とある少年少女の選択
私の神シチュ&萌え恋企画。
参加させていただきますね。
一人の少年がいた。
少々貧乏である事を除けばごくごく普通の両親のもとに生まれ、ごくごく普通の友達と出会い、触れ合い、そして将来はごくごく普通の仕事に就き、ごくごく普通に結婚して……そんな無難な生活が約束されていた少年だった。
だが彼の運命は……ある日、突然狂い出した。
彼の住む国とかつて戦争をしていた国の兵士の残党が……少年の住む町を、襲撃した事をキッカケに。
そこから先は、地獄だった。
見つかった者は容赦なく殺された。
老若男女問わず。ただただそこにいただけで。
ある者は刺殺され、ある者は斬殺され、ある者は撃ち殺され、ある者は火だるまにされ、またある者は何をされたか分からないまま、全身の穴という穴から黒い血が噴き出て死んだ。
なぜ自分達がこんな目に遭わなければならない。
私達はただ、普通に生活をしていただけなのに。
町民達は逃げ惑いながら、悲痛な叫び声を上げながら思う。
しかし相手にとっては、そんな彼らの主張など、どうでもいいのだろう。まるで狂ったように……容赦なく彼らを蹂躙していく。
少年はそんな悪鬼の如き襲撃者達から、一人の少女と共に逃げていた。
隣の家に住む、同い歳の幼馴染の少女だ。彼女の家に遊びに行っている時に、彼女の家が襲撃を受けたため、こうして共に行動していた。
彼女の両親は、自分達を逃がすために囮となった。
今も無事かどうかは分からない。だけど無事だと、彼らは信じるしかなかった。そして、あとで合流できると信じ……逃げるしかなかった。
少年はまず、自分の家へと向かった。
自分の両親が無事なのかどうかを確かめたかったのだ。
少女は反対した。
まずは逃げようと強く少年に訴えた。
しかし少年は、どうしても両親が心配で……地獄の扉を開けてしまった。
少年の目に、赤い部屋が映った。
両親の血しぶきによって彩られた赤い部屋が。
「…………この家のガキか」
そして、その赤い部屋で佇んでいた……赤き返り血を浴びた、地獄の悪鬼の姿も目に映り……少年達へと、悪鬼は血のように赤い目を向けた。
「お前らも、殺してやる」
悪鬼が低く、うなるように声を発する。
「殺して殺して、殺しまくってやるワヒヒヒャハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッ!!!!」
悪鬼は、すでに壊れていた。
殺戮を抵抗なく行うための薬物を摂取したのかもしれない。
だがそれを知らない少年は、何が何だか分からず、とにかく少女を連れてその場から逃げ出した。その後を地獄の悪鬼が追いかける。扉を開けたままで、とにかく逃げる。すぐに角を右に曲がった。その次は左、右、右、左……少年の頭の中の町の地図を頼りに、少年は少女と駆け回る。初めて町を訪れた相手が、必ず道に迷う経路を。そして自分達は確実に町の外へと出られる経路を選び――。
「残念だったなぁ、ガキどもぉ」
しかしそんな少年の希望は、やすやすと打ち砕かれた。
己の両親を殺した悪鬼が、少年達の前に立ちはだかっていた。
少年と少女の足が、止まる。
もう、逃げても無駄なのだ。
自分達は殺されるしかないんだ。
絶望的な事実が、少年達の心に逃れようのない恐怖を生み出し……縛りつける。
「さぁ、ステキな声で泣いて――」
しかし、悪鬼の殺戮は始まらなかった。
始まろうとした瞬間に……彼の首が落とされたからだ。
いったい何が起こったのか。
少年達には分からなかった。
「…………大丈夫か、君達?」
だが、その声を聞いた直後……彼らはようやく理解した。
悪鬼と自分達の間に舞い降りた黒衣の男が、自分達を助けてくれたのだと。
「……くそっ! もっと早く来ていれば」
