お疲れ様です。…まあ、今回は良しとしましょう。あなた方は何も考えず剣の腕を磨いてください
「お疲れ様です。…まあ、今回は良しとしましょう。あなた方は何も考えず剣の腕を磨いてください」
教頭先生は失笑気味にそう言った。
無事ではないが、どうやらテストを乗り切ったようだ。
テレパシーを使ってお互い話し合いながら問題を解いたが、どちらも答えを知らない問題に対してはどうすることもできなかった。
分からないものは分からないということだな。
それに問題も悪いだろ。
なんだよ、国をここまでボロボロにした史上最悪な現国王の名前を答えなさいって。
知ってるわけないだろ。
というか、テスト問題に出るほど恨まれている現国王って何をしたんだよ。
「では、最後に確認です。あなたたちは、魔王軍と戦いたいと言いました。その言葉に嘘偽りはありませんか?」
「ないです」
「ありません」
教頭がふっと安心したような表情をする。
「よかったです。では、こちらへの記入をお願いします。今年入学の生徒及び、在校生にはもうすでに書いてもらいました」
そう言って一人一枚ずつ、二枚の紙を出してくる。
「これは?」
「近いうちに戦いが始まります。おそらくあなた方が卒業する前に。そうなった場合はあなたたちには前線へ出てもらうことになるでしょう。学校なんかに来ている場合ではありませんから」
「つまり、魔王軍との戦闘に出ても構いませんという誓約書ですか?」
「端的に言えばその通りです。正確には、戦いが始まった場合、卒業を待たずして帝国騎士団に入団し、魔王軍と戦いますという誓約書です」
「願ったり叶ったりです」
これでどうやら魔王軍との戦いに参加できるようだ。
にしても随分と相当切羽詰まっているようだな。
さらさらとエンマたちは書類を書いた。
「では、制服を仕立てるために体の採寸をした後、寮へと案内します。オニユリさんはこちらへ。別の部屋へ案内します。エンマくんはここで待っていてください」
そう言って書類を受け取りオニユリを連れてどこかへ行く教頭。
「ふぅ」
途中入学を認めてもらうとため学校へ赴き試験をして…と、ノンストップできたがようやく一息つけるようだ。
部屋で一人になったエンマは誰の視線も気にすることなく安堵のため息をついた。
自分では感じていなかったが、思った以上に疲れが溜まっていたようだ。
…特に最後の筆記試験のせいで。
とにかくこれで、この先の見通しがついた。
まさか、魔王軍と戦えるところまで見通しがつくとは思っていなかったが。
これから本格的に勇者を探さないとな、なんて考えていると、扉の開く音が聞こえた。
「無事に入学できたようだね」
入ってきたのは校門で会ってここまで連れてきてくれたあの若い先生だった。
「初めましてじゃないけど挨拶はしてなかったよね、エンマ。僕は帝国騎士団から派遣されてきた騎士のクレト。今は非常勤講師をしているんだ」
「エンマと言います」
名乗る前に名前を呼ばれているが、一応名乗っておく。
「じゃあ、測っていくよ。片足だして」
非常勤講師がなんで俺の制服の採寸をおこなっているのか不思議に感じながらも、エンマは言われた通り足を出す。
「ツカサ先生に勝ったんだって?」
陽気な感じで話しかけてきたクレト。
「いや、まあ。まぐれですよ」
「まぐれで勝てるほど、あの先生は弱くないよ」
謙遜しちゃって〜とでも言う感じに笑いながら言った。
バレたか。
でも、そういうクレトはツカサより何十倍も強いだろうに。
そんな実力を感じる。
「今年二人勝った人がいるらしいじゃないですか」
「四代貴族のうちの一つ、ウィンター家のご令嬢と天才農民のユズルでしょ?」
でしょ? と言われてもあったこともないし、聞いたこともないのだが。
「でも、そうだね。そう考えると今年は壁を超えた生徒が4人もいるんだね。稀に見る豊作だ」
「壁を超えた?」
「入学試験であの先生が生徒の相手をするのは毎年恒例なんだけど、あの先生に勝った生徒たちは壁を超えた生徒って呼ばれるんだよ。君たちもその一人だ。大体どの年も一人でるか出ないかだったのに、今いる在校生たちときたら、どの学年にも壁を超えた生徒が入学してきている。ほんと、最近の子は早熟で嫌になっちゃうよ」
「随分とすごいんですね」
