闇夜に出会い月夜に舞う
――ドクン、ドクン、ドクン、静まれ、俺の鼓動!
漆黒の闇夜、月も星も出ていない、じっとりと濡れた様な、重味を含んだ静けさに包まれている森の中、大木の陰に息をも殺し身を潜めている、一人の少年。
「探せ!この辺りに隠れているぞ!」
松明の灯りを片手にした、複数の男達がガサガサと、辺りのしげみを手当たり次第に棒で叩き、探している。
彼から少し離れてはいるが、このままだと、男達に見つかるのは明らか。
そのまま戦っても良いが、今は時が悪い、と少年は冷静に状況を把握し、対策を考える。
……地上にいるのは、分が悪いかな、と思い少年は、大木を見上げると、闇に、男達が出している音に紛れ、樹皮のおうとつを利用し、するすると登って行く。
やがて、枝の根元にたどり着くと、幹に手をかけ立ちで地上を眺め、見下ろす。
「何処だ?探せ!探せ!」
苛立ち、バタバタと走り回る大人達の声を耳にすると、不敵な笑顔を浮かべる。そして少年は自分に敵対する者の数を数える。
闇夜なので、敵の人数を確認するのは簡単だった。松明の灯りを数えたら良い、ただそれだけ。
『敵は!六人』
数の確認が終わると、静かに、悟られぬ様に準備を始める。
黒地の衣を身にまとっている少年は、懐から同じ色の布を取り出すと、顔を隠す様に、目元から下をおおう。
次に、なめした薄い革で作られた手袋をはめると、戦う準備は完了となる。
そして、ゆるりとこれからの考えを構築して行く。
手元にある得物は『投剣』五本、『短剣』と『刀』それぞれ一本、そして腰に下げている、巾着に詰めてある小石、これまで鍛えてきた己の身体の力、学んだ知識、これだけだ。
そろりと天を見上げる。月の姿は、雲にでも隠れているのか、現れていない。このままの様なら、ここで過ごす。
今、地上を駆けずり回っている、愚鈍な大人達なら木の上まで、探す事はしない。やがて諦めて、この場を去るに違いない、ならば動かない方が得策だ。
それにどのみち、闇夜だと此方も動きにくい、月明かりがあるくらいの方が、やりやすいというもの。
『月が出たら、動く』
そう気持ちを固めると、静かに、時をまつ。
――ザサァ、生い茂る木々の葉を揺らし、音を立てて風が吹き抜ける。そして、それが合図かのように雲が切れ、明るい月が姿を現した。
今宵の月は、少年の戦いに舞う姿を所望してるか様な美しい満月の輝き。地上を怪しく照らす。
……「手分けをして探すぞ!」
思い通りの行動を取る大人達の浅はかさに、苦笑しながら、小石を一つ取り出すと、獲物が縄張りに入るのをじっと待つ。
一人の男が、少年の真下へと来ると辺りをキョロキョロと見渡す。その相手の足元を狙い、手にした小石を悟られぬ様に投げ落とした。
……トス、軽い音を立て男の足元へと小石が落ちる。
「ん?何だろう?」
不意に落ちてきた物に対して、訝しげに男はしゃがんで、それを確認をする、
上を確認もせずに、こちらに背を向けてしゃがみ込むなんて、どうかしているな、と嘲笑を浮かべながら、少年は『狩人』へと己の意識を切り替えると、
瞬時に短剣を抜きながら、男の背後へと飛び降り、上からの勢いと合わせた力で、急所に深く突き立てる。
ぐっ、声を立てる間もなく絶命する男。血飛沫を浴びぬ様に、短剣を抜きながら後方へと跳躍。
ドサッと倒れる相手を確認すると、側の藪へと身を潜めた。次に使うのは『投剣』柄を掴み気を整えて行く。
「お、おい、そこで、何があったのだ、どうした」
獲物の仲間の大人が二人、血だまりに伏している男を見つけ、駆け寄って来る。そして男の元でしゃがみ込んだとき、
スッ、気配を最大限に消し、先ずは気を逸らす為に、小石を一つその者達に、当たらぬ様に投げる。
ザッ、近くの茂みに音をたてさせると、なんだ?と、上手い具合に、獲物の二人共が、石が落ち音を立てた方向に目をやる。
少年は、どちらも甘い、とほくそ笑みながら動く。
