これってちょっとデートっぽい……?~モッちゃんとアディーの、とある休日(1/n)
新緑が眩しい田舎道を、車は快調に走っていく。助手席の窓から吹き込む風はすっかり春のにおいだ。
……うん。
やっぱりこの状況……緊張しちゃうかも。
ちらりと隣の運転席を見やる。
「モッちゃん、いつもに比べて無口だけど具合でも悪い? もし酔ったのなら少し休もうか?」
気配に気づいたのか、ハンドルを握るアディーさんが心配そうに訊ねる。
私は慌てて頭を振った。
「いえいえ! 大丈夫です! 私、スポーツカーって乗り慣れなくて、しかも目線が低いのでスピードが出てるように感じて、つい息を止めてしまって」
「違反して捕まるような速度は出さないから心配しないで。そもそもモッちゃんを乗せて無茶な運転はしないから」
そう言ってアディーさんはにっこりと笑う。今日も変わらず爽やかだ。
アディーさんとオフの日にふたりだけで出かけるのは――なんだかんだで3回目。1度目はたまたまの成り行きでホームセンターに乗せていってもらい、次は石岡にダチョウを見に連れていってもらった。その時に、アディーさんが休日の度に通うカフェがあるという話が出て、『じゃあ今度一緒に行ってみる?』……と、まあ、そんな経緯で。
今だってそうだけれど、一緒に出かける度にさりげない気配りに感心してしまう。日頃職場ではパイロットの秘書的な役どころとして、むしろこちらが気を回すことが多いので、こうして気遣いを示されると変にこそばゆい。
考えてみれば、エスコート慣れした態度は当然と言えば当然なのかも。なにしろ20歳を少し越した時点でもう、数々の女性遍歴を重ねていたらしい。
『智子? 久しぶりー! 百里で元気にやってる?』
飛行管理員課程同期の真菜がテンション高く電話してきたのが、3年前のこと。真菜の所属は第23飛行隊。宮崎県の新田原基地でF-15の飛行教育を担う部隊だ。
『今度うちから305飛行隊に新人が2人行くって話、もう聞いてるよね?』
『えーと……稲津曹長と村上曹長、だっけ?』
人事発令の回覧文書の中に見た名前を思い出してそう返すと、真菜の声に一段と力が入った。
『そうそう! それがね、とにかくカッコいいから! 村上曹長ね! 見ればすぐ分かるから期待してて! でも――』
真菜はそこで楽しそうに声を潜めた。
『――間違っても惚れないようにね。相当遊んでるって噂だから!』
さすがは女性自衛官の全国即時通信網。各基地の隊員や幹部の評判から、恋愛、浮気、不倫といった裏情報まで網羅するジャンルは幅広い。
数日後、新人パイロットたちは輸送機で百里にやってきた。強面の飛行班長に連れられて緊張気味にオペレーションルームに入ってきた若者ふたり――そのうちの、すらりと背の高い方をひと目見て、「ああ、これは確かに!」と納得してしまった。
さらさらで柔らかそうな茶色の髪に、モデルか俳優かと思うくらい整った顔立ち。薄茶色の目は優しげで、尖った印象は少しもない。制服姿はすっきりとして、穏やかそうな雰囲気も合わさって、浮ついた遊び人にはとても見えない。
真菜が興奮して電話をよこすのも分かるわ――仕事場であるカウンターの中から美々しい新人をつくづく眺めて、思わずうんうんと頷いたほど。
フライトの技量については地上職の私には分からないけれど、見ている限りでは事務作業や書類仕事なんかは何でもそつなくきっりちりこなしている様子。職場では人当たりも良く、怒ったり苛々したりする姿を見たことがない――でも一度だけ、別れた元彼女が怒り狂って職場に乗り込んできた時は、さすがに不愉快さを抑えられなかったようで。この人もこんな険しい顔をするのかと、その時は変に感心してしまった。
正直に言うと、アディーさんはかっこいいけれど、何と言うか別世界の人に思えてプライベートで縁があるとも考えず接していた。あくまで「善い人」であり「住む世界が違う人」。
それが何のはずみか、こうして3度目のドライブに来ている。人生って分からない。
でも、誘ってもらったからって誤解は禁物。きっと単に純粋な親切心なんだと思う。陸の孤島で車を持っていない私に同情して、足になってくれているんだろう。だからって別にガッカリしてる訳じゃなくて! そういうつもりは全然なくて――。
「あれ?」
アディーさんの声で我に返った。つられて窓の外に目を向ける。畑が続く景色の中に、<閉鎖中>と大きく書かれた看板と、真新しい広い道が延びているのが一瞬見え、すぐに過ぎていった。
「こんなところに道路を作ってるんだ。どこに続くんだろう……今度上から見てみよう」
何気ない言葉にびっくりして、私はついまじまじと綺麗な横顔を見つめてしまった。
「ん? 何?」
「いやぁ……やっぱり空を飛んでる人なんだなぁ、って」
「今更? 一緒に飛んだことだってあるのに」
おかしそうにアディ―さんが笑う。
「上から見てみるなんていう発想、なかなかしないですよ。普通は『道ができたら通ってみよう』とか『地図を見てみよう』って思いますから」
「そう? 空から見た方が手っ取り早いからね」
「きっと、地上で過ごすだけの自分たちとは見えている世界が違うんでしょうねぇ」
しみじみ唸ると、アディーさんはまた楽しそうに笑った。
目的地のカフェは笠間市にあるという。百里基地からだと車で北に1時間弱。こじんまりとした隠れ家的なカフェで、地元の食材を使った創作料理を出してくれるのだそう。辺鄙な場所にあるのでお客さんもそう多い訳ではなく、ゆったりと過ごせるらしい。
国道から横道に入り、明るい雑木林が続く坂道を少し走ると建物が見えてきた。コテージ風の落ち着いた建物が、小高い丘の中ほどに建っている。
「はい、到着。お疲れさま」
車を降りると、あちこちに可愛らしく咲く春の野花に出迎えられる。枕木が敷かれた小道をたどって店に向かうと、アディーさんは慣れた様子でドアを開けた。