毎年一人出るか出ないかの生徒が三年連続で出ているなんて、客観的に見てすごいことだと思う。
「でしょ? 途中入学募集をやめようと思う俺たちの気持ち、分かるでしょ?」
はい、採寸終了と言ってクレトは立ち上がった。
「あれ、下だけですか?」
「うん。この学校は下だけ制服の指定があるけど、上は自由になってるんだ」
そうだったのか。
「じゃあ、ここで待ってて。寮に案内するのは教頭がやるはずだから。女の子の方の採寸が終わったらこっちくるでしょ」
おい、最後ずいぶんと適当だな。
だが、文句を言う間もなくクレトは部屋から出て行った。
「ふふふ」
クレトは誰もいない廊下でひとり笑った。
「さて、状況はあの年と同じだ。一時は伝説の世代と言われ、後に亡命の世代と言われた、あの年と」
あの年も、今と同じようにどの学年にも壁を超えた生徒がいた。
しかも、壁を超えた生徒たちが類を見ないぐらいに強かった。
「上層部の望み通り、今の子たちは救国の世代となってくれるのだろうか」
少し先が楽しみだ。
廊下を歩きながらクレトは笑った。
「どうですか、エンマ様。似合ってます?」
翌日寮に届けられた制服を着て、再び教頭室に来た二人。
あの後、教頭に連れられて寮へと案内された。
考えてみれば、エンマたちはこの世界に来たばかりでホームレスも同然なため、寮があって本当によかった。
寮は想像以上に大きな建物だった。
建物の中心部分に階段や共有部分が集中しており、そこから右方向が男子寮で、左方向が女子寮といった構造になっている。
共有部分は男女どちらも使用できるが、男子寮に女子が入ることや女子寮に男子が入ることは禁止となっているという。
男子寮も女子寮も同じ建物の中にあるため、うっかり入らないように気をつけてくださいと言われた。
昨日はあの後、寮の共有部分にある階段で別れて自分の割り当てられた部屋へと向かい、今日も寮で待ち合わせなどはしなかった。
集合場所が同じだったためだ。
なので、制服姿のオニユリを始めて見るわけだが、なんというか。
「馬子にも衣装だな」
「そこは素直に似合ってるって言ってくれてもいいんじゃないですか?」
いや、分数の計算もできないような奴にはぴったりの言葉だと思うのだが。
にしても、女子も制服は下だけなのか。
上は見たことない服を着ている。
「そんな服、持ってたっけ?」
「昨日あの後急いで一週間分の上を揃えました。エンマ様は昨日と同じ服ですね。着替えてないんですか?」
「失礼な。同じ服が何枚もあるんだよ」
断じて着替えていないわけじゃないから。
「一週間分揃えた方がいいですよ。なんなら、私が揃えましょうか?」
「…いざとなったら、頼む」
お洒落についてはまるで分からないエンマ。
こいつが詳しいかどうかわからないが、今の服装を見る限り、とりあえず見ていて不快感を与えるようなファッションセンスをしているわけではなさそうだ。
なので、いざとなったら任せることにした。
「かしこまりました」
「二人とも揃っていますか。いますね。では、教室に向かいます」
時間通りにやってきた教頭に声をかけられてエンマたちは教室へと向かった。
「途中入学試験に合格したエンマくんです。では、何か一言お願いします。」
教頭に連れられて一年生のフロアまできたところで、それぞれクラスの担任に引き渡された。
クラスは二クラスあり、エンマとオニユリは別のクラスになるようだ。
と言っても、実技の授業は合同で受けるので座学の授業のためだけのクラス分けではあるが。
どの学年もクラスは二つあり、本当は今年三クラス作る予定だったのだが、定員割れとなってしまった。
しかも例年よりも人数が集まらなかった。
そのため例年よりも多いクラスとして一つにまとめるか、例年よりも一クラスあたりの人数は少なくなるが、今まで通り二クラスに分けるかで意見が分かれたらしい。
最終的に一クラスにした場合に生徒たちが収まる座学の教室に都合がつかないという理由で二クラスに分けることになったようだ。
「魔王を倒すためにこの学校に来ました。よろしく」
ヘーイ兄弟。
このピンチによくきたね。
窮地を一緒に乗り切ろう。
ぐらいの歓声を受けると思ったのだが、半分ぐらいの人からしか拍手をもらえなかった。
残りの半分は魂をぬかれたかのようにシーンとしている。
あれ、何か間違えたか?