ヒュッ、ヒュッ!彼等に向かい剣を投げる。威力は小さいが、遠く西国から海を渡ってきた、渡来の猛毒が、刃に塗り込んであるそれは、かすり傷でも即座に致命傷となる威力。
的確に、目標へと命中させる、それを受けた二人は、カッと目を見開き、口から赤いモノを溢れさすと、ぶるぶると震え、やがて四肢をだらりとさせ、崩れる様に地面に倒れこむ。
目の前で、ビクビクと痙攣を起こしながら絶命して逝く、大の男達。藪から出て来てそれを、ただ見下ろす少年。
彼らの時が終わったのを、確認する。
ウオーン、血の匂いを嗅ぎ付けた、狼の遠吠えが、木々の中に通る。近づいてくる複数の足音。
吹き抜ける冷たい夜の風が、それを彼に教えてくれる。
そして、風の力で残っていた雲は千切れ、青白い月光のみが支配する夜の空。
先程の闇夜とは代わり、星の瞬きさえも霞む、明るい月夜となった。
――『残りは三人』
彼は、再び木に登ると枝から枝へと、樹上を移動し、残った彼の獲物の元へとたどり着く。
ざわざわと、吹きわたる風が味方をしてくれる。気づかれる事無く少年は、樹上で、次の手を考える。幸いに、獲物達は何かを察したらしい。
一ヶ所へと集まっている。好機、少年の頭に浮かんだ言葉。
地上に降り立つため、腰に下げている巾着から、小石を数個取り出すと、複数の方向に投げ、音をたてさせる。
ザッ、ザッ、ザッ、カッ、カッ、茂みへ、木の幹へと当たる小石の音が響く。
「な、気を付けろ!」
辺りを見渡す男達。その隙をつき、樹上から飛び降りると即座に『投剣』で二人を瞬殺、
そのまま最後の一人も片付けようと考えたが、彼の中でこのまま終わるのも、勿体ない考えが浮かび、帯刀していた刀を鞘から抜くと、最後の獲物に対して構える。
「ぐっ、こんな子供に」
男も刀を抜くと、即座に大上段から斬りかかってきた。
真白い光が弾く様な音を立て、少年は刃を受けた。力づくで押してくる相手に対して、体格差を利用し、ふっと力を下へと抜く。
前のめりにつんのめる男、その脇を抜けると、間合いを取るため、少し距離を持つ。
男が体制を整え、侮辱と焦りが、ない交ぜな表情を浮かべて、少年に対し刀を構えると、再び斬りかかる、
鋭く、夜空へと響く金属が打ち合う音。右に、左に、刃が重なりあう。
防戦しているかの様で、攻めの少年。
攻めているかのようで、防戦の男。
身軽な彼は、力づくで攻めてくる相手から逃れるため、時に空を舞い、間合いを取る。
「くっ、チョロチョロと目障りな!」
激昂する獲物、それに対して、若い狩人は何処までも冷静だった。
少年はしばらく弄ぶかのように、相手の力を受け続ける。やがて、相手の足元がふらつき出すのを目にすると、狩りを終演へと導いて行く。
なるべく、自身に血の匂いが付かない方法を、刀を合わせながら考え、行動に移す。
さわと吹きわたる風、それを読み取る若い狩人。
風が知らせを送って来た。先程の狼の群れが、此方に向かって来ているという事を、そろそろ、遊びを終わらす時が来た。
対する獲物との距離を、少し多目に取った後、即座に少年は男に向かって、全力で駆けて行く。
そして、ぐっ、と足に力を込め、上へと出来る限り高く飛び上がる。
刀を構えて待ち構える男に、懐から最後の『投剣』を取り出すと、空からそれを顔面に向けて放つ。
「がぁ」
よける間もなく、男の眉間に刺さる。軽やかに着地を決めると、獲物の様子に目をやる。
血を吐き、地面に倒れている男の最期、皆と同じ様に絶命して逝く過程を、少年は冷静に観察し、見届けた。そして、全ては終る。
「終了」
……男が最後に聞いたのは、何処か愉快そうな少年の声。遠ざかる足音、そして、最後に感じたのは、頬に当たる冷たい地面……
――敵は一掃、全て一夜の出来事。闇夜と月夜の物語。
死体の始末は、狼達がしてくれる様なので、気楽だな、と少年はうっすらと白み始めた空を眺めながらそう思うと、やれやれと終わったなと、一息つき、背を伸ばす。
そして、何事も無かったかのように、彼は振り返る事など無く、新しい日へと軽やかに歩を進めるのであった。
「終」