1.【北海の鬼殺し】撃たれて死にました。
ゆる~い気持ちで読んでください。
その頃にそんな言葉ねぇよとか思っても、見なかった振りをしてくれれば幸いです。
時は昭和中期、第二次世界大戦が玉音放送とともに終わりを告げた三年後、俺は産声を上げ、気が付きゃ三十前に何やかんやあって知らん世界に居た。
……や、何やかんやを詳しく話せいと言われても、知らんものは知らんのじゃ。
ただ日本で最後に覚えているのは、俺も若頭を襲名してやっとクラウンに乗れる。おやっさんからその許しを貰ったことで柄にも無くはしゃいでいたことだ。
ああ、4ドアぴらーどハードとっぷ、2.6L140馬力、黒塗りのビカビカなろいやるさるーんっちゅうヤツを契約しに行く途中やったんや。
『アンタにゃ恨みはねぇが、富樫組の親分さんから杯貰うためじゃ死にさらせー!!』
ウキウキ気分で組の門をくぐった途端、小汚ぇ鉄砲玉がパンパンバキューン。
何晒すんじゃボケがぁ! と吠えて撃ち返すことすら出来ず、俺が最後に見たのはやけに青い空と俺を覗き込み泣きじゃくる舎弟共の顔だった。
ああ、くたばるんだな。
俺は死というリアルってヤツを意外なほど素直に受け止めていた。まぁこんなヤクザな仕事だ、いや、ヤクザそのものやけど、とにもだ、そんな裏街道を驀進して生きてりゃ天寿を全う出来るなんてさらさら思っちゃいねぇ。
思っちゃいねぇから、まぁ、こんな死も当たり前に受け止めていた。
そして気が付いたら俺は知らない世界に居た。端折りすぎかもしれんが、居たったら居たんだから仕方ねぇ。
高度経済成長とやらで腐った排ガスくせぇ空気とは違う清涼な風。緑豊かな草原。そこはまるで、ガキの頃に住んでいた田舎のような雰囲気。
俺は、正直そこが天国かと思った。
神さんも粋なことしやがると思ったよ。やっとくべきは毎日の神棚の掃除と水替えだな。ああ、榊だって萎れさせたことは一度だってない。
だがすぐに分かる。それが勘違いだってことを。そう、ここは地獄だった。
そりゃそうだよな。
いくら神頼みしたところで、ポントウ片手に三つの組を叩き潰した俺が、神棚掃除したぐらいで天国なんぞ行けるはずもなし。
目の前に現れたのは醜悪で得体の知れない怪物ども。
ああ、いくら無鉄砲な俺でも無手でこいつらに勝てるとは思わねぇ。
ここまでだって思ったね。
まぁ地獄に落ちて悪鬼羅刹に襲われるだけのことはやってきた自覚はある。それにどうせ一度死んでる身だ。そう考えたら、二度目の死もあっさりと覚悟できた。
だが、気が付いたら俺は、けったくそ悪い化け物を斬り捨てていた。
そう、俺の身体は何か知らんが鉄の塊で出来たフルアーマーを纏い、腰には短い西洋刀をぶら下げていたのだ。
そこからは本能ってヤツだろう。
死よりも生を、この身体は望んだ。
「やれやれ日本で片手じゃ数えきれん人間に石抱かせて海の底に沈めてきた俺が、よもやこうも生き意地汚ねぇとはなぁ。なさけねぇ」
だが、どんなに嘆こうがこれが俺の望む道ってぇなら仕方ねぇ。
よっしゃ!
今から化け物の活け作り解体ショーの始まりだ!
「かかって来やがれ有象無象ども! せいぜい俺を楽しませろ!」
ショートソード片手に大立ち回り。
ヘッドロックした化け物の首に刃物滑り込ませりゃ、人間じゃ無くてもあの世行きよ。
蹴散らすこと三十を数えた頃、流石の俺も肩で息をしていた。
ち、アヤつけられてケツをまくったことはねぇが流石に限界だ。
ちょいとこの場を離れて休んだら、喧嘩の続きといこうや。
だが、そうは問屋が卸さないとはこのことだった。
逃走を図ろうと背後を振り返れば俺を取り囲むように魑魅魍魎どもがうじゃうじゃと沸いていやがった。
くそ、しくじった!
普通ここまで派手にドンパチやってりゃ、マル暴共が嗅ぎ付けやがるから魑魅魍魎どもは蜘蛛の子散らしたみてぇに逃げるってぇのが相場なんだが、ここにゃチャカ持った正義の味方はいねぇらしい。
はぁ、生前は喧嘩三昧だったが、あの世でも喧嘩三昧で最後は全部おじゃんか。
ふ……
神さんってのはどこまでも意地クソが悪いらしい。
八百万がどうこうってぐらいうじゃうじゃ居るんだから、少しは人情味のある神さんが居てもいいじゃねぇか。
神がこんな根性悪なら、顔に×傷背負ったうちのおやっさんがどんだけ仏様に見えることか……
あれ、そういやおやっさん仏教徒だったか? おやっさんの自宅に曼荼羅ぶら下げた仏壇があった気もするが……
もしかして、親分が仏教徒なのに事務所に神棚勝手に祭ったから俺はこんな地獄に落とされたってのか?