ああ、想像を間違えすぎてる?
「は? 何バカなこと言っているんだ。途中入学の分際で」
「おう?」
想像を間違えすぎたとしても、この反応は予想外だぞ?
後ろの方に座る男子生徒がイラついたようにそう言った。
「この時期に途中入学では言ってくるやつなんて、どうせ大した才能もないやつだろう。じゃなきゃ入学式の日に俺たちと一緒に入学しているはずだ。そんな奴が、いきなり魔王を倒す? 笑わせんな。 俺たちはなぁ、魔王軍には勝てねぇんだよ!」
「魔王軍に勝てない?」
「そんなことも知らずにこの学校に入ってきたのか? とんだ犬死にやろうだ。 俺たちはどうやったって、魔王軍には勝てない。 戦って無様に負けるしか、道はないんだよ!」
「ススムくん!」
そんな先生の悲鳴のような声と同時に、右手で先の尖ったペンを投げてくる。
おうおうおう、随分とヤンチャな人間だなぁ。
一直線に飛んできたペンを人差し指と中指で挟むようにキャッチするエンマ。
これで一安心と思ったが、男子生徒は間髪入れず、左手で教科書のようなものも投げてくる。
ペンをキャッチされたことにむかついたというより、最初から二段構えの攻撃をするつもりでいたような滑らかさだ。
やめろよ、無駄だから。
そう言ってやりたかったが、もうすでに投げてしまった後だ。
対処するより他ないだろう。
エンマはキャッチしたペンを回して尖ったペン先の方向を変え、その教科書に向けて投げる。
すると、先が尖っているため、先端は教科書を貫通するが、ペンのクリップ部分が引っかかり、そのままペンの進行方向に引っ張られる形で教科書は投げた持ち主の方へ戻っていった。
その教科書付きペンを男子生徒は首を倒して避ける。
「そこまで、そこまで!」
担任の先生が泣きそうになりながら俺たちの間に入る。
「けっ。一度絞めてやんなきゃなぁ」
その生徒は教室を出て行った。
その生徒の姿が見えなくなると、周りの人たちのがヒソヒソと何かを話し始める。
どうやら、心配されているようだ。
ススムに目をつけられるなんて、あいつかわいそうに。
まとめると、大体みんなこんなことを言っている。
だが、エンマはそんなことは気にせずに、全く別のことを考えていた。
そうか、これがクレトの言っていた問題か。
勝てないと諦めている生徒がたくさんため、お通夜状態の雰囲気になってしまっていること。
面倒くさいことになったなぁ、これは。
「今日もまずは座学の授業から始めます。その後、実技の授業です。午後は学年内戦の続きを行います。負けてしまった生徒もまだ残っている友達を頑張って応援してくださいね。では、今日も一日元気いきましょう」
一番元気のない感じで、担任がそういった。
「こっちこいよ」
ペンと教科書を投げてそのあと姿を晦ました生徒、ススム、だったか? が、座学の授業が終わったところで声をかけてきた。
お前、どこに行ってたんだよ。
今から実技の授業なんだけど、と言ってやりたかったが、こっちの話を聞くつもりはないのか、スタスタと歩いて行く。
なんなんだよ。
仕方がないからそいつの後を追っていくエンマ。
「うわ、あいつ大丈夫か?」
「不味いだろう。可哀想に。魔王を倒すなんて大きな口を叩くから…」
「面倒なやつに目をつけられたな」
「おい、お前も目をつけられるぞ!」
二人がいなくなった後、そんな声が教室の中でささやかれた。
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