悪鬼を倒したにも拘わらず、男は苦い顔をしていた。
嬉しくないのだろうか。
自分達を助ける事ができたのに。
少年は思った。
すると今度は、先ほど見てしまった赤い部屋の事を思い出し…………少女と同じタイミングで、腰から力が抜けた。走り回ってばかりで、ただただ逃げる事に必死で、状況を理解していなかったからだ。
今さらになって、町の惨状を思い出す。
もはやあの町は地獄だ。悪鬼達によって地獄に変えられた。
そして自分の両親は……その地獄の中で、血だらけになって死んだ。
その事を思い出した時。
少年の中に深い悲しみと怒りと後悔が湧き起こった。
力が……自分に、もっと力があれば。
力さえあれば……少なくとも、目の前で佇む黒衣の男くらい、自分が強ければ。こんな事にはならなかったかもしれない。幼馴染を怖い目に遭わせる事態にはならなかったかもしれない、と。
「まずは、生存者の確認をしなければ」
「あ、あのっ!」
だからこそ、彼は――。
「ぼ、僕を……ッ! で、弟子にしてください!」
――運命を、選んだ。
「…………えっ?」
「…………なに?」
少女も、男も、少年が言った事を理解できなかった。
しかし男は、すぐに「……そうか。それならば」と、何やら呟くと、険しい顔をしながら少年に問いかけた。
「少年。君の選択は、自分のこれからを、全てを差し出しかねない重要なモノだ。それでも君は……自分の未来を犠牲にしてでも、強くなりたいか?」
「……ッ!! …………なり、たいです……」
すると少年は、一瞬動揺したものの。
それでも、勇気を振り絞って口に出す。
「こ、これ以上……誰かが傷つくのを……見たくない!!」
今回の襲撃で歪んだ、心の叫びを。
他者のために己を犠牲にするという、他者の想いを蔑ろにした……歪んだ、心の叫びを。
「……いいだろう。あとで俺と共に来い」
少年の覚悟を受け、男はそれに応えた。
「とりあえず今は被害の確認だ。手伝え」
「はいっ!!」
運命を選んだ少年は、己が歪み始めた事に気づかない。
ただただ、目の前の男の強さに惹かれ立ち上がり……彼と共に前へと踏み出す。
「ま、ままま待って!」
するとその少年の背に、声がかけられた。
今まで少年と共に逃げていた、少女の声だ。
「……ぉ……お願い……行か、ないで……」
少女は嫌な予感がしていた。
先ほどまで共にいた幼馴染が、どこか遠い所に行ってしまうような。
二度と会えなくなってしまうような……そんな嫌な予感がしたのだ。
少年は、そんな彼女の心に気づかない。
それどころか彼は、今も恐怖のあまり立てない少女が、自分が彼女を置き去りにしてしまうのではないかと勘違いしたのでは、と勘違いした。
「大丈夫だよ、ミィシア。君は……僕がちゃんと護るから」
そう言いながら、少年は……腰が抜けて動けない彼女をおんぶした。
しかし少女が言いたい事は、そういう事ではない。
だがまだ幼い彼女には……その言葉を、どう表現すれば少年に伝えられるのか、分からなかった。
※
数年後。
少女の嫌な予感は……最悪と言うべき形で現実となった。
青年となったかつての少年は、今やカミに次ぐ力を手に入れた。
化け物を殺すために、その化け物を凌駕する化け物になってしまったのだ。
「…………待ってて」
しかし少女は、その様子をただ黙って見ていたワケではない。
そんな青年を元に戻すため、彼女はこの世界の……希望の対価に犠牲を要求するその不条理な摂理を破壊するべく、果てしなき挑戦を続けていた。
「必ず……必ず、あなたをカミの手から取り戻してみせるからッ」
そして今夜も、彼女の孤独な挑戦は続く。
青年と共に、限りある人生を歩みたいから。
カミとしての青年じゃない。
一人の人間としての、青年と共に……。