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第四話 雷邦、碧空を苛め、老人憤る

【第四話】雷邦、碧空を苛め、老人憤る



 天高くなり、馬肥ゆる季節。


 年かさの、きかなそうな顔つきの少年がするすると猿のように木に登り、たくさん実ったその実の皮を一面だけ石の小刀で削り落とし、果肉にかじりつく。


 しゃくり。


 小気味のいい音がして控えめな甘味がじわりと口の中に広がった。美味。


 少年よりも幼い子供らが木の下に群がり、我も我もと手を天へと向けている。

 木の実の二つ目を食べ終えた少年は身軽に枝をとびうつり、子供らへと実を投げてやる。


 子供らが投げおとされた実に殺到する光景。

 少年はこれを上から見下ろすのが好きだった。

 少年の挙動一つで子供らが右往左往するのが彼らを支配しているようで楽しい。


 そんな中、一人だけぽつんと子供の群れに混ざらず距離をおいている者がいる。


 またあいつだ。

 気にくわない。

 なにが気にくわないって、あの目だ。

 自分より小さいくせに、年老いた祖父のような、ひどくさめた目をする。

 年長の子が力で押しつけても言いなりにならない。生意気なガキ。


 お前に熟した実はもったいない。

 少年は青い実をもぎると思い切り投げつけた。



「これはまた大漁じゃのう」


 む、と碧空は顔をあげた。しかし、声の主の姿はない。


「ここじゃよ、ここじゃ」


 塀の瓦の上に腰かけていたのは、いつぞやの老人である。

 不可思議な術を使うことから、碧空は仙人なんだろうと思っている。


 前世の光希としての知識では、仙人なんて絵物語の存在だが、そもそも今の身に起きている転生自体がフィクションそのものなのだから受け入れがたいこともない。


 先日の一件以来、一体なにを気に入ったものか、なにかと絡んでくる。


「未熟な青い実が好物なのか? このじじいの口には渋くて不味くて食うのはまっぴらじゃが」

「……干したら甘くなります」

「それでもわざわざ青い実ばかりもらうとはいい趣味してるのぅ」


 他の子供らには熟した甘い実が与えられているのに、碧空が青い実ばかり渡されている理由。

 それは単純に、彼らとの仲がうまくいってないからである。


 碧空も別に仲良くしたくないわけではないのだが、なまじ前世の知識があって精神年齢が違うためなのか、そもそも相性がよくないのか、両者の関係はうまくいっていない。


「男児と女児ではうまくいかないこともあろう」

「うーん。僕の中身は男子だし、むしろ性格の問題でしょうか」


 教室の隅で読書をしていることの多い部類であったから、ガキ大将的な少年とは反りが合わないのかも知れない。


 そのとき。


「碧空」


 一人の少女が碧空に追いついてきた。

 少女というには幼い。

 五歳児の碧空と身の丈は同じくらいで、三か月早く生まれたのでお姉さんぶることがある。

 名を小鈴といった。


「碧空、さっき青い実ぶつかってなかった? あ、やっぱり。ちょっとこぶになっちゃってる。かわいそう。今おまじないしてあげるね」


 いたいのいたいの飛んでいけ、蓬莱山まで飛んでいけ。


「どお? いたいのなおった?」

「うん。ありがとう。小鈴」


 小鈴はにこーっと花が咲くように笑い、叔母からもらったのだと饅頭を半分こしてくれる。

 饅頭といっても、中に餡の入っていないパンのようなものだ。

 小鈴はおじいさんの存在に気づいたようで。


「おじいちゃんもほしい? わたしのもう半分こしてあげるね」

「いいや、じいちゃんはお腹いっぱいなんじゃ。それはお嬢ちゃんがお食べ」

「わかった。また今度、おなかがすいたときは言ってね」


 小鈴の後ろ姿を見送って老人がつぶやく。


「いい子じゃのう」

「ですね」


 二人で好々爺のような表情をする。

 そうしているとまた碧空を呼ぶ者がある。


「やい、碧空」


 生意気盛りの少年の名は、雷邦という。

 木に登り、碧空に青い実をぶつけてきたあの少年である。


「いいものもってんじゃねえか。お前にはもったいない。よこせよ」


 雷邦は碧空の手からさっとまんじゅうを奪うと一口に食べてしまった。

