうに」


 ん?

 こいつは何を言っているんだ?


「勝てるか勝てないかは大した問題じゃない? どういうことだ?」


「すべてのことには始まりがあり、終りがある。それは自然の摂理だから。いつ始まったかは知らないけれど、この国もとうとう終わりが来ただけだ。本当に、ただそれだけなのに、一体何を恐れるというんだい? 俺たちが滅ぼされようと、世界は何も変わらない。」


「じゃあ、ユズルくんは戦わないのか?」


「いや、戦うよ。最後の最後まで、諦めずに戦う。ただ、その結果この国が滅びたとしても、それが悲しいことだとは思わない。俺たちの屍の上にきっと何かが繁栄するのだけだから」


「…そうか。戦ってくれるのか」


「もちろん」


「…なら、いいか。その時は一緒に頑張ろうな」


「ああ、その時は」


 じゃ、次試合だから、と言って歩いていくユズル。

 仙人みたいな考え方をするやつだとエンマは思った。

 この世界に不滅のものはない。

 植物が全盛期の時代があれば、魚類が全盛期の時代があり、爬虫類が全盛期の時代もある。

 そうやって色々なものがときに繁栄し、その後衰退していって世代交代するのは当たり前のことなのに、それの何が悲しいんだ。

 俺たちの国が滅びた後はきっと何か別のものが繁栄するだけで、それは今まで何度も繰り返されてきた自然な出来事じゃないか。

 彼が言いたいことを要約すると、こういうことだろう。


「…随分と達観しているというか、なんか枯れた人ですね」


「だな」


 あいつ、まだ十代だよな。

 若い子が言ったセリフとはとても思えないのだが。

 実際、今のセリフって死ぬ間際の夢破れたお年寄りが言う台詞あろう。

 この世は諸行無常なのじゃよ、みたいな。

 もっと希望持てよ。


「一緒に戦ってくれるとは言ったが、別の意味で不安が残るやつだな」


 だが、まあ一旦はよしとしよう。


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