では君は、異世界に転生したいと?
「では君は、異世界に転生したいと?」
「はい! ぜひともしたいです!」
目をキラキラ輝かせながら目の前の人間が言った。
手元にあるエンマ帳に目を通す。
ふむ、なるほど。
信号無視の回数が目立つが、まあそのほかには特に悪さもしていないようだ。
こいつなら、まあいいかな。
「いいだろう。では勇者になって世界を救ってもらうことになるが、それでいいか?」
「もちろんです!」
「そうか」
なら授けるものは、聖剣と才能か。
次は、どの世界に飛ばすかなぁ。
勇者を送らないと、後々大変なことになりそうなプチ炎上気味の世界はいくつもあるが、こいつにはどこが向いているだろうか。
エンマは部下の作った『まだ転生者を送っていないが、送らないと後々大変になる世界リスト』をパラパラとめくりながら、目の前の人間の転生先を決める。
『転生者を送ったが、もう何人か送っておくと、なお安心リスト』というのも存在するが、目ぼしいところにはあらかた送り切った感じがあるので、ここのところ全く見ていない。
「よし、決まった。ではお前には聖剣と剣の才能を授けるとしよう。転生する世界は魔王に支配されそうな世界だ。その世界で、お前は勇者として、人々を救うために戦ってもらう。決して楽な道のりではないと思うが、諦めずに進んで欲しい」
「仰せのままに」
「では、新たな勇者タカハシ。新しい世界へ送るぞ」
そう言って目の前の人間に新しい世界へと転生する魔法をかける。
「必ずや世界を救って見せます」
タカハシは満遍の笑みを浮かべ、異世界へと旅立っていった。
「エンマ様」
一人転生させてちょっと休憩するためにバックオフィスに移動すると、部下の鬼が声をかけてきた。
獄卒鬼のオニユリだ。
「なんだ?」
「また転生者を送ったのですか」
「まあな」
「怒られますよ?」
「気にするな」
本来、転生者を送るのはあまり褒められたことではない。
死んだ人は天国か地獄に行かなくてはならないからだ。
それなのに、なぜ転生者を送るのか。
理由は簡単だ。
そうしたら仕事が楽になるからである。
魔王に支配される場合でも同じ人間に支配される場合でも同じだが、片方が片方に支配される際は、必ず大きな争いが起きてとんでもない数の人が死ぬ。
そして、死んだ人はここに来る。
つまりたくさんの死者が出ると一気にここが忙しくなるのだ。
そうしないためにはどうするか。
王との戦いの場合は人類側を強くすればいいし、人間同士の場合は対立する者たちの力を均等に保てばいいのである。
そうすれば、魔王との戦いで人間が死ぬことはないし、人間同士ならばお互いがお互いを牽制して、大規模な争いに発展しない。
つまり、人が一気に大人数死なないため、仕事が忙しくならない。
そうなるように転生者を送るのだ。
結構前までは自分で出向いて調整していたが、この方法を思いついてから、ずいぶんと楽になった。
人を送るだけで後は勝手にやってくれるから。
「エンマ様、世界でまた一つ大きな争いが起きて人がたくさん死にそうです」
バックオフィスにある大きなモニターを見ながら、オニユリが言った。
「またか、最近多いな」
この前も小さな国が一つ滅びたせいで、三十徹ぐらいする羽目になった。
ちなみに三十徹したが、その期間で仕事が片付いたとは言っていない。
とりあえず一旦寝ただけである。
「どの世界だ」
「こちらの世界です。魔王が人間を駆逐するために、進軍を開始しました。手始めに国を一つ滅ぼすようです」
そう言ってモニターの設定を切り替える。
「なんだ、この世界か。俺が直々に動かなくても大丈夫なように、勇者と聖女を送っただろう。あいつらはどうした?」
「不明です。この前と同じように」
「…そうか」
くそ。
こういう事態になった時、ここは非常に弱いのだ。
目の前にあるエンマ帳をひとなでする。
死んだ人間ならば、どこで何をしていたか秒単位で分かるものだが、生きている人間となると、何も映さない。
まあ、ここは基本的に死んだ人間への対応がメインであるからな。
だからせいぜい、もう直ぐ死にそうな人と死因を映し出すこのモニターぐらいしかないのだ。
「勇者と聖女はとりあえず、緊急事態で動けないと」
「緊急事態かどうか分かりませんが、一つ言えることはこのままだと、モニターが示す通りこの国の人々はもう直ぐこちらに来ることになるでしょう」
「冗談じゃない。物凄い大国じゃないか。こんな国が滅んだら、今度はあの三十徹事件どころじゃ済まないぞ?」
俺はこれ以上仕事をするつもりはないんだが?
「まあ、大変なことになるでしょうね」
他人事みたいに言ってるけど、あなたも運命共同体なんですよ?
ええい、こうなったら仕方がない。
「ちょっとその世界に行ってくる!」
エンマは大急ぎでその世界への門を開いた。
「ふふ、なんだかんだ理由をつけて助けちゃうあたり、本当にお優しいんですから」
エンマが行った後、オニユリは微笑んだ。
「魔王様、ゴブリンやオークたちが所定の位置につきました」
「ご苦労」
魔王は大きく深呼吸をして、口を開いた。
「同胞諸君、聞こえるか。今日こそ、我は人間どもを支配する。情けは無用だ、思いのまま蹂躙して」
「ちょっといいか?」
「お前は誰だ? どこから現れた?」
はー。
間に合ったか。
危ない、危ない。
「人間に手を出すの、やめてくれないか?」
俺の仕事が増えるから。
「何を寝ぼけたことを。だが、ここまで来た勇気だけは褒めてやろう。その褒美として、我が直々にお前を殺してやろうではないか!」
「何を寝ぼけたことを」
ため息をつきながらさっき言われたことをそっくりそのまま返すエンマ。
「貴様、我に向かってそのような口の聞き方をするとはいい度胸だな。あの世で後悔するがいい!」
そう言って謎の光線を放ってくる。
なんだ、これ?