 さすがに見かねて横から口を出したのは老人である。


「これこれ、そのまんじゅうはその子の物じゃろう。勝手に食べちまうのはあんまりではないか」


 どの口が言ったものだろうと碧空は思う。先日の桃の件は忘れてしまったのだろうか。


「なんだ。うるさいじじいだな。俺はこいつと交換したんだよ。ほら、こいつでいいだろ」


 雷邦は食べ終えた実の、残った種を碧空に押しつける。

 いいわけがないが、碧空から見て雷邦は頭ひとつ以上大きい年上の男子だ。力で勝てる相手ではない。


「ごちそうさま、は?」

「あ?」

「ごちそうさま、でしょ。勝手に交換したのはいいです。でも、そこはしっかりしてください」

「ご、ごちそうさま……」

「はい。それならいいです」


 雷邦はなにか納得していない様子で、しかしそれ以上はなにをすることもなく去っていった。


「くそがきじゃのう」

「彼はさっきの女の子、小鈴のお兄さんなんですよ」

「なんと。似てない兄妹じゃな。ははぁ、さては母親の腹を出るときに思いやりをひとつ忘れてったのか」

「かもしれません」


 碧空は苦笑した。


「ふむ。これではあまりにお主が不憫というもの。よし、その交換した種にまじないをかけてやろう」

「え、まさかまたこないだのように? 私からとるものなんてないですよ」

「ああ、いやいや。あれとはちがって今度は本物じゃよ。どうれその種を貸してみい」


 老人の指が種に触れた瞬間になにか空気が陽炎のように揺らめいた。

 ような気がしたが、気のせいかも知れない。

 種そのものはなにか変わったようには見えなかった。


「明日。それを埋めてみなさい。なるべくまわりが開けたところだ。水も忘れずに」

「はぁ、わかりました。ありがとうございます」


 碧空は老人がまじないをかけた種を受け取り、翌日それをみんなの前で埋めた。


 果たして、結果はというと。


 水をかけたそばからたちまち芽が出てぐんぐん育ち花を咲かせて後それを散らし、立派な果実をいくつも実らせた大樹へと成長したのであった。

 だが……。


「なんでお主はまた……」

「青い実ばかり持っているのかって?」


 老人は手を貸してやったというのに、碧空の待遇はなんにも変わりはしなかった。

 ご丁寧にたんこぶの位置まで同じである。


「昨日と同じですよ。雷邦にやられたんです」

「なぜみなの前で種を植えたんじゃ? 独り占めすればこんなことにはならなかったのに」

「私は木に登れませんし、それにこういうことはみんなで共有した方が楽しいじゃないですか」

「やれやれ。それでお主だけ楽しくないことになっておるのだろうに」

「ははぁ、それもそうですね」


「悔しくはないのか?」

「悔しいですよ? 不当な扱いだと思えばいらだちもしますし」

「じゃあ、なぜなんじゃ?」

「うーん。なぜといわれても……はてさて。子供のすることですから。本気で怒ることでもないって、思ってるのかもしれませんね」


 とのたまう五歳児。

 老人は理解した。少年の側の気持ちを。


「……そういうところなんじゃないかのぉ」


 それからも碧空は雷邦の乱暴な振る舞いに対して謝罪を要求したが、謝りさえすればそれを許した。

 雷邦をはじめとした悪がき共は碧空を侮り、嘲笑ったが、当の碧空は気にすることはなかった。


 イタズラがエスカレートして、あるときは全身泥だらけにされたこともあったが、謝りさえすれば許した。


「よく怒らないでいられるのぅ」

「いやぁ、怒ってますよ? ただ怒り続けるのも疲れますからね」

「お主が望むなら、あやつらに不運が訪れることもあるかも知れんぞ」

「例えばどんな不運です?」

「高所から臼が落ちてきたり、真っ赤に熱せられた栗が弾けたり、蜂に顔を刺されたりじゃな」

「そういうのは結構です」


「あやつらは懲りたりせんぞ」

「懲りる機会はそのうち訪れるんじゃないでしょうか。別に命を狙われてるわけじゃなし、優しくしてくれる人もいる。私にはそれで十分です」

「ふむぅ……」


 納得していなかったのは、むしろ老人の方であった。

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