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中編

次の日。

鳥の囀りの声で爽やかに目覚めた彼は、トイレに向かった。

携帯を弄りながら座っていると、視界に何かが映った。

携帯の画面を遮るように、細い糸のような黒いものが何本も、ちらちらと目の前で揺れている。

酷く細いそれは、携帯を持つ手をくすぐっていた。

青年は眉をしかめながら、ふと視線を上げた。

そこには――。




目を剥いた青白い顔が、天井からぶら下がっていたのだった。






次に彼は洗面台へとやって来た。

顔を洗うため蛇口を捻ると、そこから真っ赤に染まった水が流れてきた。

青年は、また眉を顰めながら蛇口を閉めると、鏡の方を見た。

そこには、鏡一面に真っ赤な血飛沫がついていた。






青年はリビングへとやってきた。

少々顔色が悪いようだ。

住人達は青年の様子を見て、彼が痩せ我慢をしていると確信した。

いつ悲鳴を上げるのかと、今か今かと待っていた。

そして次は何をしようかと企んでいると、残念なことに彼はどこかへ出かけていってしまったのだった。








まさか、このまま帰ってこないのでは?


夕刻になり青年がなかなか帰ってこないので、住人達は不安になり始めていた。


少々やり過ぎたのではないか?


と仲間の一人が言った。

調子に乗って、立て続けにやったのが不味かったかと、頭を抱えていると、玄関のドアがガチャリと開く音が聞こえてきた。

その音に、住人達が見に行くと、青年が帰ってきたようだった。

靴を脱いで上がってくる青年に、住人達はほっとする。

これで、また続きができるからだ。

彼らは、ぞろぞろと青年の後を追った。

青年は、リビングのソファに座ると、携帯を弄りだした。

目の前には巨大なテレビ。

住人達は、ほくそ笑むと行動を再開した。


ザーーーーーーーー


突然テレビの電源がつき、テレビの画面に砂嵐が流れ出す。

携帯の画面を見ていた青年は、顔を上げてテレビの画面を見た。


「・・・・・・。」


青年の銀縁眼鏡が、テレビの明かりを反射して光っているため、彼の表情はわからなかった。

しかし青年は始終無言で、ソファに縫い付けられたように固まっていた。


くくくくく、びびってる、びびってる。


住人達はその反応に喜び、くつくつと喉で笑う。

すると、青年は徐に立ち上がると、廊下に続く扉から出て行ってしまった。

その姿に住人達は、腹を抱えて笑い出す。


恐がってる、恐がってる。


ああ、なんて楽しいんだ。


彼らはそう言いながら、喜ぶのだった。

今回は昨夜の様に、手加減をするつもりはなかった。

存分に恐がらせてやろう。

彼らはそう言いながら頷くと、にやにやしながら青年の後を追うのであった。






後を追いかけると、青年はバスルームにいた。

このまま風呂に入って、すぐに寝るつもりなのだろう。

住人達は、そうは問屋が卸さない、とバスルームへと消えていった。


彼は昨日と同じようにシャワーを浴びていた。

頭を洗うため椅子に座って前屈みになっている。

その彼の肩に、また手が置かれた。

青白く光る冷たい手だ。

彼はびくりと反応すると、動きを止めた。

その反応に青白い手を持つソレが嬉しそうに、にやりと笑む。

さあ、叫べ、と思った瞬間――




がしり。




その手が逆に鷲掴まれたのだった。

驚いて目を見開くと、鏡の向こうの青年と目が合った。

青年は何故か眼鏡をしたままで、にやりと口元に笑みを作りながら、こちらを見ていた。

ソレが驚愕したまま動かないでいると、青年は今度はボディースポンジに泡をたっぷりつけてソレに手渡してきた。


「しっかり洗えよ。」


青年はそう言ったきり、洗髪を再開してしまった。

ソレは戸惑った。

何を言われたのか、意味がわからなかったからだ。

こんな事は初めてで、今までは驚かれるのが普通で、何をどうしたらいいのかわからなかった。

暫く呆然としていると、「体」と青年から叱責が飛んできた。

ソレはびくりと反応したあと鏡を見ると、青年が鏡越しにこちらを睨んでいるのが見えた。

その視線に驚き、ソレは慌てて持たされたスポンジで青年の背中を洗いだしたのだった。




住人達は目の前で起こっている光景に目を見張っていた。


何が起きたんだ?


