85.路地裏での遭遇
リンスの装備を作った際の騒ぎのあと、竜魂装備がどうなったかと言えば……それなりに落ち着いていた。
正確には、若様のところまでは依頼が来ているらしいが、そこで押しとどめているとのこと。
うん、できるマネージャーに感謝だね、
そんなわけなので、竜魂装備は週にふたつか三つ程度の作成に収まっている。
竜魂装備がある間は、ほかの装備も受注できないと言うことで話がまとまっているし、今日は完全なオフだ。
やることもないので、シータサーバーの奥地をぶらぶらと歩いていたわけなのだが……目の前に怪しい集団がいるな。
妙に血走った目をしているというか、なんというか。
おおよそ職人街で見かけるような連中じゃない。
「おい、そこのあんた! この辺で女を見かけなかったか!?」
その集団のひとりから声をかけられたわけだが……女ねえ。
「いや、見ていないぞ。というか、こんなサーバーの外れに人が来ること自体が珍しいだろう」
「いや、それはそうなんだが……そういうあんたはどうなんだよ?」
「俺は趣味で散歩しているだけだ。もともとこの近くに住んでいるわけだしな」
このいいわけはだいたい事実だ。
ちょっと特殊な道順をたどらなければならないけど、俺の工房まで十分もあれば帰ることができる。
「そうか。ともかく、この辺で見慣れない女を見かけたら教えてくれ」
「……そもそも、こんなところにいる時点で見慣れない人間なんだがなぁ」
「くっ! とにかく頼んだぞ!」
俺に声をかけてきた男を含め、集団たちはそれぞれバラバラに行動をし始めた。
誰かを探しているみたいだし、その人物を探しに行ったのだろう。
まあ、土地勘もないのに、こんな入り組んだ場所を探すのは大変だと思うけどさ!
さっきの男たちと別れて、さらに三十分ほどぶらぶらしてみる。
そうなると、完全にシータサーバーの外郭部と呼べる場所までついてしまうわけで。
「たまに見ると、サーバーの外壁っていうのもおつなものだなー」
各サーバーは独立した都市となっている。
都市間の移動にはゲートを使うこととなっており、都市同士は隣接していない。
そうなると、当然ながら都市の端っこというものはあるわけで。
その端っこにあるのが外壁だ。
ちなみに、外壁も都市ごとに少々違いがあり、シータサーバーの外壁はスチームパンク風味となっている。
「……さて、そろそろ工房に帰ろうかな。やることもないし、ログアウトして勉強……ん?」
路地の陰になっているところ、なにか動いた気がするぞ?
このゲームには都市内にモンスターなんていないし、猫やネズミみたいな獣の類いも存在していない。
さて、そうなるとなにがいるのかな。
「んー、考えるよりも突撃してみるか!」
確か、この路地はすぐに袋小路となっているはずだ。
というか、ミニマップがそうなっている。
こんなところになにがいるのか気になるじゃない。
「さーて、なにが潜んでるのかね」
意を決して路地を進んでいくと、袋小路の奥に頭を抱えて丸くなっている少女を見つけた。
……はて、こんなところで女の子がいるとは。
しかも、NPCではなくプレイヤーだ。
「あー、お嬢ちゃん。なんでこんなところにいるんだ?」
ぷるぷる震えている女の子を放っておくわけにもいかず声をかけてみる。
すると、あまり期待してはいなかったのだが、返事があった。
「ひっ!? こんなところまで追ってきたんですか!? 今日の分のミサンガはもう売り切れです!」
はて、ミサンガ?
なにか、盛大な勘違いをしているようだが……まずは誤解を解いてみよう。
こういうの苦手だけど。
「俺は別にミサンガとやらを買いに来た客じゃないぞ。この辺を散歩していただけの趣味人だ」
「……こんなサーバーの外れを散歩ですか?」
「そうだな。うちの工房からそんなに距離も離れていないし、のんびりしたいときにはちょうどいい」
「……こんな外れに工房を作ってお客さんは来るんですか?」
おっと、逆に呆れられてしまったぞ。
まあ、事実だし仕方がないか。
「それなりに繁盛しているぞ。もっぱら受注生産しかしないけどな」
「……それはうらやましいですね。私は最近、ミサンガしか作れていません。ああ、ほかにも作りたいお洋服がいっぱいあるのに」
ミサンガ、ミサンガねぇ……どっかで引っかかるような。
あ、思い出した。
「ミサンガって、『聖水のミサンガ』か?」
「え、ようやく思い出したんですか? 我ながら、割と有名だったと思うんですが」
「悪い悪い、オリジナルアイテムコンテストはほかのことに気をとられてたから」
「そうなんですね……はぁ、でもこれからどうしよう」
「どうしようとは?」
「あ、いえ、私は元々コスプレ衣装とかを作ってた裁縫士だったんですよ。裁縫スキルはカンストしていますけど。それで、アイテムコンテストあると聞いて、たまたまできたミサンガを応募したら……」
「なるほど。それが上位に入って、普段の業務に支障が出たと」
「はい。……これじゃあ、ゲームを続けていくことも難しいかな」
あー、気持ちはわかるな。
いきなり有名人になって、客が押しかけてきたらどうすればいいのかわからないものな。
俺の場合、若様という防波堤がいるわけだけど。
……それにしても、個人で裁縫スキルカンストはすごいな。
ミサンガの効果から考えて、裁縫以外のスキルもそれなりのレベルなんじゃなかろうか。
さて、そんなことより、少し助け船を出してあげようか。
「ふむ、君はどうしたいんだ? このままゲームを続けたいのか?」
ここ、大事だよな。
本人が続けたいのか辞めたいのかはっきりしておかないと。
「できれば続けたいですよ。固定のお客様もついていますし。でも、いまの状況じゃあ……」
「そっちをなんとかする方法ならある。……というか、しつこくつきまとわれているなら、運営に報告すれば制裁対象だぞ?」
「……そうなんでしょうけど、そこまでしたくないんですよ」
ふむ、考えが甘いけどそこは俺の関与するところじゃないか。
俺ができる範囲でだけ、助けてやればいいんだからな。
「さて、それじゃそろそろ行くとしようか。俺はエイト=ダタラ。君は?」
「エイト=ダタラってオリジナルアイテムコンテスト二位の……私サンディ=ホリディです」
「オッケー、サンディ。とりあえず、俺の工房まで移動しよう。ショートカットルートを使うから、誰にも会わないと思うけど、とりあえずこれをかぶっておいて」
俺はインベントリから黒蜥蜴のローブを取り出して、頭からすっぽりとかぶせてやる。
こうしておけば、一目で判別できないだろう。
「ありがとうございます。済みませんが、よろしくお願いしますね」
「ああ、まあたいしたことはできないけどな」
サンディを案内しながら、俺は若様にメールを出す。
内容は……。
『緊急事態発生。至急、俺の工房まで来てくれ。なるはやじゃなく至急な!』