なんてこった!
仏の領分に俺の手招きで神が無断侵攻したってことじゃねぇか!
こりゃとんでもねぇことをやらかしちまった。俺の信仰心で日本が危ねぇ! 一体全体、どうすりゃ神仏戦争を収められるんだ……
んん~んがが……んぎぎ……んごーっ!! 悩んでいたら脳みそが茹で上がりそうだ!
ああ、クソッタレ! モヤモヤしやがるが、死んじまった今となっちゃどうでも良い話だ!
んなことより戦略的撤退もままならねぇなら、この肉体が滅びるその瞬間まで暴れ尽くすのみよ!
「地獄の魑魅魍魎ども、こんなチンケなタマが欲しけりゃくれてやる! だが、タダじゃやれねぇ! 悪党の交換レートが安くねぇことをその身に刻みやがれ!」
啖呵とともに大立ち回りの再開、とはならなかった。
ドォーン!!!!
目の前で突如爆発が起きやがった。
な、なんだ? 何がおきやがった?
これはおやっさんが前に言ってた米兵の空襲ってやつか? クソ! 日本人の俺を嫌って米兵まで出てきやがったか!?
上等だ!! こっちとら竹槍どころかショートソード振り回してんだ!
ファントムツーくらいならぶった切ってみせんぞ!
「かかって来やがれ、ここから先は地獄への片道切符だ! まぁ、ここが地獄だがな!!」
ん? 地獄で死んだらどうなるんだ?
またここに舞い戻るのか? それともただ消滅するのか?
ハッ! そんなこと知らねぇや。
ただ敵を切り刻むのみだ!!
「さぁ、かかって来い!」
俺が見得を切ったのと同時であった。俺の目の前で魑魅魍魎どもが火の海に沈んだのだ。
「?? 何が、起きてやがるんだ?」
仲間割れか?
だが、違った。
小汚ねぇ魑魅魍魎どもとはまるで違う、白色? 銀色? 何て言ったら良いかわからねぇが、とにかく太陽の光にギラギラと輝く西洋甲冑を纏った連中が魑魅魍魎どもを蹴散らしていた。
「なんでぇ、あの世のマル暴はツッパリの聞いたイカした恰好してるじゃねぇか」
って、感心してる場合じゃねぇ。
こいつらがあの世のマル暴なら、俺のことを新泉組の若頭【北海の鬼殺し】と呼ばれた時任尊だとすぐに気が付くはずだ。
こんな所で呆けてたら、秒でパクられちまう。
針山登らされる前に撤退じゃい!
振り返り逃げようとしたら、目の前には甲冑に身を包んだじじぃが一人。
……昔世話になった鑑別所で、俺に口やかましかった山本のじじぃに似てやがる。
老い先短ぇんだ、俺の前に立つのはやめておけ。
「ご無事でしたか!」
「おん?」
何だ何だ? マル暴どもが俺に頭を下げてやがる。
……あ、あれか? あの世じゃこんな筋者でも礼儀は尽くすってか?
お、おぅ、良いじゃねぇかあの世のポリ公。
俺はアレだ、敵であっても礼儀を尽くすヤツは嫌いじゃねぇ。
「あ、あ~、あれだ、苦しゅう無いぞ」
「このような事態になった我々を許して頂けるとは……何とお優しきお方か。流石は我らがプリンセス、エセルヴァルドが誇る太陽の姫君カティア様。まさに無限のお慈悲!」
「は? 誰が姫でエセル何とかがなんだって?」
ハラハラと涙を流している山本(仮名)のじじぃ。
そうだな、俺が鑑別所に居たときですでに六十近かったはずだ。
もうろくしててもおかしくはねぇ。
ま、もうろくしているならそれはそれで好都合だ。
じゃあな、山本(仮名)のじじぃ。達者で暮らせ……
ッ!
全力で逃亡を決め込んだその時だった。
山本(仮名)のじじぃのやたらビカビカな甲冑に映り込んだ俺の顔。
右手を挙げるとそれも右手、ん? 左か? を挙げる。
左手を挙げるとそれも左手、右か? 知らん! とにかく手を挙げる。
髪の毛を掻き毟れば……以下略。
「なんじゃこりゃぁあ!!」
俺は、最近流行っているデカがスカッと殉職するドラマのみたいに叫んでいた。
だって、そりゃそうだろ。
俺の厳ちぃ見た目が、おやっさんの孫娘が大好きな少女漫画にでも出て来そうな美女になっちまいやがったんだよっ!
情けねぇ……
俺の彫りもん入った腕がおやっさんみたいに傷の入った顔が、こんなに可愛らしくなっちまって……
神よ仏よ、これが貴様らの罰だというのか?
く……ぐぬぬ……生き恥だ……いっそ、殺せ……
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