目の前では青白い手が青年の体を洗わされているのだ。

ありえない、と住人達は現実逃避をしかけたのだった。






背中を洗ってもらい、いつもよりもさっぱりした顔の青年は、今日はリビングには行かず、2階の寝室へと直行していた。

住人達は青年を、遠巻きにしながらその後を憑いて行く。

寝室で、また携帯を弄っている彼を静かに見守っていると、彼は電気を消して横になってしまった。

早々に眠りに就いた青年を見ながら、住人達は顔を見合わせる。

次は誰が行くかと、初めて話し合った。

そして、厳正な審査からこの中で一番恐いとされているソレが青年のベッドの前に立っていた。

彼はごくり、と喉を鳴らすとふっと消えてしまった。

そして、暫くすると、布団が盛り上がったのだった。

住人達は固唾を呑んで見守る。

その膨らみは、何かを探すかのようにもぞり、もぞりと昨夜と同じように動き出した。

そして、暫く布団の中を彷徨っていると、青年が目を開けた。

がばりと起き上がり、布団をめくる。

すると、そこには青年の足を掴む白い手があった。

息を飲む青年の肩の方に、今度は冷たい白い手が置かれた。

びくりと青年の肩が跳ねた。

その反応に、ほっとしたように、にやりとしてしまう。


『ねえ、一緒に寝ましょうよ。』


切なげな声音で渾身の一撃を食らわせてやる。

どうだ!と青年を見ると、彼は顔を伏せながら固まっていた。


恐がってる、怖がってる。


住人達は、ようやく見れたその反応に、ほくそ笑みながら青年が悲鳴を上げるのを今か今かと待っていた。

しかし――






「寝るんならマッサージでもしろ。」






は?




住人達は、青年から出てきた言葉に耳を疑った。

なんだ、なんだ、と青年を見ていると、彼は肩に置かれた手を横目で見ながら、もう一度言ってきた。


「丁度いい、俺が寝るまで肩を揉め。」


そう言って、青年は前を向いてしまった。

そして徐に携帯を弄りだした。

真っ暗な部屋に、携帯の画面の明かりが浮かび上がり、操作音だけが虚しく響く。

青年の肩に乗った手だけの存在は、どうしたらいいのかわからず固まっていた。

足を掴んでいた手は、いつの間にか消えている。

どうやら逃げたようだ。


「足も凝ってたんだがな……。」


青年は携帯越しから足元をちらりと見ると、残念そうに呟いていた。

予想の斜め上を行く展開に、住人達は思考がついていかない。

こんな事は初めてで、どうしたらいいのかわからなかった。

しばらく呆然としていると、青年から「肩」とまた叱責が飛んできた。

肩に置かれた青白く光る手は、はっとしたようにびくりと震えると、言われた通り肩を揉みだしたのだった。








そして、またまた一夜明けて――


住人達は意気消沈していた。

昨夜のアレはなんだったのか?と、現実を直視できないでいた。

それもそうだろう、驚かそうとした相手があろうことか驚かせる側を、色々な意味で驚愕させたのだから。

彼らの矜持はズタズタだった。

ここへ来て数年、住人達はこの家にやってくる家主たちを恐がらせては、徐々に恐怖でおかしくなっていく様を見続けてきたのだ。

そしてそれに快感を覚え、今では誰が一番に相手を狂わせられるか競走していたくらいだった。

自分達はこの世で最も恐ろしい存在、そう信じていたのだ。

なのに……。


あの青年は、自分たちの事を全く恐れていなかった。

しかもあろう事か、あの青年は自分達を扱き使っているのだ。

住人達はリビングで、せっせと掃除機をかける仲間の姿を見ながら溜息を吐いた。

そこへ


実は、一匹だと思って舐められているんじゃないか?


と、仲間の一人が言ってきたのだった。

その言葉に、はっとする。

そうかもしれない、と誰かが頷く。

最近の人間は、ずうずうしくなっているからな、俺達が一匹しかいないと思って安心しているんだろう。

提案してきた奴は得意になってそう言ってきた。

あたかもそれが正解の様に自信満々に頷く姿を見ていて、周りの者たちもそんな気がしてきた。

そうだ、そうだ、と頷きあっていた彼らは青年の前に全員で現れることを閃いたのだった。

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