エンマは拳を振りかざし、その光線をはたき落とした。
「何、馬鹿な。我の最強魔法だぞ? 貴様一体何者だ」
「なんでもいいからさ」
この程度で何を言っているんだ。
手をパンパンと叩き、魔王に近づくエンマ。
「ちょっとむこうに行っててくれない?」
一撃で魔王を撃沈させ、そう言った。
「魔王軍は進軍を辞めたようです」
「そうか、それはよかった」
「相変わらず、お優しいですね」
「違うから。俺は仕事をしたくないだけだから。スローライフを送りたいの」
「まあ、それは無理でしょうけどね」
なんか確信があるように言うオニユリ。
「なんでだ?」
「まだまだ、争いの種はいくつもありますから。ほら、このモニター、設定を変えるとこのままだと危険な国リストとかも見れるんですよ?」
そう言ってオニユリは設定をいじくった。
「おい、本当になんでだ?」
映し出された情報を見てエンマは唸り声を上げる。
あと、いつそんな機能追加されたんだ?
全然知らなかったんだけど。
「ちなみにいつこの機能追加されたんだ?」
「このモニターが設置された時からついてましたよ? 我々はこれをもとにあなたへ転生者の送り先リストを作成しているんですから」
そうだったのね。
全然知らなかった。
と、そんなことを考えている場合ではないな。
先ほど救った国もかなり大きい部類だったが、どこもここもそれ以上に大きな国がある世界だ。
絶対にこうならないよう、かつ、俺が直々に動かなくてもいいように、これでもかと言うほどチートな奴らを送ったじゃないか。
…送った後そいつらが活躍しているかどうかを知る術はないけれど。
「送った奴らは一体何をしているんだ」
エンマは呆れ声を出した。
「この前の事態みたいに、お金儲けに忙しいんじゃないですか?」
「…あいつか。頭はいいのに残念なやつだろ?」
「はい。彼女が『好きだよ』ってかわいく言うから、抱きしめようと思ったけど、液晶画面が邪魔してできなかったとか真顔で言うあの人です」
ちなみにエンマ帳におると、きっちり液晶を割るところまではしていた。
中にいなくて諦めたらしいが。
「あいつ、自分が降り立った国は救わずに、別の国で億万長者になってたよな。俺があげた聖剣の売却費用を元手に」
再び死んでこっちの世界に来たとき、すごい楽しそうにそいつが語っていたのを覚えている。
勇者を送ったはずなのに、なんでこんなことになったんだろうと疑問に思っていたエンマはそれを聞いて開いた口が塞がらなかった。
「あとは基本的に復讐に忙しいらしいんじゃないでしょうか」
「そのパターンも最近多いよな。こっちが忙しくなるから、素直に人を救えよ。そんな復讐に燃えるお前らに、俺が復讐してやりたい気分だ。とりあえず、今一番危ない世界はどこだ?」
そうは言っても始まらない。
なのでもう一度行って悪の権化を倒してきてやる。
「えーっと」
「よう」
そんな中、エンマに向かって声がかけられた。
「お釈迦さん」
こんなところまで遥々どうしたんだ?
「さっき、人間界に降りて虫けらを一匹倒したようだな?」
ああ、あの魔王ね。
「倒しましたが?」
「転生者もたくさん送っているそうな」
おう?
雲行きが怪しいぞ?
「何、別にそれらのことに関してとやかく言うつもりはないよ。本当はご法度なんじゃがね。私も人が殺されるのは嫌なのでな。ただ、ただ一点言わせてくれまいか」
俺は、仕事が忙しくなるのが嫌なだけだし。
だから、“も”じゃないし。
ところで、なんだろうか。
「我々の存在がバレるようなことはしてくれるな。あの後、お前の救った世界は人間よりもより高位のものが本当にいるのではないかと大変な騒ぎになっておる。いきなり魔王が一瞬で倒されたんじゃからな。さて、どう収集つけたものか」
あーね。
「分かりました。では次はバレないように世界を救います」
「そうしてくれ」
「あの」
どこかへ立ち去ろうとしているお釈迦さんにエンマは声をかけた。
「ん?」
「今年もお願いできますでしょうか」
「おう、楽しみにしておるぞ」
そう言って楽しそうに歩いて行った。
「ここです」
モニターにその国を映し出す。
自分で動かなくてもいいように、前々から準備を進めていたのになんでこうなったのだろう。
はぁ、仕事したくない。
もう本当に行きたくないが、でも行くしかないだろう。
どの国も、滅んだらとんでもない仕事量が舞い込んでくる。
それに、さっき言質取ったからな。
バレないようにするんだったら世界を救っていいって。
仕事を減らすために下界に降りていろいろやるのはまずいんじゃないかって実は内心冷や冷やしてたんだ。
「頑張ってくださいね〜」
緊張感のない声でオニユリがエンマの背中に手を振る。
「…よし。オニユリも来い」
「はい?」
「バレないように世界を救うということは、俺も力をセーブしなければならないと言うことだ。そうなると、痒いところに手が届かないなんてこともあるかもしれない」
「なんですか。セーブする分の力を頭数で補おうということですか?」
「そうだ。さすが、よく分かっているじゃないか」
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